幕間 生きるための糧
世界的なスキャンダルによる政権交代劇には謎が多い。 しかし関係者のほとんどは病院などで起きたクラスターにより亡くなってしまった。
面白いことにオカルト掲示板では***** ******の失踪が全ての始まりであり、***** ******は異世界に旅立ったと噂されている。 眉唾物の話であるが伝手を頼りに防犯カメラの『例の映像』を入手した。 驚くことに本当に忽然と消えていた。
とある懇意の科学者――変人として有名だが――に異世界へ行くことは可能かと聞いたところ『理論上は時間を遡るのに1.21ジゴワット必要だから同じだけのエネルギーを使えば可能』とのことだ。 ただし高エネルギーから体を守るために自動車のような筐体が必要とも言っていた。
問題はこれだけ丹念に調べたのに公表したら奇人変人扱いになることだ。 残念だがこの部分には触れずに政治と癒着に焦点をあてて執筆しよう。
――あるジャーナリストの手記
憂鬱だ。ああ、憂鬱だ。ほんとかな?
飯がマズイことに目をつぶればここでの生活も案外いい気がしてきた。
徹夜の作業はしなくていい。
朝の通勤ラッシュに揉まれることもない。
朝令暮改の仕様変更とおさらばだ。
おお! ここはパラダイスなんじゃないか!
…………。
……。
「何も無いのがパラダイスとかありえないね」
ついつい自分自身にツッコんでしまった。
そう何もない。
そして何をすればいいのかもわからない。
とりあえずやったことがない畑弄りというか小石を拾う。
そして、耕すという謎の行為を実践するために硬い地面を掘り返す。
農業なんてやったことないしこれが何を意味するのか知らない。
知らないというかノウハウがない。
憶測と推測から思うに雑草を根絶やしにするのと、野菜が育つのに硬い土だと問題があるのだと思われる。
なにせこの目の前にある推定ニンジンと思われる謎の野菜は硬い地面に負けてゴボウのような細さと頑丈さを持っている。
噛みしめるとニンジン味の汁がほんのり出る。そんな野菜だ。
土だけで劇的に変わるとは思わないが、やるだけやってみよう。
それからこの野生の野菜達は冬にじっと耐えながら成長し、春に一気に花を咲かせるようだ。
つまりあと一月ぐらいでちょうど種まきのタイミングになる。
これも推測だが秋ぐらいにもう一度咲いて種を残すと思われる。
年に二回収穫できるように品種改良された野菜ってことだ。
本来なら冬を跨がないはずが無秩序に野生化してこうなったんだろう。
だがそれは上手くいけば100日ぐらいで最初に収穫、さらに100日後の冬の前には二度目の収穫が期待できるということだ。
「ザックザク~ザックザク~」とゴーレムが道具で耕している。
ちょっと試しで作った犂という道具だ。
紀元前は犂という木で作った農耕道具で畑とかを耕したという――のを歴史博物館で見たことがある。
もう二度と博物館に行けないとか悲しくなるな。
展示してあったのは洗練された立派な道具だが、本来は落ちている木の枝や比較的楽に折ることができる若木で作ったのだろう。
そんなわけで頑張って作った不細工な犂を使って何とか耕している。
こんなグダグダな道具で何とかなっているのはゴーレム達が昼夜問わず働いてくれているおかげだ。
鉄があればクワを作れるがこの遺跡の鉄器はすべてサビて土に帰ってしまったようだ。
畑の次はかつてギルドと呼ばれていた建物の改修だ。
より文明的な暮らしをしたいが悪戦苦闘中だ。
そもそも鉄が無いというのが致命的すぎる。
「……さてどうしたものか」
「何がどうしたのですか?」
「うわ!? ……なんだアルタ君か、こんにちは」
「はい、ごきげんよう。それで何かお困りですか?」
「ああ、ちょっとベッドやら家具と窓ガラスそれにドアを作って部屋で寝起きできるようにしたいんだ」
「……それでしたら、あまり好ましくはないのですが錬成陣の応用で加工できますよ」
「へ~錬金術って……へぇ?」
◆ ◆ ◆
その後は驚きの連続だった。
まず地面に謎の魔法陣を書く!
次に材料を中央に置く!
