第11話 コークス炉
近頃、高炉での木材需要が高まり無許可の森林伐採が増えている。
それにより獣や魔獣が近隣の村々に出没している。
ついては製鉄ギルドに活動の自粛を要請する。
今度こそ守られることを切に願っている。
――今年14度目の自粛要請
石炭鉱山の防備は木楯を二重三重と配置した作りになっている。 それは正面からの襲撃に対して強いとは言えない。 しかし木材の先端を尖らせた拒馬と呼ばれる障害物と有刺鉄線を巧みに織り交ぜることで一定の効果を確保している。
――この防衛ノウハウはたぶん最適解ではない。
なにせ使用者が全滅してるんだからしょうがない。
戦国時代の野戦拠点に発想が似ている気がする。
そしてこれで問題なかったのは強力な力を持った英雄がいたからだろう。
しかし我々にはそんな都合のいい用心棒はいない。
巨大な壁を作れば守れるかというと、アルタ曰くあの城塞都市は1日で陥落したとのこと。
ああ、嫌になるね。
こっちはモノづくりに集中したいっての!!
ふ~。
ま、戦の素人なんだから実際に起きたことを考察しながら変更していくとしよう。
「魔物の襲撃ってどうなってるの?」
「そうですね――スケルトンは多くて10体ほどが襲ってくる程度です。後は魔獣が単独で来ますが追い払うことはできています」と事務的に答えるアルタ。
「スケルトンはあの5000体で頭打ちだったのかな」
「はい、コアさえあれば復活しますが、全部回収したので増えることはないでしょう」
そういえば倒しても復活するからあれだけの数がいたのか。
「それでも警戒しておいた方がいいな」
「そうですね。アイアン!」
「ハッ! いかがいたしましたか?」
「パトロール部隊を編成して周囲を巡回しなさい」
「ハッ! 了解しました!」
そう言って連弩部隊と巡回に出た。
見た目が女騎士だから一連のやり取りが様になっているな。
「な、なんでしょうか――何か付いてますか?」そう言いながら身だしなみを気にしはじめる騎士。
「いや、一瞬本物の騎士様に見えただけだよ」
「騎士ですか? 私は錬金術師ですよ?」
「あ~うん、凛々しかったんだよ」
「凛々しい……凛々しい……私が凛々しい」とブツブツ言いながらも体をクネクネさせる。
あ、凛々しさが無くなった。
◆ ◆ ◆
「工場長コークス炉が完成しました」
「ホントか! よくやった!」
木材を乾留して作るのが木炭だ。
同じように石炭を乾留して作るのがコークスだ。
だから副産物も大体一緒になる。
木タールの石炭版が大量に手に入る。
コールタールを蒸留すれば様々な化学物質が手に入る。
いいね、ワクワクしてきた。
「ふふ、それでは試運転を開始しますね」
そう言いながら複数ある燃焼室に順番に火を灯していく。
上から見るとコークス炉は炭化室と燃焼室という二つのエリアを交互に配置してある。
サンドイッチみたいなものだ。
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┃《燃焼室》で最初採れた木材や木炭を燃やす。□□□┃
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┫《炭化室》炭化室で採れた石炭を蒸し焼きにする。 │
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┃《燃焼室》に可燃性ガスを吹き込む。□□□□□□□┃
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┫《炭化室》で発生するガスを送って燃焼する。 │
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┃《燃焼室》は四角い部屋が並んでいる構造だ。□□□┃
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========┫《炭化室》で炭化したら横から押し出して外に排出する。
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┃この押出圧力が高いので四角く剛性を高めている。 ┃
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――こんな感じの構造になっている。
乾留時の可燃性ガスで発熱させるのは木炭炉でもやっていた。
「ねーねー木炭炉となんで違うの?」
たまに核心を突くメットちゃん。
「昔は炭窯方式だったらしいけど、石炭の特性に合わせた大量生産方式に替わったんだと思うよ」
詳しい転換の歴史は知らない。
たぶん木炭より硬く丈夫な石炭だからできる方式なんだろう。
はっきり言って炭窯やスクリュー炭化炉方式では生産が間に合わない。
例えば炭鉱を50本同時に開発するとしよう。
1日に1立法メートルつまり1.4トン掘り出せたと仮定する。
それが50カ所となると単純計算で石炭の1日生産量は70トンになる。
とてもじゃないが生産が間に合わない。
「それじゃあ木炭はいらない子? 爆発させるの?」とワクワクのメット。
…………。
子供って恐ろしい――無邪気に破壊を楽しもうとしてるよ。
「いいや、木炭と木酢液そして木タールは今後も必要だから少量でも生産は続けるよ」
「えーつまんなーい」と駄々をこねるメット――いや邪メット。
「工場長が困っています。いい子だからあまり困らせないで、ね」
「はーい」と渋々返事をする邪メット。
よし頭を切り替えろ。
さて、コークスの収量は約20%と言われている。
日当たり70トン燃料を生産できるという事は約14トンのコークスが生産できる。
そうなると高炉の銑鉄生産量は燃料費1:1ならば日当たり14トンまで引き上げられる。
今が日当たり1トンだから14倍だ。
ひゅーひゅー! 最高じゃないか!!
