幕間 労働の対価
俺は上級国民だぞ!
なーにが、『ほとぼりが冷めるまで病院生活をしろ』だ。
公務員ごときが舐めやがって!
なぜこの俺がマズイ病人食を食べなければいけない。
ステーキを持ってこい!ステーキを!、それも三ツ星レストランのな!
ゴホッ……ゴホッ……。
ふん、政権も呆気なく交代しよって、無能共が……ゴホッ……。
それもこれも……蒸発したアイツのせいだ。
見つけたらただじゃ済まさないからな――。
…………おや、外が騒がしいぞ?
――とある病院の一室
憂鬱だ。ああ憂鬱だ。どうしよう。
とりあえず第一異世界人と対話をすることに成功した。
人というか土くれ人形だけど――この際気にしない。
スマホを弄る土くれというシュールな光景を観察していたら「あの、何か?」とおずおずと訊ねてきた。
「いや、言語理解というスキルが凄くて驚いてるだけだ」
「そうですか……私はこの《すまーとほん》に驚かされてばかりです!」
まずスキル言語理解の何が凄いって難解な専門用語ですら『理解』できてしまうことにある。
だからスマホを見ながら画像の工場とかの原理を説明すると理解できるのだ。
ためしにC言語を教えてみたらすぐさま理解した。
それ以外にも数学の問題なども出してみたら一発で理解した。
その様子を見て思ったのが『数学とは言語の一形態である』という恩師の言葉だ。
つまり《言語理解》は高度な専門知識と数学理論を短期間で習得できるまさにチート級のスキルってことになる。
おお、マジかよ! スゲー奴ってことじゃないか!!
「あの――こちらの画像についても教えてもらいたいのですが……」
「おっと、それは飛行船と言って空気より軽いガスが――」
その後もできる限り質問に答えていった。
◆ ◆ ◆
いろいろ情報交換してわかったことがある。
まず土くれは――。
錬金術師という職業に就いていた。
ゴーレムは仮初で本体が別に封印されている。
元の体に戻りたい。
そのためにも人のいる安全な場所に行きたい。
実は100年以上ゴーレム姿でほとほと困っている。
『もしかしてババ様?』と口に出したら『少女です!美少女です!!』と反論された。
こういったシビアな年齢の問題は割とよくある。
例えば宇宙SFなんかで冷凍睡眠や浦島効果で地球時間と肉体年齢に誤差が生じるアレだ。
さらに厄介なのがついさっきまで自分自身を封印していたらしい。
…………。
まだ出会ったばかりなのにこういったデリケートな問題に突っ込むのは野暮というもの。
そう、こういうときは自己申告が常に正しい!
それでいいだろう。
「それで外についてはほとんどわからないんだね」
「はいそうです。目覚めたばかり。わからない」
「よし、これから周辺の調査をしようと思う。ついて来てくれる?」
「はい。わかりました。そうしましょう」
まだまだお互い知らないことだらけだけど、ここから脱出したいという共通の目的はある。
だからまずは北の森から調べる事にした。
――――――
――――
――
「ハァハァハァ……クソ! とにかく逃げろ!!」
「ひゃあっ!」
後ろから『ドン!ドン!』と爆発音がする。
とにかくそのまま走って北門をくぐり、橋を渡って元の場所まで戻ってきた。
「……ぜぇ……ぜぇ……もうだめ」
流石に数キロはある都市を全力疾走するのは無理がある。
脇腹が痛い。
「あれはレイスですね。南に来ないように橋を破壊しますね」
「ああ、わかった……ぜぇ」
北の森を調べ始めて数分。
光り輝く火の玉に謎の光線で攻撃された。
それからというもの脱兎のごとく逃げ出して何とか切り抜けることができた。
あんなのと戦えって?冗談でしょ。
――『ドドーン』という音がした。
川で分断された都市、その北側へかかる唯一の橋。
とりあえず『ビッグブリッジ』と名付けた。
それが今、ゴーレム達の手によって破壊されたのだ。
元々崩れかかっていたがこれで北側へはもう行けない。
「レイスは川渡ってこれない。これで安心です」
「そーなんだ。ところであれは倒せるのか?」
「うー。あれは魔法で倒す。それ以外は無理――です」
