第1話 石油の力
二代目生還勇者は別名を冒険勇者と呼ばれています。
魔大陸からの帰還後はいわゆる冒険者ギルドを現在の形に抜本的に改革しました。
信頼できる仲間を育成する目的がありましたが、二度目の挑戦は叶いませんでした。
彼の最大の功績は魔物の出現率が異様に少なくなる”コールドスポット”と”コールドライン”の発見にあります。
それは魔大陸中に網の目のように張り巡らされています。
今日の冒険者たちは魔大陸外縁部で、この道を通り希少な原材料を集めてきます。
そしてこの功績が後に三代目勇者率いる精霊軍による聖地奪還計画の足掛かりとなりました。
――現代冒険者ギルド初代ギルドマスターの軌跡
始まりの街そこは工場都市として機能し始めていた。 東の森林は伐採され整地してある。 その場所に各生産拠点から運び出された鉱石が山のように並んでいる。 特に石灰岩は高炉に入れる以外にも幅広い用途で使われるので他より多く生産している。
不本意ながら迷い込んだ西の沼地から帰ってきた。
その沼地でまさかの石油を掘り当ててしまった。
いろいろな化学物質を含んでいる原油はかな~り危険なので都市に戻って体を洗うことにした。
ちょうど石鹸があったので入念に石油をふき取ってやった。
「ブモモモモ~~」とマヌケモノと呼ばれる魔物もシャワーで油などを落とす。
「モノ……お前泥だらけなだけで毛は白かったんだな」
――ついでにモノの泥も落としてやった。
「毛づくろいするするー」
「ああ、後は任せた」
それなりに毛の量があるのでゴーレム達に集めさせている。
そのうち使い道が出てくるだろう。
「さて、モノはいいとしてここからが本番だな」
「あの工場長。別に一人でできますので――他の作業をしてください!」
「アル。諦めてその手をどけてくれ」
「いえ工場長。自分でできますのでやめてください。やめてください!!」
「いやいや結局できてないんだからいい加減諦めてその体を差し出せ!」
「ああ、そんな……足が私の足が……」
などと言っているが単に足のパーツをとって洗浄しているだけだ。
彼女も石油で油まみれだったのでパーツ単位で分解して洗浄することにした。
使っている薬剤はもちろん苛性ソーダだ。
苛性ソーダの洗浄作用は強力で工業メッキなんかの脱脂剤としてよく使われる。
もちろん劇薬だし、貴重だから後で再利用する。
「いっぱい洗浄されるよーー。いっぱい洗浄されるよーー!」
今も抗議の声?をあげているが無視して全身を洗浄していく。
劇薬だから集中して気を付けないといけない。
入念に手足太ももを洗浄して――胴首回りそして――。
「そうここは女性のアレじゃない。ただの重金属だ。気にしてなければ公園の裸体像を洗うのと一緒だ」
「工場長ダメです! あとは自分でやります!!」
あまり意地悪すると開発を手伝ってくれないかもしれない。
「そこまで言うなら――はい」
そんなわけで残りは彼女に任せることにした。
「ふしゅーふしゅ……あとで予備の体を作っておきます……」
何とか石油を洗い流してからそういった。
◆ ◆ ◆
「それじゃあアル。今後の方針を決めちゃおう」
「――! はい、そうですね。地面からあふれる油をどうにかしましょう!」
「えーと、石油が手に入ったという事は今まで出来なかったことができるようになる」
「具体的な事はまだ判りませんが、とにかくすごいんですね」
「ああそうだったな、だったら一つ一つ石油による影響を見てみるか――」
まずは今までの開発を大雑把に分けると。
――役目を終えつつある燃料《木炭》。
――最重要資源である《鉄》。
――同じく重要資源である《銅》。
――その応用開発品の《モーター》。
――ほぼ高炉用の燃料《石炭》。
――安価な記録媒体《紙》。
――まだまだ調整が必要な《蒸気機関》。
――後は細々した謎の技術を調べる《研究》。
まあ、こんなところだ。
まず最初の木炭は石油の恩恵が少ない。
というより、石油によってとどめを刺される存在だ。
だからこの際、木炭の事は忘れよう。
日当たり1トンほど細々と生産して、加熱する燃料に石炭・石油系を使うぐらいだろうか?
