第3話 ね~ね~工場長~カロリーて何?
カロリーとは
『水 1 g の温度を1℃上げるのに必要な熱量』である。
――英国学術教会~1888年~
多少スライムの被害を受けたといってもマシな寝床が元冒険者ギルトという施設である。
そのギルドの2階の部屋を寝室として使っている。
まどろみの中で目が覚める。
これは初夏の暑さのせいで暑苦しく感じている。
「ほんと嫌になるぐらい暑……」
だが何かがオカシイ。
ふと違和感を感じてベッドの隣を見ると――。
「モァ……スヤァ」
そこには最弱の魔物であるモノが寝ていた。
あの毛むくじゃらの変温動物と恒温動物の中間のような謎の魔物が隣で寝ていたのである。
「――って、うわぁぁ!?」
なんで魔物が人のベッドに忍び込んでるんだよ。
そういうのは天然系幼馴染と相場が決まってるだろう!
「モノ! 勝手にベッドに入るな!」
「モゥ……」
「あと、ただいま」
「モゥ……ぷい」とそっぽを向いてそのまま寝だした。
可愛くないヤツだ。
いつか追い出してやる。
そう思いながら、下に降りてギルドの打ち合わせスペースに向かう。
たぶんアルタが掲示板に依頼を張り出してる頃だろう。
そう都市を工場化するための項目――その見える化だ。
下の階ではアルタが受付カウンターに座ってタスク整理のために膨大な木板を積み上げていた。
「やあ、アルタ、おは……」と言い切る前に目の前の光景に目を疑った。
「おはようございます。工場長――どうかしましたか?」
そこには青銅の騎士風ゴーレム錬金術師アルタがいた。
昨日との違いがあるとすればそれは――。
青銅の兜の部分に『ネコミミ』が付いている。
そうフルフェイスのヘルメットにネコミミが付いている。
ネコミミだ。
何なんだ、このネコミミは――あれか昨日のネコ雑誌のせいか。
「どうかしましたか?」
「ああ――今日の予定はにゃに?」
「今日の予定は――畑で収穫した種の検分と今後の食糧計画ですね」
「アルタ……語尾にニャンってつけてみて」
《工場長は混乱している》
「こ、これから畑に行きましょう…………ニャン」
《アルタも混乱した》
あざとい、あざとすぎるぞ、この重金属め!
落ち着け、落ち着いて平常心だ。
「ふ~~よし農業だ農耕だ掘削だ」
「ふふ、書類の整理が終わりましたらすぐに行きますね…………にゃん」
ああ~もう、ああ~。 思考がおかしくなってる。
まずは書類整理を手伝うとして何か別の事を考えよう。
――。
今は紙がないから木の板を使っている。
もはや凶器になるぐらい木板がつまれている。
これからやる農業が終わったらペーパーレス状態を改善したほうがいいな。
今のうちに製紙工場の計画を立てておこう。
◆ ◆ ◆
なんとか書類を片づけて、街外れの農地に来た。
その間ずっとアルタの精神攻撃にさらされていたが、何とか耐性ができた。
この世界に来てから最初にしたのが畑を耕すことだった。 たぶん季節的には春先だったのだろう。 大豆のようなのからニンジンみたいなのまで、とにかく『謎の野菜』たちを集めた。 そして種が一番多く採れた大豆を中心に撒いてから鉄鉱山に向かった。
――というのが過去の話。
そういうわけで100m×100mつまり1ヘクタール分の土地を耕してある。
今回の収穫は食用ではなく次の種まきに使うものだ。
だから少々というかかなり熟している。
「結構な量が採れたな」
「ええ、これだけあれば冬を越せそうですね」
測量した結果、1ヘクタール当たり1トンのマメを収穫することができた。
それ以外にもニンジン、キャベツも採れた。
「1トンか、これだけあれば必要カロリーは十分だろう」
「ね~ね~工場長~、カロリーって何?」
ノームゴーレムが5歳児並みの素朴な疑問をぶつけてきた。
1トンというのはカロリーに換算すると……なんだカロリーって?
「……アルタさん、マメのカロリーってわかる?」
「その……そもそもカロリーの定義というのが……」
とても申し訳なさそうになるアルタん。
普段使う物理単位系にカロリーは含まれない。
かつては広く普及していたけれど、できるだけ使用しないことが求められているからだ。
たしか、どうしても使用する場合はジュールを併記しなければいけない。
そして、なぜか食品の熱量としてのみ使用が認められてる。
「いや、いいんだ。わからないのが普通だ」
さてと本題カロリーとは何だ?
やれカロリー多すぎるとか、ダイエットのためにもカロリーは控えめにしましょうとか。
なんと定義を知らずに使ってきたことか!
わからないものはしかたがない。
こういう時は合理的に理詰めに考えれば大体あってるはずだ。
なにせ現代人といっても所詮は原始人がちょっと賢くなっただけ。
基準となる単位は理解しやすいモノだけを採用するという伝統がある――電気以外は!
