第9話 石油の固形燃料
北大陸の魔法はせいぜい50メートルしか射程がありません。
しかし南大陸の龍の国では氣功という魔力を体内で練り上げて一点集中することで10倍以上の射程を実現しています。
ただし練っている最中に攻撃を受けると体内爆発して尻から魔法が出ます。
――龍の国・神秘の氣功術
「……あれか!?」
望遠鏡で沼地に現れた魔物を見つける。
アレは亀だな。
巨大な亀の魔物――それも3あるいは4メートルはありそうだ。
「あれは――アイアンタートル!!」
「知ってるの?」
「たしか鉄のように硬い甲羅で覆われた魔物です」
こちらが持ってる連弩で倒せるだろうか?
鉄に近い甲羅という事は自重の関係から見た目より薄いはずだ。
ここは弩つまりボウガンで甲羅を――。
そんなことを考えていたら亀の口が輝きだした。
――濃縮した魔力の塊。
『グガアァァ!!』
「――なっ!?」
圧縮した魔力の塊が500メートルほど山なりに飛んで――。
ゴーレム達の手前で爆発した。
それは淡く青白い輝きを放つ爆発だった。
「うわー」「あれー」「ぎゃー」
そして吹き飛ぶゴーレム達。
「アル! 今のはなんだ!?」
「わかりませんが体内で魔力を圧縮させたように感じます。ダメです危険です。直撃を受けたら……」
レイスの時のように少しこわばるアルタ。
ゴーレム達は魔法にとても弱い。
「こちらの武器より射程が長い。一旦引き上げるぞ!」
◆ ◆ ◆
「それで現状の報告は?」
「ハッ! 目標は微速前進中! なお魔法攻撃を何度かするとその場で動かなくなるので塹壕から挑発をすれば被害なく足止めはできます!」
資料によると水を飲んでいるようだ。 それだけで足りるのか?
「重要設備に到達する日は?」
「ハッ! このままでは2日後には石油精製施設あるい都市どちらかが射程圏内に入ります!」
「それじゃあ敵の射程は?」
「はい、囮の天灯を飛ばしたところ約500メートル圏内ならば確実に攻撃を受けます」
そうアルタが答えてえてくれた。
「うーん、接近戦は?」
「ハーイ、木と葉っぱで偽装しながら100メートルまで近づいたら目についたのか攻撃されましたー」
「連弩は運が良くて飛距離50メートルなので攻撃できませーん」
「それじゃあ木酢液みたいな臭いで追い返すというのは?」
「そもそもピッチレイクが悪臭とガスの吹き溜まりなので効果は薄そうです」
…………長い沈黙。
「……えーい。そもそも何が目的でこっちに来てるんだ?」
「多分ですがピッチレイクの水質が改善した影響で縄張りのマーキングだと思われます」
「うん? それなら放置でもいいんじゃないかな?」
「その場合ですと、もしも工場都市内部を新たな巣と決められたら、ここを放棄しなければいけません」
「お! それなら塹壕を掘っていって足元で原油燃やすとか!」
「20メートルぐらいまでなら被害なく進めるでしょうけど、その後は死屍累々。ゴーレムも無限ではありませんので……」
「うーん……あれ? 詰んでね」
「そうですね。新しい工場建設地を探しますか?」
それはしたくない。
なんとか死守したい。
………………。
「お! 閃いた!!」
「――ッ!? もう思いついたのですか!? 一体どうやって倒すのですか?」
「鉄を溶かすほどの熱を長距離から飛ばして当てればいいんだよ」
「――――???」
◆ ◆ ◆
都市の一角に置かれた研究所。
もはやゴムの研究所と化したそこに駆け込む。
「助手ゴーレム! ゴムは! ゴムはあるか!」
「工場長、ゴムはどんどん生産中でーす」
「よいよいぞ。ゴムをありったけかき集めるんだ!」
「そろそろ教えてください。一体何をするんですか?」
そうアルタが聞いてきた。
