第3話 中継拠点
この朱の宝石こそ不死の霊薬でございます。
もちろん私めも服用しておりますとも。
おかげで気分は落ち着き、夜も穏やかに寝るとこができます。
ささ、煎じ薬を一服どうぞ。
――辰砂の錬丹術師
中央の巨大な煙突から煙を出しながら巨大なレンガ窯が佇んでいる。 雨風を凌ぐ屋根の下ではゴーレム達が木炭を運んで行き交っている。 窯の上部には燃料投下用の小さな穴がいくつもあり、鉄のフタを開いて木炭を投入していく。 投入した木炭は発熱してレンガを焼成していく。
レンガ窯の隣ではスクリュー式木炭炉が木炭と木タールを生産し続ける。 そして木炭を作るために街の周りの木を伐採していく。
伐採した木の一部は木板状に加工していく。 矢が10本は作れる幅がある板を加工機械にセットして回転する鉄の刃で削られる。 そうして作られた大量のシャフトは矢じりを組付け機械で圧着して武器庫に蓄えられる。 しかし鉄は貴重なので大部分の矢は先端を削って尖らせた簡易的な矢を使用する。 そういう加工時に発生するおがくずはすべて集められて木炭炉へと投入し燃料へと変わっていく。
――それはすべてを失った都市で工場が稼働した日である。
◆ ◆ ◆
三日三晩雨が降っている間にできうることをした。
例えば畑でやる水を川とは別に確保する――そのために川水を蒸留して水を作った。
つまり、いつもの蒸留装置で水だけを精製したのだ。
ごく一部の例外を除いて鉱物は100℃程度の沸騰では蒸気になったりしない。
だからこの真水を農地用に使う。
やはりプランクトンが大量発生するほどミネラルが豊富すぎる水ってのは懸念があるからだ。
だからこの遠征から帰ってきたら蒸留装置の底にこびり付いたミネラルを調べて危険か否か調査する。
そんな漠然とした計画を立てたり、防衛装置作ったり屋内向けの作業をした。
それでもレンガが完成したころには雨は止み天気は晴れた。
その時までには食糧には少々不安はあるけれど、それなりに物資はそろってくれた。
つまり炭鉱に向けて出発したのだ。
◆ ◆ ◆
「ハァハァ……疲れた……」
「がんばれーがんばれー」
もはや定位置となったメットが相変わらずの口調でしゃべってくる。
今は森を抜けた所にある石灰石採石場から南に数十km進んだところだ。
この森が途切れたラインである森林限界線を目安に南下している。
できるだけ見晴らしのいい道を選んで進んでいる。
左手にはどこまでも山脈が続いていて、右手には樹海が広がっている。
だが天気が悪いのか雲海が押し寄せてきている。
たぶん下界じゃ霧が発生してるな。
日は地平線の向こうへと落ち始めて、そろそろ赤みが増しそうだ。
そんな大自然の真っただ中をいつもの隊商が長い行列となっている。
最初の倍――すでに600体ぐらいに膨れ上がっているだろうか?
