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第13話 蒸気発明家はやかんの夢を見る

あんた! いつまで私のやかんを見ているの!!

そんなんだからご近所にマヌケモノって陰口をたたかれるのよ!

今日という今日は許しません。

さあ、ギルドに行って稼いできなさい!!


何が『もう少しで何かが閃きそう』ッよ!!

もし禁忌を閃いて封印騎士団に目をつけられたら封印塔に幽閉されるのよ!!!


――封印騎士団と封印塔

 

 新しくできた研究所には材料試験とは別に化学反応の実験室がある。


 それ以外にもアルタ専用の薬品の調合室に魔石の実験室もある。


 これら錬金部屋は謎の機器が所狭しと置いてある。


 長いすると実験台にされそうだから近づかないでおこう。


 これから化学反応の実験をする。



 まずいつも使っている植物油をかき集める。 次に苛性ソーダと水を混ぜて苛性ソーダ水溶液を作る。 そしたらこの二つを合体して別のものに変える――。


「――化学反応を促進させるために40~50℃ぐらいの温度にしたほうがいい」


「その時に混ぜるのですね。――これが蒸気機関の役に立つのですか?」



「いいや、これで石鹸ができる!」



「えぇ……」


「まあまあ、そう呆れないでアルタん。実際に使えるようになるのは2~3か月後だけど衛生的な生活は文明人に必須だよ」


 そう言って石鹸作りを続けた。


 風呂よりもアツアツの50℃にしてから混ぜ合わせて、混ぜ混ぜ混ぜ混ぜっと撹拌する。


 マヨネーズのようなヨーグルトのようなへんなのが出来たら型に入れる。


 これで3か月後には石鹸の完成だ。


 イエーイ!


「それじゃあここからが本番になる。その辺の川から汲んできた水を沸騰させて油を入れる」


「これは――どういう実験なのですか?」


「ある現象が起きるか起きないか確認するための実験だな」


 そう言ってグツグツ沸騰した水にサビ止めや潤滑油代わりに使っている植物油を少し入れる。


 さて、どうなるか――。


「あ、工場長! 泡が噴出しました!」


「やっぱり起きたか……」


「これは料理の吹き出しみたいなものですか?」


「似ているけど――どちらかというと石鹸と同じだ。ミネラル豊富な天然水のアルカリ系鉱物と油が反応して石鹸に似た状態になって――それがアワを作ったんだ」


 当時のボイラー技士たちを悩ませたのもこのアワだった。


 なにせアワを放置していたらアワで空焚き部分ができる。


 空焚きが缶の劣化になり、ボイラーの爆発事故になった。


 だからこそ循環型ボイラーというものへと発展していく。


 しかし鉄道用蒸気機関にそんなスペースはない。


「――ということでこの問題を解決するためにいつもの方法を採用する」


「――ガタッ! 鉱物だ!」

「いいや、小麦粉だ!」

「もしかしてナトリウム?」


 相変わらずのゴーレム思想。


「……まあ大体正解だ。ボイラーに都合のいい水に調整する薬剤のことを清缶剤という」


 「ヒャッホー」と喜び合うゴーレム達。


 そして『なるほどなるほど』と言いながら高速でメモ帳に書き込んでいくアルタ。


 アルタはメモ魔? まあいいや。



 清缶剤――ボイラー用水に添加して配管の腐食や化学反応を抑える薬剤の事。 用途に合わせて様々な薬品を加えてきた。 現在の産業用ボイラーにも必ず使われる。


「ということでまずは硬水を軟化させるために炭酸ナトリウムを投入する!」


「ヒャッハーナトリウムで消毒だー!」


「カキカキ……ああ、やはりそうなりましたか。メモメモ」と達観しながらメモを取り続ける。


 炭酸ナトリウム――主に水質を軟水にするために加えられる。 製紙工場の緑液にも含まれている。


「だがそれだけでは鉱物が悪さをする。そこで鉱物を散らすためにデンプンを入れる」


「やっぱり小麦粉だー!!」


 デンプン――ミネラル水のカルシウムやマグネシウムは結晶化して壁面にこびり付き熱効率の低下や圧力の損失を引き起こす。 水中に溶け出している鉱物の結晶を分散させるためにデンプンのような高分子電解質を入れることがある。