――という事でつぎは鉄鋼になる。
製鉄所で鉄ロールをつくるための圧延技術には圧延油という潤滑油と冷却材の中間のような油が必要になる。 鉄板のロールはプレス加工による大量生産には必須の中間材だ。 鉄板は石油設備には必要不可欠な材料だからとにかく大量に欲しい。
「今までも圧延はしていたと思いますが?」
「…………確かに金属を伸ばしたりしていたが銅線は熱間圧延という熱して少し柔らかくしてから延ばしていたんだ」
「そういえば熱を加えてましたね。となると今後は機械の力だけで延ばしたり量産したりするのですね」
「その通り。これは蒸気機関による高馬力で初めてできる技術ということだ――」
――お次は銅について考えてみよう。
例えば浮遊選鉱装置で選別する油にパインオイルを使っている。
実はこの油の種類を変えることで特定の鉱物だけを分離する、そういった技術がある。
つまり油の挙動を研究すればいろいろな鉱物を分離できるということだ。
オーケー石油から大量の油を手に入れてやろう。
「あのー例えば何が分離できるのですか?」
「それは鉱物の種類と油の種類によるけど――鉄鉱石からアルミナだけを分離とかできたはず」
「アルミナ……アルミナ……アルミニウムのお金ですね!」
「ああ、その通りだ」
そう言えばずいぶん前に財布の小銭をあげたことがあったな。
最初のアルタんコレクション行きになったやつ。
「あとは石油があればモーターと電気も本格的に扱えるようになるはず――」
――かなり初期に作っておきながら最近まったく活躍していないモーター。
だがこれはしかたのないことだ。
モーターというのは効率がもっとも重要な要素だ。
これは難解な計算式を解けばすぐに分かる。
例えば効率90%のモーターが二つあった場合――。
――片方を水車や風車に繋げて発電する。
――もう片方でモーターを動かす。
その場合の仕事量を効率で表すと、9×9で81%となる。
これは10馬力の水車で発電すると出力側のモーターは8馬力なら出せるということだ。
けどこれって、効率が80%だと8×8で6.4馬力になり、効率70%だと――4.9馬力になる。
モーター効率50%なら10馬力の回転力から5馬力分の電力にしか変換しない。
そうやってできた電力でモーターを動かすと、さらに半分の2.5馬力分の仕事にしか活用できない。
2.5馬力だって!? それならモーターを動かさずに踏み車でコロコロしていたほうがマシだ。
「電気モーターってそういうものなんですか!?」
「アル、電気ってそういうものなんだ」
モーターで発電してモーターを動かすという現代人的な生活を送りたいならモーター効率97%程度ないと話にならない。
それができないから人類はモーターを発明してから百年ほど足踏みをしていた。
ガソリン車、蒸気自動車、馬車がしのぎを削っている間に、電気自動車はひっそりと撤退したのも頷ける。
電気自動車がもてはやされるのは高効率モーターと高密度の蓄電池が出てからだ。
さて、我々のモーターが低効率な原因は何か?
――それはエナメル線だ。
テキトーな樹脂をテキトーな溶剤で溶かして使っているせいで発熱すると発火する。
あの忌々しい爆発事故の原因になったアレだ。
「ああ、あの事故ですか――懐かしいですね」
「ほんと懐かしいな――」
――これを改善する方法はもうわかっている。
つまり耐火性のある、すご~い合成樹脂を作るしかない。
そのためには石油を頑張って精製するのが近道だ。
イエーイ! ちょうどさっき石油掘り当てて助かったぜ!
