第4話 炭鉱開発
石炭の硬度は不明です。
炭素は黒鉛の硬度0.2からダイヤモンドの硬度10.0まで幅広く、
石炭層の質に左右されます。
おおよそ硬度2.5前後だとは言われています。
つまりツルハシで掘削できる範囲です。
――いろんなモース硬度その3
順調に次の開発拠点である炭鉱に近づいている。
そこで炭鉱開発の具体的な計画を立てなければいけない。
今考えている計画はこうだ。
『爆発が二度あるという事は三度目もある』
つまり次の爆発をいかにして回避して、うまい具合開発を終わらせるかってことになる。
そのために解決策は二つ考えた。
一つは神頼みあるいは精霊頼みとして辰砂顔料で神聖な文様を全身に塗って全力で祈る。
――祈祷パワー全開で拝み倒し運値を最大限上げる。
もう一つは辰砂から水銀を抽出して温度計を作って《温度管理》をする。
どちらもとても有効的な対策だ。
…………。
オーケー、ここは技術者らしく後者を採用しよう。
だが何事にも順番というものがある。
今は目の前の炭鉱の開発に集中しなければならない。
そして、この開発がひと段落したら温度計の開発をしよう。
◆ ◆ ◆
石炭が見つかった場所は把握していたので見つけるのは楽だった。
それよりも正体不明の魔物に注意しなければいけない。
そこでいつものようにアルタ率いる先行部隊が拠点を作ってから本隊が進むことになった。
「坂道が急だな」
「あ、階段があるよー」とメットが言うように所々、キツイ所に階段ができていた。
炭鉱を目指して下山するとケモノ道すらない森の中を下り続けなければいけない。
そこで先行したアルタ部隊が勾配の急な山道に階段を作ってくれていた。
ワームの巣に滑り落ちたときに作ったのと同じ要領で錬成したのだろう。
だからゴーレムでも降りられるぐらいにはなだらかな道になっている。
よくよく考えると急こう配を動く岩石が下りるなんて《落石注意》とかそんな生易しい話じゃない。
むしろ落石中といった方がいい。
……後で手すりとかガードレールを設置しよう。
そんなことを考えながら下っていると――。
「お、やっと見えてきたな」
「ついたついたー」
目的地である炭鉱に着いた。
先行したアルタ達がさっそく拠点を作っている。
険しい森の中ではあるが拠点化に合わせて伐採が進んでいる。
見渡すと――石炭が見つかった場所は平地の森の中ではなく山間の谷間だった。
その昔、鉱物資源を採掘するためにできた谷間の集落――そんな風景と少しだけ重って見えた。
――そして谷間の開けた場所にアルタが待っていた。
「お待ちしていました工場長」
「お疲れ、拠点化は進んでいるようだね」
「はい、ちょうど谷間でしたので地形を利用しました」
どのようにして地形ができたのかは専門ではないが地形がズレて断層ができたようだ。
そのズレのおかげで石炭層を容易に見つけることができた。
谷間を利用して関所のようなものを建てている。
立派な矢倉に関所そして防護柵とまるで江戸時代のようだ。
「拠点化と並行していつもの掘削を始める。ゴーレム達作業の時間だ」
「くっさくだー山火事だー」
おっと、何か勘違いしているぞ!
「とても物騒な事を言ってるが、石炭はツルハシでの掘削だ」
「え……山を丸焼きにしないなんてアルタさん! 工場長の頭がおかしいです!」
とても失礼な事を言うゴーレム達、まるで人が燃やすのを楽しんでるみたいじゃないか!
「石炭ってのはとても燃えやすい燃料だ――だから火力掘削はできないんだよ」
「仕方がありませんね。ゴーレムにツルハシを持たせて掘削をさせます。それからあなたたち工場長は頭がおかしいのではありません――合理的でヤバいだけです」
「はーい」
ちょっと待ってアルタさん。
それじゃあマッドサイエンティストみたいじゃないか。
まったくもって的外れだね。
こちとら技術者なんだからマッドエンジニアの方がいいかな。
「合理的とほめてくれるのは嬉しいが化学工学以外は無知だぞ」
「ふふ、知ってますよ。それでも私たちにとってあなたは唯一無二の知性の持ち主なのです」
面と向かって言われると小っ恥ずかしくてしょうがない!
