第15話 爆発はミステリ(後編)
古い時代に遺棄された銅鉱山――そこに住み着くゴブリンを掃討するなら毒に注意しろ。
奴ら坑道の奥で取れるカルカンサイトと毒クモや糞尿を混ぜた特製の毒薬を作る。
高名な錬金術師の話によると植物の毒は分解できるが鉱物由来の鉱毒は無理らしい。
物質を消し去ることはできないって話だ。
もしヤルなら巣から引きずり出した後に遠くから弓矢と魔法で倒すんだな。
さあ、次はお前の番だ。 知ってることを教えてくれ。
――冒険者の情報交換
「工場長その――いったい何をしているのですか?」
「この虫メガネで小さな証拠も見逃さないように丹念に調べているのだよ」
「その――ハイハイしながら動き回ると服が汚れてしまいます。おわったら洗濯に出しますので後で着替えてくださいね」
たしかに客観的に見ると、いい大人が四つん這いになりながらハイハイするヤベー奴にしか見えないな。
うん、汚さないように気を付けよう。
「それにしても色々と謎が多い爆発だ」
「そうですね――私は黒焦げになったモーターが原因だと思うのですが『なぜ』爆発したのかわかりません」
現場を見渡すと――。
何かの爆発により屋根は吹き飛び、地面にはカルカンサイトの結晶が飛び散っている。
発電用のモーターは黒焦げになり、いまもエナメル樹脂が焦げた何とも言えない臭いが漂っている。
とくに焦げているのはモーターの軸受けの部分だ。
たぶん潤滑油が燃えたのだろう。
あとは所々屋根の破片が飛び散っている。
各装置もひどい状態だ。
人力クレーンは横になぎ倒されて、電解槽も修理したほうがよさそうだ。
無事なのは外付けしてある水車ぐらいか。
これも屋内に設置していたら水が垂れ流しになり青い硫酸銅水溶液がそこら中に流れていただろう。
「状況からして爆発は屋根に溜まった可燃性のガスが原因だろう」
「屋根ですか――確かにモーターが爆発したようには見えませんね」
爆発は上と横に広がる、というのは開けた場所での話だ。
密閉された空間ではもちろん下方向への爆風がおきる。
だから爆風が出口へと向かい――その途中にあった各設備がなぎ倒された。
それにしてもガスはどこから発生した?
「みてみてー銅がくっ付いてるー」
ヘルメットに促されて電解精錬に使った銅板を見ると、コブが伸びて純銅板が粗銅板とくっついている。
よく見ると銅板に少しへこみがある――たぶん人力クレーンの操作ミスでへこんだのだろう。
「なるほど!」
「何かわかりましたか?」
「ああ、簡単なことだよ。電解精錬は電圧を純銅にかける――」
――そうして純銅側に電子が集まる。 この時、粗銅側からイオン化した銅が青い硫酸銅水溶液に溶け出す。 溶けた銅イオンは電子を求めて陰極(つまり純銅)側にくっ付く。 そうすることで純度99%以上の銅ができる。 このとき銅板が歪だともっとも距離が近い一カ所に集中して成長していく――。
「――この細長い棒のようにね。純銅が成長して反対側までくっついた時、ショートして大電流がモーターに流れた」
「それで燃えたのですか?」
「そう、さらに本来必要な安全装置が無いから大電流が流れ続けてモーターが過熱して燃えたんだよ」
銅の電解精錬は燃えるようなことでもまして爆発するようなことでもないと慢心していた。
そもそも安全に十二分に配慮した実験室と原始人の掘建て小屋を同列にするのが間違いだ。
「しかし――それだけでは爆発しそうにもありませんが?」
「まさにその通り、その謎をこれから考えなければいけない。――うーんとりあえず電解槽の硫酸銅水溶液を取り出してみるか」
「わかりましたすぐに取り出します」
電解槽の残っていた水溶液を取り出し、底を確認すると《陽極泥》の層ができていた。
「これってなーに?」とメットが聞いてきた。
「これは電解精錬中にできる副産物だ。粗銅から銅が溶け出して純銅側につくんだけどその際に溶けなかった貴金属がこうして底に落ちて陽極泥ができるんだよ」
この陽極泥には銀や金それ以外にも有用なレアメタルが多分に含まれている。
銅を作れば作るほど金持ちになるってことだ。
イエーイ、使い道が無いけどな!
「工場長ー、落ちてたカルカンサイト集めましたー」
ゴーレム達が床に転がっていたカルカンサイトを拾い集めて一つの山ができていた。
「あら、投入したカルカンサイトより増えていませんか?」
「なんだって?」
基本的に試運転や実験の際は測定できるものはできるだけメモしている。
紙が無いし計器もほとんどないから大雑把な分量だがある程度把握している。
アルタが増えたというのなら本当に増えたのだろう。
成長した銅、層になった陽極泥、増えたカルカンサイト。
う~ん………………お!
