第8話 石油の合成ゴム
そちの言うゴムとやら国を変えるほどの力があると思うぞ。
しかし社会に無用な混乱を与えないのも為政者の役目。
朕の国に混乱を与えるなぞ言語道断! 首をはねよ!
――龍の国・取り入る相手を間違えた
坑井周辺に浮かぶアスファルトの層は取り除かれていった。 さらに原油が染み出るカ所はあえて掘削して新しい坑井を建設した。 これにより自然流出を止めていく。 その結果、死の沼ピッチレイクと化していた湿地帯は皮肉にも自然が回復していった。
「アル、研究用の原料は十分溜まったからもう大丈夫だ」
《やっとですか……わかりました……》
アルタによる原料の分離は上手くいった。
混合した液体を蒸留したとき『原油の分留によるナフサ留分』といった感じの言い回しになる。
さてナフサの分留によってできる留分は種類が多すぎるので炭素数で分けられる。
だからC4留分ブタン、イソブタン、ブタジエンとなんか似た名前の物質で別れていく。
C5留分もペタン、イソプレンとか似てるような似てないような名前の物質で別れていく。
そしてこれらは全てまったく違う性質を持っているので当たり前の話だが種類毎に貯蔵タンクが増えていく。
唯一の救いは質量保存の法則にしたがい分離するごとに少量になっていくことだ。
だから貯蔵用の容器は家庭用ガスボンベぐらいのサイズになる。
我らが女王様の後ろには鋼鉄のボンベが針山のようにそびえ立ち、なんか既視感のある姿になり始めている。
――ああ、アレだ!
ごっちゃりして統一感のなくなったラスボスだな。
◆ ◆ ◆
研究所では研究枠は1つのみという事で動きが無くなっている。
これからゴムを大量に製造するために試験が止まっているからだ。
ゴムの歴史は大まかに二つの流れがある。
天然ゴムの歴史と合成ゴムの歴史だ。
天然ゴムの歴史は新大陸で見つかったゴムの木、つまり大航海時代から始まる。
だが1500年代はゴムの木の下で固まっている用途不明のへんなのでしかなかった。
それから300年たった1800年代になってチャールズ・マッキントッシュがゴム布のレインコートを発明した。
その天然ゴムをコールタールに漬けると溶けることを発見して布に染み込ませたのが始まりだ。
ただし欠陥が多く、夏には溶けて冬には固まるという微妙な品物だった。
しかしゴムという新物質に世間は沸いた。
化学者たちはこぞってこの素材の欠点を克服しようと躍起になった。
ゴムの加硫を発見したチャールズ・グッドイヤーの半生を知ればゴムの研究は手探りと挫折の連続だと理解できる。
その狂気に近い執念がゴムを現在の使えるものにした。
知っていれば容易に分かる架橋の条件――。
天然ゴムに硫黄を加えて加熱する。
そして数時間蒸気圧を加える。
――というものだ。
これだけで硫黄がゴム分子と部分的に結合して引っ張られれば戻ろうとし、押されれば跳ね返そうとする。
つまりバネのような役割――架橋をしてくれる。
もし知らなかったら生涯を賭して見つけられるかどうかという内容だったりする。
そもそも熱分解しやすい物質に硫黄混ぜて加熱して、さらに蒸気にさらすなんて普通は考えない。
ナフサの精製方法を学んだ学者なら普通はやらない実験になる。
まあでもこうしてゴムの利用が拡大していった。
つまりチャールズがゴムを普及させて、チャールズが弾力のあるゴムを発見した。
そんな感じだ。
だが話はこれで終わりではない。
チャールズ・グッドイヤーは発見しても細かい条件や原理は判明しなかった。
彼は研究者でも化学者でもなかったからだ。
それらを解明したのはチャールズ・マッキントッシュの相棒である謎の発明家トーマス・ハンコックだ。
彼はグッドイヤーのゴムのサンプルを分析して原理を解明し、しれっと特許を取得した。
ゴム業界の海賊であるハンコックはグッドイヤーと訴訟バトルになったのは言うまでもない。
それ以外にも条件が判明したら誰でも手軽にゴムが作れるのとちょっと条件を変えれば特許内容を迂回できるという盲点があった。
そのせいで二人はその後、大訴訟合戦を四方八方に仕掛けるはめになった。
結局二人とも大金を得られないという何とも悲しくなるオチが付いたという。
「その天然ゴムを人工的に造るのですね」
「そういうことになる」
――やっと本題、合成ゴムの歴史はそんなゴムの可能性が世界に知れ渡ってから始まった。
ゴムの木が金の成る木だとわかってから色々あって世界のゴム市場の9割を独占することに成功したのがイギリスだ。
1900年代でもその独占体制はゆるぎなかった。
しかし増大し続ける世界の需要に対して供給するゴム農園はすぐには増やせなかった。
それに供給側で価格を支配したいから増産するつもりがあったのかも疑わしい。
そんな中、特に敵対関係でゴム供給が不安定だったドイツで謎の化学者ホフマンがゴムの成分を解明することに成功した。
そして似た物質であるイソプレンを使用して世界最初の合成ゴムの開発にも成功した。
イエーイさんきゅ~ホフマン!