何か別の話題に変えよう――。
「ああそうだ! 掘削の前に地質をちょっと調べたいから一緒に来て」
「――! はい、お供しますね!」
ごほん、炭鉱掘削で最も重要なのは崩壊させないことになる。
そこで崩壊を起こさないためにまずは地層を調査する。
やる事は単純で石炭層を掘っていったときに下へ向かうのか、あるいは上に向かうのかを調べる。
それだけだ。
この石炭層を奥に掘ると上へ進むことを《流れ盤》と言う。
上に進むという事は横から断面で見ると作業者側に名前の通り地滑りが流れるからたちが悪い。
逆に掘り進めると斜め下へ向かう場合は《受け盤》という。
この《受け盤》だとちょうど崖を支える形になるので崩壊を防いでくれるってわけだ。
「――という事で、まずは錬金術で軽く分解して地層がどうなってるか知りたい」
「わかりました。それでは少々お待ちください」
さて、青銅の錬金術師が地層を調べている間にこの後の計画を考えることにした。
◆ ◆ ◆
――炭鉱から離れた森の奥。
『ガサ、ガサガサ』と鬱蒼とした森の中を魔物の集団が前進していた。
山間で行われている開発音に誘われるようにゆっくりと歩み寄っていく。
『カカカカカカカッ……』
統率の取れた集団は数が揃うまで待ち続ける。
◆ ◆ ◆
我らがアルタ先生の応用力の高さは素晴らしく、おかげで地層のタイプが《受け盤》だと分かった。
やったことは錬金術で軽く数十メートル掘削するという荒業だ。
そのために機械工学的な専門知識は――脇に置き、代わりにサブカルチャー的な発想を採用した。
ぶっちゃけるとアルタさんの手のひらに分解の錬成陣を刻印して連続分解をしながら掘り進めたのだ。
というのもこの前作った顕微鏡がお気に召したらしく、その後顕微鏡でできる事を熱心に調べていた。
その結果、顕微鏡があればより細かい錬成陣を刻印できる事に気付いた。
そこで『それなら手のひらに錬成陣を書けばどこでも錬成ができるな』とネタ的な発言をしたところ、即採用即実行となった。
もはやアルタ先生はただのゴーレムではなく、ビックリゴーレム道をひた走っているのだ。
そういうわけで受け盤ならば地滑り対策は当面必要ないと判断して掘削を開始した。
もちろん山の反対側を開発する場合は《受け盤》の逆《流れ盤》になっているから地滑りの危険がある――開発するつもりはないけどね。
先行している穴が一つあるが、複数個所から同時に掘削作業を開始した。
そしていま行っている作業は――。
「レンガを積んで――モルタル塗って――レンガを積んで――工場長なにを作ってるの?」
一作業に一言しゃべるウザい系ヘルメットが根本的な質問をしてきた。
「話を聞いていなかったのかメット? 今は石炭を貯蔵するためのレンガ倉庫を作ってるんだよ」
「すみません工場長。すぐにそちらを手伝いますので少々お待ちください」
「いや大丈夫だ。ゴーレムの修理の方を優先してくれ」
連日の荷物運びと拠点づくり、たまに戦いによってストーンゴーレムが割れだしていた。
そこでいつもの修理をアルタに任せて建設作業という名のモルタル塗りをやっている。
モルタルというのは石灰の粉と砂そして水をいい感じに混ぜたものだ。
それに小石を加えるとコンクリートになり、ついでに鉄筋に流し込むと鉄筋コンクリートになる。
――今後のためにも生コン工場を作ってしまうのもいいかもしれない。
「また考え事ですか工場長?」
――と、どうやら青銅の修理屋さんは仕事がひと段落したようだ。
「いやなに――大規模掘削の方法としてロングウォール採炭法を人力で試そうかと考えていたんだ」
「ロングウォール? ですか」
「つまり長壁になるように100~200メートル真直ぐ掘り進める」
「なるほどロングウォールですね」
「そのまま幅を広げると崩落の危険があるからコンクリートを流し込んで塞ぐ」
「――!? 塞ぐのですか?」
「塞いだらその隣でまた掘削を始める」
「――! つまり石炭層を順番に面で削って――最後に石灰の層にしていくという事ですか」
「まあ、そういう事になる」
本来は大量の重機とベルトコンベア、鉄柱を用意して優秀な鉱山設計技師が入念に計画しておこなうものだ。
だから本来の手法より劣った方法になる。
それでも試行錯誤しながら似たことをやるしかない。
「それからドンドン奥へ掘削をするのならトロッコを作ってしまおう」
「確か――鉄道計画で使うものでしたね」
「ああ、使用鉄量がすごいからまずは炭坑の奥から運び出すことに限定して使おう」
鉄道が始まったのは中世が終わった後の大航海時代、近世に入ってからだ。
そして鉱山で使われ出したのが始まりだったはず。
その時も石炭運搬用として使われたのが始まり――たまには歴史をなぞるのも悪くない。
「わかりました。ところで開発を優先するのは拠点、掘削、倉庫、コークス炉、鉄道、どれからがよろしいですか?」
「…………モルタルが乾いたらもったいないからレンガ倉庫からでおねがいします」
「ふふ、わかりました」
すこし急ぎ過ぎたか。
それらが終わったら温度計もついでに開発って言ったら呆れられるかな?
まあ、まだ作業初日なのだから確実に一歩一歩進めていこう。
お留守番中
モノ「モァ……グゥ~」
ゴーレムA「あの魔物はほっとくの?」
ゴーレムB「マヌケモノは畑以外なら出入り自由だって工場長が言ってた」
ゴーレムA「へ~」