第12話 治金じゃないよ冶金だよ
錬金術師と鍛冶師は仲が悪い。
例外は錬金鍛冶師とかいう変人ぐらいだ。
何で仲が悪いかって?
鍛冶師は自然法則に沿って金属と対話する連中だ。
錬金術師は超常の物質を研究する連中だ。
ドワーフとエルフの仲が悪いのと一緒だよ。へっへっへっへ。
――酒場で職業を語るおっさん
水時計が一定のリズムで時を告げる。
まだ調整が必要で日時計や砂時計などの原始的な時計と比較しながら誤差を修正しているところだ。
それでも数日中にはそれなりのものになるだろう。
≪♪~体を起こして大きく背伸び、サンハイ、イチ、ニイ、サン、シ~≫
今は時計を見ながら朝の日課に勤しんでいる。
この時計の基本設計はしたが、見た目の意匠はアルタのセンスに任せている。
そしたら、サビにくくするために銅製の歯車を使い、材料を少なくするために中身のギアが見えるという何ともスチームな見た目になった。
区画整理が終わったので、ゴーレム達はほとんどが新しい溶鉱炉や破砕機それにコークス炉の建設を始めている。
ところが今まで作ってきたものだからあまり携わることがない。
だから工場建設中は別の事――つまり蒸気機関の設計や資料作りに集中する予定だ。
そのためのちょっとした実験をこれからコッソリやろうと考えている。
朝の運動が終わり今日のやるべき事を考えていたらアルタがやってきた。
彼女は女騎士風さまよっているヨロイという場違い感満載の風貌から一転して、スチームパンク風の意匠に変わっている。
あれかなコルセット風のデザインとかが金属味を消すのかもしれない。
とにかく場違いとは言わせないというぐらいにスチームが似合っている――ネコ耳以外は。
「工場長、その……お願いがあるのですが……」
そんな彼女がお願いをしてきた。
「お、珍しいな。ああ、何でも言ってくれ――できる事なら何でもするよ」
あれ、いま何でもって言っちゃった?
これは失言か!
「それでは……」と前置きをしてから覚悟を決めたかのように言う。
ちょっと怖いのでこっちも少し身構える。
「ひ、日当たり5000件の試験ができる研究所が欲しい…………にゃん」
…………。
……。
「……よし、作ろう今すぐ作ろう!」
おっと、勢いで即答してしまった。
けどいいんだ。
ニャルタにお願いされたら作るしかない。
ざっくり毎日5000件の試験となると――。
えーと、ゴーレム1体が1時間に1件の材料を調べられるとして、200体で4800件は調べられる。
スケルトンやスライムの魔石が大量にあるので、ゴーレムを増やすのは問題ない。
後は各試験機を100台ほど用意する。
そして1時間の内試験30分と記録30分を交互にすればノルマを達成できるだろう。
おお、まったく問題ないな。
実は蒸気機関のピストンとシリンダーの材料に苦慮している。
今すぐに使える材料はS45Cという機械構造用鉄になる。
強度、硬度共に非常に優れた炭素鋼だがそれが――それがちょっと問題になっている。
「ちょうど材料の実験をしたかったんだ」
「うふふ、工場長も知りたいことがあったんですね」
「ああ、それじゃあアルタに質問だ。とても硬い最強の盾と最強の矛をぶつけたらどうなると思う?」
「いわゆる矛盾の問題ですね。常識的に考えれば両者ともに同じだけ摩耗します――ですので質量差から盾の方が有利ですね」
「わーお」
その発想はなかった!
「とりあえず摩耗が出てきてよかった。これから開発する蒸気ピストンは反復運動を繰り返すからどうしても摩耗する。だから硬いだけではダメなんだ」
「つまり最強の硬度ではなく、摩耗しにくいちょうどいい材料を試験しながら見つけたいのですね」
「その通り、だから研究施設を作るのは本当に願ってもない話なんだよ」
◆ ◆ ◆
生産系設備から離れた場所に実験設備という名の試験装置がずらーっと並んだ建物を作った。
さて研究するにも調べることが多すぎる。
材料に化学薬品、電気に錬金術。
覚えてる限りの試験項目をリスト化してその中からすぐにできる試験をまずはやってみることにした。
「僕らができる事じゃないと困るー」と助手ゴーレム達が言う。
「もちろん研究と言っても簡単な実験と記録がメインになる」
「ふふ、研究とはそういうものですからね」
「ああ、だからやってもらうのは基礎中の基礎になる引張試験と圧縮試験から始めてもらいたい」
「はーい」と素直な助手ゴーレム達。
引張試験というのはその名の通り材料を引っ張る試験だ。
こういった試験機は中世ルネサンス期のダビンチのデッサンにも描かれていた。
その内容というのがバケツに重りをどんどん入れていって千切れた時の重さを計るというだけだ。
とっても簡単!
