第14話 爆発はミステリ(前編)
木の精霊から授かる木精には神秘の力が秘められている。
その中でも松は伝説や伝承とても多い。
妖精のいたずらで松の木に変えられた。
悲劇の恋人たちが松に姿を変えて何世紀も生き続けた。
だからこそ古代から松を植林する文化があり、魔大陸の木に松が多いのだろう。
――魔大陸資源調査隊のメモ
銅鉱山の一角で銅の電解精錬所が稼働した。 平屋の工場には他の工場群と同じく水車が外付けしている。 この水車による回転力がモーターの動力となり電解精錬の電力へと変換する。 ゴムの無い銅線には木の皮が巻かれ僅かな漏電対策がされている。 陽極の《粗銅》の板に電気が流れゆっくりと銅がイオン化して硫酸銅水溶液に溶け出していく。
さてさて最後のミッション『磁力選鉱』をクリアするためにここ数日新しい装置の開発をしている。
といってもモノは簡単な原理なので材料の永久磁石づくりに日数を費やしている。
つまり計画通りだ!
磁力選鉱というのは磁力と遠心力と巧みに利用した選別装置だ。 その構造はいたってシンプルで回転するドラムに素材が接触すればそれでいい。 ちょっとした工夫としてドラムの半分を永久磁石で覆い回転させる。 鉄とその他の混合物は磁気に反応する鉄だけがドラムに吸い付く。 その他の謎の物質はそのまま出口から出ていく。 まあこの場合黄銅鉱――だから溶鉱炉送りだ! 磁石に吸い寄せられた鉄分豊富な物質はドラムの回転で強制的に磁力が無い側に運ばれる。 そして磁力が切れると重力が仕事をして鉄分豊富な物質を出口に運んでくれる。
――要は磁石で砂と砂鉄を分ける装置みたいなものだ。
あとは銅の精錬工程のどこに磁力メソッドを導入するか――という事になる。
銅鉱山というのは銅品位1%というぐらいで不純物が大部分を占めている。
その不純物の中には鉄を含めた貴金属類が混ざっている。
この混ざり物が浮遊選鉱のときに銅と一緒に泡に捕まって一つにまとめられる。
その後は溶鉱炉送りにして《粗銅》と副産物であるフェロシリコン(鉄とケイ素の混合物)に分離する。
――というのが基本的な流れになる。
この流れの中で磁力メソッドを追加するのは浮遊選鉱の次になる。
これで浮遊選鉱の時に磁性のある鉄だけを再分離して回収する。
これがうまくいったら鉄鉱山でも似た装置を導入する。
◆ ◆ ◆
作り上げた磁力選鉱装置はそれなりに鉄を分けてくれている。
それよりもさっきから鉱物マイコレクションで磁石の実験をしているアルタが少し気になる。
鉱物コレクションはアタッシュケースサイズの箱を小さな仕切りで分けてその中に小さい鉱物を網羅的にしまうものだ。
ただアルタは錬金術師なのでそのコレクションは鉄から毒重石まで結構豊富だ。
しかしそのほとんどは磁石に反応しないだろう。
磁石の磁性体は種類が多そうに見えて案外少ない。
代表的なのが鉄、ニッケル、コバルトの3つだ。
それ以外は鉄との合金がほとんどになる。
だからこの3つを含まない鉱物コレクションが磁石と反応することはない。
一通り実験をしたら座学の時間――お、こっちに来た。
「工場長、赤鉄鉱に磁石が付かないのですが――どうしてでしょうか?」
そう首をかしげながら青銅の錬金術師が質問をしにきた。
――って何だと!!
「そんな……ばかな…………」
そう言いながら“アルタんコレクション”の赤鉄鉱を借りる。
そして出来たてホヤホヤの永久磁石と付けると……。
ホントだ――まったくつかない。
「とても面白い現象ですね」とむしろ磁気工学と鉱物学に興味津々のアルタ。
何という事だ――赤鉄鉱は磁石がつかない。
そう言えば純鉄も謎の原理で磁石が付かないんだっけ。
コレクションの純鉄で試すもやはり磁石が付かない。
ちょっと面白くなってきた。
やはり専門書が無いとこういうところで抜けが出てくる――こんな事なら鉱物学を習得しておけばよかった。
この辺も研究してより優れた磁石の開発をしたい。
だが今は目の前の問題からだ――。
「そうなると鉄鉱山に磁力選鉱を導入する理由があまりないな」
「それでは――磁力選鉱装置の開発はいったん終了という事でよろしいでしょうか」
うーん不本意だが仕方がない。
「あれーこれでもうおしまい?」とオデコちゃんが聞いてきた。
「そうだな。これ以上することは無いから電解精錬の結果を確認したら街に戻ろうか」
「わーい街だー!」
「それでは開発も落ち着きましたので精霊に安全と安寧を願って――こちらの果物を捧げて――」と例の儀式を始める巫女アルタ。
そう言えば高炉が稼働したときもやってたな。
「終わるまで待っててください」というのでその辺で待つことにする。
そうそう、前回いつかお酒を造ってちゃんと奉納したいと思いつついろいろ考えていた。
ところがその後に爆発事故が起きてすっかり忘れていた。
果物を定期的に採れるようになれば果実酒のようなものが作れるかもしれない。
お酒か~働いた後の一杯とか最高だ。
つまみが無いから川魚をどうにかして――。
「ねーねー工場から煙が出てるよー」と儀式に参加していないメットがささやいてきた。
見ると確かに銅の電解精錬所から煙が出ている。
――って煙が出ている!?