おっし、がんばるぞ!
◆ ◆ ◆
「工場長、循環用の新しい送風機が動いてますが本当に風が送れているのでしょうか?」
そういえばアルタさん含め、ゴーレム達は風を肌で感じ取ることができない。
それはつまり目に見えていないのと一緒だ。
「ああ、ちゃんと流れている」
アルタの興味を引いているのは見た目カタツムリのようなブロワという送風機だ。
送風機というのは今でこそ珍しくもないが、その歴史は浅くて150年程度だ。
これは単純にフイゴのような圧縮型の送風機があるせいで需要が無かったのだろう。
それに中世なら一般人は団扇を仰ぐなら働けと言われるだろう。
そして上流階級は機械が送風する味気ないそよ風より、美女が扇いで氷室に保管してある氷を食べる方が豪奢だ。
なんてウラヤマ――じゃなかった。けしからん!
いかん脱線してる。戻れ戻れ。
この送風機の目的は炭化室で発生した可燃性ガスを隣の燃焼室に送ることにある。
だからフイゴのような圧縮機と違って見た目ほど送風圧力は高くない。
それでも常に発生するガスを送る程度の力はある。
「ねーねー燃やした後にもう一度燃やすのは何でー?」
「ああ、燃料の消費を減らしたいのさ」
燃焼室でガスが燃えると燃えカスである排ガスが出てくる。
この排ガスを循環させて、もう一度燃焼室に送る。
一見すんごいバカげてるように見える。
けどこれには理由があり排ガスを循環させることで燃焼スピードを遅らせるのが目的だ。
要するに長くじ~~~~っくり加熱するのがコークス炉の重要なところになる。
どんなに熱量を上げても熱化学反応ってのは時間がかかる。
燃料消費を抑えながらコークスを製造するコツってやつだ。
さて、このコークス炉の設計で一番の問題はガスの配分や流れ供給の理論――つまりノウハウが判らないことだ。
まあ効率が悪いだけで稼働しないわけじゃない。
とにかく長炎化を計るためにできることを試行錯誤していかないといけない。
そこで我々はこの問題を解決するために次の開発計画を立てる必要が出てきた。
「――という事でコークス炉を安定的に稼働させるために『測定器を作ろう第二弾』を始める」
「ふふ、今度は最初からお手伝いさせていただきますね」とアルタが言ってくれて心強い。
次の計画はこうだ。
まず効率が悪くてもコークス炉を動かして《コールタール》を生産する。
そのコールタールを蒸留して《フェノール》を生成する。
このフェノールに謎の化学反応を起すとフェノール樹脂つまり《ベークライト》になる。
ベークライトとは高い電気特性と耐熱性に優れている。
つまり工業部品や電気部品に使われてきた優れたプラスチックだ。
このベークライトを使って《電気測定器》を開発する。
つまり熱電対温度計を作り上げる。
このときついでに風量計や圧力計なども作ってしまう。
コークス炉の制御が目的だがこの測定技術は焼入れなどの熱処理からモーターや高炉まで影響の大きい技術だ。
いいね。すごくいい!
近代へとスキップしながら進んでいると実感するよ!!
「ふふ……ふふふっふふ」
「工場長? 戻ってきてくださーい」と我が子を心配する母の声が聞こえてきた。
「はっ! しまった軽く未来に思いを馳せてしまった」
「それではその未来が実現するように開発を始めましょう。私もできる限り協力しますね」
「ああ、それじゃあ始めよう!」
ウッド{ ▯}「まーた、文字で遊んでるよ」
ストン「 ▯」「1章に1回スキを見つけたら入れてくるからね」