第13話 釣りデート
この世には因果がある。
魔物の生態もそうだ。
魔大陸で冒険者として生きるのならそれを忘れるな。
――辺境外縁都市の冒険者
サイフォンの原理というのがある。
歴史上は古代ローマ時代の水道橋の山越えに使われた。
身近なところでは灯油ポンプが有名だろう。
赤いシュコシュコする奴だ。
原理は簡単で高さの違う2か所の水槽を水で満たされたホースで繋ぐと高いところから低い方へと自然に流れる。
動力は不要ってことになる。
だから灯油タンクは必ず高いところに、入れたい容器は低いところに置かないとうまく流れてくれない。
使い方はけっこう簡単だし子供の頃、理科の実験とかで見ていれば感覚的に使うことができる。
それこそ古代人だって使えていた。
そういうわけでアイアン隊長率いる巡回部隊が発見した水源から炭鉱まで配管を通し――無事に水源問題は解決した。
いえーい。
という事で現在は最も深刻な問題――食糧問題の解決のために奔走することになった。
「……釣れませんね」
「う~ん、さっきまではいい感じだったんだけどな~」
「…………」
「…………」
「……釣れませんね」
「……釣れませんな」
今は食糧確保のために釣りをしている。
場所は炭坑から山一つ分越えた先にある河川だ。
炭鉱より少し高い場所にいい感じの池が見つかった。
そこでそれっぽい道具を揃えてエサを垂らしている。
しかし所詮は素人なので成果は芳しくない。
アルタにいたっては腕の感覚がない分、浮きの動きをたよりに釣りに集中している。
その姿まさに真剣なり。
例えば岩の上に座り、足をパタパタさせ、他には鼻歌を歌いながら、体を右に左に揺らしている。
――その姿まさに暇人なり。
だがこの状態こそ重要なんだと思う。
あのアルタさんが――。
24時間フル労働するワーカーホリックが――。
歩く生産加工マシーンが――。
欲しい物を注文したら翌朝には用意してくれる『夜なべ』の達人が――。
なんと余暇を楽しんでいるのだ!
こいつは驚きだ!!
それにしても青銅の女性騎士風さまよってるヨロイが鼻歌歌いながら釣りをするとか。
キャラ負けしていないか?
ここは存在感を出すために潜水服風の酸素供給ヘルメットを装備しよう。
どや。
「工場長はこれから潜るのー?」とノームゴーレムが疑問を投げかける。
「ちょっと対抗しようかと――」
「うーん? ペアルック!」
「まあ、うふふふ」
何だろ墓穴掘った気がする。
――なんてやりとりをしながら、のんびり釣りを楽しんでいる。
「――ッ!」
アルタの木の浮きが水面から見えなくなる。
魚がエサに食らいついたんだ。
「アルタ落ち着けー」
糸が切れないように慎重に引っ張り上げる。
「釣れました! 見てください工場長!」
そう言いながら今晩の晩飯を高らかに見せつける。
釣りを始めて数時間――やっと1匹釣れた。
「うぅ――あの、工場長……」
さっきまでウッキウキだったのに今度は申し訳なさそうにこちらにやってきた。
「ああ、エサの取り付けだね。貸して貸して――」
アルタは相変わらず虫が苦手で触ることをためらう。
そもそも何が苦手なんだ?
見た目か?
土木作業時に掘り返した土から大量に出てくるウゾウゾしたやつら。
素手で触るのをためらうのは分かる。
子供の頃から親しまないと抵抗感があるものだ。
うん、ほんとは触りたくない――やせ我慢している。
エサを取り付けてあげると喜んでまた釣りを始めた。
いつもなら――。
いつもなら川をせき止めて、『サイフォンパワー』でため池の水をすべて抜いて魚を捕り尽す。
その方が効率がいいからだ。
けどたまにはアルタと二人で釣り――。
「工場長! 山菜を確保しました!」
ちょうど周囲の安全と警戒そして食糧調達を担っていたゴーレム達が戻ってきた。
「顔なじみの野菜と――これはキノコか」
アルタが謎のキノコをまじまじと観察する。
そしてコチラを見る。
アルタさんナニを考えてるんですかね?
「そのキノコがどうかしたのか?」
「あっ! いいえ――キノコの毒性を判別する方法があるか知りたくて――」
絶対新しい薬の調合考えてただけだ!
そうに決まってる――被害者が言ってるんだから絶対だ!
ふ~。
キノコの毒性判別方法は知らない。
植物の資源利用の知識をある程度持っているぐらいだ。
少し考えてみよう。
例えばキノコをすり潰して水溶液に混ぜる――できた《謎の液体》を貴金属に垂らして腐食性を調べれば、あるいは危険性がわかるかもしれない。
他には《謎の液体》を昆虫や小動物に摂取させれば反応が出る可能性は高い。
だがしかし、ここは異世界で驚異の耐毒生物マヌケモノがいるせいで信頼性は皆無だ。
結局のところ無謀な人間が最初の一口を試すしかない。
そうまでして食べる価値はあるのだろうか?
