第6話 銅線
ん? おめーか。
なになに――『岩砕き』にやりがいがないだと?
まあ、そりゃそうだな。
同郷のよしみだ、違う仕事を紹介してやろう。
ん~鍛冶職人は旨味がないしな~。
おお! ちょうどいい仕事があるな。
銅細工師の下働きだ。
いい物が作れれば高値で売れるし、やりがいはあるぞ。
――再度仕事を斡旋する男
目が覚めると木の家で寝ていた。
銅鉱山の朝はかなり冷える。
そこで事前に木の家を作り《インベントリ》に収納しておいた。
そう鉄鉱山で急ごしらえに作った介抱用の家だ。
いわゆるスモールハウスで暖炉とベッドそれから机などがコンパクトにまとまっている。
最初が藁のテントに対して今は木の家――レンガの家も遠くないな!
そのおかげで暖炉で火をおこし中を温かくして睡魔を誘い込むことに成功した。
昨日は掘削から選鉱まで一気に進めて銅を回収することにも成功した。
いえーい成功続きだ。
そうして気が抜けてしまったので今日は二度寝をすることにした。
――おやすみ。
「工場長―、朝ですよー、起きてくださーい!」と言って至福の二度寝を妨げる巫女みこアルタ。
ああ、睡魔が退散していく。
「おはようアルタ君、すまないが――あと五分、あと五分で起きるから、おやすみ~」
「はいはい、寝ぼけてないで起きてください。今日は《もーたー》を作るための銅線を作るための装置開発の日ですよー」
いつになくせかしてくる錬金術師。
というのも鉱物の掘削はあくまで鉱山技師とドワーフの領分。
森の間伐と建築類は大工やエルフの領分。
錬金術師は未知の領域である電磁気学の方が魅力的なそうな。
しかし二度寝とモーター開発を天秤にかけたとき、今日は二度寝の比重が重いという珍しい日。
そういうレア日は寝てあげるべきだと思うんだ。
「起きないのなら――朝食を作りますよ」と低めの声で囁いてきた。
――う~ん……なんだと!
「起きる起きます起きました!!」
この世界では朝食の選択肢は二つだ。
一つは自分自身で不味い野菜のような雑草を煮込んでつくる謎の朝食とお茶を無理して食べる。
もう一つはアルタに任せて謎の朝食を作ってもらって食べる――これはかなり危険だ。
なぜなら味覚も嗅覚も温度を感じ取る肌も消滅した鋼鉄のゴーレムが料理をする。
彼女には絶妙な温度加減の食べられるメシマズ料理が作れない!
加えて謎の雑草や薬草の原液を加えるからタチが悪い。
この前なんか効きすぎた効能で目が冴えて朝までギンギンになってしまった。
まだ自分で作る方がましだ。
「ふふ、おはようございます工場長」
「ああ、おはよう……」
「それでは《作業場》で準備していますね」
唯一の救いはメシマズという事を自覚しているので、緊急時以外は料理をする気が無いことだ。
ふ~目が覚めてきたぞ。
一刻も早く脱出したいのに無益な二度寝と天秤にかけるだと?
選択肢に入るわけないじゃないか!
なんで二度寝なんかしようと思った? コーヒーが無いせいだ!!
ああ、カフェインが恋しい。
……無いならしょうがない、やる事は一つだ。
「謎の朝食を作って睡魔にとどめを刺すか――」
……うん、相変わらずまずい。
かるく朝食を済ませ目が覚めた――苦味というのは睡魔に対して効果抜群だ。
さて彼女が待ってることだし《作業場》へ移動しよう。
◆ ◆ ◆
「さあ、これからモーター用の銅線を作る」
「はーい」「銅を溶かすー」と助手のストーンゴーレム達。
助手がいるのは最終的に銅線作りはゴーレム任せになるからだ。
銅線の製法はいろいろとある。
だがどれがいい方法か試してみないとわからない。
そこで最古の銅線作りから順に再現していって、もっとも生産性のある方式を採用することにした。
「はい、事前に銅板は作ってあります」
「流石だアルタ君――ではさっそく始めるとしよう」
事前に用意してもらった銅板は――ゴーレムだけに作らせたものだ。
はっきり言って厚みにが均一じゃないしムラがある。
お世辞にも質の高い銅板とは言えない。
だが欲しいのは銅線だから別に銅板の質は気にしなくていい。
まずは端から数mmの幅で切断し断面が四角い棒を作る。
「という事でそこのゴーレム君、この板を切断して」
「はーい」と言いながら板を切断機でせん断していく。
これで四角い銅線の出来上がり――完成だ!
