第11話 地下の精密測定って大変だね
スライムの脅威ランクはDだ。
新人はスライムを倒してレベルを上げるのは定石だ。
ところで魔大陸のスライムのランクを知っているか?
あの大陸の魔物は特別で、スライムはEランクだ。
――酒場で魔物について語るおっさん
どこから現れたのか並み居るスライムたちを蹴散らすこと1時間。
なんとかスライムを撃退することに成功した。
「スライムによる被害状況はどうなっている?」
「はい、製紙工場以外はほとんど襲撃を受けていません」
「むむ、なぜここだけ襲撃を受けたんだ?」
「それに関してはもしかしたら紙を食べに来たのかもしれません――」
――アルタの推論によるとスライムの体はゼラチン質、つまり繊維を媒体にできている。
だから体の維持のために繊維を食べるために襲ってきたという。
やっぱり繊維を溶かすスライムだったんだ!
だがその推論が当たっていると植物繊維どころか人だって丸飲みにして溶かすだろう。
もっともウッドゴーレム以外は溶かせないので負けることはない。
気を付ければどうってことはない。
そして繊維が主食ならばいきなり製紙工場にやってきたのもうなずける。
ここ最近は都市の再開発のために無秩序に生えた雑草を刈っている。
もしもこれら雑草を食べていたとしたら急に無くなったエサ代わりの何かが必要になる。
そこへロール紙を乾燥させるときに発生する細かい繊維が流れてきたんだろう。
スライムにとっては製紙工場というのはいい匂いのする建物ってことだ。
「それじゃあ工場の改良を――」
「いいえ工場長、ここは地下に一気に攻め入って根絶やしにするべきです」
「あれ、アルタさん大胆だね」
「お邪魔物は邪魔ですから! 新しい意匠の打ち合わせに邪魔ですから!」
「おおう」
なんか、とてもやる気が出ているようだ。
◆ ◆ ◆
「全軍! 前進! 前進!」
畑仕事やガレキの撤去に従事していたゴーレム全てを動員して地下へ再アタックを開始する。
最初が調査だとすると、今回は攻略が目的だ。
「ダンジョンの攻略にはマッピングは不可欠。よって紙にダンジョンの地図を書く!」
「それはいいのですが――測量と言えばいいのでしょうか? 地下の測量精度が悪いとうまく全容を把握できない可能性が高いかと」
「うーん、それが問題なんだよなー」
中々核心をついてくる。
そして、このダンジョン攻略という面白そうな事が先延ばしになった原因でもある。
例えば方位磁石を使って確認しながらマッピングするのはどうだろう?
けどこれっていうほど簡単じゃない。
なぜなら――。
「アルタさん、例の簡易方位磁石出してくれる」
「それでしたらこちらですね」
インベントリからお手製の磁石を出してくれた。
針を見ると北の森の方角をちゃんと示している。
「物は試し――地下に潜ってみよう」
――方位磁石を作るのは簡単で鉄の針に磁石をくっ付けて磁性を帯びさせる。
あとは水の上に浮かべるだけで惑星の地磁気の影響で北を指してくれる。
既に鉄も磁石も手に入れているのでこの辺は問題なく作れる。
問題があるとすれば近くに鉄鉱山とか、資源が豊富すぎる山脈があることだ。
つまり――。
「やはり地下だとうまく北を指してくれないな」
手に持った方位磁石の針がおおよそ北を指しているがブレている。
少し歩くと平気で5度くらいはブレる。
磁気が乱れるというので有名なのが富士の樹海だろう。
あれも火山性の溶岩に磁鉄鉱が含まれているのが原因だ。
だけど方角が分からなくなるほどではない。
精度が大体北を指す程度になるだけだ。
この地下空間でも似た現象が起きている。
しかし測量では正確な測定が難しいというのはけっこう深刻だ。
うーん、どうしたものか?
「それでしたら錬金術で穴をあけて地上とリンクするようにしましょうか?」
もともと石灰の粉で地上絵的な物を作る予定だったからそれも……うん?
