第5話 真空管
魔王様! 魔王様!!
西の果てから頭に何かが流れ込んできます!
どうかどうか助けてください!!!
ああ、聞こえる聞こえますぞ。
トゥトゥトゥ、ツーツーツー、トゥトゥトゥ。
く、くぅるっぽーー!!
――魔王様は銅のヘルメットを与えた
思いのほかトリ肉がおいしかったので残りの肉は冷凍保存することにした。
そして久方ぶりに料理のすばらしさに目覚めて、調子に乗って小麦粉でパン作りに挑戦してみた。
あーそうだな――最初は炭水化物の粉だった気がする。
それが最終的に炭化水素という名の炭になった。
これだから料理は嫌いだ。
うん、やはり自動化だ。
いつか食品量産工場を建てて自動配給できるようにしてやる。
そんな感じに食事を済ませて今日のやる事を考えないといけない。
油田は石油タンクが再建されて今は各種蒸留塔の建設中だ。
正確には工場都市の設備群が建設資材を量産中だ。
この後の計画は石油を復活せて、次に火薬を作るためのとある謎の設備を作る。
まあ、そんな感じだ。
だが現在それを妨害する最大の壁が立ちはだかっている。
それは――。
「さあ、工場長様。通信機が出来るまで私はテコでも動きませんからね!」
――と、言いながら仁王立ちして後ろから見守るお母さんだ。
過保護が再発したアルタママを安心させるために今度はより実用的な通信機を開発する必要性が出た。
どうやら例の大爆発の衝撃波によっていくつかのコヒーラ通信機は壊れていた。
そのせいでロックバードの襲撃に気が付かなかった。
まあ、ゴタゴタしていたんだから仕方がない。
今後の事を考えると音声通信ができた方がいいだろうということになり現在に至る。
いいだろう。 すぐに作ってやるさ。
前回は石油開発前だったのでヘボくて信頼性の低い通信機だった。
だが今は違う。
まず高電圧に耐えられるエナメル線を開発した。
それを使って高出力のモーターもできている。
そして潤滑油があるから高性能な真空ポンプも動かせる。
つまり――。
「真空管という古き良きアンティークを開発できるってことだ」
「工場長様、言われた通りにガラス管を用意しました。それからガス溶接機にその他いろいろですね」
「ありがとう。それじゃあ始めよう」
まずガラス管は大きいのと小さいのを用意する。
この管を回転させながら真ん中をガスバーナーで溶かす。
するときれいな電球のような形の管ができる。
――ドロドロッ。
そんなうまくいかずに溶けて崩れた。
「あ、アルえもーん、こんな図面のようなガラス管が欲しいよ~」
図面には電球のような形状のガラス――そのツルツルな部分に小さいガラス管をさした形だ。
見ようによってはワイングラスみたいなものだろうか。
「まあまあ、任せてください。すぐに作りますね」
さすがアルえもん! なんとか外側ができた。
それじゃあ次は内側の謎の部品を組んでいく。
まずはフィラメントという電気抵抗の大きい電球のアレを用意する。
これをヒーター代わりにカソードプレートという板を加熱する。
そして反対側に金属プレートを置く。
要するに電子の受け皿みたいなものだ。
後はガラス管内部を真空にすると真空管ができあがる。
この発明は1880年代にあのエジソンが電球の中が黒く汚れるのを防ぐために金属プレートを入れたものが始まりだ。
ところが当時はこれが世紀の大発明だと気が付かなかった。
――ただの汚れ防止板という認識だった!
という事で20年ぐらい時が経った1900年代にはじめて『エジソン効果』という謎の原理で動く真空管が発明された。
謎と言っても原理は案外単純でフィラメントを光らせると、密着させたカソードプレートが加熱する。
この時にプレートから熱電子という電子の兄弟みたいなのが飛んでいく。
この飛んでいった電子を元汚れ防止プレートが受け止める。
これによってはじめて二枚の金属板をつないでいた電池に電流が流れる。
面白いのは電極を逆につけると電流が流れない。
そう、これが世にいうダイオードだ。
ヒャッホー!
これでついに交流電気を直流に変換することができる!!
