第9話 電気の発展も水銀にあり
錬金都市に関し緊急報告
先月――15名。
今月――8名。
名だたる錬金術師の死者が増えています。 そして特別顧問として招いた『異世界人』が指摘した通り死者全員から水銀が検出されました。 現在、水銀の利用を禁止する都市条例を審議していますが、反対派と最大派閥である長老派に阻止されています。 水銀中毒の公表により都市全体もパニックに陥っています。 現在都市機能は完全にマヒしています。
つまり今月の納付はゼロです。
――錬金都市の税務官
氷を探すために、我々はまずひたすら東の山脈を歩き続けた。 その道中に炭鉱の拠点化をしていたはずの錬金術師アルタも新人であるアイアンゴーレムのテストも兼ねて一緒に行動した。 しかし大自然の厳しさと遠目でも強敵とわかる魔物に挫折気味になり、僅か数時間で引き返すべきか悩み始めてしまった。 だが幸いにも天然の氷穴を発見して大規模な氷の供給地を確保することがきたのだ。
目的を達成した我々は一路来た道をスキップしながら中継拠点まで戻り、ついに念願の水銀温度計を手に入れることができた。 しかしここにきて気圧が分からなかったら本当に意味での沸点が分からないという事に気づき、急ぎ気圧計も開発することにした。 秒で開発した気圧計で標高1000m時の気圧を測定して、次に下の炭鉱までやはりスキップしながら下っていき、そこでも気圧測定を繰り返した。 これにより現在の気圧、沸点その他いろいろな基準を勝手に定義して一応納得したのだった。
一通りの実験に満足したアルタは本来の拠点作りに戻り、我々は安全のために三度中継拠点までスキップしながら戻っていった。 拠点に着くころには辺りは暗くなりそのまま爆睡したのだった。
――お気づきだろうか?
たった一日で総延長20㎞以上も移動し続けていたのだ。 そしてついに我々はそのような強行軍の代償を支払う日がやってきたのだった。
「工場長! おはようございます!」
「う~、アイアンか……」
「工場長! おはようございます! いかがいたしましょう?」
「か、体がバキバキだ……すまないが今日は休むよ」
そう、筋肉痛である。
「ハッ! 了解しました!」
たまには体を休めるのもいいだろう。
お休み。
◆ ◆ ◆
アルタは新しい拠点づくりをしながらも頻繁に中継地を見ていた。
開発のためなら危険を顧みない工場長が心配だからだ。
それゆえゴーレム達には常に工場長を見守るように言い付けている。
例えば危険な薬品実験を始めたらすぐに知らせるために――。
「あれは光信号……」
《工場長・疲労・本日・休暇》
原始的な信号による合図を受け取りしばし考える。
そして今日は危険な作業はしないだろうと確信して、拠点作りに専念することにした。
「あなたたち明日までには完成させます。急ぎなさい」
「はーい」と数百のゴーレム達が返事を返し作業を急ピッチで進めるのであった。
◆ ◆ ◆
一日休んでいたらだいぶ良くなった。
このまま週休二日といってこのまま寝続けるのは魅力的だ。
だが、まどろみの中でくすぶっていては前には進めない。
さあエンジンを燃やせ。
今日やる事は電気を我々の支配下に置くという壮大な計画の――下準備だ。
いい加減暴走状態のモーターを何とかしないといけない。
だからそのために測定器を作らなきゃいけない。
また測定機だ!
測定器を作るとき何をすればいいのかは知っている。
まずは基準を決めるんだ。
そのためには水銀と氷……と言いたいところだが電気の場合はちょっと違う。
あのオームの法則に基づけば電流・電圧・抵抗の3つのうち2つが分かればいい。
おーけーまずは久しぶりに朝日を浴びてから開発を始めるとしよう。
久しぶりの外は眩しく輝いていた。
今日は雲一つ無いすがすがしい晴天だ。
まずは日光を浴びながらTの字に体を伸ばして、太陽に感謝の意を示す。
Tの字と言えばオームの法則もT字で覚えたものだ。
中学理科で習うT字の上の部分が電圧であり、下側の両脇が電流と抵抗になる。
よし、オームの法則もちゃんと覚えてるな。 では始めよう。
この3つの基準を決めるために電磁科学者たちはかなり苦労した。
同じ苦労の歴史をたどるのもオツではあるが、そこまで余裕があるわけじゃない。
そこで最新の基準を最初から使い困難な歴史的な経緯を吹っ飛ばしてやる。
という事で国際単位における電流の定義は――。
『一秒間に電子が624京1509兆……6千億ぐらいの電荷を運ぶ電流これが1アンペア』
――となる。
ついこの間まで原始人生活にとって600京も数えるのは面倒だ。
これを測定するのは不可能ってことは分かる。
――諦めよう。
これだから電気は嫌われるんだ。
しかしまだ大丈夫だ。
残りの二つ『抵抗』と『電圧』が分かれば『電流』は自ずとわかる。
――電圧。
《ジョセフソン効果》、超電導のトンネル効果とか最先端の……省略……、によって電圧を求めることができる。
――抵抗。
《量子ホール効果》、この明らかに一般人の意識を奪いにかかっている名称からわかる通り、最先端の半導体機器と量子理論をこれでもかと組み合わせて抵抗値を観測し決定する。
ふぅ~。
現代のハイテクびっくりトンデモ標準器はとてもじゃないが作れない。
だから大事なことなのでもう一度言おう。
――これだから電気は原始人に優しくないから嫌いだ!