「石炭と紙も石油で変わるのですか?」
「うーん、石炭と紙は現状で満足しているから放置!」
石炭系は燃料として競合する――けど製鉄でコークスの需要があるから棲み分けが可能だ。
紙は化学薬剤を紙に付加することができるけど、そこまでの需要がないから研究する必要性は薄い。
――蒸気機関というより機械全般はまともな潤滑油が無いとちゃんと動かせない。
結局のところ潤滑油がないと高速域や高トルクでの運用ができない。
そしてその原料はやっぱり石油になる。
「ここまでは石油によるアップグレードの話だ」
「はぁ……石油がとてつもない物だという事は分かりました。ところで具体的には何を開発するのですか?」
「おーけー、次はより具体的な石油の開発項目になるけど――」
――まずは液体燃料の追加。
液状の燃料というのは固体より扱いやすい。
例えばボイラーに燃料を噴霧する機構にすればゴーレムがスコップで石炭を投げ入れる無駄な作業を無くせる。
それにこういった機構を先に作っておけばエンジン開発の下地になる。
――合成ゴムの開発。
現代文明には必須の材料になる。
特に最近は圧力や真空を扱う関係から隙間を埋めるためのゴムが欲しい。
――混合ガスの分離。
いわゆる都市ガスと言われているプロパンガスは圧力をあげれば容易に液化する。 つまりとても扱いやすい燃料ということだ。 ゴムさえできればガス溶接機なんかも作れるだろう。
――合成樹脂の開発。
つまりプラスチック。 力のかからない場所ならあらゆるところで使用できる万能素材と言っていい。 いろいろな用途が考えられるがゴーレムの重要じゃない部分の素体として使える。 今の壊れるたびに直すから壊れたら交換するという方針転換だ。
これでゴーレムの最大展開数がアルタの錬金スピード依存から生産力依存に替わる。
これって画期的!
つまり生産力が上がれば労働力が上がってさらに生産力が上がる。
「だからあえて言おう。生産力のインフレスパイラルだ!!」
「……はぁなるほど、それでは石油の開発が今後の方針という事でよろしいですね」
「うん……あ、はい」
真顔で返されると、とても恥ずかしい。
「あのその――私からも作ってもらいたいものがあるのですが」
「もちろんいいですとも。うん? けど大抵のものは錬金術でどうにでもなるでしょ?」
錬金術師が錬成できないものってなんだろう? 気になるな。
「錬金術では作り出せない《すまーとほん》のような遠くと会話できるものが欲しいです」
そう言いながら小さな板をジェスチャーで示す。
「つまり、通信機が欲しいってこと?」
「はい、今回のような不意な遭難があっても、他のゴーレム達と会話ができれば対処できます」
「なるほど、たしかに通信機とか欲しいな……」
石油開発の合間にも作れるだろう。
「おーけーアル、石油施設を作りながら通信機も作ろう」
「ふふ、楽しみにしています!」
石油の特性を知らない手探り状態だったら途方もない研究が必要になる。
だけど知っている身としては似た挙動をするか検証するだけで問題ない。
つまり石油のついでに通信機を作るぐらいの時間はある。
オーケーやるべきことは決まった。
『石油の開発』と『通信機の開発』この二つだ。
ざっくりこんなところだ。
あれ? あーだこーだ考えた末がこの二つの方針を決めただけだと!?
うーん、石油ってそういうものか。
よし、サクサク開発を進めよう。
まずは研究所で採ってきた石油の分析だな。
ウッド{ ▯}「モーターの効率ってこんな計算なの?」
ストン「 ▯」「実際はモーター効率、回路配線効率、機械効率などを掛算した総合効率になるのでもうちょっと複雑だよ」
ウッド{ ▯}「あと石油ってすごいんだね」
ストン「 ▯」「石油を手にしてからが技術チート本番だから当たり前だね」




