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第8話 水銀は科学の礎

ダメだ基準も標準もないのにどうやって知識チートをしろって言うんだ!


――叫び

 東の山脈を大まかに分類すると3つに分かれる。


 一つは標高100m級の山々であり、どちらかというと丘かもしれない。


 山脈の一番外側のエリアで鉄鉱山が見つかったのもここだ。


 二つ目は標高500~1000m級の山が続く地帯。


 鉄鉱山のすぐ隣ぐらいなので明確な境目はわからない。


 その辺はワームが巣喰うあるいは石灰岩の地質の影響かこの辺から森が終わる。


 そして銅鉱山が見つかったエリアでもある。


 三つ目のエリアは遠目に見ても踏破不可能な4000m級の山脈であり、東に移動するのを妨げる壁だ。


 これからその山脈――の足元の氷があるところに向かう。


 先頭は新顔のアイアンゴーレムに任せてみた。


 戦いのずぶの素人が指揮するよりマシだという判断からだ。


 だから隊商行列でありながら久しぶりにアルタと並んで歩いている。


「それにしても寒くなってきたな……」


「やはり標高が高くなると寒くなるのですね。危険と判断したらすぐにか帰りますからね」


「了解――うん? どうやら先頭で何かあったようだ」


 隊商の行進が止まった。


 ここは標高2000mぐらいだろうか?


 白い氷壁と緑の丘から実はアルプス山脈に来ているんじゃないかと錯覚させられる。


 どうやら1000mを越えるとワームはいなくなるようだ。


 もしかしたら森と山の境目があの魔物の狩場なのかもしれない。


 そんなことを考えていたら前からアイアンゴーレムがやってきた。


「報告であります! 前方に魔物がいました! それも強そうです!」


「本当か、一応確認してから次の方針を考えよう」


「ハッ! こちらです!」




 岩陰からのぞき込むとそこには雄々しい立派な角が生えた黒山羊がいた。


 切りだった崖を難なく登り、崖の上からこちらを見下ろす姿はまるで山の王者かのようだ。


 この山羊は平和的な草食獣ではない――魔物だ。


 距離が離れていてもわかるが全長が2mは優に越えている。それだけじゃない。



 ――その立派な角にはあの山脈ワームが突き刺さっている。



 しかも魔法でも使っているのかワームから煙が出てる。


 こんがり焼いているのかもしれない。 あ、引きちぎって食べ始めた。


「工場長、この道は諦めましょう」そうアルタが言ってきたので素直に頷くことにした。


「いのちは大切にだな」


「ではこれより他の道がないか調査します! 少々お待ちを!」


 そうハッキリアイアン隊長が言うので任せることにした。


 お食事中の黒山羊がこちらに来ることはないだろうけど少し離れた岩陰で休息をとることにした。


 たしか標高が100m上がると0.6℃温度が下がる言われるのが高山だ。


 2000m級なら12℃は下がる。


 そんな山脈を越える話として古くは古代ローマ時代のハンニバルのアルプス越えが有名だろうか。


 一説によると北アフリカで育った屈強なカルタゴ兵がアルプス山脈を越えるという作戦により兵士の半数が亡くなったという。


 さて特段体を鍛えていない現在人がカルタゴ兵よりも優れた山越えができるだろうか?


