第2話 地下空間ってなんで魅力があるんだろう?
夢を見ていました。
夢の中のその人は誰もいない場所で必死に生きようともがいています。
逃げることもできず、戦うこともできない。
それでも必死に生きようとしています。
その輝きが無駄にならないように祈る事しかできません。
――先読みの巫女
スライムが出てきたと思われる地下道への入口に入ってすぐ。
外は初夏の日差しかのようなじわじわとした暑さだったが、地下はひんやりとした場所だった。
階段を下りて行って気付いたが都市の地下は硬い岩盤でできているようだ。
入口の風の流れから他にも出入口があり、常に新鮮な空気が供給されていることは判っている。
だからガスの心配とかはしていない。
「暗いですね。足元に注意してください」
「ああ、もう少し明かりが強ければいいんだけどこればかりはしょうがないな」
そういいながらランタンの燃料を確認する。
最近は石炭のおかげで慢性的な燃料不足が解決しつつある。
例えばコールタールを蒸留したときに軽油を回収して、ランタンの燃料として使っている。
もう松明は使っていない――また一歩原始人から前に進んだ。
「それにしても思ってたより広いな」
「本当ですね。ここは岩盤を削って作っているようです」
「そのようだな。材質が城や城壁と似てるから、元は採石場で――その上に都市を建設したのかもしれない」
巨大な都市を作る場合、運河があったり近場に採石場があるなど、それなりの理由があるものだ。
たしかフランスのパリも運河と地下採石場によって発展したとおぼろげながら記憶している。
地下利用に違いがあるとすれば地下墓地か下水道ぐらいかな。
「……おっとこれはまさかスケルトンフラグか?」
「なんの話ですか?」と聞いてきたので似たような都市の話をした。
「なるほど――しかし地下墓地の話は聞いたことがないので多分大丈夫かと思います。それに死者のゴーレム化を当時はしていませんよ」
「それもそうか」
スケルトンの技術は後の世代の苦肉の策なのかもしれない。
そんな雑談を交えながらランタンを片手に奥へ奥へと進んでいく。
「これは……広いな」
「下水というよりこれはまるで宮殿ですね」
「ああ、たぶん用途としてはは地下貯水槽だろうな」
たどり着いた場所はかなり広い空間だと思われる。
それでも水深数十メートル……奥行きは光量不足で目測できないな。
ここは設備の端のようだ――今は管理用の歩道から全体を俯瞰している。
たしか中世の始まり5世紀ごろ東ローマ帝国はイスタンブールの地下に『地下宮殿』と形容するほどの巨大貯水槽を作り上げていた。
巨大都市のインフラに必要な設備ではある。
そもそも魔物が徘徊する世界では壁を築いてその中に全ての設備を入れるのが普通だと考えていいだろう。
そうなると自然と地下空間も巨大で複雑なものになるのかもしれない。
「見てください。スライムが大量にいます」
言われて見ると貯水槽の底にはスライムたちがぽよんぽよんしている。
一匹ぐらい起き上がって仲間にならないかな。
「ここだけでも100トンスライムはいそうだな」
「そうですね……工場長このスライムたちはどうやって体を維持しているのでしょうか?」
と恐る恐る疑問を口にする青銅の騎士。
たしかにゼラチンあるいは寒天というのは植物あるいは動物から主成分を抽出したものだ。
つまり何かしらの生物を捕食してあの『ぽよんぽよん』を形成していることになる。
――こわ!?
見た目に騙されてた――あれは某ゲーム的な見た目でいながら生物を取り込んで溶かしている可能性がある。
つまりスライムは全部『服を溶かす奴』ってことだ。
なんて恐ろしい奴らなんだ。
もう少しでペットにするところだった。
流石に一着しかない服をこんな理由で失うわけにはいかない。
「なにかを捕食している可能性が高いな。アルタさん『スライムころり』を流し込んでさっさと退治しよう」
「そうですね。ゴーレム達位置に付きなさい」
準備が整い『攻撃開始!』というアイアンの掛け声が鳴り響くと同時にスライムころりを上からかけていく。
それから最初は無反応だったスライムだが徐々に溶けていくのがわかる。
そのことに気付いたのか『ピキャアアアァァァァァ』と突然悲鳴のような声を発した。
「うわ!? ビックリした」
「見てください残ったスライムが――さらに奥へと逃げていきます!」
後を追うように奥へと進む。
すると徐々に明るさを取り戻していき――。
「工場長、光です。それに水が流れ込んでいます」
「ああ、どうやら外の川から水が流れているみたいだな」
スライムたちはその入口から外に逃げていったようだ。
「この感じからして入口が少し壊れて水が流れ込んだようですね」と助手のアルタ君が現場の調査結果を言う。
よく見ると水が流れた後に赤いヘドロが付いている。
「見たまえ、このヘドロを――スライムは川から流れてきた水と赤色のバクテリアを捕食して大きくなったようだ」
「ふぅ――それでしたらここを修理すればスライムが増えることもなさそうですね」
「そうだな。ただ地下空間の全容を知りたいからもう少しだけ調査をしよう」
「はい、わかりました」
◆ ◆ ◆
さて、上下水道というのは基本的に――。
上流から貯水槽に貯めこんで、都市のあらゆる場所に供給する。
使用後の水は下水道に流し込む。
下水道に流れた汚水は下流で放出する。
――だから見つけた第二の出口は河川の上流側にあった。
その後、ゴーレム達にさらに調査してもらったところ下流側に下水放出口があった。
オーケー予想通りだ。
だけど上下水道の溝だけではとても都市の石材をまかなうことはできない。
ということで水の流れとは関係なく調査をした。
そして道幅がかなりある怪しいトンネルを見つけて奥を調べることにした。
そして――。
「ここが地下採石場か……」
「とても……大きいです……」
まさに巨大な地下空間といっていいだろう。
大谷石地下採石場みたいに人工的に削った空間が広がっている。
だが思っていた採石場とは少し違う。
そうこれは石じゃない。
「これは――岩塩だな」
「岩塩……それではちらほら魔石が落ちている理由は……」
「ああ、スライムが塩でやられたんだろう」
スライムもナメクジと同じく塩に弱いみたいだ。
――だがそんなことよりも岩塩だよ! 岩塩!
