第15話 粉じん爆発
エウレカ! ユリイカ! ユーレカ!
――風呂で叫ぶ男
「これは……」
「工場長、周辺の拠点で使用していた全設備を持ってきました」
「これは……使えそうもないな」
「はい、その通りです。どうしましょうか?」
目の前には水車動力で動いていた設備の残骸が置かれている。
いくつか調べてみる。
予想通りというべきかどの設備も老朽化していた。
よく見ると歯車や軸受けの部分に《白いべたつくもの》がこびり付いている。
「これは……酸化した植物油だな」
「はい、そうです。潤滑油代わりに使用していた油が変化して設備の劣化を招いたようです」
「しかたないな。植物油ってのは主に胃で分解消化しやすい成分でできているから変化しやすいんだよ」
「なるほど、そうなると変化しない油が本来の潤滑油ということですか?」
「そういうことになる」
潤滑油として植物の油を使うことはある。
例えばレーシングカー向けのエンジンオイルは優れた特性から植物油を使うことがある。
しかし長時間使うと酸化するという特性から一般乗用車や産業用潤滑油には不向きと言われている。
「よし、このままじゃの蒸気機関が本来の力を発揮できない。だから今後は潤滑油の研究に力を入れよう」
「なるほど分かりました」
潤滑油の主な原料は石油だ。
しかし石油なんてそうそう見つからないだろう。
そうなると今後の研究は3択になる。
レース向け酸化しやすい植物油。
燃えやすい木タール由来の油。
石炭を乾留したコールタール由来の油。
どれも一長一短の特性があるがコールタールが一番潤滑油として使えそうな気がする――。
――と、そう思っていた時期がありました。
実際に使って見るとどうやらそうではなかった。
これは推測だが、もともと固形物である石炭を熱で液化させたのがコールタール、歯車や軸受けの摩擦熱や高圧力という環境下での使用により固体化したと思われる。
結局、植物油からタール油までいろいろ試したがいい物が見つからなかった。
これを使えるように改質するにはかなり時間がかかるだろう。
そして問題は潤滑油だけではない。
部品単位で見てみると歯が欠けていたり破損しているパーツもある。
「これを見てくれ欠けているだろう。強い衝撃がかかったせいだ――ゴムがあれば衝撃を緩和できるんだが今はない」
エンジンなどで使うVベルトなんかは主にゴムを使っている。
このゴムのベルトが振動や過負荷の安全装置として機能する。
そういうものが一切ないということは衝撃がダイレクトに歯車に伝わり、歯が欠ける原因になる。
他にもゴムベルトがあれば大型の蒸気機関一つあれば工作機械数十台を一斉に動かせる。
工場の天井で回転軸を回してベルトを伝ってそれぞれの機械を動かせばいい。
「ゴム? ……ですか」
「そういえばアルタはゴムを知らないのか」
「はい、そういった名前のものは聞いたことがありませんね」
ゴムは中世が終わり大航海時代の幕が開ける1490年代にコロンブスが新大陸から持ち帰ったのが最初だ。
いわゆる《ゴムの木》と言われる植物の発見から始まる。
そうなると南のホネを退けて、巨大なハチの巣を根絶やしにしながら南下する――。
そして多分あるだろうジャングル地帯の謎の植物を切っては樹液調べ、切っては樹液を調べ――そうすると運が良ければ見つかるってことだ。
…………ハハッ冗談だろ?
それならコールタールから合成ゴムを作る方がまだ現実的だ。
どちらにせよ長い研究が必要になる。
「潤滑油とゴムの開発は今後の課題として――ほかに問題点はある?」
「そうですね――――銅の採掘場からの輸送に問題があるので運河経由で物資を運べないでしょうか」
前に隊商以外の輸送方式を考えたのは工場都市の計画を立ちあげる前だった。
その時は何もない都市に物資を運んでから鉄鉱山にある溶鉱炉まで運ぶのは手間だと考えていた。
だが前提条件が変わって全ての資源を都市に集中させるのなら運河はとても効率がいい。
問題があるとしたら――。
「うーん、さすがに船の設計はしたことないからなー」
木造船って竜骨が大事っていうのは知ってるけど。
そっちのノウハウは皆無だ。
よくあるFRP船はそもそもプラスチックの製造に着手できていない。
そうなると鋼鉄の輸送船を作るか?
