第6話 リレー式ニキシー管電卓
ああ、おめーさんか。
今あるのは硝石集めギルドぐらいだ――。
『ちょっとお父さん、そうやって過酷な仕事場を斡旋する!そんなんだからキャッシュフローが悪くなるのよ!』
わるかったな。市場が混乱してるんだからしょうがないだろ。
おっとコイツは俺の娘だ。向こうの世界の教養を叩きこんだらいまだに貰い手がいなくてな。
『ちょっと変な事言わないでよ!』
お! そうだお前ソロバンはできるか?
どうだウチの会計として働かないか?
――最後の就職先を斡旋するおっさん
鉄鉱山では液体酸素爆薬による掘削が進んでいる。 毎日爆破音がかつて森だった場所に響き渡る。
その鉱山を追われたホーンラビット達は一カ所に集い皮肉にも数が増していた。 捕食者であるダイアウルフがその光景を遠くからじっと眺めている。
さて、不注意からアイアンが感電して様子がおかしくなった。
さっそく無線連絡でアルタに報告したらすぐに駆けつけてきてくれた。
「一体何があったのですか!?」という錬金術師。
「ああ、アル。ちょっと問題が発生して困ってるんだ」
目の前には体育座りして壁際に落ち込んでいるアイアン。
「はぁ…………鉱物に戻りたい」というネガティブ・ゴーレム。
「あらあら?…………と、とりあえず調べてみますね」
さすがに今までの脳筋軍曹からの変わり様に驚いたみたいだ。
それでも餅は餅屋、ゴーレムは錬金術師に任せるのが一番だろう。
――1時間後。
「それで何が分かった?」
例のゴーレムを一通り調べてくれたのでその結果を聞くことにした。
「はい、他の子よりちょっと個性的と言いますか、他の子達が個性的すぎるといいますか……」
ちょっと言いよどむお母さん。
「アル。ここは研究者らしく確定したことだけを端的に言ってくれ」
「わかりました。とってもネガティブですね!」
断言したよこのお母さん。
「――あとは他のゴーレムより頭がよさそうです」
それは興味があるな――ちょっと試してみよう。
「とりあえずゴーレム達に質問だ7×6は?」
「たぶん……掘削!」
「ハッ! おおよそ隊商の規模だと思います!」
「……ああ、単純な質問に答えなければいけないとか……ツライ。……42です」
すげー今までよく破綻しなかったなこの都市は!
もう少し難易度を上げてみるか。
「27×13は?」
「破砕です!」
「空気銃の玉の数であります!」
もうこの2体に聞くのをやめよう。
「……ああ、前数が27、13、6、3、1。なら後数は13、26、52、104、208。前数の偶数を除外すると対となる数は――13、26、104、208つまり351です。……ふふん」
「あらあら、まあまあ!」と驚きつつも嬉しがるアルタ。
「こ……これはロシア農民の乗法だと!!?」
ロシア農民の掛算――それは単純な計算を繰り返すことで答えを出す掛け算法である。 以下にその手法を示す。
9×13の場合。
前数 後数
9奇 13 ←奇数だから○
4偶 26 ←偶数だから×
2偶 52 ←偶数だから×
1奇 104 ←奇数だから○
このように前数は常に半分にして小数点は無視する。
後数は常に倍にする。
最後に前数の奇数チェックをする。
チェックしたら前数は忘れる。
この場合は奇数チェックで○だった後数は13と104になる。
最後に13+104をすると答えは117になる。
これがロシア農民の掛算である。
――この計算法のすごいところはつまり足算と2倍と半分の計算、そして奇数偶数を知っていれば計算ができる。
そしてプログラマー目線だと実はシフト演算と足算そして最下位ビット判定しかしていないことだ。
シフト演算と最下位ビット――二進数で10は【1010】である。20は【10100】、40は【101000】となる。 つまりに進数では0を1個分左にシフトするだけで倍数になる。
また奇数は5【101】、偶数は4【100】というように一番右側が1なら必ず奇数、0なら必ず偶数という法則がある。
だからプログラマーなんかがこの計算法をプログラミングしてみると感動するほど記述量が少ないという。
ほんと感動する。
だからこそコンピュータの乗算処理はこの一連の処理を繰り返して計算している。
もっとも桁数が少なければ九九の方が計算速いし、桁が多いのならソロバン使えばいいじゃないという人もいる。
この乗算処理を元に開発された電卓が誕生したときも、そんな謎の対抗意識が立ちはだかった。
そして始まったのが1946年の計算機械VSソロバンという計算勝負だ。
今でいうガラケー文字打ちVSスマホ音声認識の文字数対決みたいなものだ。
結果は4対1で当時ソロバンの達人だった謎の日本人の勝ちだった。
だがこの勝負を見守っていた樫尾俊雄という謎の人物はこうメモを残した。
『ソロバンは神経。されど計算機は技術なり』
この人物こそ後に電気演算機――通称電卓を開発して世界に革新を与えた電卓四兄弟の一人だ。
ぶっちゃけ暗算で高速計算できたほうがエンジニアとしては強みだ。
だがその処理速度よりも解決しなければいけない問題が増え続けた場合はどうだろう?
