第3話 ダイアウルフ
危険 とまれ
この先にはトラバサミ、落とし穴など無数のトラップがあります
御用の際はこのベルを鳴らしてください→
――鉄鉱山外縁部に設置してある看板(複数言語あり)
採石場には水源がないので人力で石灰岩を削っていく。 現場作業により土煙が舞い上がり、自らの存在を一帯に主張する。 牧歌的な傾斜は削り取られ――あとには白岩の肌が露わになり始める。
「それじゃあ銅鉱山と思われる場所まで移動しますか」
「はい……それでは行きましょう」と少しテンションが低めなアルタさん。
それも仕方がない事。
外を出歩くのは危険でしょうがない。
せっかく作った安全地帯から危険地帯へと出るというのはいつものことながら無謀だと思う。
しかし資源は種類により採掘法が全く違う。
ゴーレムだけに任せることはできない。
代わりに指示が出せそうなアルタにいたっては――。
「ワーム出ないで……ワーム出ないで……」と念仏を唱えるほどの虫嫌い。
まあ仕方がない。 食べられたら最後――食道を通ってウンコアとして体外に出るしかない。
そのあとは近くの石砂そして糞で体を構成したウンゴーレムになって巣から這い出る。
うーわ……。
いくら不死身でもこれはキツイな。
ということでアルタは木酢液を全身にかけて入念にワーム対策をしている。
もちろん遠征に出る全員が同じことをしているので強烈な臭いを発している。
……あとで絶対にシャワー浴びてやる。
採石場から出てそれなりに進んだら岩石地帯に到着した。
「この辺は見通しが悪いな――」
「そうですね。あと少しで抜け出せると思いますので――」
「敵襲ーー!!!」と先行していたゴーレムが警告する。
「ヒッ!?」とワームかと身構えるアルタ、しかし襲ってきたのは狼の魔獣だった。
やはりワーム以外の魔物もいるか。
いや、わかっていたことだ。
だからこそボウガンを製作して備えたんだ。
「ボウガン部隊前へ!!」
それを聞くなりボウガンを装備したゴーレム部隊が並んで構える。
「あれはオオカミか?」
「おそらく魔獣ダイアウルフです」
ダイアウルフ――体長2mほどの魔獣であり群れでの狩りを得意とする。 ワームの構えている場所や人間のワナに気付くほど賢く、とある国の討伐部隊を全滅に追い込んだことすらある狩りの名手である。
「かなり強いってことであってる?」
「はい、こちらが全滅する可能性が高いので採石場へ逃げてください!」
そう言いながら迎撃準備を始めるゴーレム達。
「わかった。けど無茶はするなよ!」
「ふふ、狼なら食べられることはないので大丈夫です」と虫でないと判ったら強気のアルタ。
ダイアウルフは先頭の槍兵部隊を避け、または槍を噛んで器用に一体だけ引っ張り出す。
隊列から外れた個体から、一体また一体と倒していく。
人かどうかを確認するかのように頭をねじ切り手足を破壊していく。
ジグザグに戦闘を回避しながら食べられる獲物を探していく。
「放て!」の合図とともにボウガンの一斉射を放つ。
命中率の低さを数と密度で対応した攻撃――しかし、魔獣にとってその程度の速度の攻撃は日常茶飯事とでもいうかの如く容易く回避する。
ホーンラビットを狩るダイアウルフにとって攻撃をよけるのは造作の無い事である。
「それならば――インベントリ!」
アルタの一撃必殺のスキル――視覚外からの無慈悲の質量攻撃――ゴーレム落とし。
だが勘の鋭いオオカミはそれすら避けて先頭集団を確実に倒していく。
くっ……やはり戦闘の素人では魔物の撃退は無理か……。
ここは採掘場まで戻って、自分自身を囮にして罠にはめるか。
「モウゥー」と後ろから威嚇する声。
な! 後ろから新手の魔物だと!?
そこには全身長毛におおわれたテナガザルのような魔物。
ヌッと現れたかと思うと「ニタァ」と不気味な笑顔をして両手で掴みかかってくる。
とっさに両手で抑え込み、ヘルメットとデコがぶつかり合う。
「ぬん!」――ってなんで力比べみたいなことになっているんだ!!
ぐ……強い――やはり力比べで魔物にかなわないか……。
アルタは集中しているのかこっちには気づいていないようだ。
だがここで助けを呼んだらダイアウルフが一気にこっちに来る。
死力を尽くしてこの魔物に打ち勝たねば!!
「うおおおぉぉぉぉぉ!!!」
ん? あれ!?
なんか形勢が逆転して向こうがヒザを付いてるぞ。
「ンモォ……モォ……」情けない鳴き声を発しながら両ひざをつくサルの魔物。
……コイツ弱いぞ!
――数分後。
「ゼェゼェ……もう負けを認めろ」
「モォ……モォ……」
もはやダイアウルフそっちのけで力比べを続けること数分。
互いにへとへとになって遂に力比べをやめる。
そろそろ逃げたいが――。
「グルルゥゥゥ……」
声の方を見ると横から静かに二体目のダイアウルフが現れた。
な!? 三体目の魔物!!
最初の一体は囮か!!
