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第14話 クランク機構ってやっぱ潤滑油が欲しいよね

『父ちゃん、おいら夢を見たんだ。見たこともない険しい山脈のてっぺんでチカチカ光っていたんだ』

『夢でよかったな。飛竜の大群が火を噴いているんだろう。もし本当に起きていたらすぐに村を捨てて逃げなければいけなかった』

『父ちゃん、おいら怖いよ。こんな危険な世界でどうやって生きればいいの?』

『案ずることはねぇ。精霊様が見守ってくれるさ。案ずることは……ねえ』


――魔物のいる世界


 製紙工場では毎日のように紙を生産している。 ロール状の紙は金属の定規とカッターによってカットされる。 数千枚から数万枚にのぼる紙の束からは繊維が舞い、工場の床に誇りとして溜まっていく。 数十に増えたノームゴーレム達がせわしなく労働ゴーレムと機械の合間を縫ってホコリを掃除している。 工場内に漂う繊維は通気口へと流れていき集塵機に集まっていく。



 蒸気機関の要素を取り出すと案外シンプルだったりする。


 蒸気機関の主な構成要素は――。


 ボイラーという湯沸かし器。

 復水器という蒸気を冷やして水に戻す容器。

 シリンダという往復運動するやつ。

 最後にクランク機構という往復運動を回転運動にする変なの。


 ――これだけだ。



 ボイラー開発に目途が立ったので残りのすべてをこれから作らなければいけない。


 だがこの中で一番最初に開発したのが実はシリンダとクランク機構だったりする。


 そう木炭高炉を作るときに作った水車動力式フイゴ装置だ。


 当時は鉄が貴重だったので木製でだましだまし動かして銑鉄モドキを生産していた。


 ちょうど高炉を城壁の内側に移動させる計画で今動いている。


 それならついでに蒸気動力式にグレードアップさせるのが効率がいいってものだ。


「ということで、この第二高炉には蒸気駆動方式送風機を使うつもりだ」


「それでは――鋼鉄のフイゴを作るのですか?」


「まあそんなところだ」


 コークスは燃えにくいという問題があった。


 だからコークス炉には強力な送風機が必要になる――今はまだない。


 そのせいで未だに木炭高炉で鉄を作り続けている。


 だからやる事は簡単だ。


 ――冶金技術の名の下に見つけ出したいい感じの鉄を使ってピストンとクランク機構を作る。


 それを高炉と蒸気機関の両方に活用する。


 一石二鳥の開発をする――それだけだ。


「やっと、やっと水車から解放されるのですね……」


 達観した様子のアルタ。


 無理もない――ここ数ヵ月、工場動力源という名の水車を作り続けていたからな――それも永遠と。


 今後は蒸気機関を死ぬほど作ることになるから早めに加工機械を作ろう。


 彼女を見ていてそう思った。




 ◆ ◆ ◆




 木炭高炉では木造のクランク機構は使っていたが本格的なクランクシャフトは今回が初めてになる。


 水車5馬力程度なら木造で問題ない、が――。


 高馬力高回転数の蒸気機関となると丈夫な鉄製じゃないと対応できない。


 クランク機構の設計図を書きアルタに見せる。


「この鉄製のクランクですが――前よりも複雑になっていませんか?」


「ああ、クランクシャフトといってエンジン用の機構だ」


 クランク機構そのものは古代ローマや中国ですでに使われていた形跡がある。


 そしてクランクシャフトが歴史上はじめて登場したのは13世紀、中世イスラムの発明家アル=ジャザリーの作品と出版本だ。


 そのぐらい昔から使われてきた古い技術になる。


「この設計図の複雑度ですと――かなり時間がかかりますね」


「うーん、それじゃあ各部品を分けて最後に錬成で繋げるようにしよう」


 クランクシャフトは製造法にいくつか種類がある。


 型に流し込む鋳造から大きな円柱を三次元加工機で削りだす総削り出しそれ以外に、高温状態でプレス機で大まかな形を作る方法や、円盤とピンを溶接する方法などなど。


