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第1話 静寂の世界

 50の小部族、44の氏族、27の辺境領、8の種族、7つの魔術体系、6つの自治区、5つの文字、4つの言語、3つの宗教、2人の王、1つの国家。

 精霊に導かれし人と魔の融和こそ求められし建国の国。平等いう名の幸せの秩序はアッシャー界では常識です。今こそ相互の霊聖な社会をなして、豊かなる輝かしき不朽の世界を夢見ましょう。


――古代魔法王国ムール・不老王兄ブリウス


 規格外の超大型スライムを倒したはいいが、その後に体調を崩して丸一日寝込んでしまった。


 久しぶりにぐっすり眠れた気がする。


 そして起きたらアルタがやってきて薬草を煎じた薬を飲ませてくれた。


「工場長様、こちらは食前薬になりますので栄養のある野菜スープと果物を食べてくださいね」


 彼女の中で何があったかわからないが「工場長()」と様付けになっていた。


「その様というのは何とかならないかな」


「うーん……ダメですね。工場長様は工場長様なのです」


 断られてしまった。


 昨日も同じ問答をして押し切られてしまったから諦めよう。


 出会いから今まで、彼女は常に変化していった。


 内面もだがそれよりも外見の方が変化が激しい。


 ついこの前まで砂だったのに今やスライム娘である。


 なんでも意識を取り戻したら空から降ってきたスライムが直撃してこうなったという。


 スライムの体は弱点が多いので、いつものお仕事モードでは青銅の素体になっている。


 今日みたいな日はスライム化して寄り添ってくる。


 そして――。


「工場長様、栄養満点の野菜スープです。はい、あーん」


「いや、自分で食べれるか――」


「あらあら……ダメですか?」


「…………」


 表情が分かるようになり、顔を『うるうる』させながらこちらを見ている。


「……ます」


「――?」


「食べます!」


「うふふ、はいあーん」


「……あ、あーん。――んぐんぐ。 ……お、おいしい」


 上目遣いをするスライム娘の「あーん」を拒否できますか? 無理だね。


 野菜は相変わらずだが、耕した影響か前より実っている。


 それだけは救いだ。


 それにしてもこんな恥ずかしい思いをするとは思わなかっ――。


 いつの間にか目の前にスプーンがあり、アルタが次の「あーん」をしていた。


 あーんは人生初体験だ。


 これって完食するまでずっと続くのか?


 マンガやアニメだと1カットだけだから知らないけどそういうものなのか?


 ウソだろ。



 ――この後ずっと続いた。







 甲斐甲斐しくも献身的な介抱のおかげで体調は回復した。


 ずっと寝込んでいるわけにはいかないので今後の予定を立てようと思う。


 そのためにも工場の把握をしないといけない。


 寝込んでいる間、工場の状況は教えてくれなかった。


 彼女なりの配慮なのだろう。


「ちょっと周辺の調査に出ようと――」


「ダメです」


「えぇ……」


「いいですか。城を蒸発させるほどの魔物がいる時点で工場長様は部屋から出ない方がいいのです!」


 前からだけど過保護がさらに進行していないか?