「アルタそれだ! 天井を調べてみよう」
「天井――もしかして!」
「点検口があるかも!」と二人同時にハモってしまった。
◆ ◆ ◆
「工場長! スライムで塞がれた点検口ががありました!」
「工場長、瓦礫の下から点検口が見つかりました!」
「石畳をずらしたらあったー!」
巧妙に隠されていたが点検口がどんどん見つかる。
他にも井戸と繋がった上水道や、トイレと繋がった下水道などもあった。
神出鬼没なスライムたちはここからやってきたようだ。
その点検口を目印にまっすぐ歩いている。
そして、右手には小学校でおなじみのライン引きを片手に『ガラガラ』と音を立てながら進む。
ラインパウダーと呼ばれる粉で線を引いているところだ。
ただの石灰石の粉だけどね。
「よし、こんなものか」
「ほんとにすごいですね」
こうして地上から俯瞰すると予想以上に複雑かつ大規模な地下水道だということが分かる。
地下水道は完全に上下水道に別れていて、ほぼ上水道に並走する形で下水道が引かれている。
そしてこの上下水道は道路の真下を通るようにできている。
だからかつてあった街並みに沿う形でラインが引かれている。
こういったシステム化された水道は現代なら常識的であるが…………。
「工場長、何か気付きませんか?」
おっと、古代に想いを馳せる所だった――危ない危ない。
「うん、そうだな……この空白部分が怪しいな」
「そうですね確かに違和感がありますね。すぐに調べましょう」
上下水道が並走しているのに所々に間が広くとられた場所があった。
だから近くの点検口から下に降りてゴーレム達と壁を調べてみると――。
「あーなんかへんなのー」
そう言いながらゴーレムが壁を触った瞬間――。
壁が突如変化してスライムになった。
「――な!?」
そのままゴーレムを飲み込むスライム。
「あーれー」と緊張感のない叫びをするゴーレム。
スキル《擬態》を持っているスライムのようだ。
「なんという即死トラップ!」
「工場長、戻りましょう。さすがに初見殺しから守り切ることはできません!」
久しぶりに冷や汗が出た。
アルタも動揺しているようだ。
「攻撃! 攻撃! 攻撃!」
ストーンゴーレムがそう言いながら『スライムころり』や岩塩をかける。
すると見る見る萎んでいきコアを取り出してあっけなくスライムを倒した。
「さらに奥にスライムを発見! 突撃―!」
擬態していた壁の奥にもスライムがいるようだ。
そういいアイアン率いるゴーレム部隊が奥へと進んでいく。
――1時間後。
「わかった! この隠し部屋というか道は下水の洗浄用の蛇口みたいなものだ」
「つまりどういうことですか?」
「多分だが汚水が溜まったらこの連絡口から一気に水を流して下水を押し流すようにできてるんだ」
普段は魔法あるいは木の板で塞がれていたのだろう。
放水するときに周囲の道を塞いで水位を上げる――上がり切ったらせきを切って流す。。
それがスライムの隠れるちょうどいい場所になったんだ。
「なるほど、そういうことですね」
「これで次の開発に移れる」
「ふふ、いろいろありましたがやっとですね」
「ああ、ホント疲れたよ」
あの後も似た場所がいくつも見つかった。
魔法で隠されていたりしてスライムが隠れ潜んでいた。
それらも退治が終わり、やっと平穏が訪れた。
これでやっと都市の再開発を始めることができる。
さて、工場というのは水をありえないほど馬鹿食いする設備だ。
地下水道が使えるのなら水を流すための配管工事とかの工程をスキップできる。
――とてもいいね!
それでは製紙工場でどれほどの水を使うのかざっくり計算してみよう。
まず手始めに紙を1トン作るのにどれほどの資源を消費するのか?
これは非常に気になる内容だ。
そこで各種データを集計すると――。
紙1トン分を作るのに木材は1.8トン程度必要だった。
ここからリグニンとして出ていく量が結構あることが分かる。
それでも1トン/日級の生産力に必要な木材消費量が毎日1.8トンだけというのは少なく済んでいると思う。
原料はいいとして馬鹿食いする水について見てみると…………。
例えば1トンのパルプを生産するためにボイラーで蒸気をあてる。
ボイラーに投入した水の量から逆算すると――その量はなんと3トン分の水を流し続けた計算になる。
だが、ここまでは1トン当たりの必要蒸気量の話――。
――ここからは実際に製紙工場で紙を作るのに必要な量についてだ。
だからまずは実際の紙生産能力について計算する。
紙の重さは坪量といって単位g/㎡で表す。
ようは1平方メートルあたりの重さを求めているだけだ――気圧と一緒!
実際は紙が薄く軽すぎるので1000枚当たりの連量で測定するのが慣例といわれている。
――ってことで紙束を計りに乗せて計算すると1枚100gになった。
抄紙機の幅は1mよりちょっと長く、最後の裁断で幅を1mにそろえるようにしている。
その前提で今の製造スピードは10m/minだった。
もっとも正確な時間というのは不明なのでおおよそでしかない。
そこから眠くなる1日当たりの計算をすると14.4㎞/日ってことになる。
さらに眠くなる計算をして重さに換算すると1.4トンの紙が手に入った!
宣言通りの日当たり1トン級の製紙工場ができたってわけだ。
ヒャッホー!
おっと本題のトータルの水消費量を出していなかった。
蒸解から長網にしたたる水それからパルプの洗浄に蒸発濃縮装置と水を大量に使う。
それらトータルの使用水量を割り出して、1.4トン分だとわかりずらいので1トンあたりに再計算する。
そうすると使用した水量は約150㎥――どん! つまり150トン!!
1トン分の紙を作るのに約150トンほどの水が必要ってことになる。
ウワーオ!
今後もあらゆる工場で大量の水を消費するだろう。
今の所は上流から水を流してポンプでくみ上げる方法を考えている。
しかし水消費量に対して供給量が追い着かない可能性を考えるなら先手を打った方がいいだろう。
つまりポンプで大量に供給する装置の開発だ。
やり方はいろいろあるが、せっかく石炭とボイラーもあることだし《蒸気機関》を作りたい。
そもそも蒸気機関の目的が地下水で難儀した鉱山での活用だ。
水の排水――じゃなくて供給のために蒸気機関を作るというのは鉄道計画の前段階としてはちょうどいいだろう。
よろしい、次のターゲットは蒸気機関だ。
あ、その前にスチム味溢れる意匠を考える方が先だな。




