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第10話 効率よく資源を回収したいなら真空ポンプは必要

周辺国に関する分析


西の魔法帝国では9代目封印勇者が設立した封印騎士団による禁忌に触れる技術や魔道具の弾圧が続いている。 その影響で個人の魔法技術は他の追従を許さないが生活水準は低い地域が多い。


王国では宗教改革によりダンジョンとの契約など画期的な魔法体系を発展させているが、精霊教会の思想が色濃い。 最近は水銀市場の崩壊、新農法の失敗や炭鉱の閉鎖など基礎が無いのに『異世界の知識』に手を出して火傷を負っている。


最も東に位置するわが国では彼の二国から迫害された人材の確保に努めています。

現状わが国の技術力に追いつくことはないでしょう。



最後に南の鬼の国から来た使節団から良質の茶葉を入手することができた。 この茶葉で淹れたレッドティーは素晴らしく//――中略――//鬼の国は鎖国していながら高い文明を持っており特にグリーンティーという//――中略――//そしてなんといっても我が国で欠如している珍しくも美味しい料理との(以下略)。


以上よりインペリアルファミリーの舌に楽しませるに足る料理人を確保したいと愚考します。


――東の海洋帝国及び諸王国同君連合・皇帝直下諜報機関 『王の耳』


 

 製紙工場のあらゆる工程で蒸気と薬剤を使う。


 その影響でウッドゴーレムだと腐食が進行し、アイアンゴーレムだとサビが浮いてくる。


 ストーンゴーレムは細かい鉱物の破片が紙に混入して品質の劣化を招いてしまう。


 ということで銅製のゴーレム――ブロンズゴーレムを作り上げた。


 ただしアルタと同じ形にすると、青銅の女騎士たちがフル装備で紙を作るという、物凄い絵面になるので形状を変更してもらった。


 その見た目はまさにスチームパンク風のロボットのそれである。


 ここまでやるのならいっそ人型をやめて効率のみを重視した形でいいんじゃないかとすら思ってしまう。


 しかし我らがマザーゴーレム曰く、『可愛くないからダメです』というナイス判断によりスチム味あふれる工場になった。


 そもそもスチームパンクとか知らないはずなのにこの造形になるってことは――ネコ雑誌以外にも隠し持ってるな!


 …………後で話し合いをしないといけませんね。



 ◆ ◆ ◆



 紙ができて『ハイ終わり』だと資源不足は解消しない。


 次の解決すべき問題は消費を抑えることになる。


 例えば消費した苛性ソーダはこの世から消えたわけではなく、等価交換的な感じで《炭酸ナトリウム》に変化している。


 つまり蒸解釜で溶けだしたリグニン満載の黒液に混ざっているということだ。


 この黒液はいってしまえば液体化した木そのものだ。


 だから濃度さえ上げれば燃やすことができる。


 重油みたいにね。


 オーケーそれじゃあ黒液を燃やしてボイラーの燃料にしよう。


「――ということでまずは黒液を煮詰めて濃度を上げる」


「工場長、煮詰めるのはいつもの事なのでいいのですが、やはり時間と燃料消費が多くなります」


 そう言って『どうしましょう?』的に首を傾げる。


 この指摘はもっともだ。


 現状、塩の精製から何からかなり煮詰めることに燃料を使っている。


 ソーダ回収に生産と同じだけの燃料がかかるのなら魅力はない。


 ――だが解決策はある。


 当時の技術者たちも同じ問題に直面してある方法を思いついた。


 それは『沸騰する温度、沸点というのは気圧により変化する』という原理を利用した方法だ。


 つまり真空ポンプを使い沸点をできる限り下げて、ボイラーの蒸気熱でついでに沸騰させればいい。


 このコンセプトを基に開発されたのが《蒸発濃縮装置》と呼ばれる装置だ。


「おーけ、真空ポンプを作れば濃縮効率を上げられる」


「……えーと、それは水銀を使うのですか?」


 この世界で最初に真空を発生させた装置が『水銀柱』だったというインパクトからそう思ったようだ。


 真空ポンプの歴史では確かに水銀を使ったものも存在するので間違ってはいない。


 真空の歴史というのは新しいようで実は古い。


 それこそ古代哲学にまで遡り、アリストテレスが『自然は真空を嫌う』というのが有名だろう。 しかしその影響から真空を人工的に作り出すのは不可能に近いと当時考えられていた。

 例えば井戸に真空ポンプのような物を設置して10メートル以上水を引っ張ることができないのは真空を作れないからだと信じられていた。 時が経ち水銀柱により真空と大気圧が認識されると真空ポンプの改良が始まった。

 そして19世紀になり水銀を用いた高レベルの真空状態を作ることに成功した。 スプレンゲルポンプというそれはガラス容器の上下に管を付けた装置になる。 そして水銀を上から『ポタ、ポタ』と垂らして下の管から落とす簡単な装置だ。 つまりストローのように水銀、気泡、水銀とう形で空気が抜けていく。 この装置の優れているところは複雑な装置を必要としない事だった。