逃げようにもサルの方に体力を使い過ぎた……。
どうする……。
「ぜぇぜぇ……もう無理か……」
もっと準備をしていればよかった。
「万事休すか……」
するとサルの魔物が「モゥー」と鳴きながら前に出る。
不思議なことに何かを嗅ぎとったのかダイアウルフは短く遠吠えをして退散する。
他にも仲間がいたのか四方から遠吠えが聞こえてくる。
そして徐々に離れていくのが分かる。
「はぁはぁ……何だったんだ……?」
「工場長、大丈夫ですか――ってその猿の魔物はマヌケモノ!?」
「マヌ……知ってるのか?」
「はい、マヌケモノそれは――」
――世界最弱の魔物不動の一位に輝く魔物。 その動きはあまりにも遅くて日に数メートルしか動かないと言われ――さらに日光を浴びないと死んでしまうと言われるほど岩の上で日光浴しかしない。 そしてその弱さ女子供との力比べで負けるほど。 その動きの遅さと弱さから付いた名前がマヌケモノ。 しかしホーンラビットよりはるかに強力な猛毒を有していることから誰からも相手にされない無敵の弱者。
……なんだその勝ってもうれしくない微妙な魔物は。
「というよりこの辺の魔物は毒か猛毒しかいないのか?」
「いいえ、毒を持ってるから弱くても生き残れたと考えたほうがよろしいかと」
ああ――なるほど納得。
さっき戦ったマヌケモノも力比べに満足したのかのそのそと岩を登って日向ぼっこをする。
ダイアウルフは新鮮な肉が猛毒サルと知って諦めたということになる。
結局、ほんの数kmの行進でゴーレムの三割が被害にあった。
相変わらず正面切っての戦闘には弱い。
たとえボーガンを作っても当たらなければ効果は無い。
◆ ◆ ◆
「そんなわけで採石場に戻って作戦タイム――あのダイアウルフは倒せそうか?」
「多分ですが……無理ですね」
おお、なんて無慈悲なんだ。
唯一の強みがいくら倒されてもコアが無事なら復活するゴーレム軍団。
今回の戦闘でやられた分はすでに修復が終わりいつでも戦える。
ただ100回戦って100回負けが確定している勝率0%。
鉄槍とボウガンでは太刀打ちできない。
……よし、考えろ。
それだけが取り柄なんだから。
あの魔獣は複数体で襲ってくる。
賢くてオトリを使い獲物に背後から襲い掛かる。
矢と死角からの攻撃を避けるほど素早く勘が鋭い。
ではなぜ弱いゴーレムと戯れていたのか?
一直線に人間だけを襲った方が、リスクが低いのにゴーレムを一体一体倒していた。
…………もしかして人間を認識できていなかった?
――仮説を立ててみよう。
例えばオオカミや犬の系列は嗅覚が鋭い動物だ。
嗅覚! それなら逃げた理由もわかるかもしれない。
ワームに捕食されないためにゴーレムを含め全員木酢液を塗ってある。
つまり鋭い嗅覚を強烈な臭いでつぶしている。
そう考えればワザとらしく正面から一体ずつ丁寧に倒し――そして後ろに逃げるであろう本命のエサを背後から襲うのは利口といっていい。
つまり木酢液を水で洗い流せば一直線に襲ってきてくれるってことだ。
ふぅ疑問が晴れた。
――ってそれじゃあ意味がないんだよ!!!
いや、落ち着け。
「なにかいい案内かな、思いつくのは自分を囮に罠にはめるぐらいかな」
「ダメです。工場長は鋼鉄の檻の中に入れて全員で運びましょう」と見た目怖ろしい案を提示する錬金術師。
「とげとげを全身に着ければ食べられないと思うの~」今度は世紀末思想のゴーレム。
どの案もそれなりに的を得ている――が安全が確約されていない。
何かいい案――。
最弱の魔物が「モウゥー」と鳴き声を発している。
岩の上で気持ちよさそうにしている。
最弱なのに猛毒を持っている。
だから魔獣ですらそっぽ向いて逃げ出すほどだ。
………………。
………………!
「あ! 思いついた!」
◆ ◆ ◆
「モゥ……モゥ……」とさっき打ち負かした魔物が鳴いているが牢屋に放り込む。
「全員体を水で流したか?」
「はい、できています。しかしほんとに大丈夫でしょうか?」
「たぶんうまくいく。そのための実験でもある」
「モゥ……」
マヌケモノを入れた鉄の檻をゴーレム達が担いで外に出る。
さて二体目の魔物が襲ってきたときマヌケモノを嗅ぎとって諦めて帰っていった。
近づいてきたのは木酢液で人間か否か匂いがわからなかったからだ。
そうでなければ猛毒生物のすぐ近くで狩りをするなんて頭の悪いことは絶対にしない。
――ではここから逆転の発想。
つまりマヌケモノと匂いで分かるように木酢液を落す。
するとあの魔獣たちは自慢の嗅覚によって近づかなくなる。
いえーい!
マヌケをとっ捕まえて一緒に行動すれば襲われる心配が無いってことだ!
◆ ◆ ◆
あれからマヌケモノを連れまわしてダイアウルフの反応を見てみた結果、予想通り嫌がってすぐに離れていく。
十分安全だと納得してから銅鉱山へと向かう。
ゴーレム達が「わっしょい! わっしょい!」と掛け声を発しながら移動する。
「揺れる、揺れる……うぷ……」
「モゥ、モォ……うぷ……」
そう――なぜか魔物を入れておく檻の中に一緒に入れられてしまった。
「そこが一番安全ですから出ないでくださいね」
「なぜだ! なぜこんな――」
ダメだ……吐きそう……。
「オエ――……」
「モォエ――……」
こうして銅鉱山どころか山脈全域を安全に渡れるようになったのである。
ウッド{ ▯}「やったね最弱の仲間ができた!」
ストン「 ▯」「……無理やり捕まえただけじゃん……」
ウッド{ ▯}「……しょうがないね」
ストン「 ▯」「探検回が終わったので次から開発です」