そういうわけだから原始人にも優しい近世後半から近代前半に流行った《標準器》を作って問題を解決する。
――まずは一番簡単な『標準抵抗器』から作ってしまう。
水銀温度計だけど当時の科学者もやはり水銀大好きマンの集まりだった。
というより純水銀が容易に作り出せることから世界中どこでも同じ条件で扱える都合のいい金属だった。
そこで当時採用されたのが『水銀抵抗原器』になる。
定義は――。
『断面積1平方ミリ、長さ1063ミリ、摂氏0度における水銀柱の抵抗を1オーム』
――と決定した。
「抵抗家のいちおーむさん」って語呂合わせで覚えられるぐらい原始人にも優しいのは素晴らしい。
用意するものとして長さ1063ミリで断面積が1平方ミリになるガラス管を作らなければいけない。
こんなトンデモ精度のガラス管を用意するためにガラス職人がどれほど血の涙を流したことか。
だが我々には驚異の錬金術師・アルタ大先生がいるから問題ない。
都合よく氷も大量にあるから問題ない。
同じような感じで『電流』についても決めている。
定義は――。
『硝酸銀溶液に電流を通した場合、1秒間に0.001gぐらいの銀を析出する電流を1アンペア』
――としている。
これはかなり厄介で、まず精密に0.00111800gだったかな? を計測できないといけない。
そして『1秒』である。
この世界の1日の正確の時間すらわからないってのにどうしろってんだよバカヤロー!!
ほんと近世人ってやつは原始人にやさしくないから困る。
だがまだだ、まだ大丈夫だ。
それでも『標準電池』を開発して電圧の基準を作れば電流は自ずとわかる。
電池というのはかつてイタリアの科学者ボルタが『ボルタ電池』を作ってから今日まで様々な物が作られた。 しかし電池というのは化学反応であり、そういった反応は温度と時間によってどんどん変化する。 そういうわけでやはり科学の発展に伴い安定した電池『標準電池』が必要になった。
1911年に国際標準に選ばれたのは『ウェストン標準電池』といい、使用する材料からカドミウム標準電池とも呼ばれている。
ウェストン標準電池――H型のガラス容器の中に主に水銀とカドミウムを入れて1.018Vの起電力を発生させる。 その構造は、陽極に水銀そしてその上に硫酸水銀とペーストさらに硫酸カドミウムの結晶を置いた。 陰極には水銀とカドミウムのアマルガムそして硫酸カドミウムの結晶を置く。 両極は硫酸カドミウムの水溶液を介して繋がっている。 この標準電池は約100年間世界の標準電池として使われ続けた。
――ぶっちゃけ必要な材料は全部そろっている。
産業廃棄物から鉛を取り出した時についでにカドミウムも手に入れてある。
他にも銅の電気精錬のとき陽極泥から白金も採れている。
もちろん硫酸もある。
そう無かったのは水銀だけだった。
それも手に入れたからこの標準電池を作ることができる。
それでは助手ゴーレムに先ずは説明をするとしよう。
◆ ◆ ◆
「――という事だ。わかった? ……シュー……シュー」
「わかんなーい」とヘルメット以下すべてのゴーレムが降参した。
「むむむ、まずH型の容器を作る。そして白金の電極を用意する。そしたら容器の底から電極として白金のリード線を挿入していく。おーけー?」
そんなことをやっていたら『ガチャ』と作業場のドアが開く音がした。
振り向くとアルタがこちらにやってきた。
「ふふ、やはり作業に苦戦していましたね」
「ああ、アルタさん、作業の方は……シュー」
女騎士様のヘルメットが仄かにピンクぽく光っている気がしたが防護メットのせいでよく見えない。
「炭鉱の拠点化は終わりました。今は本来の掘削作業を進めています」
「そうか、できたか!」
そいつは素晴らしい。 明日にもコークス炉を作り遅れを取り戻さなければいけない。
「はい、ですので今日はこちらの開発を手伝いますね」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「これが図面ですね。これがH型……ああ、そういう事ですか」
そう言いながら次々とガラスの塊を加工していく。
こちらが「阿」と言えば「吽」と答えてくれる最高の相棒だ。
この分なら標準器はすぐにできるだろう。
この標準器を使って電気エンジニアに必須の電流・電圧計を作る。
そして電気測定器があれば熱電対温度計で温度を測れるようになる。
水銀温度計は最大300℃程度しか測ることができない。
しかしそれでは高炉やこれから作るコークス炉の温度は測れない。
なにせ700~1500℃の世界だからだ。
熱電対なら材料によっては最大2000℃まで測定できる。
そうこの眠くなるような標準器開発が成功すればついにまともな温度管理ができるようになるのだ。
いいね最高だ。
やっとここまで来た。
問題は多かったし想定外の事は続くがそれでも前に進んでいる。
そう進んでいるんだ。
ウッド{ ▯}「なんで石炭の時代やめて水銀の時代にしなかったの?」
ストン「 ▯」「なんでだろうね。けど次から石炭の話に戻るから」
ウッド{ ▯}「鉄の時代に木炭と木酢液。銅の時代にパインオイルと……」
ストン「 ▯」「まあ、体系的な物語にしようとした弊害だから多少はね」
――小難しすぎる等ありましたらドシドシご要望ください――
いくらでも雑にできます_(:3」∠)_