「こ、これで……これで日々の食事の味気なさが解消されるぞーー!」
「そ、そうですね。良かったと思いますので少し落ち着きましょう」
「ウオオオォォォ!!! 飯だーー!!」
◆ ◆ ◆
まあ、そんなこんなで岩塩を砕いて地上まで持ってきた。
外はやはり初夏の日差しが照りつける。
氷があるのがせめてもの救いか。
「え~それでは岩塩から塩を作るにはどうすればいいか分かるゴーレム」
「はい、掘削です」
「はーい、粉砕です」
「ハッ! 燃やすであります!」
「よろしい。正解だ」
もはや作業工程が謎の掘削思想のようになっているが気にしてはいけない。
ということで、いつもの様に岩塩を砕いて粉砕して煮詰めて塩を精製する。
製塩しなくても使えるだろうと思ったが、安全性が保障されている市販の岩塩と違って天然の岩塩は成分に信頼性がない。
少しでもリスクを減らすために一度煮詰めて製塩したほうがいいと思い直した。
それから数時間……。
「それにしても煮詰めるのは時間がかかるな……」
「こればかりは気長に待つしかありませんね」
岩塩を砕いたりしているうちにすっかり日が傾いてしまった。
塩の精製が出来るまで違うことをした方がいいな。
アルタなんて暇だから本を読み始めてるし――。
本だと?
「アルタさん一体何を読んでいるんだ?」
「これですか。後で報告しようと思っていたのですが遠征中に召喚陣から現れた異世界の本です。ただ文字の解読に難航しています」
異世界の本!
とても興味深いので見せてもらう。
そしてその表紙には――。
『癒 カワイイがいっぱいネコちゃんズ 8月号~ラブリーネコネコグッズ大特集!!~』
「――ってネコの雑誌かよ!」
なんだろスライム退治とか巨大地下設備とか塩の工業化計画とか全部吹っ飛んでしまった。
あ、このネコちゃん可愛いな~。
「工場長はネコが好きなんですか?」
「こほん、まあ、好きではあるよ」
「……そうですか……そうですか」
ネコというのはなかなか数奇な歴史を歩んだ動物だ。 古代エジプトでは神として崇められ、中世ヨーロッパでは異教徒や魔女の使いとして弾圧の対象になった。 そしてペストがネズミを媒介とする病だとわかってからは一転してパートナーとなった。
ちなみにアルタの生きた時代には精霊の御使いという存在だという。
だから敬う存在であっても愛でるという感覚は新鮮とのこと。
食い入るようにネコグッズのページを見て、気に入った商品を錬金術で作り始める。
あ、ズルい――これだからチートはズルい。
後で文房具的なの作ってもらおう。
ふ~落ち着け。
えーと、何を考えてたんだっけ?
そうだスライムと地下と塩だった。
異常に増えたのは赤潮みたいにプランクトンが大量に貯水槽に流れ込んできたのが原因だろう。
治水をしっかりすればこれ以上増えることはないはずだ。
地下空間の把握はゴーレムに任せればいいだろう。
有効利用の計画とかは今後の課題だな。
塩の製塩は時間がかかるから待ちが必要だ。
――つまりほぼほぼ問題は解決した。
だから明日からは本来の作業に戻るべきだ。
えーと鉄、銅、石炭と完了したからお次は……。
この世界に来て4か月以上経っている。
最初に植えた野菜はもう実っている。
そしてこの土地には四季がある――つまり次の冬を越せるだけの備蓄を計画的に集めなきゃいけない。
鉱山開発に工場建設もいいがそろそろ農業という不得意分野にも本格的にしないといけないってことだ。
つまり明日から内政らしく農業に精を出すことにしよう。




