第14話 石油で合成樹脂
234日目
何ということだ……。終わりだ……。
あのタイタンが山ほどの大きさの化け物が、他の魔物と戦い負けた……負けたのだ。
そしてアレと我々精霊軍が戦い始めた。
勇者も前線で戦っている。
私も微力ながら戦場で戦うつもりだ。
235日目
……あれほどいた軍勢がほとんど全滅した。
あの錬金術師は、否ネクロマンサーは亡骸で屍の軍勢を作り、そして逃げやがった。
勇者の回復までの時間稼ぎを放棄して逃げたのだ!
ああ……13代目剣王と獅子将軍の討ち死にの報が今届いた。
クソ……。
236日目
勇者が死んだ。……消滅した。
あの大地を削るほどの一撃を放つが、しかし相打ちだ。
なんなんだ……一体何なんだ……あのスライムは……。
動きがなくなった今しかない。
残り少数の生き残りと東の山脈を越えて脱出を図る。 それしかない……。
――第一級魔大陸研究資料Ⅳ
長いこと工場内で潤滑油や切削油と格闘していた。
気が付いたら外は――夏は過ぎ去り、肌寒くなってきていた。
「ロケット撃てー」
そしてロケットを打ち込んで魔物退治をするゴーレム達。
ロケットは命中率が悪いのにたまたま偶然にも魔物に命中した。
――ぽよん ぽよん。
しかしロケットはゼラチンスライムの体を通り抜けて地面にめり込んだ。
そりゃあゼリーに弾を撃っても貫通するだろう。
ましてや燃料がある限り直進するロケットなら通り抜けるというものだ。
「こらー! アルミは貴重なんだから溶剤をぶっかけろー!!」
「はーい」と言って今度は『スライムころり』をかける。
しかしスライムは溶けもせずポヨンポヨンしている。
「――!? ウソだろ。まさか溶剤に耐性ができたのか!?」
その後、松明で火を点けると取り込んだ溶剤が燃えだしてコアだけ残った。
むしろ弱体化してる!
「溶剤を取り込むスライムが現れた……ですか」
「そうなんだ。まあそのせいで炎には余計弱くなってるんだけど」
「なるほど……スライムって案外マヌケなんですね!」
「モアッ!」となぜかマヌケモノが反応した。
「まあ、そういうことだ」
気にはなるけど驚くほどではないな。
◆ ◆ ◆
さて、昨日の続きとしてまずはプラスチックの生産だ。
樹脂業界ではナフサ分解後のガス状あるいは液状の原料の事を《モノマー》と呼んでいる。
意味は――確かギリシャ語で『1』だったモノが語源だったはずだ。
「モォ?」と言いながら自分自身を指さすマヌケモノ。
「いやいや、キミじゃないよ」
そして、謎の重合反応後の高分子素材の事を《ポリマー》と呼んでいる。
ポリは確か『多い』とかそんな意味。
とにかく――。
モノからポリーとは重合という名の謎のまぜまぜ反応によって、炭素数1ケタの気体や液体から炭素数1000以上の固体にすることだ。
やってることはゴムと大して変わりはない。
重合反応装置というモーターと撹拌棒と温度計なんかが付いた装置に原料を入れるだけだ。
あとは圧力と熱をかけて重合するまで眺めるだけだ。
いい感じに原料を重合できたらペレットと呼ばれる氷砂糖のようなものができる。
「これを《射出成型機》という機械のホッパーに投入する」
「えーと、中のスクリューで押し出しながら加熱することでペレットを溶かすのですね」
「そう、そしてさっき錬成した金型に流し込むと、型に合わせたプラスチックの板ができる」
こうやってプラモデルなんかができる。
だから出来上がるプラスチックのパーツにはランナーという原料を流すための流路がくっ付いている。
――プラスチックは絶縁体で、サビなくて、金型さえあれば複雑な加工ができて、環境保護団体が親の仇のように憎んでいるが衛生面でも優れているので赤子のおしゃぶりや子供の玩具によく使われ、そんでもって軽くて、大量に造れるからとにかく安い。
ただし重大な欠点として熱に弱く、強度がほとんど無く、固体と言っても軟らかくて、日光で劣化する。 極めつけが薬品と溶剤にとことん弱い。 最後にこれらの弱点を克服するために人体に有害な化学物質を添加剤として使用するせいで有害なプラスチックがほぼ無害なプラスチックと隣り合わせに存在することだ。
ひと段落したらプラゴミの回収とリサイクルの方法を考えるとしよう。
「工場長、出来上がったボディを、こちらのフレームに取り付ければいいのですね」
「オーケーオーケーいい感じだ」
新ゴーレムには車で言うところのフレーム構造を採用することにした。
フレーム構造というのはミニな四駆のフレームシャシーとボディの関係と似ている。
まあ、最近の車はモノコック構造というフレームとボディの一体型が主流なんだけどね。
それと発想は大体一緒で、プラスチックゴーレムは内部に鋼鉄のフレームと脱着可能なプラスチックのボディで構成されている。
それ以外に新しい要素として関節や足の裏にゴムをふんだんに使っていることだ。
今までは衝撃を逃がすことができずに鉱物が割れていたけどこれからはそんなことは無くなる。
稼働時間は伸びるし、修理に錬金術が不要になる。
その見た目は――白い半透明な装甲と黒いゴムの関節部分、人間工学に基づいて設計されたデザイン。
その工場で働きやすくデザインしたスリムなボディはどこか近未来的な雰囲気になっている。
――デザインセンスがないからイメージを伝えてアルタに任せたらとっても洗礼されたデザインになった!