「このゴムにアルミニウムの粉末を混ぜて固体燃料を作る」
「固体燃料……つまり石炭のような物ですか?」
「ちょっと違う。ただの固体燃料じゃなくて爆発的にガスを噴射する推進剤を作るんだ。作りたいものの原理は――」
簡単に言うとつまりロケット砲を作る。
これで相手の射程外から攻撃する。
ロケット砲とは10世紀ごろに中国で作られた黒色火薬をベースとしたロケット花火が最初だと言われている。 構造がシンプルなため銃や大砲よりも先に開発された長距離兵器でもある。 その特徴は命中精度を犠牲にして飛距離を伸ばした爆発兵器である。 大砲と銃が台頭すると活用できる場面が無くなり一時的に表舞台から消え去った。
しかしその後、使い勝手のいいゴムと火薬の量産体制が確立すると一気に戦場の主兵装へと躍り出た。
「なるほど、飛距離数キロならこちらの被害は少なく済みそうですね」
「作り方は簡単だ。ブタジエン系のゴムにアルミニウムの粉と酸化剤を混ぜるだけだ」
「――ところで酸化剤とは何を使うんですか? 酸化鉄ですか?」
「酸化鉄でもいいし、何なら樹脂やセルロースでもいいはずだ。要するにテルミット溶接の兵器化だ」
酸化剤――酸素の事である。 他にもフッ素や塩素も酸化剤になる。 テルミット反応に使う酸化鉄も酸化剤である。
テルミット系推進薬――テルミット反応を利用した推進方式。 本来は黒色火薬やダブルベース火薬を推進剤とするところをテルミット反応熱による連鎖反応によってガスを生成する。 このガスによって推進する。
「ではあとは時間との勝負ですね」
「ああ、亀の魔物に目にもの見せてやろう」
…………。
……。
威勢のいいことは言ったが本当はあまり乗り気ではない。
なにせ兵器開発は好きではないからだ。
人々の役立つために技術を学んでいるのであって、破壊するためじゃない。
だから今まで対魔物として作っていたのも臭いで追い払う薬品としょぼい連弩それにワナを少々と消極的だった。
けどこの部分が逆転すると自分が自分じゃなくなる。
破壊の技術なんて学んで何になるというのだ。
そんなのはゲームの中だけで十分だ。
今はだれでもない自分のために、脱出のためだけに開発に打ち込んでいる。
いやだね。嫌になるよ。
誰かのためじゃなく自分のため、何かを作るためじゃなく破壊のため。
………………。
ああ、けど彼女のためと思えば幾分かマシになるな。
そう思えば少々非道な事も目をつぶれる。
――魔法が使える下等生物に、魔法が使えない人間の悪意を見せてやろう。
◆ ◆ ◆
《目標……工場都市5キロ手前に確認……》
天灯を囮として使ったことで石油施設から工場都市へ進路を変えて上陸した。
陸地で産卵して帰っていただけるのならよかったが、そんなこともなく都市へと向かってくる。
上陸地点に重油をばらまいたり、そこに火を点けて炎上させたりしたがほとんど効果が無かった。
だから工場都市の全生産能力をつぎ込んで倒すことにした。
それ以外に選択肢がなくなった。
「了解。これよりチチブ作戦を開始する」
《了解! 了解! 攻撃開始! 第一波、撃て!!》
多段ロケット砲から順番にロケットが発射する。
そして『シューシュー』と噴射音を出しながら山なりに魔物へと突き進んでいく。
幾重もの靄の線がただ一カ所を目指して――。
「――ッ!? 光線! 魔力です!!」
――放射する魔力の奔流。
『グガアァァ!!』
収縮した魔力の奔流が閃光のように輝き、迫りくるロケット弾を爆発させていく。
「クソ! まさか全弾撃ち落としたのか!?」
《第二波撃て! 天灯を上げろ!》
まだ装弾数の1割も使っていない。
第十波までに片が付けばいいんだけど。
