第10話 炭鉱再開
おめーさん、腕の腱鞘炎は治ったのか?
そうかそいつはよかった。
だが、残念なことに銅細工師には戻れないぞ。
軟弱者は要らないとお達しがあった。
うん? 安心しな別の仕事を見繕ってある。
それは炭鉱夫だ。
……。
そんな嫌そうな顔するなよ。
おめーもあっちの世界で義務教育受けてたんだろ?
こっちじゃ計算できるだけで重宝されるんだからな。
うまく立ち回って自分を売り込んで来い。
――なんだかんだアドバイスしてくれる仕事斡旋業の男
アルタが来てくれたら百人力、いや百万力の生産能力になる。
圧倒的な生産力じゃないか!
標準電池と標準抵抗がすぐにできあがった。
おかげで《温度》そして《電気》という二つと、ついでに気圧を測定できるようになった。
ちなみに下界つまり街の気圧は760mmHgだと思われる。
まさに標準気圧1そのものである。
電気による測定に関しては『電圧計』を作らないといけないが後でいいだろう。
そうなると今後の計画はえ~と。
『炭鉱開発』と『電気開発』の二つと言ったところか――。
「工場長、考えごとも大切ですが足元に気を付けてくださいね」
「ん、ああ。ありがとう気を付けるよ」
そう言われて気持ちを切り替える。
今は安全対策を施した炭鉱を目指している。
と言っても下山しているだけだ。
「上から見下ろしても見た目は前と変わってない――というより自然が復活した?」
「はい、新しい方針として拠点の迷彩化をしています」
アイアン経由でスケルトン達の拠点づくりのノウハウを入手した。
その結果、我々の拠点はいろいろとアップグレードした。
中継拠点を例に挙げると――。
防壁は木柵から木板に変更した。
そして表面にモルタルを薄く塗り石と砂で迷彩色を施した。
これで遠目に岩のよう見えるはずだ。
もちろん屋根にも同じ迷彩をおこなっている。
多分上からも岩にしか見えないだろう。
まあよくよく目を凝らせば違和感を感じ取れる。
けれど、肉食獣ってのは動くモノに反応するようにできている。
ネコじゃらしに本能的に反応するようなものだ。
肉食性の魔物も動く人間に反応してもちょっと違和感がある岩や木々には反応しない。
――という経験則に基づく拠点ノウハウだろう。
だが一つだけ理解できないところがある。
それは壁の作りについてだ。
なんと木の板につっかえ棒を付けただけの代物にグレートダウンしてしまった。
戦国時代の合戦映像とかで見る『木楯』そのものである。
「こんな防備で大丈夫なのか?」
「はい、この方が空の敵から逃げることができるそうです」
「……空……敵、う~ん……ああ! なるほどね!」
空の敵、つまりドラゴンとかワイバーンのような魔物を想定しているという事だ。
これはドラゴンの気持ちになって考えればよく分かる。
はるか上空から獲物を探していたところ四角あるいは円形に囲んだ拠点を見つけたとしよう。
その中には蠢くエサが100人、大規模だったら5000人かもしれない。
ご丁寧に四方には逃げられないように壁で囲ってあるときたもんだ。
これでは完全に『餌皿』である。
どうぞ食べてくださいと言っているようなものだ。
だからこそ遠目で見つかりにくい迷彩を施して、空からの襲撃時にはどの壁からでも逃げられるようにしたのだろう。
そういった理由から炭鉱は禿山の要塞ではなく、自然味あふれる貧相な拠点となっていた。
「そうなると――どこかのタイミングで全生産拠点を改修しないといけないな」
「そうですね。この炭鉱開発が終わりましたら、換えたほうがよろしいと思います」
そうなると“やる事リスト”に拠点のアップグレードも追加だな。
◆ ◆ ◆
炭鉱では数日ぶりにツルハシによる掘削が再開していた。 坑道は石炭層の厚み2m、作業幅2m、そして掘削長は100mを想定している。 100m×2m×2m=400㎥とするならばトン数に換算すると石炭比重1.4として、約560トンが一つの坑道から産出することになる。 一つの坑道には幅2mという制約上ゴーレムが二体並んで掘削をおこなう。 それでは産出量が低いので複数個所同時に掘削する。
