第7話 石油の分解と分離
テルミット法
Fe2O3 + 2Al → Al2O3 + 2Fe
酸化鉄とアルミニウムを純鉄とアルミナに還元する冶金法。
発熱温度は3000℃を越えるので設備無しで鉄の溶接に利用できる。
――テルミット反応の式
「建設スピードが追い付かない?」
「はい事前に資材は用意できていますが、忙しすぎて建設に時間を割けません」
と困った様子のアルタ。
「ああ、そういうことか」
アルタの作業リソースはゴーレム製造と修理、建設と資料のまとめその他全部に割かれている。
はっきり言ってカツカツだ。
もちろんこっちもゴーレム以外の全部と研究データのまとめ、設計と計算と電気方面全般と多岐にわたる。
つまりどっちもカツカツだ。
そのせいで新しい設備の建設が遅れ始めている。
そう言えば最近は朝の打ち合わせ時ぐらいしか顔を合わせていない。
石油の蒸留が始まってからずっとこんな感じだ。
このままでは増え続ける作業に忙殺して身動きが取れなくなってしまう。
どうしよう。
「――という事でテルミット溶接でゴーレム達に建設を任せよう。それから研究枠も基本1枠のみとする。これで情報の処理する量を抑える」
つまり石油以外の研究は当面ストップだ。
「研究1枠は痛いですがしかたないですね。あとテルミットというのは?」
知らないのも無理はない。
これはアルミニウムの製法を発見してから知ることになる溶接法だ。
「細かい事をざっくり端折って結論から言うと酸化鉄とアルミの粉を混ぜて火を点けるとよく燃える」
その熱量が金属を溶かす3000℃近くに達する。
だからフライパンの上で実験をしたらフライパンが溶けるほどだ。
鉄道のレールなんかはこのテルミット溶接が使われている。
なにも無いアラスカのど真ん中の鉄道レール溶接とか、日本の深夜以外に作業が許されない鉄道レール溶接とか、とにかく溶接設備の無い場所で使われる。
「アルにはこの溶接法で出来たモノの最後の手直しだけしてもらう形になる」
「わかりました。一から錬成するより修正の方が楽なのでこれは嬉しいですね」
これで少しはマシになるだろう。
テルミット溶接は溶接したい接合箇所を高温で熱する。 だから溶けた鉄が溢れないように周囲を粘土で覆う。 その上に酸化鉄とアルミの混合砂が入った容器を置く。 あとは火を点けてテルミット反応を起こして溶けた鉄が型にに流れるように溶接個所に流し込む。 あとは冷えて固まる前に不要な部分を取り除けば出来上がりだ。 可不足分は錬金術で修正する。
実験室の一角で『ジュー』と型に溶けた鉄が流れ込んでいく。
どうやら上手くいっているようだ。
この方法はどちらかというと邪道に近い。
なにせアルミニウムをわざわざ精製してから溶接でアルミナに戻すというひと手間をしている。
設備が整っているのならアルミを作る電気でアーク溶接したほうが安上がりだ。
けれど電気が無いのにアルミの精製が低コストで出来るという条件なら逆転する。
ようするに我々にとってこの上なく都合のいい溶接法ということだ。
◆ ◆ ◆
作業分担を見直して、研究枠を絞り、なんとかナフサ分解工場の稼働にこぎつけた。
ナフサというより石油は熱に弱い。
なにせ触媒を用いなくても熱だけで分解するからだ。
正確には水蒸気をほんのり加えるからスチームクラッキングともいう。
この熱分解でエチレンなど現代化学に必要な物質ができる。
スチームクラッキングの技術は応用すれば石炭の液化から重油の水素化まで出来るといわれている。
そうやって不要な原油生成物のあまりものを需要のあるものに変えることができる。
ナフサに関して言えば炭素数C5~10の謎の紐を蒸気で切り刻むイメージだ。
炭素数『1』の物質を『+』で表現するとエチレンは『++』みたいなものだ。
つまり――。
ナフサ:++++++++++
↓
エチレン:++
ブタジエン:++++
ベンゼン:++++++
――ナフサというC10の物質をスチームカッターでバラバラに分解する。
実際はベンゼンは紐じゃなくて輪っかだったり、炭素がない水素だったりもできる。
そんな謎の分解をすると化学製品の原料になる。
「問題は混合した炭素化合ガスの分離が難しい事なんだよなー」
「ガスの分離ですか……」
ナフサ分解工場は主に二つの工程に分けられる。
一つは熱分解工程。
ぶっちゃけ900℃の高温に蒸気吹きかけながら晒すだけだ。
この高温を維持するために配管の外で膨大な燃料を消費することになる。
それさえまかなうことができれば問題ない。
もう一つは分離工程。
これが問題になる。
本来ならマイナス数百℃の冷却で液化させる。
そうすると液化しにくい水素をまず分離できる。
そこから順番に気圧を下げたり温度を上げたりしていってメタンとか色々と気化しやすいのから順番に分離する。
さて何が問題かというとこの手の冷却には熱力学の必須科目である蒸気圧縮冷凍サイクルという謎のサイクルで加圧したり冷却したり減圧したり冷凍したりしないといけない。
要するに冷凍庫を作らないといけない。
だがその謎が謎を呼ぶ複雑怪奇な仕組みにはゴムによる密閉や潤滑油によるタービンの高速回転などが必要だ。
つまり合成ゴムの材料を集めるのにゴムと潤滑油を使った装置が必要になるってことだ。
オーノー!