いくらソロバンの名人でも自動車の運動シミュレーションを手計算でやるのは不可能だ。
「アル! 今の仕事内容はどうなっている?」
「突然ですね。生産力が上がったので最近は主に強度計算と修正それから資料整理の計算に時間をとられています」
そう、分かっていたことだが最近はとにかく計算地獄が日常と化している。
朝から晩まで計算が主な仕事だ。
理由は生産力が上がってその生産に先んじた設計と計画とそれらの計算が必要だからだ。
残念ながらモノづくりという分野は筋肉や神経では解決できない。
全てを計算と独創的なアイデアで解決するしかない。
だからこの計算地獄も計算とアイデアで解決しよう、というのが先人たちの知恵だ。
「オーケー、油田ができるまでこのゴーレムと電卓を作るわ」
「ああ……勝手にやることが決まる……ツライ……鉱物に戻りたい」
「アイアン……いえ、えーと名前はどうしましょうか?」
「それなら計算ゴーレムでいいかな」
「カル・ゴーレムですね」
計算のカルキュレーション由来か悪くないな。
「それじゃあカルこっちに来てもらおう。計算機の開発だ!」
「ああ……勝手に名前が決まるなんて……カル……カルちゃん…………ふふん」
あ、なんか気に入ったみたいだ。
◆ ◆ ◆
電卓つまり計算機は論理回路の集合体だ。
電気工学と情報工学において習うANDやNANDそれから半加算器や全加算器から始まって、謎のブロック図がありえないほど複雑に組み合わせてできている。
これをデジタル回路というが一つ一つのデジタルブロックは物理的に表現が可能だ。
だからベークライトの基板の上にリレーを複数置いて配線をすれば再現できる。
あとはブロック図に対応した電子基板をこれでもかと量産して接続すれば電卓が完成する。
「ああ……退屈な部品配置…………なんてツライ作業……けどもう完成します。……ふふん」
ツライツライといいつつも、その手先の器用さから電子部品を取り付けていく。
というより我々の中で最も器用だぞコイツ。
ためしに真空管を作らせてみたら錬金術ナシで完成させた。
マジかよ!?
計算できて職人並みの器用さって工業系最強のゴーレムじゃないか。
「ああ……有能だと無限に仕事が舞い込む未来が見える……ツライ……石になりたい」
そう言って作業を放り投げて壁際で体育座りしてうなだれる。
「カルー! 大丈夫だ。絶対にオーバーワークさせないから壁際でふさぎ込むのやめて、ね!」
唯一最大の欠点はネガティブマックスすぎて、時々ケアしないとすぐに仕事を放棄して引きこもることだ。
なんだろ――親近感が沸くな、このゴーレムは。
――――
――
さて、突然のゴーレムの性能アップの理由を考えてみた。
きっかけは高電圧を浴びまくったのが原因だ。
脳科学という分野の研究に脳に微弱な電気刺激を与えると脳が活性化するという話があったはずだ。
それと一緒なのかもしれない。
今までは高電圧を流すとモーターが燃えるからそういった研究はしていなかったな。
だがネガティブはなぜだ?
うーん、心理学の研究で頭のいい人ほど将来予測の精度が高く、それによるマイナス面を常にフィードバックをかけながら行動するという。
そのせいで将来が不安一択になるとネガティブに落ち込みやすい、みたいな仮説を読んだことがある。
おっとそんな状況をつい最近見たことあるぞ!