先頭の部隊が一番危険かつ状況判断が必要になるのでアルタが先陣を切っている。
一番後ろも同じく危険なのでしかたがないので隊商の真ん中らへんの部隊と共に歩いている。
「工場長―みてみてーみんなが集まってるよー」
メットに言われて前を見ると防護柵と連弩で周囲を固めた拠点が作られていた。
どうやらあそこが今日のキャンプ地のようだ。
木とワイヤーの柵が全周囲に展開したゴーレム部隊による防護陣地。
「とうちゃくー」
「…………」
無言のゴーレム達が出迎えてくれた。
隊商行動中は発言は最小限にするように教育している。
隊商とは別のメットは相変わらずだけど。
拠点の中に入ると一軒のスモールハウスが場違いのように設置してある。
自慢じゃないが体力はないほうだからもうクタクタだ。
「工場長、お疲れ様です。早速ですが珍しい鉱物が見つかりましたので明日は移動せずに周辺調査をしようかと考えています」
「なるほどそいつはいい考えだ。ところでその鉱物ってのはなんだい?」
「はい見つかったのは《辰砂》です」
辰砂――別名《賢者の石》と呼ばれ錬金術師たちの研究対象であった。 かつて存在した辰州が語源でありその正体は硫化水銀である。 水銀とは違い水に溶けにくいので毒性が低いと考えられ、漢方薬として現在も使用されている。 色褪せない赤として顔料として使われてきた歴史がある。
たしか辰砂は日本の中央構造線に沿う形で産出する。
似たような山脈沿いのこの地ならいつか見つかるとは思っていた。
古墳時代には辰砂に特別なものとして使われ、現在も神社などでは朱を塗る風習が残っている。
つまるところ辰砂ってのは日本の文化と切っても切れない鉱物ってことだ。
たぶん古代の巫女的な人が顔に塗る謎の赤い模様は辰砂が原料だろう。
まだ権威も権力もなかった時代にはそういった霊的な力が宿るとされていたものを顔にそして神具に塗ったのだと思う。
おっとまた古代に思いを馳せてしまった。
「よし明日はこの周辺を調査しよう。という事で英気を養うために食事にしますか」
「ふふ、それでは料理器具の準備をしますね」
その後、軽く夕飯を済ませてまだまだ肌寒いので暖炉に火を焚いて一晩を過ごした。
◆ ◆ ◆
早朝になり周辺の山々の調査をする。
だがお邪魔物というのは早朝から作業の妨害をしてくる。
しかし我が軍勢はもはや棍棒と投石の集団ではないのだ。
――ドシュシュシュシュ!!
目の前では連弩が放つ無数の矢とそれを懸命に避けるだけのホーンラビットとの一方的な戦いが繰り広げられている。
数十の連弩がそれぞれ放つ矢の音と次弾装填するためのレバーの機械音が鳴り響く。
最初はあれほど苦戦したお邪魔物も今では文字通りただの雑魚と化してしまった。
遠くではダイアウルフの集団がコチラを窺っているが、割に合わないと思ったのか遠ざかっていく。
木材の消費がかさむがそれでも集団としては強くなった。
この集団に唯一の欠点があるとすれば誰かがタクトを振るわなければいけないことだ。
ゴーレムだけの調査部隊だとネズミのような小動物から鳥のような範囲外までとにかく撃ち続ける。
つまり要領が悪いのだ。
この辺も改善したいがいい案が思いつかない。
ゴーレムそのものを改良できればいいがその方法が思いつかない。
アルタも研究してくれているが芳しくない。
「おわりましたー」
そうゴーレムが事後報告をする。
さて魔物の一掃が終わったらお次は掘削だ。
と言っても辰砂は砂岩層に埋まってるので割とサクサク掘り出せる。
久しぶりのツルハシとスコップでの掘削になる。
「蒸留すれば水銀が手に入る――が毒性が強いので危険だ。」
「わかりました。それでは掘削だけに集中しますね」
「ああ、その方がいいだろう」
残念なことに毒性が注目された現代社会では厄介な廃棄物でしかないが水銀の用途は幅広い。
しかし現代以前では使い道の多い優れた金属だ。
これでまた少し技術開発を進める。
掘削作業が始まって数時間。
その間に周辺の山々を見て回ったが資源となりそうなものは見当たらなかった。
「工場長、これ以上の掘削は数日かかりますが如何いたしましょう?」
そう言われて辰砂を見ると100kgより少ないがまとまった量が手に入った。
「これだけあれば十分だ。今日の掘削はここまでにして明日の出発の準備をしよう」
「はい、わかりました。全ゴーレム作業中止! 撤収! 撤収!!」
そう言ってすべての掘削作業を終わらせて拠点へと戻った。
「今夜も冷えそうだ」
「それではいつもの野菜茶を作りますね」
高山だとまだ冷えるが最初の頃よりずいぶん暖かくなってきた。
このまま夏になるのなら――目の前の山から氷を入手しておきたい。
例えば水銀温度計とかを作るのなら0℃の基準として氷が欲しい。
少し危険だが、どこかのタイミングで登山に向かうのもいいかもしれない。
◆ ◆ ◆
翌日、スモールハウスを収納して簡易拠点を出発した。
この中間拠点は今後の活動で必要になる。
だからそのまま残して最低限の防衛ゴーレムを配備しておいた。
「工場長、この先には兎や狼とは違う魔物がいると思われるので、気を付けてください」
「ああ、気を引き締めていこう」
連弩が効かない魔物ならすぐに逃げよう。
そう思いながら炭田を目指した。