「さらに水中の酸素を取り除くために亜硫酸ナトリウムを加える」


「ナトリウムは最高だー!!!」


 亜硫酸ナトリウム――精銅時に発生する二酸化硫黄と苛性ソーダを化学反応させて製造する。 水中に溶け込んでいる酸素は鉄が酸化してサビの発生につながる。 つまりボイラー配管の腐食の原因になるため脱酸素目的で入れる。


「ということで大体の物質が入ってる――紙づくりの副産物『黒液』をちょっと加える」


「ああ~そっちだったかー」「惜しかったねー」


 材料はあるからアワ抑制のための準備を進める。


 それから清缶剤の配合比の実験と記録を何度も繰り返した。



 ◆ ◆ ◆



「――ではこちらが実験結果の資料になります」


 そう言って渡されたのは数百ページにもなる紙の束だった。


「うお! さすが日当たり数千件の実験部隊。全力で調べたら数日でデータの山ができたな……」


 え、これを今から調べるの? マジで!?


「あとこちらがデータを紙1枚にまとめたモノです」


「さすがアルタ。すばらしい仕事だ」


「さらにこちらがデータを基に作った清缶剤になります」


「さすアル!」


「うふふ、まだまだ工場長の足元にも及びませんのでもっともっと色々教えてくださいね」


 そう言いながら身を乗り出して顔を寄せてくる研究者気質のアルタ。


 近い近い。 重金属が刺さる。


「もちろんだとも、知ってることは全部教えるよ」


「僕らも頑張ったー」


「はいはい、えらいねー」


 その後は実際に稼働している製紙工場のボイラーに清缶剤を入れるために向かった。


 そして給水タンクに定期的に薬剤を投入する清缶剤タンクを設置した。



 水というのは基本的にタダ同然だ。


 蒸気全盛期の蒸気自動車は馬車用の水桶から給水していたという。


 そんな劣悪な水を使うから当時のボイラーは爆発事故が頻発した。


 さらに蒸気自動車とガソリン自動車そして負け組の馬車が熾烈な競争をしていた。


 当たり前の話だが負け組の馬車用水桶はどんどん減っていく――生命線を自分で潰していくとかドMかな。


 なんとか対応するスチームエンジンの開発を進めていたが時間が無かった。


 追い打ちをかけるように口蹄疫が蔓延して馬用水桶が社会的に撤去されると蒸気の時代は終焉へと向かったという。


 ボイラー用水の薬剤の開発と実際の使用は水桶を撤去してから10年ぐらいたってから始まった。


 もちろんその時にはガソリン車の時代が到来していた。


 結局、水はタダだと高を括っていたら代償が高くついたということだ。




「ちょっと汚いな」


 清缶剤は上手くいったようなので、ちょっと久しぶりに製紙工場を覗いてみた。


 そしたら床にホコリが溜まっていた。


 どうやら紙繊維が工場内で充満しているようだ。


 そう言えばスライムがくる原因だったな。


 空調問題を解決するべきか――うーん。


「アルタ! ちょっと来てくれ!」


 そう言うと彼女がすぐに来てくれた。


「――どうかしましたか?」


「工場のホコリが酷いから空調を作ろうと思うんだ」


「なるほど。たしかに汚くなっていますね。ノームゴーレム!」


 そう言い一番小さなノーム達を十数体ほどインベントリから出した。


「あなた達、その小ささを生かした工場内の掃除を任せます」


「はーい」と言って小さなノーム達が他のゴーレムや設備の間を縫うように掃除を始める。


「おお、いい感じだな」


「それでは空調ですが羽根で外に出せばよろしいですか?」


「そうだな――それだと繊維がもったいないから、ここはサイクロン式集塵機をつくる」


「わかりました。それでは設計図を見せてください」



 ――製紙工場から漂う繊維はスライムにとってご馳走なのだろう。


 わざわざ繊維を外に出してスライムを呼び寄せる必要はない。


 ということで工場用のサイクロン式集塵機を新たに設置した。