――そんなことを考えながら丸一日電卓の基礎部分を作りこんだ。
その間、アルタと交代で新ゴーレムのケアをした。
そして基本動作がうまくいっていることを確認するときに少し問題が起きた。
「ああ……計算結果の表示……思いつかない……ハァ…………情けない。…………さようなら」
せっかく計算する回路を作り上げても表示できないなら検証のしようが無い。
「そうだな、ここは真空管技術の応用でニキシー管を作ってみるか」と言いながらカルの首根っこを摑まえる。
ニキシー管というのは0から9までの数字が浮かび上がる真空管みたいな形状の電子部品だ。
形状が似てるのは真空管と同じ技術を使っている影響だ。
それもそのはずニキシー管は小さな真空管製造会社が1950年代に開発したものだったりする。
だが7セグと呼ばれるLEDディスプレイが登場するとコスパの悪さから急速に廃れてしまった。
最終的に1990年代に生産が終了して中古品が流通するだけだ。
それでも不思議な魅力があるからひっそりと海外で生産されていたりもする。
真空管との違いはガスを封入することだ。
一見フィラメントを発光させているように見えるが実は違う。
実際は封入したネオンガスが発光している。
だからネオンガスを入手しないといけない。
「ネオン……見つからない……ああ、挫折」
「いや、もうネオンあるから大丈夫だから」
ネオンガスがどのようにして作られるかというと液体空気と一緒だ。
ネオンは窒素よりさらに沸点が低いガスなので、深冷式蒸留塔から取り出すことができる。
このネオンに電圧をかけると謎の発光現象によって光ってくれる。
いわゆる夜の街を彩るネオン灯だな。
このネオンガスとアルゴンガスを混合したものをペニングガスという。
例によって謎の原理によって電圧が低くても光らせる節電効果を生んでくれる。
あとは数字を『0』から『9』まで型どったプレートを接触しないように重ねる。
そしてそのすべてのプレートから電線をだす。
各数字用の10本とアノード電極の1本の合計11本の電線が出来たら外に取り出す。
あとはガラス管に収めて真空にしてペニングガスを封入してバーナーで溶かせば出来上がり。
イエーイ! ニキシー管ができた!
「この11本の電線に順番に電気を流すと各数字が浮かび上がるってことだ」
そう言って電圧を与えると一番奥の0が発光し、順番に動作を確認して最後に手前の9の数字が浮かび上がった。
「ああ……つまり計算結果を各電線に流す変換回路を作るのですね。三極真空管ですか、リレーですか…………もう魔石に戻りたい」
などとブツブツ言っているネガティブゴーレム。
「カルこれが完成したらアルタお母さんがすっごい喜ぶよ」
「ああ……褒められる?………………ふふん」
……チョロ。
――――
――
そんな感じで8個のニキシー管が並んでいるディスプレイができた。
そしてそれを本体とつないで計算結果が表示されるリレー式電卓ニキシー管添えができた。
リレー式なのでその大きさたるやタンス並みの箱の計算機。
そして計算するための専用の机に見慣れた電卓のボタンが左側に置いてある。
さっそく未知の技術に興味津々なアルタに試しに計算してもらう。
「あらあら、あらあら……まあ!」
計算するたびにリレーがカチャカチャと音を鳴らす。
そして静かになるとニキシー管に答えが浮かび上がる。
「工場長様、これは素晴らしいです!」
「それはよかった。やったなカル」
「えぇ、カルもよくやりました」
「…………………………ふふん」
本当にチョロいなコイツ。
少々扱いづらいが新ゴーレムは計算ができる新戦力になりそうだ。
それから電卓を作っている間に石油設備はほぼ復旧した。
これでやっと次の開発に移れる。
そうアンモニアの合成だ。
ウッド{ ▯}「謎の日本人ってだれ?」
ストン「 ▯」「そろばんの達人であった貯金課の松崎喜義という方だね。『指と器械の一騎打ち』として当時話題になったみたいだよ」
ストン「 ▯」「ちなみにリレー式電卓のイメージはCasi○の14-Aを8桁にしてニキシー管ディスプレイに換えたロマン電卓だって」
ウッド{ ▯}「元ネタの表示手法も面白いよ!」
※アルゴンで何か作れないかな?
→ロマン枠のニキシー管が作れる!
→ニキシー作るには真空管!
→真空管と言ったら無線機!
という流れから2話連続で電気ネタになってしまいました。
次回からやっと窒素です。