――とはいかない。
ここからが知的な銅線作りの時間だ。
そうこの右手のハンマーで銅線を作り上げる。
という事で「とりゃあぁ!!」と叫びながら叩く、叩く……叩く、その後は無言で叩き続ける。
四角かった銅の棒は細い銅線へと変形していく。
鉄の作業台に丸い溝が彫ってあり、そこに合わせてから叩くことで丸みのある銅線へと変えていく。
一心不乱にたたき続ける。
太古の昔、古代人たちはこの銅の棒を叩いて、叩いて、叩き続けて丸味のある銅線にしていった。 丸味を出すために硬い岩に溝を掘り、叩けば丸くなるように工夫したと言われている。 こうして出来た銅線を当時は曲げたりして神事の装飾品にしたり、輪っか繋いでいって軍事の鎖帷子として使用していたという。 つまり銅細工の職人たちは一日中銅線を叩き続けていたという事だ。 地球の古代人たちは山燃やしたり洪水起こしたり鉄や銅を永遠と叩き続けたりと正気じゃないブラックだね。
……まあ、同じことをやるんだけどさ。
――3時間後――
『ガンガン』と叩く音が作業場に響き渡る。
この方式は――あまりに脳筋すぎる。
結局叩いているうちに腕が痛くなって人力銅線加工は辞めた。
忘れてはいけないのがストーンゴーレムも割れやすいという事だ。
そこで今はいつもの水車で半自動で叩き続けている。
自動で叩く音と少しずつ叩く場所を変えていくゴーレムを眺めながら考える――。
「銅線はできるけどやはり質が悪すぎるな」
「仕方がありませんね。板の質が帯の質に、その帯の質が銅線の質に影響します」
それ以外にも板の幅で銅線の長さが決まってしまう。
叩いて多少伸びるがモーターに必要な長さにはほど遠い。
これを錬金術で接合すれば解決するが――30cmおきに錬金術で接合していてはやる事が多すぎる。
今もチェストの製造をしながら銅線作業の監修を手伝っている。
錬金術にはチェストの製造やゴーレムの量産など唯一無二な事に使ってもらいたい。
という事で短い銅線の製造にリソースは割けない。
よし諦めよう。
次の方法は中世から近世で流行った水車動力による伸銅式による銅線作り。
やはり人類とは仕事をラクをしたいのでハンマーで叩くという悟りが必要な方法はけっこう昔に止めてしまった。 知的な中世人はより良い方法を思いついた。 炉で熱して、軟化した銅をハシみたいなので引っ張って水車の軸に括り付ける――そしてグルグルと巻き付けて銅線にした。
この時、途中でダイスという小さな穴が空いた金属に通すことで銅の太さを均一にする。
オーケーやってみよう。
◆ ◆ ◆
さてと根本的に忘れてはいけないことがある。
それはゴーレムが不器用という事だ。
だからこそレバー操作による自動化を推進していった。
「わかっていたさ――これは無理だ」
「すみません工場長。ゴーレム達に職人芸というのは苦手でして――」申し訳なさそうに言うマザーゴーレムさん。
「ああ、そこはしょうがない。他の手を考えよう」
ゴーレムは温度を感じ取ることができない。
温度が分からないという事は熱の加減もわからない。
ゴーレムは皮膚による触感もない。
触った触感がわからないから触れたものが硬いか軟らかいかの判断もつかない。
よって水車引きは全員失敗に終わってしまった。
――よし、諦めよう。
全員不器用なんだから仕方がない。
ということで古代式、中世式は失敗に終わった。
近代になり銅線需要の増大と担い手となる職人不足から根本的な供給方法の変更が求められた。
そこで材料工学の優秀な人々は当時最新のテクノロジーである蒸気機関を利用した《圧延技術》で問題を解決した。
圧延――その名の通り圧力をかけて延ばす技術である。 この技術は熱間圧延と冷間圧延の二つの方式に別れる。 前者は製鉄所などで鋼板に対しておこなわれ、熱によって軟化させることで素材の加工抵抗を小さくしている。 後者は冷えた素材をそのまま圧力をかけて加工することにより極めて高い品質と表面仕上げを施すことができ主に車のボディ用の素材に用いられる技法である。
――《圧延技術》は誕生してから100年程度の新しい技術である。
しかし言ってしまえば明治・大正には小規模ではあるが出来ていたってことになる。
彼らとの違いは優秀な人材と豊富な資源、そして職人たち抵抗勢力――これら全部ここには存在しない。
オーケー頑固な職人が抵抗しないのなら問題ないね。
◆ ◆ ◆
炉で熱して軟化した銅は機械により薄く細く圧延されていく。 歯車の比率を調整して低速高トルクで細い糸になるまで加工していく。 そのために何台もの水車を並べて加工していき最後に銅線を巻き取る。
何度も失敗した――途中で切れたり、たわんだりとにかく問題がいくつも発生した。
そのたびに問題個所を直すための改良を施した。
いえーい銅線の完成だ。
「これを成功と言っていいんでしょうか?」と苦心して自動化した成果物を差して言うアルタ。
「うーん、まあそうだね。うんアレだね」
正直に言うとこれは銅線製造装置のようなナニカだ。
そうだな――叩いて作ったワイヤーよりかは長くて量産性に優れている。
軟化させて水車の軸に取り付けるという職人芸は必要にない。
だがしかし、出来上がるモノは明らかに質が悪い。
言うなれば「ガレージの隅で埃をかぶっている荒引の太い銅線」が妥当だろうか。
あるいは図画工作の時に教師がどこかから持ってくる謎の太い銅線。
そんな感じのものだ。
これ以上細くするとワイヤーが切れてしまう。
各装置の速度の違いでどうしてもたわみや引っ張りが起きてしまう。
そして時間が経つと限界に達して伸び切れる。
どうにか各装置間で引っ張りがなくなるように試行錯誤してみたが諦めた。
「妥協案だ――アルタ君あとで錬金術で細い銅線に錬成してくれる」
「はい、任せてください。出来上がってるものを修正するのはそこまで労力がかかりません」
銅鉱石を100トン処理するよりかははるかに高レベルの錬成だ。
――これで納得しよう。
いつか絶対に完全自動化させてやる!
初料理の日
工場長<しまった料理作ってる暇がない!
アルタ〔 lΘl〕「まあ、でしたら私が作りましょうか?」
工場長<おけ―元気がすんごい出るものをヨロシク!
アルタ〔 lΘl〕「ふんふ~ん。元気が出るもの~できました!」
工場長<どれどれパク…………オェ――!!
アルタ〔 lΘl〕「あらあら、大丈夫ですか?」
工場長<元気……元気ヒャッハーー!!
アルタ〔 l◎l〕(……料理は自粛したほうがよさそうですね……)




