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第9話 化学肥料

皮肉にも三代目勇者の死によって明るみになったのがEクラス魔物です。

まるで皇帝のようにその一帯に君臨することから女帝と呼ばれる魔物達。

唯一の救いは確認が取れた女帝級には海を渡れない事と、一定範囲から移動する形跡がない事です。

もしそうでなかったら滅亡していたでしょう。


――魔大陸研究員のメモ

 最近入り浸りの研究所でハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成の試験をしている。


 といっても高圧力を扱うので離れた場所で見学しているだけだ。


 実際の実験はカルが行っている。


 圧力計のメーターが高気圧であることを示している。


 順調だと思われたその時、圧力に耐えかねて『プシューー』と蒸気が出る。


 うえ、アンモニア臭がする。


「ああ……失敗した、失敗した、失敗した、ボクは失敗した……壁になりたい」


 とても危険なフレーズを呟いて、また壁際で体育座りをするカルゴーレム。


「よしよし、失敗は誰にでもあります」といつものフォローをするアルタ。


 ああ、そうか二人とも嗅覚が無いんだったな。


「二人とも、アンモニア臭はするから合成は成功しているよ」


「…………成功………………ふふん」


 チョロ。


 まあ、やる気は取り戻してくれたようだ。


「そうなると装置の強度が低すぎたのでしょうか?」と疑問を呈するアルタ。


「いや、装置の金属が劣化しているから、たぶん水素が窒素じゃなくて鋼鉄と化学反応を起こしたんだ」


 装置の金属部分を虫メガネで覗きながら言う。


 これは高圧を扱う関係から鋼鉄の圧力容器を用意したが、鉄に含まれる炭素と水素が結合して劣化したということだ。


「そうなると材質の変更が必要ですね」


「いや、そうでもないよ。ここは内側を水素が浸透しにくい軟鉄で覆ってしまおう」


「なるほど、それではすぐに新しい容器を用意しますね」


 これでなんとかできればいいがハーバー・ボッシュ法はまだまだ時間が掛かりそうだ。


 次に石灰窒素工場を見に行く。


 そこでは筒状の塔のような装置の上から石灰を投入している。


 そして真ん中あたりでガスバーナーにより加熱して熱反応をさせる。


 装置の底部から化学変化した生石灰を取り出すが、送風することで熱交換を促す。


 そうやって効率を上げて生石灰を手に入れる。


 その後はコークスと混合して電気炉で莫大なエネルギーを使いカーバイドを生成する。


 けどさすがにこの辺のノウハウがないので、反応毎に冷却してから取り出してるのでとにかく効率が悪い。


 1サイクルに35時間程度、さらに装置に熱衝撃が発生するので何年耐えられるかもわからない。


 最終的にアンモニアが日当たり換算で100kg作れるかどうかだな。


 例えば電気炉以外に大量の酸素を供給すれば容易に1000℃の熱を作ることができる。


 けどそれで出来るのは膨大な一酸化炭素と二酸化炭素であってカーバイドではない。


 酸素を供給できないというのがカーバイド製造最大のネックってことになる。


 唯一の利点は爆発するような危険なガスが発生しないので近づいてもよいことだ。


 ただしアルタ同伴である。


「ぎゅ~~」


 そう安全とわかっていても横で腕に絡まってきてベッタリ状態だ。


 だがそれがいい。


 おっといかん、思考がそれた。


 とにかく生産力を上げたくても設備の大型化には限界がある。


 これでは将来的に必要になる火薬量に対して生産が追い付かないのが目に見える。


 やはりこの製造法はハーバー・ボッシュ法完成までのつなぎと見た方がいいだろう。


 つまるところアンモニアの生産は農業用だけは何とか供給できそうだ。


 だがそれ以外にも必要なモノがある――はずだ。


 農業というのは本当に何が必要なのかわからない。




 ――とりあえず肥やしが必要だろうという事でモノ達魔物の居住地に来た。


 場所は工場都市・西部の空き地だ。


 工場都市は危険地帯が多いので簡易的な柵で覆って掘っ立て小屋に住んでもらっている。


 もはやマヌケモノなんて蔑む名称からモーアー族という、いつか宇宙に飛び立ち銀河宇宙帝国と対立する反乱軍のマスコットキャラ的になりそうな種族名にした方がいいんじゃないか。


「もあもあ、もーんもーん。もが!」かわいい。


「モー、モグモグ、モア!」


「ふぅ、なんとか共用トイレを使って、その――は、排泄物を一カ所に溜めることが出来そうです」


「そいつはよかった。共同生活するからにはモーアー族にも資源を提供してもらわないとな」


「モーアー族?」

「モーアー、モ?」


「マヌケモノよりいいかと思ったんだけど――」


「モー、モアアアア、モーアー、モア!」

「我々は、全員、モーアー、です! っと言っています。ふふ、モーアー族でいいと思いますよ」


「そいつはよかった」


「モーアー、モア! モーアー、モア!」と周りのモーアー族達が叫び出した。


 とりあえずモノがまとめてくれているようなのでその場を去ってつぎの肥料集めに移ることにした。


 なにせ依然土づくりすらできていないのだから。




 ◆ ◆ ◆




 アンモニア以外にも三大栄養素として何かが必要なはずだ。


 …………ところで何が必要なんだろう?


 思い出せ。


 たしか化学系の選択科目を選んだ時に農学部をうろついたあの頃――積み上げられた肥料の袋にでかでかと書いてあった英数字。



 ――『888 NPK』これだ!