それでもプラボディは壊れやすい――。
「――そういうわけだから、この新ゴーレムは軽作業用になるな」
「ええ、ゴーレムの仕事は基本的に単純作業と繰り返し作業なので問題ありませんね。薬品系の作業は従来通りブロンズゴーレムを、そして戦闘はアイアンゴーレムでよろしいですね?」
「ああ、それでいいよ」
アイアンとブロンズも共通の設計思想を元にフレーム構造で規格を統一する。
これで大部分のゴーレム達は壊れたらその場で交換するということができる。
それからゴーレム達には単純労働のほかにスライムを倒したり魔石集めをさせた。
倒せば倒すほど労働力が上がる。
イエーイだ。
これでやっとエンジンの開発に集中できる。
例えば蒸気機関のように外に熱源がある動力を外燃機関とよぶ。
これは飛行船のエンジンには使えない。
ボイラーのすぐ横に水素の浮袋があるってだけでナンセンス!
それなら鋼鉄に覆われた内燃機関――ディーゼルエンジンを作り、さらに船体の外側に備え付ける方がいい。
いわゆる飛空艇のプロペラだ。
いいねカッコいい。
そして資源採掘と違い何百日も航行する可能性を考慮すると耐久試験をしないといけない。
最低でも100日は稼働できるエンジンじゃないと話にならない。
だからこれから石油施設の拡張とディーゼルエンジン用の燃料の試験とかをする。
あと一歩だ。あと一歩。
――――
――
ここは西の門。
壁際には有線スピーカーが付いている。
この電話はゴム電線を使い北部以外の壁防衛部隊と連絡が取れる。
ただし、電線の抵抗値の関係から、遠すぎると聞こえないという欠点があるのでやはりバケツリレー形式になってしまう。
無線機も置いてあるんだけど、この辺はまだまだ改善が必要だな。
「アイアン! 石油施設に行きたいから門を開けてくれ!」
『周囲確認! 異常なし! 開門!』
そういう声がスピーカー越しに聞こえたと思ったら門が徐々に開いていく。
重厚な鋼鉄の扉は工作機械群の製造中に作ったものだ。
なにせドラゴンにカメにスライムと、とにかく魔物が多いので城門を改修強化した。
アルタと一緒に門をくぐり西側一帯を見渡す。
夕日に彩られたいくつもの蒸留塔と巨大な資源貯蔵タンクが並んでいる。
数キロ先の沼地には坑井とやぐらが並んでいる。
供給過剰になったガスフレアが燃え盛っているのはご愛敬だ。
結局ガスの量が多すぎて捌ききれなかった。
それでも石油開発から早2か月。
まだ致命的な爆発事故は起きていない。
つまり技術力は確実に上がっている。
「最初はここまでになるとは思ってもみませんでした」
歩きながらそう、彼女が言う。
「ああ、そうだな」と相づちを打つ。
「爆発事故が起きないのは――やはり儀式をやめたからでしょうか?」
そんな冗談を言い始めた。
「アル、なんか変わったな」
そう言うと「ふふふ」と笑いながら答えた。
「はい、工場長によって大分価値観を変えられました。とくに精霊教の教えとは決別してしまい、ですので――責任をとってください、ね」
――などと本当に冗談を言うようになった。
「あー、うん。そうだな」
「ふぇ!?」
「アル。手を出して――」
そう言いながら彼女の手を握る。
「あの、触れるのは……その」
「知ってる。鉄鉱山で手を怪我して以来、触れたり触ったりしないように気を付けていたんだろ?」
――彼女は金属だから。
そしてとても優しいから。
「えと、あの……その、あひっ!」
「……アル」
「は、はひぃ!」とても緊張しているのがよくわかる。
「もしよろしければ――」
『カーン! カーン!』と鐘の音が鳴る。
それは緊急事態に鳴らす警戒鐘だ。
中央の城に何処かから『SOS』が届いたのかもしれない。
工場都市の壁上を見るとゴーレム達が忙しなく動き、西を指さしている。
先ほど何も異常がなかった石油設備を見ると――いや、その奥で異変が起きている。
――あの巨大な大湖の底から山が現れた。
大質量の浮上により波が発生して沼地の防衛線は洗い流されていく。 想定外の事態にゴーレム達は右往左往する。 100m――200m――300mなおもせり上がる巨大な魔物。
西部の作業ゴーレム達は作業を放棄して都市へと撤退していく。 これは何度でも作り直せる工場より労働力の方が重要だという思想の緊急時マニュアルにもとづいている。
ゴーレム達がこちらにやってくる。
あまりに大きすぎる。
はは、足が竦んでる。
「ア……アァ……」言いながら動揺したアルタが呆然となる。
――巨大な闇が、夕日を覆い隠した。
「なんなんだ、あれは……アレは……スライム?」
次回は明日のお昼に更新予定です。
魔物が暴れるちょこっとストレス回なのですぐに次の展開を読めるように夕方に16話である五章の最終回更新を予定しています。