次の圧縮試験も結局は上から押しつぶしてどこまで耐えられるか測定するだけになる。
やっぱり簡単!
「あとは実験結果を記録すればオーケーだ」
「へーい」
ちなみに記録方法は文字を書くのではなく、ハンコを押す形にしている。
これなら文字が書けなくても何とか情報を残すことができる。
それもダメそうなら活版印刷の要領で紙に数値を印刷する。
この記録紙をパンチカードのようにあえて穴をあけて情報を記録する。
要は情報を後で確認できればそれでいいんだ。
できれば応力ひずみ線図みたいなのを装置側が記録できればいいけど、そんな機能を大量の試験機に取り付ける暇はない。
それなら原始的な試験機を1000台用意するほうがいい。
「こういった材料を調べることを冶金という」
「はい冶金ですね。金属の精練でしょうか……どちらかというと鍛冶師の分野ですね」
「この世界でもやはりそっちの専門になるか」
冶金の歴史は青銅器時代に遡るが体系化されたのはもっと後の時代になってからだ。
中世冶金学はドイツの鉱山学者アグリーコラが体系化した『デ・レ・メタリカ』という本がもっとも重要だと言われている。
いわゆるルネサンス運動の中で編纂されたこのテキストは『知識を共有しない』ことで有名だった鉱業界のノウハウを網羅的に記録した。
これは職人間で口伝なり秘伝なりを包み隠さずに記録することで後の冶金工学に多大な影響を与えたという。
つまり冶金ってのは発祥が錬金術とは別体系ということになる。
「私は実験をするのが好きなので、あまり分野に拘りはありませんね」
「あ~いろんな分野を分け隔てなく研究したいって人はいるね」
「はい! もちろん工場長と二人で装置を作るのも楽しいので好きですよ」
あ~~。
「えっとそれじゃあ。この二つだけだと寂しいから粉末冶金の設備も作ろうか」
「――ッガタ!?」
「粉末!」
「粉砕!」
「ちょっと座ってようか」
さて冶金学というのが原料の掘削、鉱物の精製、金属の加工をおこない、目的にあう合金を製造する包括的な学問になる。
その中で粉末冶金とは粉末状の金属を混ぜて焼結して製品にする陶磁器に近いものだ。
というか永久磁石も粉末冶金技術を基にしている。
「こほん、この粉末冶金――つまりより高性能な永久磁石の研究も進めるということだ」
「なるほど、それでしたらあとは――――」
その後も試験項目と実験項目の打ち合わせとゴーレムが出来そうなことを決めていった。
◆ ◆ ◆
研究所では材料片の試験を繰り返す。
ある時は硬度を測定し、またある時は衝撃を与える。
振動や折り曲げ回数あるいは電気を流す。
そういった試験データは紙に記録されていき高く積みあがっていく。
その研究所の一室で化学薬品の実験をおこなう。
その作業はゴーレムに任せるほどではないのでアルタと二人で行う。
「工場長それは――」とちょっと驚いた様子のアルタ。
「うむ、化学実験となるといろいろ薬品が危険だし作ってみた」
作ったのは簡易マスクとゴーグルだ。
フィルターに紙のシートを使っている。
いわゆる紙マスクだ。
紐の部分にモノの毛を集めて紡いだ毛糸を使っている。
だがそれだけではない。
危険な化学薬品を扱う場合は紙や布のマスクあるいは軍手は厳禁だ。
薬品が布に染み込んで肌全体が火傷になる可能性があるからだ。
しかしゴムやビニールといった都合のいい物がないので代わりに銅板でマスクを覆っている。
そうつまり見た目はスチームパンク溢れるマスクになっている。
さらにゴーグルも薬品が隙間から目に入ると危険なので銅で覆っている。
例えば水と反応すると発熱する生石灰の粉、苛性ソーダや蒸気なんかはメガネでは防げない可能性が高い。
だから保護ゴーグルという全面を覆ったタイプのものが存在する。
別にスチームパンクにしたいわけじゃない。
合理性を求めたらスチム味が漂う見た目になっただけだ。
「いいです。とても似合っています!」
「お、おう。そうか」
むしろ琴線に触れたのか興奮している蒸気の錬金術師アルタ。
うーん、こうして見るとペアルックみたいになってないか。
ちょっと恥ずかしい。
いや、かなり恥ずかしい。
まあ、アルタが喜んでるしいいか。
「さあ、これから小型の蒸気機関を作る」
「あ、はい――化学薬品の実験ですね」
「ああ、蒸気機関用の薬品の実験をする。この実験がうまくいったら実物を作ってみよう」
「わかりました。任せてください!」
ストン「 ▯」「……ち、治金ボソ」
ウッド{ ▯}「冶金だよ!」
ストン「 ▯」「ちなみに指摘し続けると友達を無くします」
ウッド{ ▯}「ひぇ~すまんな」
ストン「 ▯」「ええんやで」