「――なるほど。さっぱりわからんからキノコは廃棄だ!」
アルタがショボーンとしているがダメなものはダメだ。
周囲の調査に出ていたゴーレム達が続々と山菜や木の実、熟れてない果物を持ってくる。
そして一体のゴーレムが甘ったるいニオイを放っているのに気づく。
「工場長―なんかあったー」とウッドゴーレムが持ってきたものを見せてくる。
その独特の模様と匂い――これはハチミツだ。
つまりハチの巣の一部だ。
「って、それはどこから持ってきたんだ?」
「あっちに巨大なのがあったよー」
その方角を見ると森の方からナニかが大量に飛んでくる。
潜水メットをしていたから気付くのが遅れたが『ブーン』という嫌な音がする。
それは巨大なハチ型魔物の大群が飛来してきた。
キラーホーネット――人と同じぐらいの大きさの魔虫。 樹木に巨大な巣を作り集団で生活する。 個体が大型化した影響で一つの巣の数はさほど多くはない。 しかし近くに大量の巣をつくるので周辺の総数は非常に多い。
「ヒヤァァ!??」と叫ぶアルタ。
「わーい」と嬉しがる不死のゴーレム達。
「ここは通さん!」と意気込むアイアン。
三者三様の反応をしり目に次の行動に移ることにした。
「アルタ! 逃げ――ッ!!??」
――小型のハチが顔面に張り付き針を突き刺された。
「こ、工場長おおぉぉぉ!!!!!」
「ぶっは、潜水メットしていてよかった!」
潜水メットに針を刺したが逆に毒針が抜けてしまった。
『ハチの一刺し』とでも言うのだろうか。
刺しに来たハチが倒れてしまった。
「と、とにかく逃げるぞ!」
「はっはい!」
ゴーレム達が連弩で応戦する。
その間に二人で逃げることにした。
◆ ◆ ◆
ハチミツを持ったゴーレムを囮にしてとにかく上流へと逃げ出す。
もう少しよく考えるべきだった。
例えばスケルトンはダイアウルフにとっては絶好のホネだ。
普通に考えればしゃぶりついてもっと前に全滅していてもおかしくない。
南の森でスケルトン以外の魔物が異様に少ないというのももっと疑問に思うべきだった。
それがあれだけの数が残っていたのは共生関係の魔物がいたからと考えたほうがいい。
つまり南の森にはさっきのハチの魔物が大量にいるとみていいだろう。
――それも広範囲にだ。
「はぁはぁ……これだからお邪魔物は嫌いだ……はぁ」
「追っては来ていないようです。この辺で少し休みましょう」
釣り場から上流に逃げこんだ。
そして川から離れた岩陰に隠れている。
木々が無い河川だと見つかる可能性が高い。
耳を澄ますとまだ戦っている音が聞こえる。
けれどこちらに来る様子はなさそうだ。
近くの岩に腰かけて混乱が落ち着くまで待つことにした。
「ん? この岩は蛇紋岩だな」
「あら、ヘビの模様みたいな石ですね」
「ああ、これはけっこう有益な鉱物だ――だから大量に持ち帰りたいな~」と上目遣いぎみに頼んでみる。
「うふふ、わかりました。では魔物に見つからないようにこっそり採りましょう」
この蛇紋岩は登山などで見かけることのある岩だ。
ただ風化しやすく崩れやすい。
内包している物質も危険だ。
その危険物とは――。
「工場長、中から綿みたいのが出てきましたよ」
「それが《アスベスト》だ……シューシュー」
アスベスト――またの名は石綿。 静かな時限爆弾。 無味無臭の有害繊維。 その悪名は轟いても具体的に『何なのか?』については語られない。 これは蛇紋岩内で生成される繊維状鉱物であり、古代エジプト時代から使われてきた天然資源である。 そして近代以降は耐火性に優れた建設資材として重宝されてきた。
蛇紋岩あるいは角閃岩から採れるという事はあまり知られていない。 なので石材職人や芸術家が安易に加工して暴露する事故が現代でも起きる。
なお、天然に露出している岩は風化しているので、割らない限りは安全である。
――肺の中に入ると40年後に爆発するから厄介な鉱物だ。
それでもその化学的あるいは工学的な特性は有用の一言に尽きる。
だからこそ大量に生産されてきた。
例えば理科の実験のビーカーを温めるときに使う『金網の白いヤツ』だ。
これで実験も捗るってもんよ。
「工場長! こちらに居ましたか!」
「うわっ!? びっくりした」
ボロボロになったアイアンが現れた。
「魔物の掃討が完了しました!」
襲ってきた魔物は連弩と戦闘用アイアンゴーレムで迎撃できたようだ。
「そうですか。それでは工場長。拠点に戻りましょう」
「えーもう少し近くの資源調査とかを――」
「そうですか。本日は川魚のはちみつ焼きとヒエヒエの氷水――」
「帰ろう。お腹すいてきたし帰って食事にしよう」
焼き魚とハチミツとヒエヒエだと。
最高じゃないか!
水源は確保した。
食糧を得た。
鉱物も手に入った。
さあ戻って開発を再開しよう。
ストン「 ▯」「もはや冒険回が日常回」
アイアン〔 ▯〕「ハッ! 部隊は全滅しましたが勝利しました!」
ストン「 ;▯」「……会話になってない」