――なんという光景だ。
坑道が一つ二つとかの話じゃない。
何十カ所も同時に掘削している。
しかもこのゴーレム達は掘りながら『くっさく! くっさく!』と叫んでいるからうるさくてかなわない。
「わーい。ゴーレムがいっぱいだよー。いっぱいだよー」
「現在100体のゴーレムが掘削に参加していますので――50か所同時掘削ですね」と華麗にメットのおしゃべりをスルーする現場監督。
「そりゃ圧巻だな。しかしそうなると問題は……」
「みてみて、ツルハシが欠けてるー」
「はい、ツルハシの摩耗が速いので、何らかの対策が必要になります」
「うーん、とりあえずツルハシの先端部分を交換できるようにして対処しよう」
「わかりました。後で鋭利な鉄片の加工機械を作りましょう」
場当たり的な対処だが仕方がない。
それにしても炭坑がここまで増えると回収も一苦労だな。
そうつまり――。
「ひろうのめんどくさーい」
まさにメットの言う通りだ。
「トロッコレールを作りたいけど……鉄は貴重だからな」
アイアンゴーレムという選択肢が出て遠征用物資が少なくなっている。
出費が多いなら一度鉄鉱山まで戻ったほうがいい。
さてどうしたものか。
「それでしたら……」と何か思いついた様子。
発言を促すと「レールは木製でよろしいのではないでしょうか」と提案してきた。
木製のレールか……ありか? あれ――もしかしていけるんじゃない!?
「おお! その発想はなかった! その案、採用!」
レールと言ったら鉄道、そして鉄道と言ったら鉄と思っていたが絶対ではない。
今の石炭は産出量が少なく比重1.4とそこまで高くない。
なんで思いつかなかったんんだ!!
これは固定概念の弊害だな。うんうん。
「工場長?」
「ありがとう――アルタさんはやっぱり知的で素敵な女性だ」
「ほわっ!?」「ぺかー」
さて、そうなると木レールのレイアウトを考えながら設計をしないといけない。
チェストによって多少は重量問題を軽減できるとはいえメンテナンス性が高いほうがいい。
そこで問題を解決するためにも発想の転換は重要だ。
つまり現代社会の鉄道レールは一両当たり40~50トンの質量が時速50㎞/h以上で走り抜けることを前提に作られている。
だがしかし、ここではそこまでの性能は必要とされない。
さあ、隊商で物資を運んだ時、検討したことを思い出せ。
鉄道レールなら1馬力で8トン運ぶことができる。
単純計算でゴーレムは0.1馬力とするなら最大は800kgとなる。
――もっと規模は小さくていいはずだ。
ここで想定される最大値のトロッコは馬力0.1で運べる重量500kgで速度は手押し時速5km/hがいいとこだろう。
――木レールなんだからもっと小さくていいだろう。
そうだとも鉄の1/10ぐらいにしておくべきだ。
それにチェストを活用すればトロッコ重量は50kg程度になるだろう。
この程度のトロッコならばレールも設計し直したほうがいい。
うーん。
「木のレールのメンテナンスを考えつつ……」
「ぼくらも板の取り換えならできるよー」
そりゃ、拠点の木楯とかは全部ゴーレム任せ何だし板を扱うことはできるか。
…………。
それならばおもちゃの木製レールみたいなのはどうだろうか?
分厚い木の板に溝を掘るだけの簡易レールは面白そうだ。
これならパネルを取り替えるだけだからゴーレムでもなんとか保守できるだろう。
レールの製造も二枚のカッターの幅を調整するだけで済む。
これで1年……いや半年持てばいい。
半年。
それだけの時間があれば設備更新でより頑丈なものに変えられる。
「よし、アルタさん、さっそくだが木製レールの設計と製造をしよう」
………………。
ん? 返事がないな?
「ぺかーだよ。お母さんはぺかーだよ」
見るとなんか頭を抱えてクネクネしている。
「アルタさーん。お仕事の時間ですよ」
「ふぇ? んん――わかりました。それでは木製レール製造機械を作りますね」
今さら『キリッ!』とやっても手遅れだぞアルタ。