 ――いえーい。


 だがこれだと吸出力が重力とポタポタの間隔に左右される。


 これでは沸騰する蒸気量に追いつかない。


 そこで似たように断続的に空気が抜ける構造を歯車の歯で作ることを思いついた。


 要は歯車の歯の小さなすき間を使って空気を抜くだけの話だ。


 このポンプは車のオイルポンプにも使われている馴染みのポンプでもある。



「水銀より確実な歯車ポンプを作ろうと思う」


「歯車ですか……なるほど、わかりました。ふふ、ではさっそく紙に図面を書くのですね」


「ああ、もちろんさ。紙があるっていいね~」



 ◆ ◆ ◆



 精密かつ緻密な歯車は高度な技術が必要だ。


 しかし錬金術ならいつもの歯車の延長のようにすぐに作ることができた。


 歯車ポンプは順調に回転し蒸発濃縮装置の圧力を下げていく。


 そして圧力が下がると黒液が沸騰し圧力の上昇が始まる。


 するとポンプにより吸い出されてまた圧力の低下が始まる。


「これで一応はボイラーの残った蒸気熱で沸騰する濃縮装置になったはずだ」


「なるほど――これでドラム缶10本分の黒液を1本にまとめられますね」


 なんかのキャッチコピーかな?


「ああ、リグニン濃度を75%まで上げれば重油のように燃やせるから――それをボイラーに投入する」


「あ、やはり燃やすのですね……」


 デスヨネーみたいな感じになるアルタ。


 そんなの当たり前じゃないか。


 これでリグニンは燃えて二酸化炭素になる。


 この時にボイラーの底には炭酸ナトリウムが溜まるのでこれを回収する。


 この回収したものに水を加えると《緑液》またはスメルトになる。


 おっと――。



「忘れてた。緑液を《白液》に換えるために石灰石を粉にしないといけない」


「――ガタッ!」


 鉱物にはすぐ反応する助手ゴーレム達。


「オーケーゴーレム達は石灰石の粉砕をしてきてくれ」


「やったー粉砕だー!」と言いながら助手ゴーレム達が石灰石の粉末を作っていく。


「石灰石をそのまま使うのですか?」とアルタが質問する。


「いいや、この石灰石を熱して生石灰(せいせっかい)を作る」


「生石灰ですか! わかりました。それでは炉の準備をしますね」


 やはり錬金術師は生石灰というものを知っているようだ。


 石灰石という名の炭酸カルシウムを900℃以上で焼くと生石灰という名の酸化カルシウムになる。


 燃やすと酸化するみたいなものだ。


 この生石灰はほっとくと二酸化炭素と反応してまた炭化する。


 水を掛けると発熱はするが火も煙もでない都合のいい熱源になる。


 この現象を利用して火を使えない所のお弁当とかを温めるのに使われたりしてる――駅弁のアレだ。


 この原理は古くから知られているので錬金術師が知っていて当然だ。


 この生石灰を緑液に投入すると謎の化学反応がいつもの様におきて《白液》になる。


 この白液こそ《苛性ソーダ》だ。


 ふぅー、やっと苛性ソーダに戻ってきた。


 これでソーダ回収システムの完成になる。


 いえーい!


 苛性ソーダと一緒に炭化カルシウムも再び手に入るのでもう一度燃やせばエンドレス生石灰状態になる。


 これで苛性ソーダの9割ほどを回収できるはずだ。


 そして途中でリグニンを燃やしてボイラーを稼働させるから燃料の節約にもなる。


 そのボイラーの蒸気で真空ポンプを動かして、余った熱で蒸発濃縮装置を温める。


 足りない分の燃料を投下すればいいだけだ。


 なんて美しい資源循環プロセスだろうか!


「いいね。とてもいいよ。ふふっふふふ」


「……工場長、今日はもう遅いので休みましょう」


 すこし心配になるアルタ。


 大丈夫だ。 ちょっとテンションがおかしいだけだ。


「ごほん。それじゃあ最後に点検したら今日は寝るよ」


「はい、製紙工場の安全チェックは任せてください」




 製紙工場の生命線は何といってもボイラーによる蒸気システムになる。


 あっちに配管、こっちにも配管と結構複雑になっている。


 ハッキリ言ってここだけスチームパンクの世界だ。


 ゴーレムも工場もスチム味が溢れて魅力が増している。


 浮いているのはさまよっているヨロイの人だけだ。


「――ところでアルタさんもスチームパンクな意匠にしないの?」


「えっと……その……あの…………恥ずかしい…………にゃん」


 そう言いながらモジモジする重金属。


 なんなんだこのかわ――。



「工場長! スライムに周囲を囲まれました!」


 突然、外の警備をしていたアイアンゴーレムが警告を発する。


「なに!?」


 何てことだ。


 どうやらまだスライムが残っていたようだ。


 だが弱点は知っているのだからさっさと片づけてしまおう。


 紙はひと段落したことだしさっさと地下を完全攻略して蒸気機関を作れるほどの都市を作ってしまおう。


 それにしてもスチームパンクが恥ずかしいって、もしかしてセクシー路線の資料だったのだろうか?


 うーん、ナゾ。


ウッド{ ▯}「ねーねー詰め込み過ぎじゃない?」


ストン「 ▯」「とりあえず製造工程を載せて逃げよう」


製造工程


・苛性ソーダ

岩塩(蒸発濃縮) → 塩


塩水(電気分解) → 苛性ソーダ + 水素 + 塩素



・製紙

木チップ + 苛性ソーダ(蒸解) → パルプ + 黒液


パルプ + 石灰石 + 小麦粉 + 松脂(抄紙機&ドライヤー) → ロール紙



・資源回収

黒液(蒸発濃縮) → 濃縮黒液


濃縮黒液(燃焼) → 緑液


緑液 + 生石灰 → 白液:苛性ソーダ


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