第15話 ガス爆発《大幅改稿》
今日は何の日?
いい石の日!
――11月14日
地層を知るために試掘りした坑道は他の坑道の模範となるべく優先的に開発していた。 それにより木造のレールと簡易的なトロッコが備わっている。 このトロッコにはチェストが付いておりゴーレム達は石炭をその中に入れていく。 チェストが満杯になったらロープと滑車を使い外へと運び出す。
この地は受け盤という地形により開発が進むほど深く地下へと下りていく。 だからできる限り労力を減らすための工夫である。
各炭坑から回収した石炭は選鉱装置で土砂と分離し、乾燥炉で水分を飛ばすための熱風に晒される。 高温になった石炭は一旦貯蔵庫に集められて、コークス炉の順番が来るまでゆっくり冷やしながら保管する。
コークス炉に運ばれた石炭はじっくり1000~1200℃で24時間乾留する。 蒸焼き時に発生する一酸化炭素やタールなどをガスとして上部から回収していき、ガスは燃焼室で再利用する。 乾留後に生まれ変わったコークスはゆっくり押し出してトロッコに積む。
このコークスは各槽から順番に取り出して発熱している状態で消火倉庫に安置する。 この時、冷えるまでに発生する膨大な熱を熱風として活用し石炭の乾燥のために再利用する。
これは稼働停止しないという前提の製造法である。
――さて今回爆発した場所は最も掘削が進んでいた第一坑道からだった。
爆発した第一坑道からは黒い煙がモクモクと出ている――いまも奥で石炭が燃えている。
たぶん掘削時に可燃性ガスが噴出したのが原因だ。
炭坑ガスは無味無臭の事が多いから人だろうとゴーレムだろうと気付くことはない。
そしてツルハシか何かで火花が散った時に爆発する。
例えばカナリアとかがいればこういった事態を回避できた。
映画や小説ではカナリアが出てくると、毒ガスや爆発のフラグになる。
だけど現実というのはその反対で――
『カナリアがいない』、
『爆発する!』、
『誰も助からない』、
――となる。
つまりカナリアがいないってことが『死亡フラグ』になる――これが現実だ。
「工場長、坑道奥の調査と壊れたゴーレムを回収できました」そう言いながら現場検証班のアルタがひょいっと炭鉱から出てきた。
黒くすすけて熱によって変色している。
「中の様子はどうなってる?」
「はい、どうやらガスが充満していた空洞と繋がったようです。爆発の影響で奥は火の海状態ですね」
「やはりか……いったん石炭層に火が出るとずっと燃え続けるからすぐに消火しないといけない」
たしか地下火災で街一つがゴーストタウンになったとか聞いたことがある。
いくらゴーレムが不死とはいっても視察不可能な土地になったらシャレじゃすまない。
「それでしたら水を流し込んで火を鎮火しましょう」
「そうだな。幸い巨大な炭鉱迷路ができる前だから時間もかからないだろう」
炭坑で火災が起きたら大量の水を流し込むというのはよくあることだ。
もっといい案があるかもしれないが地下火災は時間との勝負だ。
石炭層が丸焼けになる前に手を打たないといけない。
それに《サイフォンパワー》で集まった水がさっそく役に立つ。
水源を作っといてよかった。
◆ ◆ ◆
坑道ガス爆発から数日、何とか鎮火させることに成功した。
事態が急変する可能性もあったので、炭鉱は停止状態だ。
水をインベントリという便利排水能力で取り出しが終わったのでこれから地下の調査に出る――アルタが。
地下の酸素濃度は多分低く、生身で調査することはできない。
しかしこのまま放置することもできないので、アルタ隊長が調べることになった。
「それでは坑道内の調査に行ってきます」
「ああ、崩落に気を付けて――何かあったらすぐに戻ってくるんだよ」
「うふふ、大丈夫ですよ。アイアン、メット、工場長を必ず守ってくださいね」
「ハッ! お任せください!」
「はーい」
「そんな危険なことはしないから安心してくれ」
爆発した現場近くで水銀実験とかコールタールの蒸留をするわけないだろう?
