第6話 石油の蒸留と触媒反応
60日目
ギルドマスターが手塩に掛けた冒険者たちは魔大陸で大活躍している。
彼らによってコールドスポットに簡易拠点と帰りのコールドラインの確保ができる。
それからウワサによると勇者が本気を出せば大地を割くほどの力を秘めているらしい。
敵にはしたくないな。
90日目
行軍の限界と嘆くモノが出てきている。
信仰心で結束を維持できているがいつまで持つか。
錬金術師殿が将軍から用兵の手ほどきを受けている。
どうやら特注のゴーレムに覚えさせて労働力として使うようだ。
――第一級魔大陸研究資料Ⅱ
必要最低限の部品で作ったモールス通信機をベークライトの板――いわゆる電子基板に部品を板の上に並べて固定する。
ひとまとめにした通信機をゴーレムに持たせて各拠点に運ばせる。
各拠点のコールサインとでも呼べばいいのだろうか――それは工場都市が《HQ》とか銅山が《コッパー》とかそんな感じにした。
混信を避けるために定期報告と緊急時以外には使用を控えるようにしている。
そして中央の城にある物見塔のてっぺんにアンテナと大きな鐘を設置した。
緊急時は鐘が鳴る方が気付きやすいからだ。
無線はそんな感じで劇的な変化とは言えない。
そして有線はというと――。
《工場長……起きてください……朝ごはん作りますよ……》
「――ッハ! 起きた起きたから今下りるから……」
朝のモーニングコールと化している。
糸電話を電気化した程度なので音量がイマイチ低い。
だから現場では聞き取りが難しいのでギルド内の電話として使用している。
――おかしいな?
もっと劇的な変化があると思ったのに。
それでもアルタが喜んでいるのはわかる。
そのうちより高性能なスピーカーを作って情報のやりとりも改善してやる。
いつもの様に朝の体操をして、いつもの様にギルドの食堂的な場所で朝食をとる。
そしていつもの様に今日の計画を確認する。
「――つまり今日中に蒸留塔を動かせるということか」
「はい、蒸留後の貯蔵タンクもできているので問題ありません」
「オーケーそれじゃあ稼働しよう」
◆ ◆ ◆
加熱炉に火が灯り、ポンプで汲まれる原油が流れ始める。
蒸留塔というのは連続して蒸留する装置の事だ。
研究室で行う1メートル程度から100メートルの大型まで様々な種類がある。
この大きさは処理したい容量によって決めることができる。
1590リットルなら1m級の蒸留塔で十分ということになる。
――だがしかし、それは坑井が1坑のみの場合だ。
実際はこの後に何坑も掘っていく。
最低でも10坑としたら日当たり1万6千リットルの生産にはなる。
だから蒸留塔は――直径2メートルそして高さは5メートルぐらいの規模にした。
これでも需要に追い付かないならもっと大きめの蒸留塔を作り、それに合わせて坑井を増やすしかない。
おお、近代油田が『やぐら』だらけになるわけだ。
備え付けられているガラス窓から中の様子を確認する。
耐熱性のガラスとマイカプレートで何重にもして中を確認できるようにしてある。
こういったのぞき窓がそこら中に設置してある。
だから蒸留塔は円柱なのに足場とパイプに覆われて違法建築感が増している。
「加熱炉でちゃんと石油が蒸発しているな」
「そのようですね。温度もおおよそ350℃になるように調整ができています」
蒸留というのはまず原料である液体を蒸発させることから始まる。
そうなると原油を蒸発させるだけの加熱炉が必須だ。
加熱して蒸発をおこなう設備は――いつものボイラーになる。
結局のところボイラー技術が確立しないと満足に石油を精製することができなかったりする。
この炉で石油蒸気を発生させて蒸留塔に送り込む。
これで蒸留塔内部の各温度によって分離してくれるってわけだ。
「蒸留は知っているので馴染みがありますが、これほどの規模となるとやはり……すごいですね。――ところでどのような要因で複数の種類にきれいに分離してくれるのですか?」
「ああ、それは《炭素数》だ――」
原油というのは炭化水素混合物になる。
だから蒸留して分離した成分は炭素数に応じて各層に別れる。
メタンガスと呼ばれる物質は《CH4》の分子から炭素数『C1』になる。
重油にいたっては炭素数C20~70という数になる。
この炭素数によって常温で気化したり、300℃以上でも液体だったりする。
おおよそで分けると――
LPガス、沸点40℃、炭素数C1~4
ナフサ、沸点110℃、炭素数C5~10
灯油、沸点180℃、炭素数C10~20
軽油、沸点260℃、炭素数C14~20
重油、350℃で液体、炭素数C20~70
――ざっとこんな感じの分離具合になる。
