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第11話 油圧システム

極秘作戦報告書


 北大陸の分断工作の一環として宗教論争を起こしこれに成功しました。

宗教改革と戦争により疲弊したところに偽の内政知識を流布させ市場をマヒさせることに成功しました。

 魔法帝国でも一般人の精霊教会に対する不信感も増し、教皇の権威も失墜したことでしょう。 これより更なる暴発を誘うために『レコンキスタ』を焚きつけます。 また封印騎士団にも動きがあるようなのでこちらも調査します。

 1500年前の魔法民族大移動により我らが土地を奪われた屈辱を必ずや晴らしましょう。


 追記:本国の料理を差し入れるの止めてください。


――東の海洋帝国及び諸王国同君連合・皇帝直下工作機関 『王の影』

 工場の発電は隣接する蒸気機関発電機からおこなっている。 大規模かつ集中発電、つまり交流発電所を制御できるだけの設備がないからだ。 仕方がなく直流発電を行うが距離による熱損失が大きいので、区画単位での発電に頼っている。 だが石炭を燃料として使う蒸気機関はコークスを使う高炉と競合関係にある。 それが鉄の生産量を押し下げていた。


 この問題を解決するのは簡単だ。 石炭の生産力を上げる。 ボイラーの燃料を変える。 競合しない内燃機関を開発する。 銅の生産力を上げて電気設備を充実させる。 どれも優先順位は高いはずが土地が少ないのと自衛力の底上げという喫緊の課題により手を付けることができないでいた。






 ハーバーボッシュ法は高圧力と高温で壊れることは無くなった。


 その生産量は一時間当たり80gだ。


 つまり一日で約2kgは生産してくれる。


 これは実験室レベルの規模だからまだまだ生産量が低い。


 それでもこれを大規模にすれば大量のアンモニアを合成できるだろう。


 アンモニア合成はカル任せだったがなんとかなりそうだ。


 という事で――。


 なで、なで。


「……ふふん、ふふん」


 なで、なで、なで、なで。


「ふふん、ふふん、ふふん、ふふん!」


 カルは頭を撫でれば撫でるほど上機嫌になる。


 顔のつまりアゴの角度が、『ふふん』1回で1度ぐらいは上がっていく。


 このままでは頭が高くなって、『ざじずぜぞ』の()が上がりそうだ。


 おお、そうだ!


 今度、近未来的な可愛らしい顔を作ってあげよう。


 ウンそれがいい。


 あーしかしそういった美的センスは皆無だからなー。


 後でアルタと相談するか。



「さあ、アンモニアは何とかなりそうだから次は油圧装置の動作試験だ」


「ふふん……別に工場長様のためじゃないけど……次のオストワルト法の実証試験をやってあげる……別に嫌ならいいけど……」


 今度はツンデレだと!