「ということで円盤とピンそれらの位置だしのための治具があればなんとかなるな」


「なるほど、円盤を等間隔に置いてその間にピンを置くのですね」


「ああ、これで作りやすくなるだろう」




 ◆ ◆ ◆




 さて、カムシャフトの次に残っているのはシリンダとピストンになる。


 二つの金属が接触するからどうしても摩耗による焼き付きと、すき間からの空気漏れが発生する。


「――そういうわけだから耐摩耗性の強いいい感じの金属が必要になる」


「ふふ、このまえ材料試験をした金属ですね」


「その通り、ねずみ鋳鉄という摩耗に強い金属をつかってシリンダとピストンを作る」


 蒸気機関はボイラーから吐き出される蒸気圧で動くが、イメージや印象よりずっと低圧で作動する。


 18世紀の高圧蒸気機関という名前ですら当時の技術力での話であり、その圧力はたかだか数百kPaになる。


 車のエンジンがMPa単位の爆発的高圧力と比べると明らかに低い。


 つまりスチームエンジンというのは局所的に大きな力がかかるわけじゃない。


 そういうわけだから材料は耐摩耗性に優れているねずみ鋳鉄でよかった。


 それでも条件の合う鉄を作るためにとても苦労したという。



 アルタは材料試験の資料を見比べながら思ったことを口にした。


「ねずみ鋳鉄は今まで使っていた炭素鋼と比べるとかなり劣っている気がしますね」


「その通りだ、さすがだなアルタ君。だがその劣っている部分が案外利点になる」


 炭素鋼S45Cに比べると鋳鉄は柔らかくて、剛性が無くて、伸びなくて脆い。


 しかしこれを利点としてとらえると安価で、加工しやすく、そして耐摩耗性に強い。


「加工しやすいというのも重要な要素なんだ。なにせこの部分は加工精度がとても重要になるからだ」



 加工精度は蒸気機関が発展するのに必要な要素だ。


 ニューコメン機関の初期のシリンダとピストンは加工精度の低さからすき間が大きくてガバガバだった。


 蒸気漏れの対策でニューコメンが思いついたのが――。


「過去の蒸気機関はロープや靴紐そして獣脂や馬糞を塗りたくったらしい」


「……えぇ」狼狽するアルタ。


「やったーウンコだーー!!」大いにはしゃぐ五歳児のゴーレム。


「いや、だから昔の話だって、その後この問題は解決したから」


「ふ~それはよかったです」アルタは安堵して、ゴーレム達は興味なさげに静かになった。


 当時は大砲などの加工技術が低く飛距離が出なかった。


 すき間がガバガバだったからだ。


 時が経ち加工精度の向上によりすき間が減ると自然と問題が無くなった。


 なんと壁面に水の膜ができて、すき間を埋めてくれた。


 ついでに水が潤滑油の役割をしたので油により水質が悪化するのを抑えてくれた。


 結果論的に言えば加工精度の近代化によりピストン周りを簡略化することに成功したということだ。


「――つまりだ。この部分を錬金術で精度出しができればウンコやスライムをぐちゃぐちゃに塗る必要がなくなる」


「あ、スライムも案にはあったのですね」


「まあね。これで蒸気機関側のシリンダは簡略化できる――けど圧縮ポンプの方はピストンリングが必要になるな」


「ピストンリング――ちょっとメモをカキカキ」



 ピストンリング――シリンダとピストンの間に取り付けられるリング状の金属。 燃焼爆発するエンジンでは圧力を外に逃がさないためこれが必須の部品となる。 その材料は鋳鉄などの耐摩耗性のある合金がほとんどである。



「――そうなると、蒸気を扱う個所はシンプルな形に、空気を扱う個所はピストンリングを追加するということでしょうか?」


「イエス! その通り。はじめは混乱するかもしれないけど要するに蒸気機関以外は全部ピストンリングを入れとけば問題ない」


「ねーねー意味わかった?」「全然わかんない」


 ゴーレム達は原理を理解するのはお手上げ状態のようだ。


「いわれた通りに動かせばいいよねー」「そだねー」


 ――気楽でいいなオイ!


