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第12話 石炭化学工業

水:1日2.5リットル

尿:1日1~2リットル


――成人の摂取量と排出量

 炭坑では一日に数十トンの石炭が掘り起こされる。 その石炭は複数の装置を経て破砕し、分離し、一カ所に集められる。 集められた石炭は次にコークス炉の炭化室へと投入して1000℃の高温で蒸し焼きにしていく。 この際、石炭の約8割がコークス炉ガスとして炭化室から出る。


 コークス炉の上下には幾重もの銅管でつながっていて、可燃ガスと油状液に分離する。 このうち可燃性ガス分は燃焼室へ送られて炉の燃料に、油状物質は併設してある保管タンクへ送られてコールタールとして貯まる。


 燃焼室で燃え尽きた煙は隣の施設へと流れていき――。




 ――コークス炉で発生する最後の煙は大気中に排出せずに一カ所に集めている。


 せっかく空の魔物対策を立てているのにこれ見よがしに煙を出していたらバカみたいだ。


 そこでコークス炉の隣に建てた排煙脱硫施設で煙――つまり灰を回収する。


 やってることは原始的で工場で出る煙に水をぶっかけるだけだ。


 本来の立派な施設ならもう少し近代的かつすばらしい設備なんだけど。


 手持ちの資源と相談すると水を掛ける以外できる事が無かった。


 それでも大量の灰が浴槽の底に溜っていく。


 それを定期的に回収すれば《カリウム》、《カルシウム》、《マグネシウム》という灰を構成する物質が手に入る。


 しかもそれだけじゃない。


 石炭や石油を燃焼して生成した灰には《ゲルマニウム》や《バナジウム》という貴重な金属が含まれていることが多い。


 鉱物としては偏在性の高い資源で旧共産圏と南アでよく採れる鉱物だったりする。


 つまりこの世界でイチかバチかで鉱石を探すより石炭を燃やして回収するほうがリスクが低いという事になる。


 いいね、このバナジウムを使ったバナジウム鋼は工業製品の根幹をなす重要な材料だ。


 そう、あの旋盤で切削するときに使うバイトチップの材料は何か?

 ――バナジウム鋼だ!


 プラスドライバーの刃が欠けないで使えるのはなぜか?

 ――バナジウム鋼だからだ!!


 バネがサビないで使えるのはなぜだ!!

 ――バナジウム鋼だからなんだ!!!


 ひゃっほー! バナジウムはすごいぞ。最高だぜ!!













 ふ~落ち着け。


 まだ生産が始まったばかりだ。


 バナジウムが手に入るのはずっと先になる。


 テンションはその時に上げよう。


 それよりも今はコールタールの方が重要だ。


 まだ稼働し始めたばかりだからタールはそこまで溜まっていない。


 それでもすでに数十リットルはありそうだ。


 研究室の実験レベルなら十分だろう。


「それじゃあコールタールの蒸留実験を始める」


「はい、必要な機材はすでに用意できています」


 新設の実験室には懐かしいフラスコやビーカーなどの実験器具がズラリと並んでいる。


 これからこの怪しい器具を複雑に組み合わせてコールタールの蒸留をする。


 石油化学工業ならぬ石炭化学工業だ。


 すでに松脂化学工業で木タールやパインオイルとか精製している。


 多少のノウハウはあるし、水銀温度計を使いながら温度を管理するという近代的な手法でまっとうな実験がやっとできる。


 それにやることはコールタールを軽く火で700℃ぐらいに温めるだけだ。


 その後は色々やりながら分離する。


 こういった実験ではごくたまに爆発するぐらいだから危険はないだろう。


「じ~~~~~~」


 アルタさんが疑問の目を向けている。


「いや、大丈夫だからね」


「本当に本当に気を付けてくださいね」


「うん、ちょっと吸ったらヤバいガスとか大量にできるだけだ。けれど誰かがやらなければいけない」


 流石にアルタに対して嘘はつけない。


 危険な実験をするときはちゃんと連絡をする。


 これは実験時の最低限のルールだ。


「ふぅ……仕方ありませんね。絶対に酸素供給メットを外さないでくださいね」


「了解」と返事を返して作業準備に取り掛かる。


「風を送れー」と元邪メットが言うのと同時に供給管から『シュー』と風が流れてくる。


 最近はヘルメットを着ける機会は減り、代わり肺を保護する酸素供給メットになった。


 一つ目の丸い潜水メットのようなその見た目まさに変人である。


 そう言うことでお役御免状態のしゃべるメットに新しい体を用意した。


 ただし通常のゴーレムより遥かに小さい肩乗りゴーレムである。


 見た目は頭部がヘルメットになった小人みたいなものだ。


 あれだねノームの人形だ。


 あえて小さくしたのは配管とか複雑になったときに代わりに作業してもらうためだ。


 そんな日は来ないかもしれないけどね


「それでは実験を始めますね」


「シュー……よろしく頼む」そう言って実験を始めた。




 ◆ ◆ ◆




 この世のあらゆる物質には固有の融点や沸点が存在する。


 例えば鉄は溶ける融点は1500℃近辺だが、2800℃以上で沸騰する。


 そう鉄も沸騰するのだ。


 この宇宙にはホット・ジュピターという恒星に近すぎて灼熱の業火に晒される惑星がある。 そこではチタンのような重金属がオゾン層の役割を果たし、鉄やアルミは蒸発して雲を形成して、ルビーやサファイアなどの宝石の雨が降り注ぐ、と言われている。 そこに行けば億万長者になれそうだけど近づくと、『どんな装甲も蒸発する』から見る事しかできない――地獄かな?


