第3話 石油の井戸
1日目
帝国と諸国の輸送船団が大海を覆い尽くさんばかりに集結し、橋頭都市が人混みで溢れ返る。
そう教皇猊下によって第二次精霊軍が集結したのだ。その数は数十万ともいえるほどの規模である。
今日、この信仰篤い精鋭たちと聖地奪還へ向かうのだ。
55日目
三代目勇者が有しているインベントリに限界はないのか?
彼のおかげで数十万の軍勢も補給なしで行軍できるのはすごいことだ。
そしてついに山のように巨大なる魔物”タイタン”を捕捉した。
魔大陸を自由に闊歩するこの巨人は他の魔物が逃げ出すほどの影響力がある。
まさに歩くコールドスポットと呼んでいい。
つかず離れず後ろを進めば魔物と戦わずに奥地へと進める。
聖地に着けば魔物の発生原因が分かり、止めることができればこの大陸を解放できる。
そう我々は英雄になるのだ。
――第一級魔大陸研究資料Ⅰ
西の森、沼地へと続くその道で大規模な伐採が進む。 油田が沼地にある関係から精製施設はすぐ近くの森に建てるてる必要性が出たからだ。 もはや爆発と切っても切れないこの設備群は都市内部に収めるよりも外側で生成したほうがいいと判断するのも仕方がない事である。 森は林になり、林は更地と化す。 実に千年ぶりに開けた土地が姿を現した。
ゴーレム達によるスワンプバイパーの退治は拍子抜けするぐらい呆気なかった。
そのおかげで依頼を一つ達成できた。
その後も調子に乗って次々と依頼を処理していく。
そうしたら掘削の準備だけは整ったので現場で穴掘り準備作業を始めることにした。
「オラーイ! オラーイ!」とゴーレム達がプラットフォームを設置していく。
今は現場監督としてその作業を見守っている。
そういえば気が付けばもう半年近くこの世界にいる。
何もなかった時に比べるといろいろと物資を手に入れることができた。
例えば紙製のパラソル。
これで真夏の日差しも何とかなる。
他には木のデッキチェア。
これで全身の力を抜いてだらけきることができる。
布ネットがあればもう少し居心地がいいんだがプラスチックの固いチェアと思えばいい。
ガラスのビーカーにはおいしい水に『ブドウ糖』と『クエン酸たっぷりの果物の汁』そして、『重曹』を少々入れた。
謎の化学反応によって水がシュワシュワしている。
つまりちょっと酸っぱい炭酸水ができたのだ。
これに氷穴から採ってきた氷を入れてクイッと一口飲む。
口の中にキンキンに冷えた水分が流れ込みしゅわしゅわが広がって――う~ん最高だ。
「こ~こ~は異世界! 無人の工場長♪ ふんふんふふ~ん♪ らんらんっららん♪ なんじゃらほ~い♪」
そして音痴なりに歌いながら石油現場の監督をしている。
「……あの~工場長? もしかして脱出する気が無くなってません?」
少し不安げにこちらを覗う錬金術師。
「そこに気付くとはアル。やはり君は天才か!」
「ふわっ!?」
「なんてな安心してくれ、別に脱出を諦めたわけじゃない。たんにここでの生活がよくなってきてるだけだ」
「必死さが無くなっているのですね……」
「しょうがないだろ――外界に人がいるのか? 居たとして死者をゴーレム化させるヤベー連中かもしれない。そんなことを考えると脱出するというモチベが下がるんだよねー」
「うーん……なるほどそこに気付く工場長はやはり天才ですね」
「ふふん、悲しくなるから無理に持ち上げなくていいよ」
「ふふふ、お互い様です」
そう言いながらおもむろにデッキチェアをもう一つ出して隣に置く。
そして――。
「わーたーしーは錬金術師♪ 現場の何でも屋♪ ラーラーララ♪ ルールールル♪」
なんと音痴に対抗してきた。
しかも少し上手い。
この炎天下に現場で倒れたらシャレにならない。
そして彼女も全身が油まみれになるたびに洗浄していたら面倒だ。
という事で掘削作業はゴーレム達に任せることにした。
ちょっと不安はあるが爆発が約束された物質だからしょうがない。
という事で彼女の歌声を聞きながら石油掘削の監督をすることにした。
◆ ◆ ◆
海上の石油プラットフォームの発祥は第二次大戦時にイギリスで開発された海上要塞の派生技術に由来する。
コンセプトは地上で予め構造を作ってから、海上を曳船で運ぶ。
そして目的地で固定することにより短期間でいくつも洋上施設を作るというものだ。
――よろしい、その英国面なコンセプトをパクろう。
という事で重要な部分は全て作り終わっている。
だからゴーレム達が掘削ポイントへ運ぶだけの簡単な仕事になっている。
そして、この沼が洋上よりマシなのはすぐ下に硬い岩盤があるからだ。
だから安定した基礎を作ればプラットフォームが完成する。
それでも周囲の警戒や作業をしやすくするために浮島であるポンツーンを円形に配置するなど、ちょっとした工夫をいろいろやっている。
この穴掘りの設備を『掘削リグ』と呼び――言うなれば井戸を作るための設備ということになる。
そして地下資源を汲み出す生産井戸の事を坑井という。
「やぐらが……すごく大きいですね」
アルタの言う通り大きなやぐらが建っている。
このやぐらでボーリング調査と同じ要領で鋼管を地面へと打ち付けていく。
だから配置が終わったら次は――『ゴーン ゴーン』とパイプが地面に打ち付ける音が響き渡る。
――――
――
ある程度の深さまでパイプが到達すると流石にパイプを埋め込むことができなくなる。
そしてもちろんのことだがパイプの内側の土も邪魔になる。
そこで先日完成したドリルでパイプの内側を掘削していく。
これで石油が通るパイプが完成するってわけだ。
だがこの作業にもやはり物理的な問題というのが発生する。
例えば掘削するとき摩擦熱が発生しドリルをダメにする。
だから地面の底に潤滑油的な何かを投入しないといけない。
さらに切削ゴミである土がドリルの回転を邪魔し始める。
潤滑油的な何か以前の問題だ――すべての土を掻き出さないといけない!!