まあ、その時できたメチルゴムは欠点が多いので代わりにスチレン・ブタジエンゴムという車のタイヤゴムから作ってみようと思う。
スチレン・ブタジエンゴム――車のタイヤにも使われる機械特性と耐熱性の高いゴム。 ただし溶剤系には弱い一面がある。
「――ということでC2留分から《エチレン》をC6留分から《ベンゼン》を持ってくる」
「よいしょっと、この二つでしょうか?」
そう言いながら容器を二つ持ってきてくれた。
一応、物性を調べてエチレンとベンゼンであるだろうと確認はしてある。
多分大丈夫だろう。
「そして塩素と反応させた塩化アルミニウムを触媒にして謎のノーベル賞級の反応を起こしてスチレンを作る」
「ノーベル? ――後で単語を教えてくださいね」
パラパラとメモを確認しながら内容を確認する。
「ああ、わかってるよ。とりあえずゴム原料を溶媒に加えて重合する」
「――ところで溶媒って何を使うのですか?」
そう質問をする錬金術師。
「うーん…………実は知らないんだ」
「えぇ……」
「とはいえ見当はついている。たぶん水かエタノール系かアセトン類、もしくはベンゼン系溶剤のどれかだ」
「いつもの溶剤のどれかですね」
「そゆこと、分子構造を壊さないで尚且つ二つの物質が溶けて混ざり合う溶媒をまず見つける。そしてここからが重要で混ざり合う重合反応が起きたら蒸気を添加して溶剤と未反応の原料を蒸発させる」
「重合という原油と似た状態になっていれば蒸発しないのですね……カキカキ……なるほど」
「そして水中で凝固する」
「そうなると水を含んだゴムを乾燥させると完成ですか?」
「いいや、乾燥させてから加硫という硫黄を加えて熱する工程に入れる」
――ついでに炭素を混ぜると黒色のタイヤになる。
「……道は長いですね」
「……そうだな」
少々の沈黙がこれから始まる長い長い実験の日々を物語っている。
「多少時間がかかってもいいからゴム開発に全リソースを振り分けよう」
「ふふ、任せてください」
◆ ◆ ◆
――数日後。
研究室には小型の反応容器が並び、条件を少しづつ変えながらゴムを作っていく。
寝て起きては実験を繰り返し、寝ている間もゴーレムが不休で試験を続ける。
400体以上のゴーレム達の試験結果が山のように積み上がり、調査分析と再現追試の繰り返しがピークに達したころに――。
「やっと……やっと……できた……」
――ぐふっ。
「5回再現実験をしてすべて同じ特性。さらにパッキン状にした性能も良好です」
「……これで……次に進める……ふふふ……ふふ」
「工場長、お疲れなので今日は――」
――その時、中央の城に設置した警戒鐘が『カーン カーン』と鳴り響く。
何か異変が起きた合図だ。
「くっ……すぐに行くぞ!」
両頬を叩いて眠気を押しのける。
急いで研究所を飛び出しギルド前に行く。
広間にはすでにゴーレム達が武装して集まっていた。
「一体何事だ!?」
「ハッ! 大型の魔物が沼地に現われました!」
ウッド{ ▯}「謎のハンコックって……」
ストン「 ▯」「あの某人気海賊マンガのたぶん名前ネタの人。ゴムの父って言われてるけど嫌われてるからかWikiページすらない。なお英語記事はあるよ」
ウッド{ ▯}「謎のドイツ人化学者ってだれ?」
ストン「 ▯」「フリッツ・ホフマンだね。例によってWikiのページすらない人。同姓同名のドイツ人オリンピック選手はページがある不思議。もちろん英語記事(rya」
ウッド{ ▯}「日本人は知性より筋肉が好きだからしょうがないね」
ウッド{ ▯}「じゃあ謎のノーベル賞級の反応ってなーに?」
ストン「 ▯」「フリーデル・クラフツ反応のことになる。フリーデルさんとクラフツさんが発見した反応だね。そのせいで反応名からどのような反応か推測できなかったりする。ノーベル賞級の発見なのに受賞する前に二人とも亡くなられました」