そしてこの炭素は数珠つなぎではなくもっと複雑で謎な構造になっている。
この炭素数というのがゴムやプラスチックの合成に重要になる。
例えばエチレンという炭素数が2個の気体を500個ほどつなげるとポリエチレンという炭素数1000個の固体になる。
つまりナフサという炭素数5個以上の物質を頑張ってブツ切りにしてエチレンだけを分離して、頑張ってくっ付ければプラスチックの出来上がりだ。
そういう理由から石油化学業界はナフサの分解と操作だけを取り扱っている。
「なるほど――謎の物質を頑張って切り刻んで、つなげれば固体になるのですね」
「済まないね。あくまでイメージしか伝えられないんだよ」
「ふふ、別に問題ありませんよ。今は真理の追求より脱出の手段の確保が重要ですから――それに、これで次の硫黄除去のプロセスに移れるのですね」
「その通り、水素化脱硫装置で硫黄を取り除く」
温泉地帯では硫黄の臭いが立ち込めている。
地中の硫黄が温泉と共に地表に噴出しているからだ。
石炭にも硫黄が含まれている。
だから高炉に送る前にコークスに乾留しなければいけない。
同じように石油も地中の硫黄分を含んでいるからこれをどうにかしないと使い物にならない。
当時の科学者たちもこれをどうにか――しかも低コストで除去する方法を模索していた。
そこで登場したのが『触媒反応』だ。
謎のロシア人化学者キルヒホフが発見したデンプンに硫酸を加えて加熱するとブドウ糖ができる――あの反応だ。
今回の場合はニッケル、コバルト、モリブデンが硫黄と水素をくっ付ける触媒になる。
ただし反応を促進させるためにナノレベルの粉末にして、流れ込むナフサに流されないように担持しないといけない。
「その担持というのはどうするのですか?」
「アルミナのペレットに触媒の粉末を塗ればいいはず」
「ああ! それでアルミをトン単位で生産したのですね」
「イエスその通り――もっとも反応条件とか知らないんだけどね」
「あら、それでは実験をした方がよさそうですね」
そう生産したナフサを使って最適な触媒反応の条件を見つけないといけない。
多分だがナフサから重油まで全て条件が違うはずだ。
そのすべてをこれから調べないといけない。
なに大丈夫だ。
なにせこっちには1日に1万件まで試験能力を拡張した試験場がある。
◆ ◆ ◆
精製したナフサをさっそく使い実験を開始した。
ナフサとこのために集めた水素を脱硫用の加熱炉に流し込む。
そしてナフサ蒸気にしたらポンプで反応塔に送る。
上手く反応したら硫黄が水素と反応して硫化水素になる。
「よーし、これで硫化水素という腐った卵の臭いになってくれるはずだ」
「それは……毒性があるのではないでしょうか?」
「そうだね。だから次の硫黄回収プロセスも同時に進めないといけない」
硫黄回収装置――最初に硫化水素を燃やすことから始まる一連の化学反応装置。 燃やすだけでは硫化水素が残るのでアルミナ触媒反応槽に何度も流し込んですべてを硫黄に変換する。 各反応槽で膨大な熱量と水蒸気が発生するのでそれらはすべて回収して他の設備に使われる。 おおよそ硫黄1トンにつき2.5トン程度の水蒸気が発生するといわれている。
――硫化水素そのものが燃料になってくれるからコストよりメリットが大きい。
ぶっちゃけ謎の反応を二段階で行って硫黄と水蒸気がいっぱいできるだけの話だ。
イエーイ!
これでやっとナフサが手に入る。
「お次はナフサの分解とゴムの製造だ」
「たしかナフサ熱分解工場で炭素数別にさらに謎の反応で分解して――頑張って合体させるのですね!」
前まで堅い感じだったアルたんが謎の化学反応とかふわっとした表現するのがかわいい。
うん――かわいい。
おっといかんいかん。
ここからが石油化学による飛躍の時なんだから集中集中。
ウッド{ ▯}「二度目の登場、謎のロシア化学者……彼は何者なんだ?」
ストン「 ▯」「Gottlieb Kirchhoffと書いてたぶんゴットリープ・キルヒホフと読む。日本語Wikiすらないドイツらへん生まれの悲しいロシア人化学者です。キルヒホッフの法則で有名なロシアらへん生まれのドイツ人科学者とは別人です」
注:国境線がよく変わる時期なので生まれと人種が謎になってます。
ウッド{ ▯}「謎のイスラム発明家アル=ジャザリーや謎のロシア人化学者キルヒホフやら無名の人多すぎじゃない」
ストン「 ▯」「しょうがないね。異教徒の偉人はヨーロッパユニバーサリス(普遍的な欧米世界観)には不要だからね」
ウッド{ ▯}「えぇ……何その技術史の闇……」
注:たぶん日本に専門知識を有したWiki編集者がいないだけです。