「ふふ、何かわかりましたか工場長」
「おおよその原因が分かったかもしれない。しかもこれがほんとなら資源がさらに手に入るってことだ」
◆ ◆ ◆
「今回の爆発事故の原因はつまりこういうことだ――」
――まず黄銅鉱を溶鉱炉で溶かして粗銅にする。 この時から実は問題だらけだった。 本来なら転炉で酸素を吹き込み硫黄を除去する。 ところが銅の産出量が少ないのと十分な酸素供給ができないせいで粗銅より粗悪な粗悪銅を作るしかなかった。 これが最大の間違いだ硫黄を十分に除去できなかった粗銅をそのまま電気精錬に使ってしまった。
「つまり粗銅の質が問題という事ですか?」
「その通りだがそれだけじゃない――」
――銅の電解精錬によって《陽極澱》が銅板の下に溜まっていくた。 本来なら貴金属の小山ができるはずだしそう教わった。 しかし実際には電解槽の底に層のように広がっていた。 つまり下に溜まるのではなく全体に広がったという事だ。
ここで考えるべきは熱力学の一つ熱対流だ。 電解精錬中の化学反応によって電解槽の温度は上昇し熱対流がおき――浴槽の温度で上と下で別れるように熱を持った水が移動し始めた。 その時の対流で陽極泥は巻き上がって水溶液全体がレアメタルで濁っていった。
これで化学反応の準備が整った。 除去しきれなかった硫黄は銅のイオン化と一緒に水に溶け込む。 巻き上げられたレアメタルを触媒に複雑な化学変化を繰り返し硫酸へと変化していった。
高校化学の電解精錬の化学式とは別の想定外の化学反応が繰り広げられた。 つまり硫黄《S2》と水《H2O》が硫酸《H2SO4》に還元していく。
――最後には余った水素《H2》が大量に屋根に集合したってことだ。
「――これで火が点いたら水素ガスが爆発する」
「なるほどそれで硫酸が増えた分だけカルカンサイトが増えたのですね」
「その通り、あとは火災の話になるが――」
――銅板は柔らかく曲がりやすい。 人力クレーンで持ち上げた際に少し曲がって、陽極と陰極の間隔の違いから一カ所に集中して銅イオンがついていった。 そしてコブが成長してやがて電極はショートする。 モーターはブレーカーという安全装置が存在しないので大電流を流し続けてエナメル線が異常発熱で焦げた。 質の悪いワニスを使ったエナメル線は高温と大電流に耐えられず火花を散らした。 この火花が潤滑油代わりに軸受けに使用した植物油に燃え広がる。 発電機そのものが燃えた次の瞬間、天井に溜まっていた水素ガスに引火――。
「――あとは爆発するだけだ」
結局、有り合わせのモノで作ったことが原因という事になる。
「それでは電解精錬は中止という事でよろしいでしょうか」
「いや、タダでは転ばない。この条件で生産を続ければ硫酸銅が大量に――つまり硫酸が手に入る。だから対策としてガスが充満しないようにするのとモーターの安全対策をするだけにとどめて、生産を続けよう」
「なるほど確かに硫酸は錬金術師の必需品――このまま作り続ける方がいいですね」
流石は錬金術師――硫酸は確保したいみたいだ。
錬金術と硫酸は歴史上密接にかかわっている。
たしか中世イスラムの錬金術師が胆礬つまりカルカンサイトを乾留して発見したのが硫酸だ。
だから当時の化学者は硫酸のことを木精にあやかって礬精と呼んでいたという。
とても古い文献――江戸味あふれる資料には載っている謎の単語だ。
おっと集中力が切れてきた、今は次にやるべきことに集中せねば。
エンジニアの開発にはPDCAサイクルというのがある。
《Plan》計画を立てて、《Do》実行して、《Check》確認をして、《Act》改善をする。
オーイエ―!
銅鉱山開発最後の仕上げ改善活動の時間だ。
ウッド{ ▯}「という事で前回に引き続き爆発オチだね」
ストン「 ▯」「爆発2回目なのでこの物語の《ジャンル不明》部分の話をします」
ストン「 ▯」「本作品は
eXplore = 探検して
eXpand = 拡張して
eXploit = 開発して
eXplosion = 爆発する
この4つのXを基本エピソードとした内政開発もの4X系小説となります……たぶん」
ウッド{ ▯}「ぶっちゃけると各話でほどよく冒険して、適度に拠点の拡張をして、お手軽に開発して、調子に乗って自爆するんだね……たぶん」
ストン「 ▯」「ま、試行錯誤の途中だから主なジャンルは内政チートでいいと思うよ」
ウッド{ ▯}「……人口1人の内政とは?」
ストン「 ▯」「おっといつものを忘れてた」
製造工程
胆礬 + 水 → 硫酸銅水溶液
粗銅(陰極) + 純銅(陽極) + 硫酸銅水溶液《電解精錬》
→ 純銅 + 陽極泥
ストン「 ▯」「本来はこの純銅でやっとエナメル線ができるんだよね」
ウッド{ ▯}「まず石器時代から鉄器時代に移り青銅器時代にモーターを作る……ズルだチートだ!」
ストン「 ▯」「気にしなーい気にしなーい」