だから謎の男が測定室に入ってきてスキル《解析》を使って『このお菓子は100kcalです』と答えたりはしない。
必ず技術者が定量的に熱量を計る。
「カロリーの答えを出すためにも、カロリーの実験をした方がいいな」
「では収穫した豆を使いカロリーを測定してみるのがいいでしょうね」
うーん、そうなると――。
例えば水のカロリーはゼロということは燃えないモノは対象外というのはわかる。
水分が含まれると正確な測定ができないだろう。
だからまずは豆を砕いて粉にする。 次に粉を乾燥させて水分を取り去る。
「――ということでいつもの粉砕をして粉を作ることから始めよう」
「ふふ、農業は不得意といってもやる事はいつもと同じですね…………にゃん」
そう言いつつもなんだか安堵した様子のニャルタ。
「その方がいいだろ?」そういったら「はい」と強く肯定してくれた。
粉が出来たらそれで何をするかだ。
粉を燃やした時の熱量を計るのに最も都合がいいのは水だ。
つまり100gの粉を熱が伝わりやすい銅の容器の中に入れて燃やす。
その時に箱の外が水で満たされていれば熱が伝わって計れる。
後は温度計で水の上昇温度を測定すればいい。
そうすれば「燃やした時に水1リットルを何度上昇させたか?」という理解しやすい定義になる。
上昇温度が判れば後は計算――こちらの領域だ。
ぱぱっと計算して推定カロリーを導き出す。
よろしいならばやることは測定装置の設計だ。
「すらすらすら~っとこんな感じかな」
「この装置を作ればよろしいのですね」
「ああ、後は周囲を断熱レンガで覆えば何とかなるだろう」
地面におおよそのポンチ絵を書いた。
温度計 点火銅線 撹拌棒
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┃ ┃ ┃ 試料 ┃ ▲ ┃
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もはや図面ですらない。
これだけで実際の装置を作れる《阿吽》のアルタは末恐ろしい。
さてこの装置はそこまで大きくはない。
中央に小さなボンベみたいな容器があり、その外側を一回り大きな容器で覆っている。
外側を大体1~2リットルの水で満たされる程度の大きさだ。
中央のボンベは完全密閉されて、外から銅線と電熱線がつながっている。
この電気の力で文字通り試料を燃やすのだ。
容器の唯一の外側との接点は点火用銅管と容器を安定させる三点台座ぐらいだ。
「工場長、この点火プラグで内部の粉末豆を燃やすのですね」
「その通りそうすると熱が外側の水に伝わる。そしてかき混ぜる棒《撹拌棒》で水の温度を一定にする」
「つまり、その時の温度を測定するということでよろしいでしょうか」
「そうだね。これで上昇温度から豆のカロリーを算出できるはずだ」
その後、漏電や棒の形状ミス、断熱性能不足その他大小さまざまな問題を解決しながら計測し続けた。
24時間後……。
「工場長、測定と計算の結果、豆100gあたり200kcalとなります。……あの、お体に障りますのでそろそろ寝たほうがよろしいのでは?」
「……ふふっふふ、なんかそれっぽい数値になった。これで次に進める……これ終ったら寝るんだ……」
それでは算数の時間だ。
豆100gが200キロカロリーならば豆1トンは?
200万キロカロリー!
単位がおかしいな。
2ギガカロリー! ギガ! ギガ!
ダメだ。 完徹で気分がハイになってる。
例えば一般成人が1日当たり1500キロカロリー消費すると仮定する。
それで計算すると――。
1333日分のカロリーが手に入った計算になる――実に3.5年分だ。
冬越え問題なし!
食糧備蓄問題解決!
農業編 完
だが本当にこれでいいのだろうか?
このマメは見た目、そして味から大豆と似たものだ。
すり潰せば大豆油が手に入る可能性が高い。
発酵とかに成功すれば焼酎や醤油そして豆腐などが作れるかもしれない。
ああ、食生活の改善というのはなんて魅力的なんだ。
効率を優先するなら農業にリソースを割かずに工場開発に集中するべきだろう。
…………。
けどいいよね。
もう少し食生活をよくしても許されるだろう。
「アルタさん、あと農地を20ヘクタールほど拡大させたいな~」
「はい、お望みとあればいくらでも耕しますよ。ただ城壁内部にはスペースがありません。どうしますか?」
これから工場都市を作るのだから工場の隣に農地を作りたくないな。
「うーん……ならば壁外南部の穀倉地帯を復活させよう」
「外ですか。少々危険ですがわかりました。出来るだけ早く農地を耕します。あともう寝てくださいね」
そう言って休止状態のゴーレム達を大量に引き連れて南門へと向かっていった。
この城壁の内側はもともと人が住む場所だ。
だから当時は南部一帯が農地だったという。
なんにせよひと段落した――もう限界だ。
ふらふらっとギルドに戻ってそのまま深い眠りについた。
Q.カロリー計算は正しいの?
A.今回の簡易ボンベ型熱量計によるカロリー計算には本来なら3MPaほどの純酸素を容器に封入しないと完全燃焼しません。
よって異世界の豆のカロリー計算を間違えています。
正確なカロリーは450kcalあたりになります。
本編でそのことに気付くのは技術的に成熟する別の章なので、しばらくの期間は間違いを大目に見てください。