 この集塵機は名前からお察しの通り、例のメーカーの竜巻のように回転させてホコリと空気を分離する装置だ。


 実はダのつくメーカーも大型集塵機の原理からヒントを得て一般家庭用掃除機を開発した。


 これは分離技術の基礎中の基礎みたいなものだ。


 換気口からホコリを吸っていく。


 これで工場内の環境も少しは良くなるだろう。



 ◆ ◆ ◆



 余っていた建築資材とブロワで簡単な空調と集塵機を作り、それなりに細かい繊維を吸い出しているのを確認した。


 翌日になり研究所でスチームエンジン向けの材料ができたと連絡を受けた。


 指定した材料を優先させたからすぐに結果が出たようだ。



 オーケーそれじゃあ蒸気の時間だ。


 蒸気を活用した装置ってのは古代ローマ時代から存在する。


 その当時は神殿用のカラクリ回転ドアとして使っていたらしい。


 それから1500年以上蒸気や水を使ったカラクリが作っては忘れるを繰り返した。



 実用的な蒸気ポンプは17世紀になりイギリスのエドワード・サマセット侯爵が発明した。


 彼はイギリス革命時にヤンチャして国外追放されたり、勝手に帰国してロンドン塔に幽閉されたりして50代にしてヒマになった。


 そのヒマなときに科学や工学について考え始めた。


 ある日、沸騰したやかんのフタがコトコト持ち上げられる現象を観察していて蒸気機関のアイデアを思いついた。


 出所後に実物を作るために行動を開始するが志半ばで天寿を全うしてしまう。


 彼のアイデアは『発明品百選』として出版しており世に出回った。



 その後、18世紀になりニューコメンという一人のイギリス人の男が画期的な蒸気機関を作り出す。


 曰く、ニューコメンが火のそばに座って、やかんから逃げ出す蒸気が繰り返しフタを持ち上げる現象に気付いた。


 彼はこの観察から蒸気の力強さを確信してあの有名な蒸気機関を設計する。


 そう、ニューコメン機関のことだ。


 それに感動した世界中の発明家たちは蒸気の力を自分の分野に取り入れようと躍起になり爆発事故が世界中で起きた。



 それから半世紀たちニューコメンのエンジンが広く使われた社会。


 ジェームズ・ワットと呼ばれるイギリス人の青年がニューコメン機関の修理をしていた。


 ある日、彼の母親がこういった『あんた! いつまでやかんばっかり見ているの! 私はあんたほどの怠け者を見たことがない。そんな風に時間をつぶして、恥ずかしいと思わないの?』


 その時、彼の頭の中ではやかんのフタを持ち上げた後の蒸気をやかんに戻すアイデアでいっぱいだった。


 これが後に復水器という画期的な発明になる。



 つまり三人のイギリス人が“やかん”によって『英国面』に堕ちたってことだ。



 オーケー冗談はこのぐらいにしておこう。



 この三人の英国面紳士たちと“やかん”の逸話はほとんどが後世の人々が作り上げた物語である。


 彼らを称賛する後世の人々が蒸気機関の説明しやすさで有名な『やかん』をサクセスストーリーと結びつけて語り継いできたのだ。


 実際の発明家や科学者というのは過去の研究成果を調べることから始める。


 そして、問題点と解決法を模索していく。


 彼ら三人を実際に繋いだのは“やかん”でも英国面でもない。


 彼らをつないだのは『紙』だ――論文や設計図、その他研究資料を見て彼らのアイデアを批判し改良し発展させていった。


 残念ながらそう言った過去の偉人たちの英知を参考にすることができない。


 何もない状態から昔の記憶と写真などのイメージを参考にしながら設計するしかない。



 つまりシャドーボクシングと同じ要領でシャドー蒸気機関車を想像して、それを図面に書き殴る。


 後はトライアル&エラーでなんとかするしかないな。


 まあ、頑張れば不可能ではないってことだ。


 よし、今夜は眠れないな。


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