 ありがたい事にそんな地獄の業火で熱しなくていいのが有機化合物だ。


 今から取り出すフェノールの融点は大体40℃で沸点は約180℃と比較的低い温度でなんとかなる。


 つまり温度計の範囲内だ。


 これだから有機化合物は重金属と比べると扱いやすいすばらしい物質だ。


 後は沸騰させて100℃にしたり、お湯を張って80℃にしたり、火を近づけたり遠ざけたりして100~300℃で一定になるように頑張る。


 そうして200℃で液体になる物質と180℃で液体になる物質――つまり怪しい液体を分離させる。


 名探偵がよくやるやってる怪しい実験と大差ない。


 ちょっと危険なだけだ。




「――そんなこんな頑張った成果がこちらになります」


「ふぅ……爆発しなくてよかったです」


 もう少し信用してくれてもいいんじゃないかな――アルタ君。


「なんで爆発しないのー?」


 邪メットは逆方向に信用しすぎだ!


 今回の実験でコールタールを蒸留してフェノールを分離した。


 比率としてはコールタールからフェノール1%が手に入る計算だ。


 つまり100トンほど処理すればフェノールが1トン手に入る。


 このフェノールは肌に触れただけで水ぶくれがブクブクとできる。


 うぅ、一生に一度拝むだけで十分だ。


 だから両手が銅の手甲で覆われてC字の腕で作業している。


 オモチャかな?


 うん、とても作業しずらい。


 ほとんどアルタ任せになっている。


「ふ~、とにかくフェノールを取り出せたから次の作業に移る」


「たしか……フェノール樹脂にするのですよね」


「イエス、その通り」


 フェノール樹脂を作るにはさっき作ったフェノールともう一つ別の物質が必要になる。


 その名もホルムアルデヒド!


 この謎の物質を手に入れるのは簡単でメチルアルコールを酸化させればいい。


 そうあの『目散るアルコール』と言われるアルコールなのに飲んだらヤバイ奴だ。


 そして2か月前の悪夢の事故の原因物質でもあるアレだ。


 つまりもうすでに持っている――オーケー材料はそろった。


 後は作るだけだ。


 うまくいかなかったらアンモニアとホルムアルデヒドを悪魔合体させたヘキサミンという硬化剤を混ぜれば何とかなるだろう。


「もうひと頑張りだ。始めよう……シュー」




 ◆ ◆ ◆




「これがベークライトですか」と珍しい物を見つけて興味津々の錬金術師さん。


 そう、なんとか……なんとかできたのだ。


 化学式と違って実際の製造は大変だった。


 まあ、それでも一応はフェノール樹脂ができた。


 そもそもフェノール樹脂の工業製品であるベークライトは紙ベークライトと布ベークライトの二つに大別される。


 名前の通り紙に染み込ませるか布に染み込ませるかの違いしかない。


 ここから察せる通りフェノール樹脂はそれ単体ではそれほど魅力的な価値はない。


 他の物質――充填剤と混ぜて初めて工業製品としての真価が発揮される。


 問題は紙なんて持ってない。


 さらに『布って何ですか?』という原始時代がいつもの様に立ちはだかった。


 そこで苦肉の策として『繊維だったら何でもいいだろう』、という精神のもと木材加工時の副産物である《おが屑》を混ぜてあげた。


 思っていたのと少し違うが強度、耐熱、耐電気と申し分のない物ができあがった。


「工場長、ベークライトで新しい手を作ってみました」


 そう言いながら手を差し出してきた。


 見ると確かに指先から手首までキレイなベークライト調になっている。


「あ~~うん、綺麗だし合っているよ」


「ホントですか! うふふ」と嬉しそうな声をあげるアルタ。


 まあ青銅だと電気関係の作業で漏電する可能性がある。


 木の腕も水が染み込めば同じだ。


 だからこの方がいいかもしれない。


「さあ、絶縁体もできたことだし次は電気計測器の開発だ」


「それなんですが……すこし問題が……」


「え――なにかあったのか?」


「その、そろそろ水と食糧が乏しくなっています」


「……え!?」


 そういえば拠点を出てすでに3週間ぐらいは経っているのか。


 食糧集めも難儀してお邪魔物の妨害もあった。


 そろそろ食糧確保をしないといけないってことか。


「……外は危険なのか?」


「スケルトンも頭打ちだと思われるので今なら比較的安全に調査ができると思います」


 ならばいちいち街まで戻るよりここで探したほうがいいな。


「よし、それじゃあ南の森の探索にでよう」


 こうして南の森の探索をすることになった。


ウッド{ ▯}「なあ、ヘキサミンってアンモニアとホルムアルデヒドで出来てるんだよな?」


ストン「 ▯」「ああ、そうだ」


ウッド{ ▯}「工場長は廃棄物ですら利用するんだよな?」


ストン「 ▯」「その通りだ」


ウッド{ ▯}「あえて工場長のトイレ事情は描写していないだろ?」


ストン「 ▯」「不要だからな、描写する価値すらない」


ウッド{ ▯}「もう一つ質問いいかな――アンモニアはどこから持ってきた?」


ストン「 ▯」「……君のような勘のいいゴーレムには消えてもらおう」


ウッド{ ▯:;.:..「そんな~」

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