こういう時は大人しく待つべきだ。
アルタと数体のゴーレムが地下へと潜っていった。
「ねーねー工場長? なんで入口の設備も壊れてるの?」と小さいメットが聞いてきた。
事故現場をよく見ると入口にあったトロッコを引っ張るための滑車装置が壊れている。
「ああ、たぶんだが地下で爆発したときのエネルギーが出口に流れ込んで目の前にあった滑車を壊したんだろうな」
――いわゆる空気砲というやつだ。
その時の爆風により滑車装置が倒れてしまった。
木造レールはまだ使えそうだが少し凹んでいる個所がある。
思ってたよりも摩耗が速いようだ。
それでも鉄の生産性が改善されるまで何とかなるだろう。
◆ ◆ ◆
坑道が鎮火していることを確認した。
そしてアルタから地下の探検の結果を聞いている。
「――以上から、崩落の危険があるので封鎖したほうがよろしいかと思われます」
「そうだね。掘削地点はまだまだある。別に1か所ぐらい問題ない」
空洞はそこまで広くはないらしい。
いや正確には崩落した跡があり、全容はなお不明だった。
今後も炭鉱開発を続けるのなら宿命ともいえる3つの問題が立ちはだかる。
《崩落》、《浸水》、《爆発》。
この問題を解決するために先人達の知恵をお借りするのは有益だ。
だが残念ながら具体的なノウハウは知らない。
そもそも鉱山開発というのは廃れて久しい業界だ。
その方面のノウハウを知っているのは現場ぐらい――知りようがない。
――だがしかし。
例え衰退した技術体系だとしても同じ物理・工学の系譜には変わりない。
そうなると解決のための発想や土台は同じになる。
崩落を防ぐなら《材料工学》の理論的な考えで対応できる。
地下水を取り除くなら《蒸気機関》こそ歴史的な解決策だ。
ガスを外に排出するなら《流体力学》による気圧の制御が必要になる。
オーケーこれは技術者の領域だ。
我らが愛する応用物理学のテリトリーだ。
「とはいっても劇的に現場環境を改善するには技術力が低すぎる」
「仕方ありませんね。そこは今後の課題となるでしょう」
「よし、グチグチ言ってても前には進めない。鉱山を再開する」
「わかりました。ゴーレム達!」
「りょうかーい!」
号令がかかり採掘を開始した。
ゴーレム達は2体1組となり掘削をしていく。
ある程度溜まるとトロッコに積まれていく。
そして土砂の処理をして濡れた石炭を取り出していく。
取り出された石炭は隣の乾燥施設で熱風により乾かしていく。
その熱により発熱した石炭はまたしてもトロッコに乗せられる。
そして次の貯蓄槽に投入される。
この貯蓄槽は頑丈なレンガで、すり鉢状に作られている。 そして上から投入された石炭はこの槽で保管される。 コークス炉の炭化室が空き次第、すり鉢の下口からコークスが取り出されトロッコで運ばれていく。
酸素と反応して発熱しやすい石炭はこの施設で熱を冷ましつつその時発生する排熱はボイラーの加熱など別の用途に使用される。 もっともボイラーとかはまだないから基本的にコークス炉に空きが出るまでの一時保管となる施設だ。
「工場長! 煙が発生しています!」
アイアンにそう言われて見ると貯蓄槽から煙が上がっている。
ここ数日、すべての設備は停止していた。
つまり貯蓄槽には冷えた石炭があるはずだ。
――まさか冷えずに数日間発熱し続けていた!?
「しまった! その貯蓄槽を開けるな!!」
だが気付いた時にはもう遅かった。
――貯蓄槽が爆発した。
レンガで頑丈に造られた槽は内部からの爆発によりもっとも強度的に弱い搬入口から吹き飛んだ。
その爆風に紛れて砕けたレンガと燃え盛る石炭が向かてくる。
「しまった――!!?」
「工場長をお守りします!」
アイアンゴーレムがとっさに盾となり前に出る。
『ガンガンゴン』とブリキの体に。
薄板を接ぎ合わせた薄板の体に。
――レンガ片が突き刺さる。
そして衝撃を支えるほどの踏ん張りがきかず倒れかけてくる。
「ありがとう。アイアン」
そう言うのも束の間――。
「工場長――!!」
と言いながらトゲ付き肩パッドを付けたゴーレムや、トゲモヒカンのゴーレムなどが集まってくる。
そのせいで身動きが取れなくなった――トゲがこえー。
「アルタさん。ちょっと助けて!」
「ふふ、みんな工場長を守りたいのですよ」
そう言いながら円形防衛陣の体制になっているゴーレム達を右へ左へ捌いていく。
◆ ◆ ◆
「何とか消火できたな」
翌日には火を消すことができた。
「そうですね。消火を優先しましたが、お体にケガはございませんか?」
「いんや、今回はそんな怪我はなかったな――しいて言うなら装備してたヘルメットが少し凹んだくらいか」
「大事なくてよかったです」と言いホッと安堵した様子の看護師アルタ。
今回はアイアンのおかげで大事には至らなかった。
「これからすぐにでも貯蓄槽の再建に入りますか?」
「うーん、その前に爆発の原因の調査だ。それが済み次第、改善して再稼働させよう」
「わかりました」
そう、事故が起きたらやる事は二つだ。
――原因の究明と改善活動だ!