一体どうしろってんだよ!!
当時の先進国たちは南のアジア風味の地域をノリと勢いで植民地化してゴムの木農園を作りまくった。
それによって天然ゴムが大量に手に入るので特に問題にならなかった。
というよりも独占状態の天然ゴムを研究して似た物質からゴムを合成できないか調べるのが歴史的な流れだ。
解決するにはゴムの木を探すか、ゴムぽい魔物を殺しまくるしかない。
――ゴムっぽい魔物。
「ちなみにスライムの研究結果はどんな感じ?」
「スライムのゴム化ですね――温度に弱すぎてまだまだ調査が必要と出ています」
そいつは残念だ。
魔物の産業利用って発想は面白いがたとえ可能だったとしても必要数量がトン単位だと家畜化も面倒だ。
やはりここは汚染覚悟でゴム無し金属とベークライトパッキンそして植物油で無理やり冷却塔を作る。
それでゴムの合成が出来たら改善する以外ないかな。
「うーん、どうしよう」
「あのーその分離の件なのですが……たぶんできますよ」
おそるおそると主張するアルタ。
「え!?」
――なんだって!?
◆ ◆ ◆
錬金術師アルタには七つの謎が存在する。
一つは重金属なのにカワイイことだ――これが最大の謎だったりする。
それ以外にも大人びているのにたま~に無邪気カワイかったり――。
――おっと脱線しそうだ。
その中で開発に貢献している謎の3つの力がある。
《言語理解》スキルと《錬金術》スキルと《収納》スキルだ。
今回はそのうちのインベントリにスポットライトが当たる。
インベントリは10立法メートルぐらいなら無生物を収納できる便利なスキルになる。
いまはポンツーンや建築材の運搬、あるいは実験器具やスモールハウスその他ガラクタ入れと化している。
「そのインベントリで分離ができると――」
「はい、それぞれの物の出し入れと同じ要領で混合したガスの成分を分けられると思います」
「う~ん? 気体の名称とか判別できるのか?」
「いいえ、その意識するとぐわ~という感じでアイテムが認識できて、それらがこうもわもわっと分かれていて、そのうちの一つをんっと意識するとふわっと出てくるのです」
一生懸命ジャスチャーをしながら懸命に伝えようとするアルタ。
オーケー最大の謎がインベントリの使用方法になった。
次がふわっとジェスチャーカワイイだ――謎が増えていくな。
魔法やスキルについてはいつか研究したい内容ではある。
しかしコヒーラ現象を発見したブランリー教授が生涯をかけて原理を究明できなかったように謎の解明には一生を費やす覚悟がいる。
それならば謎の原理を利用して社会に役立つもとい脱出するための装置開発に全力で取り組んだ方が今の状況ではあっている。
そうなると――。
「それじゃあアルそこの椅子に座って」
《仕方がありませんね……》
「そして左に設置したタンク内の混合ガスをインベントリに入れる」
《ハイ任せてください……》
「そうしたら頑張って右側のタンク群に分けていって」
《問題ありません……》
「なにかあったらこのスピーカー電話で連絡してね」
《はい……危険ですので何があっても近づかないでくださいね》
「了解だ」
おわかりいただけただろうか。
せっかくアルタの自由時間が増えたと思ったら、まさかの固定設備と化してしまった。
その見た目は鋼鉄のタンクが居並ぶ鉄の玉座である。
女王様かな。
そのせいでおいそれと近づけない。
しかしコレはコレで問題だ。
有能な錬金術師が移動不可能になるというのはシャレにならない。
一刻も早くゴムを作らなければ。
ウッド{ ▯}「アルミと鉄で溶接できるんだ」
ストン「 ▯」「死ぬほど危険なので実験は屋外でしてください。その際に警察に事情聴取を受ける可能性がありますが当方では責任を持てません。アルミニウムの粉末は危険物乙2類になりますので危険物取扱者試験に合格した知識のある方を呼んで指導のもと実験をしてください」
ウッド{ ▯}「いやだからやっちゃダメって言った方がいいよ」