いやいや、アレは高馬力の動力があって初めて動かせる。
そもそもスクリュー軸からの水漏れ防止のゴムが無い。
「うーん、うーん」
「簡単な木のイカダで十分だと思うのですが」
「イカダか……あ! それならポンツーンを作ろう!」
「ぽつーん?」と言いながら首をかしげるアルタ。
「平底の浮船のことだね。とりあえず川で実験してみよう」
◆ ◆ ◆
ポンツーン――浮き船による桟橋は古代から文献に記述がある古い技術である。 時代が進み、戦争で橋のない場所を迅速に渡河する必要性が出てきた。 そこで工兵が簡単に架設できる軍橋としてポンツーンが考案された。 現在ではマリーナの桟橋や湾岸の移動クレーン、大規模なメガフロートとして利用されている。
ということで今ある材料でいい感じのポンツーンを作った。
一番川岸の整備が進んでいる製紙工場の近くで実験をすることにした。
このポンツーンは鋼鉄の箱の周りをコンクリートで覆ったものだ。
鋼鉄とコンクリのハイブリッドみたいなものだな。
そのブロックを接ぎ合わせて目的の大きさを作れるようにしてある。
ということでいくつか組み合わせて桟橋のようにしてみた。
幅2メートルそして奥行き10メートルほどになっている。
「ダメです。危険なので工場長は乗ってはいけません!」
「いや、だからしっかり係留してるから安全だって――」
ところがアルタお母さんが危険だから乗るべきではないという。
この後は桟橋の上で釣りというイベントをしたいんだけどなー。
「う~~、お願いですから危険なことはしないでくださいね」
「それはもちろんだ」
鉄が浮くというのを『エウレカ!』と叫びながら発見したのはアルキメデスという古代ギリシャの学者だ。 この原理をアルキメデスの原理という。
古くから知られている事ではあるが、たとえ知っていても納得できないのが人というものだ。
特に研究に生涯を尽くし外に出ることが少ない錬金術師と鋼鉄の船が大量に物資を運んでるのが常識の現代人とではこの辺の感覚がどうも違うようだ。
「ほら乗ってもちゃんと浮いてるよ。こっちにおいで――」
そう言って手を差し伸べる。
一瞬、躊躇したが意を決して手をつないだ。
「……それでは乗ってみます」
「僕らも僕らも!」と岩と鉄と銅の人形たちが近づいてくる。
「ゴーレムは後でな」
「うーうー」と謎のうなりをあげるゴーレム達。
「モァモァ」と鳴きながら勝手に乗り込むモノ。
「おま、いつも部屋から出ないのに――」
「モァ!」と鳴いてそのまま桟橋の中央で寝込む。
「モノはしかたがありませんね」と若干諦め気味のアルタ。
「と、とりあえず浮かすことはできたから銅鉱山から川流しで物資を運べるだろう」
「そうですね。それではあとで川沿いの陸路を整備して曳舟できるようにしておきますね」
「ああ、そうした方がいいな」
船を上流に運ぶにはどうしたらいいのだろうか?
現在ならトラックで上流に運べる。
しかし近代以前は人力による船の牽引が主な方法だった。
川沿いの陸路を整備して人あるいは牛などで川の流れに逆らって牽引した。
流石に鋼鉄とコンクリートの塊を人力で持ち上げて運ぶのは不可能だ。
チェストに入る大きさとなると1辺が1立法メートル以下になり、安定性がなくなってしまう。
まあ、たまには江戸時代というのも悪くはない。
「お、そうだ。この上から釣りとか楽しそうじゃない?」
「工場長、……まあ、たまには息抜きとして――その、二人でその」
「お、さっそく釣り――――!?」
それは突然の事だった。
近くにあった製紙工場の一つが爆発した。
それは何の前触れもなく。
突然に、突発に、唐突に。
今まで作った物を製品を工場を無遠慮に破壊し尽くす。
「キャアッ!?」
「モッ!?」
「どこの工場が壊れたんだ!」
「えっと三番なのでロール紙の切り取り工程ですね」
そうなると薬品による爆発ではないな。
考えられるのは紙繊維による粉じん爆発!
「とにかく消火を優先して――あ!」
気が付いた時には時すでに遅し。
爆発の衝撃で浮き桟橋がぷかぷかと下流へと流れ始めた。
――二人と一匹を乗せて。
「こ、こ、工場長! 大変です! 流されています!」
「お、落ち着き給えアルタ君。冷静に対処すれば何ということもない。まずはオールで漕ごう」
異変に気付いたゴーレム達も騒ぎ出す。
「緊急! お二人を救出せよ! 全ゴーレム集合!」
アルタはインベントリに入れてあった建築資材をすぐさま再加工してオール状にする。
それを受け取って漕ぎだす。
「セイ! セイ! ダメだ全然進まないぞ」
「これは質量のせいですね。どうしましょう工場長、実は泳げないんです……」
「知ってる――だが安心してくれ。実は――泳げないんだ」
「…………」
「…………」
「モアモアモゥー」とさも泳ぎが得ですよアピールをするマヌケモノ。
「ああ、流されていくー」
「やはり強く止めておくべき……いえそれよりも……」
今とりあえずやるべきことは――。
「アイアン! 消火が終わり次第――救出部隊を編成するんだ! それから西は湿地帯だから水に浮くウッドゴーレムを中心に再編! あとはスライム対策に岩塩ゴーレムを作るように!!」
「ハッ! 了解しました! 連弩と対スライムの準備! 部隊を…………」
都市の城壁を過ぎてアイアンの声が遠のいていく。
「ポンツーンでぽつーん」
「……工場長」とちょっと呆れ気味のアルタさん。
そのまま健闘むなしく船は西へ……西へと進んでいく。
まだ見ぬ西方地域へ進んでいく。
ウッド{ ▯}「なんで蒸気の時代にしなかったんだろう」
ストン「 ▯」「それな」