さらにダイオードによって高周波から音声だけを取り出す検波回路も作れる。
テキパキと電子部品を作りこんで真空管の内部を完成させる。
しかしこれだけだと欠陥品の可能性が高いので洗浄剤で油汚れなどを徹底的に除去する。
次に電線が出ている根元をガラスで密閉して蓋を作る。
――ドロドロッ。
「アルえもん……」と言ってみる。
「はいはい、今作りますね」
そしてできたフタ付き電子部品を慎重にガラス管の内側に入れる。
蓋をするためにガラスをバーナーで炙り溶かす。
――ドロドロッ。
…………。
「あらあら、修復すればよろしいのですね?」
「……アルえも~ん。任せた!」
さて、気を取り直して続きだ。
真空管の下側は配線が伸びている――上側は小さなガラス管が角のように付いている。
これは真空にするためにワザと付いている。
だからこの小さい管を真空ポンプとつないで空気を取り出す。
「これで完成なのですか?」
「いいや、この状態だと内部の金属部品に付着したガスが悪さをする。だから誘導加熱機で加熱するんだ」
誘導加熱――原理的にはIHクッキングヒーターのこと。 コイルの中心に金属を置いて電力をかけるとその電力と金属の電気抵抗値に合ったジュール熱が発生する。 この仕組みを応用すると外界と遮断された真空管の内側の金属を任意で加熱することができる。
いい感じに真空管内部を加熱して残留ガスを排出する。
十分にガスを排出したら小さいガラス管をバーナーで溶かす。
すると真空管の負圧と外圧の関係からいい感じに穴を塞いで真空管の出来上がりだ。
――プシュー……パリンッ。
それは一瞬の出来事だった。 穴が空いたと思ったらガラスが割れたのだ。
「あ、アルえも~ん!!」
「はいはい、錬金術で修正しますねー」
――数時間後。
20個に1個ぐらいの成功率だがなんとか真空管ができた。
ついでに三極真空管という謎の真空管もできた。
三極真空管――フィラメントとプレートのあいだにグリッドと呼ばれる網目板を配置する。 この網に電圧を加えるとプレート間の電流量を増やせる性質がある。 これが世にいう『増幅作用』である。
この謎の管で電流を増幅させると、今まで音が小さかったスピーカー通信の音声を一気に上げることができる。
いわゆるオーディオ機器のボリューム装置――真空管アンプが作れるってことだ。
これで小声並みの音を50倍ぐらいに増幅させてスピーカーから怪音波を出すことができる。
――ばくおん!!
いいねワクワクするよ。
真空管ができたので今度は電子部品を配置して製品を作る。
そのために久しぶりにフェノール樹脂と紙を混ぜて紙ベークライトの板を作った。
いわゆる基板というやつだ。
その上に電子部品をこれでもかという感じに配置する。
上から見ると美しい配置も、裏側はとてもお見せできないようなごちゃごちゃ配線になっている。
まあ、試作品あるあるだな。
あとは発振回路というちょっとした電気の波を発生させる謎の回路を作ってあげる。
低周波というのは案外コンデンサと抵抗あるいはコイルで作ることができる。
この謎の発振回路で電波の波を作りその波を増幅させるといい感じに通信電波が出せる。
あとは電波に音声に合わせて変化させる送信機とその電波を受信して音声の波だけを取り出す受信機をセットで作れば完成だ。
「工場長様、だんだん分からなくなってきました」
「ですよねー。とりあえず電気の波――つまり電波を人工的に作ってそれに音声を乗せるイメージになる」
「その電波をこの送信機で出して、こちらのアンテナで受け取ると声が聞こえるのですか?」
「そう、そんな感じ」
――――。
――。
という事でとりあえず完成。
そこでちょっと離れてアルタと通信の実験をしてみた。
「ハロー、ハロー」
『わっ工場長様だ! わっ! は、ハロー』
「こっちもちゃんと聞こえてるよ」
こういう未知に触れるとテンション上がるのカワイイ。
じゃなかった実験は成功のようだ。
これでどこでも双方向通信ができる。
◆ ◆ ◆
無線通信ができたのでアルタは蒸留塔建設のためにギルドで書類整理といろいろな計算をしに戻っていった。
石油がある程度溜まるまで数日かかる。
その間に不足している液体酸素工場の計画を立てている。
ほんとやる事がいっぱいで困る。
「工場長殿! 準備が整いました!」
「了解。感電しないように気を付けるように」