 いやー無理だね。


「うぅ……ざぶ……い……」


「大丈夫ですか。やはり戻ったほうがよろしいのでは?」


 自然の厳しさを舐めていた。


 焚火は止めておいた。


 あんな山羊の魔物に目を付けられたらひとたまりもない。


 天候も悪くなってきたのか寒くてしょうがない。


 目の前のすぐ近くの山に白い氷がある。


 けどそれは距離感がおかしくなってるだけで実際は何十キロも離れている。


 これから何度も魔物を避けながら目指さないといけないのか。


「工場長! 報告があります!」と周囲の調査を任せていたアイアンが戻ってきた。


「何か見つかったのか?」


「はい、ご覧ください。氷が見つかりました!」そう言いながら手に持っていた氷の塊を差し出してきた。


 アルタの方を見ると相槌を打ちながら「直ちに移動の準備に移ります」と言い野営地が慌ただしくなった。


「さっそくその場所まで行こう」





 アイアン隊長が見つけたのは石灰岩の空洞にできた氷穴だった。


 たしかアルプス山脈に世界最大の氷の洞穴が存在する。


 夏になっても氷が溶け出さずに年中氷漬けの洞穴だ。


 だがその概念は割とシンプルだ。


 つまり冬に吹雪が吹き込み、内部が凍結する。


 夏になると洞穴内から冷気が外に向かって絶えず流れて氷が必要以上に溶けるのを防ぐ。


 ようするに年間の氷が入る量と出る量が不一致になる場所に形成されるってことだ。


 見つけ出した洞窟も同じ原理なのだろう。


 今の正確な季節は判らないが洞窟内部から冷たい風が吹き出している。


 つまり――。


「くぅ~冷風が堪える~~」


「工場長、目的のモノは見つかったことですし、氷の採掘はゴーレム達に任せていったん戻りましょう」


 洞穴学者なら内部の構造や気象地質学的な調査に精を出すのだろう。


 しかしこちらは技術者だ。


 温度計の基準ができればそれでいい。


 風邪をひいて温度計のお世話になるってのは笑い話にすらならない。


 アルタの言う通り後は任せて戻るとしよう。


「ああ、ピクニックって場所ではなさそうだし拠点に戻ろう」


 あわよくば――この山脈を越えられるかと期待していた。


 だが今の装備では麓に近づく事すらできない。


 いさぎよく諦めよう。




 ◆ ◆ ◆




 今日はクタクタになるぐらい疲れた。


 それでも今回の遠征とその後の実験で収穫があった。


 まずアルプス越えは諦める――これはしょうがない事だ。


 それでも氷を大量に手に入れることができた。


 このままどんどん採掘をして実験用の氷室を作れればいいね。


 次にアイアンゴーレムは指揮官や現場監督として有能ということがわかった。


 純粋な戦闘用ゴーレムかと思っていたが案外部隊をまとめ能力があった。


 さらに拠点に帰ってから「工場長! この中継拠点の防衛力に問題があります! 即時改善するべきです!」と進言してきた。


 何という事だ――これは今までのゴーレムにないことだ。


 どうやらスケルトンのマスターは築城のノウハウもコアに入れていたようだ。


 たぶんこちらと同じ発想で拠点を作りながら前進する、そのための労働力としても使っていたんだろう。


「わかった。それじゃあ築城の方は任せたよ」と言ったら「ハッ! お任せください!」とハッキリ言って取り掛かった。


 その時ふと「そうなると下界の築城も任せた方がいいかもしれないな」と誰でも思いつきそうな名案が閃いた。


 そのことをアルタに話したら「そうですね。でしたらもう何体かアイアンゴーレムを作りましょう」と言ってくれた。


 効率よく効果的な拠点づくりができれば建設時間を早めるとこができるだろう。




 戻ってきたときにはある程度水銀ができていた。


 つまりやっと水銀の実験ができたってことになる。


 錬金術師アルタも水銀の実験には興味津々で拠点づくりの前に実験に参加した。


 さすがに錬金術の王道的な実験に錬金術師様を参加させないのは罰が当たるってものだ。


 まずやったことは水銀がくっ付かない物質であるガラスで温度計を作った。


 錬金術でちょちょいと水銀流路を作っただけだ。


 水銀というのは熱膨張の比率が一定で測定器の材料として優秀だ。


 その目盛りの基準となる温度が分からないから氷を手に入れた。


 そこでさっそく氷水にドーンと温度計を突っ込んで基準点となる《ゼロ度》を定義した。


 次に水を沸騰させて100℃を定義してやった。 もちろんウソだ。



 ――そんな簡単に100℃が定義できれば苦労しない。



 流体力学という液体の密度や気圧などについて学ぶ学問がある。


 その中では謎の原理や謎の定理がこれでもかと出てくる。


 その謎の原理の一つに『水の沸点は標高により変わる』というのがある。


 つまり大気圧力で沸騰する温度が変化するということだ。


 まあざっくり言うと標高1000m変わると3.3℃ぐらい変化して96.6℃で沸騰する。


 つまり気圧が分からないと沸点がどこかわからず、100℃の目盛りも正しいのかわからなくなるのだ。


 オーケーつまり温度計とは別に気圧計も作らなければいけない。



 ――楽勝だね。



 気圧計というのはこれまた水銀を用意すればいい。


 まず水銀で満たした容器を用意する。


 そしてガラス管の中を水銀で満たして口が下になるように立たせると水銀気圧計の完成だ。


 この原理は単純で真空のガラス管内で水銀柱がどの程度上昇したかで大気圧が分かるようになる。


 そう重力によって水銀が下へ向かう力と真空の力、そして外の大気圧の力が釣り合う高さで止まるのだ。


 例えば『大気圧760mmHg』という流体力学や気象学で出てくる謎のフレーバーテキストの意味は――。


『標準的な大気圧は海面(標高0m)水銀柱(Hg)が760mm上昇したとき』


 ――という事になる。


 ようするにちょっと海まで行ってきてその時の水銀柱の長さを測定すればこの世界の基準気圧がほぼ決まる。


 しかし気軽に海に行くことができないから別の手を考えなければいけない。


 こういう時は考えを逆転させよう。


 この地が――『始まりの街の標高』がこの世界の基準気圧なのだ。


 そう基準など我々で作ってしまえばいい。


 イエーイ!


 そう言うことで始まりの街と標高が大体同じ谷間の炭鉱まで降りて水銀柱を計ってきた。


 その時は普段冷静なアルタもさすがに興奮したらしく何度も水銀実験を繰り返していた。


 気圧が決まり沸点を計算で割り出した。


 実証のために炭鉱と中継拠点で測定実験を繰り返した。


 こうしてやっと水銀温度計の目盛りを決めることができた。


 アルタは実験に満足したらしくそのまま拠点化の監督をしに炭鉱に残った。


 ほんとこういう時は無限の体力を持つゴーレムが羨ましいよ。


 拠点化にはまだ時間がかかるから明日は電気関連の開発つまり『オームの法則』を……。


 そう考えながら深い眠りに落ちた。


ウッド{ ▯}「アルプスの氷穴ってなーに?」


ストン「 ▯」「アイスリーゼンヴェルトだね。オーストリアにある世界最大の氷穴であり全長は42㎞だね」


ウッド{ ▯}「へ~、昔から氷の供給地として使ってたのかな」


ストン「 ▯」「公式の発見は1879年で、本格的な調査は1912年からその間に製氷産業が十分に発展したから産業利用はしていなかった」


ウッド{ ▯}「ローマ時代に見つかってたら崩落するまで掘削してたかもね」


~~


ウッド{ ▯}「水銀気圧計の謎の原理てな~に?」


ストン「 ▯」「それはトリチェリの真空という水銀気圧計の原理だね」


ウッド{ ▯}「基準って大変だね~」


ストン「 ▯」「ね~」

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