「それじゃあよろしく任せた」


 カルは「ふふん」と答えてオストワルト法の装置を作り始めた。


 オストワルト法とは白金を触媒にアンモニアを加熱していろいろな反応を経由して硝酸を作る方法だ。


 硝酸はいわゆる酸化剤と呼ばれるもので爆弾やロケットの推進剤として使われる。


 少量では役に立たないけど、大量生産したときの力は凄まじい。


 だからこそ中世から現在まで血眼になってアンモニアや硝石をかき集めていた。


 硝酸が作れるようになったらまずは実績のあるロケット砲と大砲を作るべきだろう。


 ここの魔物は弱いか怪獣の二択しかない。


 作る兵器は後者以外には考えられない。


 これでやっとこの世界で生きていけるぐらいにはなりそうだ。


 そんなことを考えていたらアンモニア研究室のドアが開いた。


「ああ、工場長様こちらに居ましたか。カルちゃんも頑張ってますね」


 そう言ってアルタがやってきた。


「どうしたんだ? 何かあったの?」


「はい、新しい魔石の成果を報告しようと思いまして」


 夜な夜なやってた魔石の研究か――何が出来たんだろう。




 ――――

 ――




「この謎の工場は何なんだ?」


 一見外は他の工場より一回り小さいぐらいだ。


 中を覗くと魔石のようなのが中央に取り付けられた装置がある。


 ライン作業工場みたいに魔石がコンベアで動くようだ。


「はい、ここはゴーレム工場になります」


「うん? 今もゴーレムの素体は作り続けているはずだけど?」


「はい、いいえこれは魔晶石を活用して自動でゴーレムを量産できるようにしました」


 魔晶石はたぶんあの巨大スライムのコアだと思われる。


 それを使いアルタが居なくてもゴーレムを作り続けることができるということだ。


「そいつはすごいな!」


「………………ふふん!」


 よし、頭を撫でてあげよう。


 アルタは頭を撫でれば撫でるほど――以下略。




 ◆ ◆ ◆




 油圧技術あるいは油圧工学という技術的体系がある。


 ところがこの学問は工学の中でも変わり者というか学ぶことが非常に難しい学問だ。


 たぶん一握りの大学で運が良ければ学べる程度だ。


 理由は至極単純で重機並みの油圧装置はとても大きく高価になるからだ。


 それでいて油圧の専門家になりたいという尖った学生なんて普通はいない。


 その前の流体力学という学問で液体や気体の運動エネルギーを学ぶぐらいだ。


 だから油圧設計できるのは油圧・空気圧系企業出身者か独学になる。


 彼らは油圧・空気圧システム図という不思議な回路図を構築して、縁の下の力持ちの様に機械設備の圧力を裏から操る。


 例えば電車のドアとかの開け閉めに『プシュ―』って鳴るのは空気圧を制御した結果だ。


 そんな中トランスミッションの油圧コントロールバルブの設計士からいろいろ教わることができたのは幸運だった。


 あの回路というより迷路のような油圧システムは正直言って笑っちゃうぐらいスゴイ。


 まあ教わった人からは『油圧は軽いノリで設計すると重大事故になるからな』と念を押された。


 だがノリと勢いでここまで来てしまったから――作っちゃったよ。てへ。



「ぎゃーー腕が潰れたーー」



 さらにノリで機械操作をするゴーレムの手が油圧で潰れてしまった。


「思っていた通りやはり危険ですね」


 そう言いながら決して腕を絡めて離れようとしないぽよんぽよんのアルタ。


「えー、このように高圧油圧は操作を誤ると簡単に潰れるので気を付けるように」


「はーい」と見学していたゴーレム達が言う。


「あ、演技ご苦労さん。新しい腕を付けていいよ」


「ぎゃー腕がうで……あ、はーい了解でーす」


 迫真の演技をしていた助手ゴーレムが次にはケロッとして腕を取り替える。


 そして油圧装置に巻き込まれた腕を取り除く作業に移った。


「油圧というのはパスカルの原理を利用して少ない力を倍以上の力に変えてくれる――」


 この油圧を発生させる油圧ポンプとそれを制御するコントロールバルブそして各油圧駆動の装置をパッケージ化して取り付けたのがいわゆる油圧重機だ。


「――という事でこちらが蒸気エンジン駆動の油圧クレーンになる」


「わー! わー!」


 ゴーレム達の鉄とプラスチックの打ち合う拍手が沸き起こる。


 拍手がうるさい!



 水や蒸気など圧力の歴史は古代から続いているが、油圧で動く重機というのは歴史が浅い分野だったりする。


 なにせ油圧用――つまり潤滑油と高圧に耐えられるゴムというのが近年の発明に由来するからだ。


 潤滑油もとろみを持たせた歯車用とは別のサラサラな潤滑油を使っている。


 ゴムも耐圧と耐油特性に特化した特別製だ。


 これでやっと油圧制御が脚光を浴びるってことだ。


 さて、出来上がった蒸気駆動油圧クレーンの見た目は控えめに言って不格好。


 それでもこれで高さ30メートル、重量50トン以上を釣り上げて建設ができる。


 これで壊れた橋も直せる。


 この橋は自分たちで壊したんだけど、支柱はきれいに残っている。


 まずクレーンで支柱までの足場を作り支柱の基礎を直す。


 次に片側からトラス構造の鉄橋を作っていく。


 そして別の場所で作っておいた床材をクレーンで運んで組んでいく。


 大雑把にいうとそんな計画だ。



 その時、北風が吹いてひんやりと寒さを感じた。


「うぅ冷えてきたな」


「……工場長様、冬対策を考えないといけませんね」


 そう言われて何が必要なのか少し考える。


 どんな対策が必要だろうか――。


 分野が増え続けてるから全部に対策が必要な気がしてきたぞ。


「それでどこから対策が必要かな?」


 こういう時はさっさと聞いてしまうのが速い。


「はい、石炭の生産と供給に不安があります。このまま冬が来ると山岳の隊商移動が厳しくなると思われます」


 たしかに最近は石油なんかの新資源に注力して初期の資源地帯に対するテコ入れを疎かにしていた。


 冬になり山脈が雪で閉じることを念頭に置いて行動しないといけないな。


「それじゃあ――今の生産力だと同時並行でいくつプロジェクトを進められるかな?」


 今までは一つだけだった。


 それは錬金術任せの力業による生産力の底上げをしていたからだ。


 だが今は違う。


「そうですね――計3件までなら同時に進められると思います」


 そう今はカルゴーレム分増えている。


 陣頭指揮とか絶対にやりたくないとか言いそうだけど、そこはフォローしながら進めれば何とかなるだろう。


「それなら3つのプロジェクトを進めよう――」


 一つは都市内で鉄橋を建設するプロジェクト。


 一つは南の森を突っ切って炭鉱まで鉄道を敷くプロジェクト。


 一つはアンモニア合成工場の建設プロジェクト。


「――銅鉱山と採石所は時間がないから諦めよう。今のうちにできるだけ掘り出したら1か月後には鉱山を閉鎖する」


「ええ、そうですね。さすがに雪の中で作業するのは難しいでしょう」


 ゴーレムといえど吹雪の山脈で作業は無理だろう。


 それに今は爆破掘削が基本だ。


 雪崩が起きたら目も当てられない。


 鉄橋はこっちでやるとして。


「アルには南の森の伐採と鉄道を任せた。爆薬を使ってでも炭鉱までの道を切り開いてくれ」


「さすがに爆弾は――いえ、そうですね。できるだけ急ぎましょう」


 あまり好ましい方法ではないが木を切るのも取り除くのもそして鉄道用に整地するのも時間がかかる。


 少しでもスピードを上げるためにも多少の邪道は目をつぶってもらう。




 ◆ ◆ ◆




 工場都市南部の森は穀倉地帯として、そして今は鉄道計画のために伐採が進んでいる。 武装したゴーレム達が森に分け入り安全を確保する。 新しい鉄道の上を油圧クレーンが通りレールを設置していく。


 だが南部の森には今も亡き主の命に従う亡者たちが放浪している。


 『カタッカタカタッ』


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