当時の技術者たちは熱と土を取り除くという二つの問題を解決しなければいけなかった。
そこで水を流し込むことで潤滑性を与えて熱を抑制して堀りクズを水を吸い上げて取り除くことを思いついた。
「それでは水を流し込めばよろしいのですね」
「いいや、水だと壁面が崩れるから別のものを使わないといけない。なんだと思う?」
「錬金術……チェストボックス……インベントリ……」
「なんだろー?」
「やっぱり爆発かな」
「はい! 鉄を入れる!」
「惜しい正解はバリウムの粉末を混ぜた泥水を注入するでした」
19世紀後半から20世紀初頭に始まったロータリー式掘削法は当初『水』を使っていた。
それが原因で坑内の壁は崩れ掘削不可能な状態になってしまった。
怒り狂った現場の作業員が何を思ったのか、掘削した際に出た粘土の山を水に混ぜて泥水で掘削を始めた。
そしたらなぜか坑内の崩壊は止まりより深くまで掘り進めることができるようになった。
「うーん、不思議ですね」
「いや不思議でも何でもないんだ。水ってのは案外スカスカでアルコールを入れると195mℓになるように壁面のミネラルを吸収して土を脆くしていたんだ」
長い研究の末、バリウム粉など色々混ぜた通称《泥水》と呼ばれる液体を開発した。
そしてその泥水がパイプ内を循環することで潤滑から切削クズの除去まであらゆる問題を解決してくれた。
「お、話してる間に新しい蒸気機関が動き出した」
「話を伺うと蒸気機関が無いとまともに掘削すらできなさそうですね」
「その通り、いくら潤滑といっても鉱物を使うのだからそもそもの馬力が無いと掘削不可能ってことだ」
たとえ目の前に油田があるとわかっていても掘るだけの馬力が無ければ手も足も出ない。
だから蒸気機関ができてから見つかってタイミング的にも本当によかった。
『シュー』と音を鳴らしながら動く蒸気機関、それと連動したドリルが回転し始める。
泥水をかけながらドリルが鋼鉄のパイプの内側を掘っていく。
この後の工程は地道な穴あけになる。
一旦パイプより深いところまで何十メートルも掘り進めたらドリルを一度取り出す。
そして最初のパイプより小さい径のパイプを一番下まで通す。
「このとき地層とパイプ外側の間に若干の隙間がどうしても出来るからコンクリートを流し込む」
「そうなるとパイプの内側もコンクリートで埋まると思いますが?」
「そう、だからドリルで内側をもう一度掘削するんだ」
「なるほど、二度手間のようですがその方がうまくいきそうですね」
たしかに掘って埋めて掘るって口頭で聞いても何だそりゃってなるよな。
「そんな感じで掘っては小さめのパイプに切り替えていくから、パイプは先細りしていく」
「それで最初のパイプは太めそしていくつものパイプを用意させていたのです――」
『ピィィィィ』と蒸気の安全弁が作動した音がする。
ドリルの回転を止めたようだ。
「あ! どうやら作業が止まったようですね」
「たぶんドリルが壊れたんだろうな」
「ん~~いえ、それだけではなさそうですね」
アルタが望遠鏡で作業現場を覗きながら言う。
そしてゴーレムが報告に来た。
「報告! 石油が出ました!」
思っていたよりも早く油田に達したようだ。
「坑井が出来たら次は貯蔵タンクだな」
「森の伐採も終わったようですしそろそろ作業を再開しますか」
「う~~ん、久しぶりに休息した気がするよ」
「ふふ、一日中見守るだけというのは珍しいですね」
「まあ傍らでタンクの容量計算と設計はしていたんだけどね」
ほとんどの作業をゴーレムに任せたがなんとか作り上げることができた。
だがやはり連絡に通信機的な物が欲しいところだな。
合い間を見てそっち方面も進めるとしよう。
ウッド{ ▯}「油田って掘る時点で大変ね」
ストン「 ▯」「ちなみに地熱発電井の管を孔明管といいます」
ウッド{ ▯}「ッ!? ここにも現れたか孔明!!」
ストン「 ▯」「なお語源は熱を取り込むスリット状の孔から来てるようなので諸葛亮は関係なさそうです」
ストン「 ▯」「それからクエン酸と重曹で炭酸水は一切責任を負えない代物なので作る場合は自己責任でお願いします」
ウッド{ ▯}「それなら作るなって言おうぜ」