「天灯から爆撃なんていつできるようになっていたんですか?」
アルミニウムの生産に集中していたアルタは細かいところは知らないんだったな。
「いや、あれはただのハッタリだ。時間が経つと中央の燃料が木の枠を燃やして落ちるだけだ」
だが魔物にとって空を浮かぶ白い塊なんて敵でしかない。
それが燃えながら落ちてきたら対処しようとするはずだ。
――放射する魔力の奔流。
『グガアァァ!!』
《第二波着弾! 天灯は全て撃ち落とされました!》
「なるほど、注意を上に向けさせたのですね」
「これでお帰りしてもらえればいい――ん?」
煙で視界が悪くなっているがそのシルエットから甲羅に引き篭もったことが分かる。
これなら近づいて倒せるかもしれないな。
《第三、第四波撃て! 続けて近接部隊前進!》
事前の打ち合わせ通りにアイアン率いるゴーレム軍団が攻撃を開始する。
さあ、どうなる。
《――!? 緊急! 敵から魔力の輝きを確認! 一時塹壕に避……》
『カッ!!』
――拡散する魔力の衝撃波。
ロケット弾が着弾する前に衝撃波が放射線状に拡散して全てのロケットを打ち落とす。
「だー!! クソッ! アレは巨大怪獣の親戚か!? こうなったら最後の手だ。アイアン最終兵器で攻撃だ!」
《了解! 第五から第九まで順次全弾撃て! 天灯も全機上げろ! 精鋭部隊煙に紛れて前進!》
白い線が重なり、霧となり、雲となる。
小型かつ量産性を重視したロケット砲数百発を撃ち込んでいく。
視界不良のなか弾幕を展開するロケット砲部隊。
空中を漂いながら燃料を落とす雲ほどの天灯。
その中を前進する精鋭ゴーレム部隊。
物量による飽和攻撃に対して一閃が轟く。
『カッ!!』
――拡散する魔力の衝撃波。
視力を奪う白い靄を魔力の衝撃波が全てを吹き飛ばす。
「うわっ…………けど引っかかった」
衝撃波を出したあと次の攻撃にタイムラグがある。
《テルミット全弾撃てぇ!》
靄が晴れるとアイアンタートルのすぐそばに携帯ロケットを携えたゴーレム部隊がいた。
そして手に持つロケットランチャーを打ち込む。
――バシュ! バシュ! バシュ!
弾頭が甲羅に、そのすき間に当たると、けたたましく化学反応がおきる。
テルミット・マグネシウム焼夷弾――テルミット反応の燃焼により短時間で爆発的な温度を生み出す。 燃焼中の燃焼温度は3000℃に達し、酸素を酸化鉄から自給する関係から水を掛けても土に埋めても消火できない。 人類の悪意が化学反応を兵器化した産物である。
『グギャアアァァァァァァァァァ!!!!!』
消えない炎が甲羅を溶かす。
そして反撃のために体内で魔力を濃縮しはじめる――。
だが体内の魔力の塊がテルミットの熱と交わり暴発する。
そして――。
体内に濃縮した魔力の奔流が大爆発となり、その衝撃が数キロ離れた陣地にまで到達する。
「きゃぁ!」
「アル大丈夫か?」
「ひゃい、衝撃に少々驚きました」
先ほどの戦場は土煙が上がるのみ。
亀の魔物はどうやら爆散したようだ。
「被害状況は?」
「ハッ! 攻撃後すぐに撤退していたのでこちらの損害はありません!」
そいつはよかった。
「警戒しながらも撤収! 明日から通常作業の再開だ」
「りょうかーい」
「うふふ、お疲れ様です」
たった一体の魔物にこれだけ資源を消費するとは――。
魔物の扱いを倒すべき敵にした方がいいのかもしれない。
そう思った。
ウッド{ ▯}「ついにやっと近代兵器が出たよ」
ストン「 ▯」「ロケットは銃や大砲より製造難易度が低いからね。異世界の定番いきなりアサルトライフルよりかは現実的かなー」
※とあるBGMを聞きながら書いたのでいろいろ引っ張られてるとよくわかる回です。