 この謎の英字は窒素とリンとカリウムの元素記号のはずだ。


 そうなると残りはリンとカリウムを用意すればいい。


 8とかの数字はパーセントだろう。


「となると次に探さなければいけない鉱物はリンとカリウムになるな」


「リンですか……」


 そう言って考え込むアルタ。


 確かにリンなんてどこにあるんだ?



 リンが歴史上はじめて見つかったのは近世のドイツ錬金術師だ。


 かれはなぜそう思ったのか人尿に賢者の石あるいは黄金の金属があると確信して蒸留した。


 そしたらなんと数千リットルの尿を蒸発させたあとの残留物から謎の物質を見つけた。


 それを賢者の石だと思い込んで大喜びして実験を継続するがついに失敗に終わった。


 その後その製法を高値でほかの錬金術師たちに売り渡したという。


 さすがにモーアー族の尿だけでは1トン当たりの8%――80kgのリンが集まるとは思えない。


 えーと、その後の歴史は――。


 いろいろあって17世紀末にはリンという元素が存在すると知られるようになり、それがリン酸カルシウムという形で骨に含まれていると突き止めた。


「あ! スケルトンの骨からリンを取り出せるな」


「……人骨から取り出すのは……ちょっと……」


「……まあ、そうだよなぁ」


 後は今まで倒した魔物の骨を砕いて肥料にする方法がある。


 しかしカルシウム分を除くと必要量に対して明らかに少ないだろう。


 うーん、リンと言ったらリンを巡る戦争たしかグアノ戦争があった。


 グアノか……。


 鳥の糞などが堆積して化石化したものだったな。


 他にはコウモリがいる洞窟――。


「お! そうだワームの巣ならグアノがありそうだ」


「それでしたらゴーレム達に掘削を指示しておきましょう」


「オーケーそうしてくれ」



 最後はカリウムになる。


 カリウムは植物の灰という形で古くから利用されてきたが塩との違いが理解されてこなかった。 しかし電気の発展が著しかった1800年代にボルタ電池を使って水酸化カリウムを電気分解して初めて金属カリウムを発見した。


 たしかそんな金属だ。


 カリウム塩というように岩塩鉱床や花崗岩に含まれていて、後の化学肥料全盛期にはカリ岩塩を掘るためにナトリウム塩のボタ山ができるほどだったはず。


「――となると岩塩掘削の際にカリウムが取れてないか後で確認しよう」


「なるほど、岩塩鉱床に含まれている可能性が高いのですね――わかりました」


「それ以外は古典的な草木の灰をあつめて当面を凌ぐしかないな」


 後で北の森跡地を調べたいな。




 ◆ ◆ ◆




 さて三大栄養素は何とか目途が立ったからいいとして、それ以外にも微量元素を集めないといけない。


 ――気がする。


 なぜそれが必要かというと人が鉱物を摂取しないと生きていけない生物だからだ。


 人の血がなぜ赤いのか、それは赤血球に鉄分が含まれていてそれが酸化して赤くなっているからだ。


 つまり人は鉄を摂取しないと生きていけない。


 それと同じように必須ミネラルというのは何種類もある。


 現代社会のすばらしいところはそれらミネラルを簡単に買えることだ。


 要するにドラッグストアに置いてある必須ミネラルサプリメントを思い出す。


 そしてその粉末を化学肥料に混ぜて間接的に摂取しようという魂胆だ。


 よーし思い出せ~ドラッグストアに置いてある謎のサプリメント。


 うーん。



 ――不足しやすいミネラルが一発で採れる!! マルチミネラル。


 鉄、マグネシウム、カルシウム、マンガン、亜鉛、銅、!"#、$%&。



 よし、混ぜるのは鉄、マグネシウム、カルシウム、マンガン、亜鉛、銅。


 他にもあった気がするがまあ問題ないだろう。


「――それでは微量栄養素を集めるとして配合比率はどの程度なのでしょうか?」


 一番聞かれて困る質問が来た。


「アル、それはだな。よくわからないんだ」


 と真顔で答える。


「たぶん作物の栄養なんだろうけどそこまで詳しくない」


「そうですか――つまり薬草園の知識が役に立つという事ですね…………ふふん」


 あ、今ドヤったな。母娘で同じ感じになってるぞ。


「そういえば中央の城に薬草園を作って青い花を含めて色々栽培していたな。それじゃあ、アル主導で化学肥料の配合をしてみるか」


 これで土も何とかなった。


 あとは火と風――じゃなかった、光源と温度管理だけだ。


 オーケー楽勝だね。




 ◆ ◆ ◆




 工場都市と南部の炭鉱を結ぶ中継拠点はロケット砲にスチームカノン砲それからエアガンで武装したゴーレム達が守っている。 このゴーレム達は拠点に近づく魔物達を威嚇射撃で追い払い、隊商の安全を守っている。 だが山脈の奥地に君臨していたドラゴンが居なくなったことにより勢力図が激変していく。 その影響は山岳の魔物にも波及していた。


『メ゛エ゛ェ ェ ェ ェ 』


ウッド{ ▯}「ちなみに微量元素で本当に必要なのはなーに?」


ストン「 ▯」「必須多量元素が――

カルシウム、

マグネシウム、

硫黄。


必須微量元素が――

鉄、

マンガン、

ホウ素、

亜鉛、

モリブデン、

銅、

塩素、

ニッケル。


有用元素が――

ケイ素、

ナトリウム、

コバルト。


となっています」


ウッド{ ▯}「半分当てられなかったかー」


ストン「 ▯」「ノーヒントで当てられたら逆に凄い。山脈の影響でミネラル豊富な土をベースにするからほぼ網羅的に摂れてると思うよ。偶然で」

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