あそこで火元になりそうなのはモーターから発生する電気だ。
電解精錬所の近くの岩にはモノがいつものように寝てる。
とりあえずたたき起こすか。
「モノ! 危険だから岩から降りな!!」
岩の下まで来て岩をバンバン叩きながらモノを起こす。
「モゥ?」と言いながらも下に降り始めるマヌケモノ。
よし、まずは耐火性抜群のゴーレム達に消火作業をしてもらう。
原因の調査とかはその後だな。
どうやらアルタも気づいたのか儀式を中断してこっちに来ている。
後はインベントリから水を取り出して掛けるだけの――。
突然平屋の屋根が爆発した。 弾け飛ぶ屋根の破片、作業していたゴーレムは吹き飛び、破片の一部がヘルメットに突き刺さる。 「きゃいん」と言いながらヘルメットがはじけ飛び、そんな中尻餅をついてしまった。 頭と尻に同時に少し痛みが走る「いてて――うん?」、ふと空から黒い物体が視界に入る。
「モゥ~~!??」と鳴きながら爆発に驚いたマヌケな魔物が降ってきたのだ。
真直ぐ重力に従ってここに落ちてくる――そのままボディ・プレス!!
「ごふぉ!!?」
「モふぉ!!?」
ほぼ同時に腹の底から変な声が飛び出した。
「ふぐぅ……!」
そしてそのまま意識を失った――――。
◆ ◆ ◆
――うちょう。
――工場長。
「う……うぅ」
「目が覚めましたか工場長」
いつものベッドの上、アルタが心配そうにコチラを見ている。
たしか精錬所が爆発してモノが空から降ってきて…………。
オーケー何が起きたか思い出した。
「モノとメットはどうした?」
「ここです!」とヘルメットが机の上で主張している。
どうやら修理は済んでいるようだ。
「モノはいつものようにお昼寝中です。それから被害にあったゴーレムもすでに直っています」
「そいつはよかった」
そうなるとこの後は爆発の事故原因を調査して問題を改善する。
そうと決まれば――ん?
「痛てて……」
打撲だろうか体中が痛い。
「今日は安静にしてくださいね。すぐに治療しますから」
そう言って労わってくれているが――何だろう?
前を似たようなことがあった気がする――んん?
何だこの臭いは?
ふと部屋の奥を見ると怪しげな材料と謎のグツグツ煮込んでいるナベ。
そしてなんか圧倒的にヤバい煙が漂ってるんですけど何なんですかねーアレは。
「アルタさん、え~とあのですね――」
「工場長に頂いた《パインオイル》を利用した新しい薬が今できました。すぐに患部に塗ってあげますからね」
あ、まったく聞いてないぞこのマッドサイエンティスト。
パインオイル――それは工学的な利用価値のある植物油である。 しかし現在社会ではどちらかというとエッセンシャル・アロマオイルとしての方が有名である。 その効能は多岐にわたり、森の香りで《心》を癒す。 アルコール溶剤由来の強力な殺菌効果で《体》と空気を浄化して呼吸器官を癒す。 《肌》に対する皮膚の炎症や筋肉痛を和らげる鎮痛作用があるともいわれている。 もちろん強力な溶剤作用を有していることから原液の使用は避け数滴を手に取り水あるいはジェル等で希釈して使うことが好ましい。
――パインに謎の効能があるのは知っているが、さらに謎の漢方薬を混ぜたものを試す気はない。
「アルタさん、落ち着こう。話し合えばわかるはずだ」
「ふふ、それでは患部に塗りますので服を脱いでくださいねー」
「ノオオオォォォ-おぉぉォォォ!!」
◆ ◆ ◆
は~~~~~……。
ひどい目にあった。
爆発事故から数日たち謎の効能が効いたのか痛みは引いて歩けるようになった。
だが解せぬ。
なんかいろいろ解せぬ。
「まだ安静にしてたほうがいいのですよ」
「いやもう大丈夫だ。それよりも爆発事故の原因を調査して再発防止に努めるべきだ」
「わかりました。現場はそのままにしてありますので私も一緒に行きましょう」
怪我が治るまでの間に予備の電解精錬所は完成していつでも稼働できるという。
けれど根本的な原因が不明ではまた同じことの繰り返しだ。
それでは意味がない――だから現場で操作を開始する。
「よろしいワトソン君、では捜査を始めよう」
「? ええでは行きましょう」とネタを華麗にスルーして現場へといく。
爆発ソムリエ
ウッド{ ▯}「前回の爆発より腹に響くすばらしい爆発でしたね」
ストン「 ▯」「爆発力、衝撃波のバランスが良く、ミステリアスな爆発を演出してくれました」