最後にエイヤッて感じで光ったら岩が正方形に加工できた。
同じ要領で大木を中心に魔法陣を書いたら木材が手に入った。
ついでにガラスもできた。
すかさず師匠と呼び教えを請い見様見真似で試したら…………何も起きなかった。
うん、知ってた。
夜中にこっそりいろいろ試して何も起きないって知ってた。
この錬金術があればより快適な生活が出来そうな気がする。
だから錬金術で何ができるのかもっと聞いておきたい。
「――ということで今日の授業もとい情報交換会をしたいな」
「はぁ……分かりましたそれでは始めましょう」
少し悩んでいたが知的好奇心の方が勝ったようだ。
今まではあっちの世界――つまり科学文明の発展についての知識を提供した。
今度はこちらの文明、錬金術の発展について教わることができた。
錬金術は歴史的にも賢者の石やホムンクルス他にもいろいろ倫理観が全く違う学問だ。
こちらでも同じようで、さらに錬成陣という魔法の技術によってそれが強化されている気がする。
あれほどの加工技術を有していても錬金術で職人のまね事をするのは快く思われないそうな。
全ては不老不死の研究のために――。
それが幸か不幸かわからないが遺跡が未だに残っているのは古代の職人たちの努力のたまものだろう。
ありがたや~。
――興味深い内容は多々あれど特に興味を引いたのはインベントリというスキルだ。
「このインベントリというのは本当に不思議な能力だ。まさに魔法だ! うーん……なんでスキルが使えないんだろう」
「そのインベントリでしたらアイテムボックスで代用できますよ」
「――なんだって!!」
「はい、いくつか用意しましょうか」
「そりゃ、ぜひとも!」
こうしてインベントリとアイテムボックス……ええいチェストボックスと呼ぼう。
その方が馴染みがある。
――数時間後。
チェストによる利便性を色々調べていたら日が暮れてしまった。
あまり実験に時間を割いてもしょうがない。
やる事は多い。
ギルドの改修、城門の修理、寝室や家具の図工、魚捕獲用のワナ作り、燃料となる薪拾い。
武器とかもあった方がいいかな?
ほんとやる事が多い。
◆ ◆ ◆
「ぼへぇ~~~~」
ファーストコンタクトから2週間以上経ち、それなりに生活できるようになった。
この壁の内側での生活は安全ではあるが閉塞感というか疎外感というか人肌寂しい。
そういったものを紛らわすためにもやったほうがよさそうな事を順番にこなしていった。
とりあえず城門の修理にギルドの修繕と知恵を絞れば鉄が無くても何とかなりそうなのはあらかたできた。
その結果、することが無くなってボーっとしている。
その間に何かいい脱出手段はないか考えたが思いつかなかった。
――なんてこった!
アルタという土くれの錬金術師は相変わらず城で何か研究をしている。
定期的に彼女と対話していて分かったことがある。
スキル経由とはいえ話した感じからたぶん貴族とか身分の高いところの出だと思われる。
希少な能力を持っているからと言って英才教育を受けられるとは限らない。
金髪ツインドリルのおーほっほっほですわ――ぐらい判りやすければすぐに察せるがそういうタイプではなさそうだ。
いわゆる深窓の貴族令嬢なのかもしれない。
そして今までの経緯を聞くとたぶん子供――とは言わないが成人していない女性だ。
その日がくる前に肉体と精神が分かれたのだ。
実際その場にいたわけじゃないから何があったのか知らない。
だが都市を一つから――いや、何百年経っても人が訪れた気配すらないという事は大陸全土から人は居なくなっているのかもしれない。
とにかく人知では理解の及ばない出来事が起きたのだろう。
そしてサンドゴーレムになってから100年以上も錬金術の研究と技術を磨いてきた。
味覚も嗅覚も、そして人が持つ三大欲求をすべて失ってただ錬金術のスキルを上げることにのみ費やした。
全てを失ってたった一人で、何ら目標もなくただ漠然と研究に明け暮れた。
――それは人として心を閉ざすには十分な時間だ。
最後にはすることが無くなり自らを封印したという。
出会ったときにも感じたがほとんど感情の起伏の無い感じだった。
最初は大人の対応だと思ったがそうじゃない。
生きる目標が無くなり魂の抜けた、まさにゴーレムなのだ。
唯一スマホに興味を示したのは知的好奇心を満足させてくれたからだろう。
人の心配をしている場合じゃない。
素人の畑弄りをして食いつないだとしても、こんな何もない所でただ時間が過ぎるのを待っていたら人じゃなくなる。
このままでは二体目のゴーレムができてしまう。
そう何か。
何か目標が必要だ。
漠然な脱出よりも具体的な。
――生きる糧を見つけないといけない。
魂の抜けた人生なんて送るつもりはない。
できれば彼女の能力なら可能な大胆な目標がいい。
他者から必要とされる。 信じてもらえる。
それは人として生きるのに必要な事だ。
これは技術者視点の考えだが、錬金術師も同じだと思う。
もしそれで少しでも彼女の心に変化が起きればゴーレムから人へと戻れる気がする。
それは彼女のためにもなるはずだ。