「うん、けどあれほどの一撃ならどこにいても変わらないから、少しでも工場の復旧を急ぎたいんだ」


 そう言いながら彼女の手を握る。


「それに工場復旧の要が二人そろって休んでいたら復旧がさらに伸びる。そしたらむしろ危険度が上がるだろ?」


「――そ、そうですね、工場都市内なら自由に移動して構いません。しかし! 周囲は危険ですので城壁の中までですからね」


「アイアイマム」


 何とか納得してくれた。




 ◆ ◆ ◆




 傷跡残る工場都市の現状の把握に努める。


 アルタは最も被害の出た石油関連施設というより、文字通りスライムの山の処理に向かった。


 スライムは盛大に吹き飛んでそのほとんどが蒸発した。


 しかしやはり残りカスは存在する。


 ただしカスといっても桁違いなのでちょっとした丘ぐらいのゼラチンと万を超える魔石の山になっている。


 気になるから久しぶりに円錐の体積計算をしてみよう。


 遠めだったが石油施設を飲み込むほどだったから高さが約500メートルぐらいの半径もそのぐらいだろうか。


 ――――エイヤッっと計算すると体積は1億3千万立法メートルだろうか。


 おおう、スライム総数が軽く1億ってことになるのか。


 インフレし過ぎじゃないかなスライムよ。




 一通り工場を見て回ってから壁内という事なので、壁の上へ登り周囲を見渡す。


「とても静かだな」


 今まで騒々しいほどに稼働していた機械が全て止まっている。


 そして外も同じく生物がいなくなったかのように静まり返っていた。


 まず工場都市内部はそこまで被害は出ていない。


 そもそも資源地帯が東の山脈に偏っている影響で工場も東側に集中していた。


 だからスライムの雨による被害は軽微だった。


 逆に西側の地面はそこら中に焼けて黒かったり石灰で白くなっていた。


 そして都市内で壊れたか所は寝ている間にアルタが直してくれていた。



 一番の被害は緊急停止した高炉だろう。


 溶鉱炉の中で溶けていた銑鉄が全て固まり、急激な温度変化による熱衝撃で炉が傷んでいた。


 製鉄所が赤字でも生産を止めることができないのはこれが原因だ。


 ようは一度緊急停止すると製鉄所を一から建設することになる。


 ――これは作り直しだな。



 工場以外に影響があったのは畑だ。


 なんと工場都市に残ってた畑と南側に広がる畑、両方とも燃えるスライムの雨が直撃してしまった。


 その後、暴れまわるスライムと戦うゴーレム達によって荒れ果ててしまった。


 ちょうど収穫期なのに当初予定を軽く下回る収穫量になった。


 これは後で対策が必要になる。



 次に外の様子を見てみる。


 まず元北の森は黒々とした焼け野原になっている。


 北の遠くでは森林火災が発生しているのだろう黒煙が上がっている。


 森林火災の消火をしたいところだが北部は未知の領域だから積極的に動けない。



 東の山脈はキノコ雲があった場所に抉るようなクレーターができている。


 ただ銅鉱山よりも何キロも奥の山だったので生産に影響はなさそうだ。


 南の森は最も被害が少ない。


 石炭の生産能力は変わりないので、燃料が問題になることはない。


 良くも悪くも蒸気機関とボイラーは燃えれば何でもいいのだ。


 さて最後に西の油田地帯は――なんとか消火できていた。


 寝ている間に坑井を塞いで鎮火に成功した。


 熱も有毒ガスも不死のゴーレム達には何ら障害にならなかった。


 だが、今までの生産物が全て吹っ飛んでしまった。


 唯一無事だったのは潤滑油だ。


 爆発する心配が無い消耗品だからほとんどが工場都市内に備蓄してあった。


 だから当分は生産能力に影響が出ることはない。


 現状は高炉が止まっているので石油施設の再建は未定だ。



 他に懸念というと自衛能力だ。


 あれほど凶悪な魔物がいる世界で連弩とロケットでは力不足だ。


 そしてありったけのロケットは使い切ってしまった。


 アルミの備蓄も少なく触媒に使いたいからテルミットは封印することになる。


 ――これは地味に痛い!!


 もちろん鉄の剣や槍なんて玩具でしかない。


 自衛のためにもより強力な武器が必要になる。



 そんなことを考えていたら北らか強風が流れ込んでくる。


 そして肌寒くなってきた。


 季節がまた変わろうとしている。


 工場は活気を失い、北から寒気が忍び寄ってくる。





 ◆ ◆ ◆





 城壁から降りて今後について考えるためにギルドへ向かう。


 途中で採れた野菜を運ぶゴーレム達がいた。


 その野菜を見ていたらふと違和感を感じたので、採れたての野菜を集めてもらった。


「それにしても――これがキャベツなのか?」


「はーい、こっちが都市産でー、こっちが南産だよー」


 二つはもはや品種が違うんじゃないかというぐらいに色が違った。


 都市産は黄緑色の野菜であり、外のは赤黒い感じだ。


「んぐんぐ……味は同じか、なんなんだこれは?」


 うーん、昔どこかでこんな現象を体験した気がするな。


 あれはたしか小学生の頃に――。


 …………!?


「あ!? もしかしてこれは紫キャベツなのか!」



 紫キャベツ――別名:赤キャベツ。 土壌のpHによって色素の色合いが変わるキャベツである。 主に食用として利用されるが、アントシアニン系の色素を利用した酸塩基指示薬としても活用する。 特に小学生の夏休みの自由研究として人気が高く、必ず誰かとネタが被ることになる。



 という事はさっそく調べてみよう。


「よし、ゴーレム達、硫酸と重曹それから紙を持ってきてくれ」


「りょうかーい」


 ちょっとした理科の実験をしてやはり紫キャベツと似たものだということが分かった。


 つまり偶然にもリトマス試験紙のような物ができた。


 そしてついでに周辺の土、つまり土壌のpHを調べたら市内が推定アルカリ性、市外は酸性だった。


 なんてこったい!


 こんな違いがあるなんて!


 これだから植物や農業は嫌いなんだよ!!


 ああ、機械の方がいい。


 その場で問題点を修正できる事のなんとすばらしいことか。



 …………ふ~落ち着け。



 とりあえず次の食糧生産計画も後で考えよう。






「それでアルに相談なんだけど、建築資材はどの程度あるか教えてくれないかな」


「それでしたら――当初から石油施設は爆発事故が起きることを前提としていましたので重要な備品類と装置は予備があります」


 そう言ってから予備用品のリストを渡してくれた。


 確認してみるとなるほど、大型はボイラーからターボそして小物は圧力計なんかもそれなりにある。


 これなら蒸留塔を一つ作ることができるな。


「なるほど、ありがとう。ちょっと何ができるか考えてみるよ」


「わかりました。けれどあまり無理をなさらないでくださいね」


 「わかっている」と返事を返して自室に戻った。



 現状の問題点をざっくりまとめると――。


 手持ちはプラント一つ分の資材しか使えない。


 解決したいのは――。


 石油施設を短期間に復活させるだけの鉄の生産。


 そのための鉱山採掘能力の強化。


 次に焼失した農作物も復活させないといけない。


 そのためにも土壌改良を前提とした新計画が必要だ。


 これらと並行して自衛用の兵器開発もしないといけない。


 要するに一石三鳥ぐらいの結構アクロバットな事をする必要があるってことだ。




 ………………。




 まあ、ぶっちゃけ楽勝だね。


 異世界よ。エンジニアの底力を見せてやろう。


 では始めるか。


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