「そうか、それじゃあしかたない。他の森も調べよう」
北へはいけない――その事実に内心焦っているがまだ東西南がある。
どうにかなるだろう。
◆ ◆ ◆
「周り全部に魔物か……」
「それでもレイスは北だけ、何とかなる。かな?」
都市の周りを調べた結果、いろいろな獣のような魔物がいた。
唯一の救いはゴーレムにはさして反応を示さなかったことだ。
まあ、動く木や岩は食べれないから――そうだろう。
「とにかく外に出て人がいる所まで行く。そのためのプランを考えなきゃいけないな」
「そうですね。そうしましょう」
と言っても長期的な生存計画を考えなきゃいけない。
だからまずは脱出については横に置いておく。
「まずは衣食住の確保だな。幸い服はあるから食糧と住処を決めよう」
この服は作業着の専門店で販売している普段着だからとても丈夫だ。
そうそう破れたりしないだろう。
それでもそのうち服の問題は出てくるんだろうなー。
「住居はお城がありますよ?」
「いや、城は維持が大変だからもっとこじんまりした住いを作りたいんだよ」
「なるほど」
そう言って南側の廃墟のような遺跡を見て回る。
あっちこっち探し回った結果、川沿いの廃墟に一番まともな建物を見つけた。
「基礎的な部分はまったく傷んでないな。どういうことだ?」
「ここは――元々はギルドのあった場所です。石に魔力を感じます」
「魔法か何かで守られていたってことか?」
「たぶん、付与魔術師によって建物が強化されています」
「ならここで暮らすか」
「私はもう一度封印する方法を探します」
そう彼女はここから脱出できる可能性にかけて自らを封印したのだ。
それが無いのならもう一度封印を施すつもりらしい。
「……封印、一緒、一緒ね!」そう言ってから城の方へとゴーレム達と向かっていった。
どうやら再封印の時はご相伴にあずからせて頂けるようだ。
とはいえ最初から諦めるつもりはないから、少しばかり頑張ってみよう。
「人間さん何するのー?」
「うわ!? しゃべった!!」
「キャッキャッ手伝いますよー」
数体のゴーレムが残っていたが、どうやらこちらを手伝ってくれるようだ。
というよりいつの間にしゃべれるようになってたんだ?
「手伝ってくれるなら嬉しいよ。とりあえず食糧の確保をしたいから畑を耕すのを手伝ってくれる?」
「はーい!」
都市のはずれ、日の光がもっともあたる場所。
とりあえず畑を作ることから始めてみた。
道具も何もないので森で拾ってきたいい感じの棒を使うことにした。
そうだな『ひのきの棒』と名付けよう。
これで立派な畑を耕してくれる!
――――――
――――
――
日が落ちて、寒さが増してきた夕方。
今日も焚火をして夜がすぎるのを待つ。
夜になってもゴーレム達は畑と決めた場所の石を取り除いたり色々とやってくれている。
どうやら疲れや眠気という概念が存在しないようだ。
質の悪い木は煙が酷く、屋内だと燻製になってしまう。
だから当分は外で寝起きするしかない。
布団なんて贅沢な物はないから雑草をかき集めて干し草の寝床を作らなければいけない。
暖炉も欲しいからレンガも作らないといけない。
それからそれから――。
――ガサ、ガサ。
城の方から土くれの集団がやってきた。
「やあ、アルタ君。キミのゴーレム達はとてもよく働いてくれて助かるよ」
「はい、よかったです。こちらは進展がありませんでした。」
どうやら再封印にも時間がかかるようだ。
「そうか。そう言えば本体がどうのって、あの城にあるのか?」
「はい、とても大切なので場所は教えられません」
そりゃあそうだろうな。
私の弱点はここにあるから気を付けてください、なんて普通は言わない。
誰だってそうだ――絶対に言わない。
「オーケー、あーもしよかったら家づくりを手伝ってくれない?」
「はい、いいですよ。その間にすまーとほんでいろいろ教えてください」
『労働力の提供』の対価が『知識の提供』というところか。
悪くない取引だ。
食と住が安定するまでにどうにか脱出する手段を考えるとしよう。
じゃないと一緒に封印コースだ。
それは勘弁してもらいたいな。