「それじゃあ、実際に作っていくか」


「わかりました。それでは始めましょう」




 ◆ ◆ ◆




 数日後、何度目かの失敗の後に何とか求めている性能の蒸気機関ができた。


 ――シュッシュッシュと音を立てながら動く蒸気機関ができた。


 連動するようにピストンを動かして空気を送るのも確認ができた。


「何とか出来たな」


「はい、まさか性能を抑えることになるとは思いませんでした」


 なんと最初の試作機があまりに高馬力だったために制御不能になってしまった。


 これはシャドー蒸気機関車を基に作ったからだ。


 そもそも1000馬力以上の出力で何百トンもある貨物列車を動かす前提のスチームエンジンを模倣したんだ。


 ハッキリ言って制御できなかった。


 途中までは上手く動いたのだが高速回転域でピストンが削れて焼き付けを起こしてしまった。


 壊れたのは送風機側のピストンだった。


 潤滑油の質が悪くてうまくいかなかったのだろう。


 なにせ可燃性の植物油か魚油あるいはコールタール由来の謎の油しか選択肢が無いのだ。


 まあ、その辺はおいおい解決すればいい。


 結局、圧力やシリンダ容量などを変更して10~20馬力のスチームエンジンになった。


 今はこれが限界だ。


 それでも悲しくはない。


 なにせこの世界に来て5か月。


 ついに蒸気の時代に入ったのだから――。












 蒸気機関の開発がひと段落した。


 これで高炉も本格的に稼働するだろう。


 紙を作ると思い立ってからいろいろあったがやりたいことはほぼやり尽くした。


 だから節目にちょっとしたことをやろうと思う。


「アルタ! ちょっと紙でやりたいことがあるんだけどいいかな?」


「はい、手伝えることがあればご一緒させてください」


「ちょっとしたことで――ごにょごにょっとな」


「――ええ、あらあら……うふふ。なるほど! 少し危険ですが分かりました次の夜までに準備します」


「ああ、こっちも木材で作り始めるよ」


 そうして互いに準備を進める。



 ――翌日の夜。



 すっかりあたりが暗くなったが、何とか準備することができた。


 辺り一面に紙で作ったドーム状の物体が乱立している。


「それじゃあ火を点けろ!」


「了解! 着火! 着火!!」


「周りの紙を燃やさないように注意してくださいね」


「よし、暖まってきてるな。――空に放て!」


「わぁ」と感動するアルタ。


 暗い夜空に光り輝く熱気球が数百と空に舞い上がっていく。


 ゴーレム達が次の気球の準備を始める。


 もっとも原始的な通信手法の一つ《天灯(てんとう)》だ。



 天灯――諸葛亮が敵軍に包囲されているときに、大量の紙を張った熱気球を使い救援を要請したという逸話が存在する。 そこから孔明灯とも呼ばれている。 主に木の枠に紙を貼り空気を逃がさない気球状に作りこむ。 そして下部の中央に油を染み込ませた紙を固定して火を点ける。 内部の空気を温めることにより空を漂うことができる。


 この紙には救助を求める『SOS』などのメッセージが書かれている。


 大まかな場所についての簡易的な地図もハンコで押されている。


 これが誰かの所まで届くとは思っていない。


 それでも意味があるんじゃないかと試している。


 ああ、もしかしたらドラゴンに見つかって殺されるかもしれない。


 けど、それでも試しておきたいんだ。


 脱出できる可能性にかけてみたいんだ。


 ここは資源豊かな無人の地。


 こんな皮肉のような場所かここにしかないだろう。


「……きれいですね」そうアルタが言う。


 彼女は上を向いて天灯の輝きが空の彼方へ向かうのを見続けている。


「ああ、とても綺麗だな」


 アルタにそう言って、その日は最後の天灯が消えるまで見守った。


ウッド{ ▯}「ねーねーアル=ジャザリーって誰?」


ストン「 ▯」「イスラム黄金時代に活躍したリアルチート発明家。東のローマと西の宋代の技術を融合させて、日本が鎌倉時代の時に音楽ロボットやプログラミング可能な水時計とか軽く近代レベルの発明をしてその集大成を本にまとめて《知恵の館》に収めたんだよ」


ウッド{ ▯}「へーそれじゃあイスラム圏で産業革命が起きたんだね」


ストン「 ▯」「…………その後、東からモのつく騎馬民族が地平線を覆うぐらい襲ってきて宋代のついでに全部燃やされたんだって」


ウッド{ ▯}「モっさん……」



Al-Jazariで検索すると映像資料など閲覧できます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 利用できるエネルギーの技術レベルが進歩するのはなんだか感慨深いですね
[一言] 天灯の光はちゃんと子供に見えてたのか しかし正体不明で意図を察してもらえない悲しみ… >ストン「 ▯」「…………その後、東からモのつく騎馬民族が地平線を覆うぐらい襲ってきて宋代のついでに全…
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