「ハッ!」
今までより高電圧を扱うから結構心配だったりする。
不死身のゴーレムって地雷があっても気にせず踏み抜くから怖ろしい。
『電波実験は気を付けてくださいね』とさっそく無線で通信してくる新しいもの好きな錬金術師。
「了解だ」
けれど今やっていることが終わったら膨大な計算地獄が待っていると思うとちょっと嫌になる。
石油設備の計算に酸素工場の計算、それから空気銃の設計の見直しのための計算。
それらが片付いたらハーバーボッシュ法の設備の計算。
それからついにエンジンの計算が始まる。
うへー。
ちょっとげんなりしてきたので無線でちょっとしたことをやろうと思う。
という事でアイアン含め助手ゴーレム達と通信塔の建設をしている。
作り上げたのは短波通信塔だ。
電波というのは人類感覚で長波から短波さらにはマイクロ波までいろいろ区分けをしている。
その電波達はすべてが面白い性質を持っている。
今回脚光を浴びたのは短波ちゃんだ。
この周波数3~30MHzの電波は――惑星スケールで活躍する重要な電波だ。
というのも電離層というこれまた惑星スケールの謎の領域が大気の上層部に存在する。
短波がその謎の領域にぶつかると反射して地面に電波がいく。
さらに地表の謎の鉱物たち(通称:地面)は短波を受信すると跳ね返す。 するとまたしても電離層に反射される。 ここからは反射のリレーが繰り返されて――ちゃっかり海の水でも反射する。
もしかしたら短波ちゃんは世界に嫌われているのかもしれない。
だがこのおもしろ特性は条件さえ合えば惑星の裏側まで短波が飛んで通信してくれるってことだ。
有名なのだと南極大陸の昭和基地と千葉県にかつて存在した銚子無線電報局との間で短波モールス通信ができていた。
そう、途中の中継拠点というインフラ整備がいらないってことだ。
そんなスゴイ短波ちゃんにはもちろん欠点がある。
その欠点とは電離層で反射するという事は宇宙――つまり衛星通信が不可能ということだ。
だから現代の大規模大量通信社会では役目が無くなりつつある。
「そんな短波でもここでなら意義はある。――つまり救難信号を出すってことだ」
『誰かが受信してくれるといいですね』
どこまでも通信が届くという事は通信の原理を知っていれば誰でも電波を拾えるということだ。
例えば――『アルタさん愛してる!』というのを短波に乗せて通信すると名前も知らない誰かに筒抜けということになる。
『あと工場長様。絶対に変な通信を拡散しないでくださいね!』
く、勘の鋭い女だ。 なぜわかったし!!
「あ、安心してくれ言語が理解できない可能性が高いからシンプルなモールス信号を送信するだけだよ」
『……ならいいのですが』
かつて第二次世界大戦時には短波通信で味方とやりとりをしていた。 そして敵対者は無線傍受して相手の行動を把握した。 ここから壮大な暗号通信の歴史が飛躍的に向上する。
そんな敵はいないから心置きなく無線で信号を送れる。
「さあ、始めよう。通信内容はオーソドックスに分かりやすく」
『ピピピ、ツーツーツー、ピピピ』
SOS――誰か助けてください。
「よーし、救難信号を送るという目的も達したことだし撤収するぞ」
「ハッ! 全ゴーレム撤収!」
今後のためにも真空管は量産したいが、これは手工業の延長のような立ち位置で困る。
ガラスを金属に変えて、耐熱ゴムで圧着すれば量産仕様になるだろうか?
それとも――。
「アババババッ!?!」
――なんだ!?
声のする方を見るとアイアンが感電していた。
電波塔から漏電した電気をもろに浴びて火花が散る。
両手両足そして頭がありえない方向に回転している。
グルグルグルグル――早くなんとかしないと!
「すぐに電気を切るんだ」
別の助手ゴーレムが緊急用のブレーカーを落とす。
後には黒焦げのアイアンだけが残った。
「あ、アイアン? 大丈夫か?」
アイアンはゆっくりとこちらを向いてただ一言。
「はぁ~、感電するとか…………つらいです」と言った。
ウッド{ ▯}「ねえねえ無線って結構端折ってない?」
ストン「 ▯」「大量に端折ってる。本来なら本編以外にもノイズを除去するフィルタや、インピーダンスやリアクタンスさらにアナログ変調方式など色々と読者の脳を電波にする理論を膨大に説明しないといけない」
ウッド{ ▯}「オーケー頭電波になりたくないからカットしよう」




