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第16話 硬式飛行船

俺の娘は商才があるのに我が強くてな……ひっく。

大抵の縁談は向こうが一族を乗っ取られるのを恐れちまってご破算よ。


分かるか? 俺は隠居して生まれてくる孫を可愛がりたいんだ!!


……さて、最近うちの娘といい感じの様だが、もう真名を教え合ったのか? うん?

よーし、この俺が異世界の面接の仕方をレクチャーしてやる。

うちの女房も我が強いがコレでイチコロだったぜ。

おいおい、逃げようとするんじゃねーよ。


――最終就職先を斡旋するお義父さん

 あの魔物の群れとの戦い、そして巣のあった場所にクレーターができてから1か月。


 周囲の魔物は沈静化というより駆逐していなくなった。


 しかし小型飛行船の偵察部隊から虫のコロニーはいくつも見つかった。


 赤い植物が目印になるから遠目でもよくわかる。


 そのうち小規模な集団がやってくるだろう。


 そうなれば来年の春には北の爆心地に新たな巣ができる。


 そして農業をして順調に勢力を拡大したらまた大群で襲ってくる。


 2年、いや3年目には再び戦火を交えるだろう。



 けどこれって丸々3年も開発と脱出に集中できるってことだ。


 なんだ楽勝じゃないか。


 さらに北部に虫撃退用の防衛基地を建設すれば資源が許す限り都市に魔物が近寄ってくることはない。


 その資源も鉱物ベースの外骨格がそこら中に転がってるからほぼ無尽蔵だ。


 まあ、なんにせよこれでやっと飛行船の開発に集中できる。


 そうやっとだ。





 ◆ ◆ ◆





 争いが沈静化したので最近は衣食住の開発にも力を入れている。


 その中でも衣服のための設備作りを優先した。


 その結果、ポリなんとかの化学繊維工場ができて、その繊維をいい感じに編んで大量の生地から服を作ることができた。


 そんでもって供給能力が過剰になったので、全員が服を着るようになった。


 そう全員だ。


 いま目の前にモーアー族のモノが麦わら帽子にTシャツそして作業用ズボンというザ・農家スタイルでこっちにやってくる。


 片手にはコップを持ち、中に今日の収穫物が入っているのだろう。


「モゥモゥ、モガ!」


「これはニンジンのスティックか?」


「モガモガ!」そう首を縦に振りながらスティックの詰め合わせを渡してきた。


 ご丁寧に加工してあるよ――どれどれ。


「……! この世界のニンジンが美味しいだと……」


「モッフ~~ン」とドヤ顔のモノ。


 モーアー達はどうやら食生活が原因で無気力状態だったみたいだ。


 炭水化物が豊富な小麦粉料理を食べてからよく働いてくれる。


 つまり脳の栄養である炭水化物不足が原因か?


 とりあえず糖分を摂取できてからはかなり聡明だ――ホントに魔物か?


 おかげで植物工場での世話仕事はモーアー達に任せている。


 毒に対する独特の嗅覚がとても美味しい野菜の栽培ノウハウになってるようだ。


「ん、それじゃあこれをアルに持っていくよ」


「モモシク、モガモガ!」


 ヨロシクって言った気がする。


 そしてまた植物栽培に向かっていった。





 おっと、飛行船の進捗を確認しに行くところだった。


 ゆっくりと工場都市内を歩く。


 途中で重機が横を通ったので飛び乗って飛行船まで連れて行ってもらう。


 石油を大量に精製した影響からアスファルトが大量に発生した。


 それを地面の舗装に使い道路が少しだけできている。


 道路ができると重機や輸送車が活発行き交うようになる。


 すると燃料を消費するので副産物のアスファルトが溜まる。


 そのアスファルトが道路になる。


 石油による循環が始まった。


 これが生産活動をさらに活発にさせる。


 その片隅には兵器や弾薬庫が次の機会を待っている。


 壁の上や城壁の外には無数の大砲が連なり、サビないように常に油を差している。


 戦いは終わり、平穏な開発生活へと戻りつつある。


 しかし総戦力戦ともいえる戦いで生じた過剰なまでの兵器弾薬生産能力をどうするか悩んでいる。



 ぶっちゃけどうしよう。



 今後も魔物と熾烈な戦いがあるのなら生産力は落とせないし、かといって資源を兵器に全力投入したくもない。


 東西冷戦期に東側諸国は過剰な武器生産能力を第三国に輸出に回して死の商人と批判されていた。


 方や西側の民主主義の武器庫は銃社会という闇を抱えていた。


 当時は争いの種を常に振りまく大国たちの理由が理解できなかった。


 けど今ならわかる。


 ものの数分で数万発の銃弾が消費される現代戦では平時に生産能力を確保するのが重要になる。


 誰だって民族の根絶を掲げる異常な独裁者に侵略されたくない。


 そして侵略されてから生産力を上げるなんて不可能だ。


 後手に回った過去の反省から生産力を落とせない。


 ああ、チクショウめ。


 ただここを去りたいだけなのにどうして。


 ほんとクソッタレな場所だよ、ここは。


 平和な社会でモノづくりをしたいだけなのに、いつまで兵器開発を続けなきゃいけないんだ?




 橋を渡り巨大な格納庫が見えてきた。


 飛行船を建造しているところだ。


 そこにカルが座って他のゴーレム達に指示を出している。


「あ、工場長……こっち見ないで…………ツライ」


「いやいやカルちゃんそれは無理というものだよ。飛行船の現場監督代行殿なんだから」


 目の前には一回り小柄になって可愛い洋服を着たカルちゃん。


 ジト目幸薄いダウナーゴーレムはお母さんの魔の手に掛かり可愛い系が追加された。


「ん…………だから見ないで……」


 と言って顔を隠しているが見た目はアルタがそのまま幼くなった少女だ。


 衣類の過剰供給、その最初の犠牲者だな。


「それで飛行船は順調のようだな」


 まだ骨格のフレーム状態だが、それが飛行船と見てわかる。


 全長は200メートルを優に越して、水素ガス容量は計算上20万立法メートルに及ぶ。


 エンジンは1000馬力ディーゼルエンジンが4基。


 最高速度は100km/hになるだろう。



「うん、あのフレーム、金属じゃないのにすごい。あれならいい船になるよ」


「ふふん、そうだろ、そうだろう。なにせ人類の英知が詰まった素材だからな」


 飛行船の構造体は軽くて丈夫じゃないといけない。


 だから当時の大型飛行船は新素材であるアルミニウムが大量に使われた。


 うーんしかし、ここで問題になるのがアルミ不足だ。


 アルミニウムの工学的製法には謎のホール・エルー法や謎のバイヤー法が必要になる。


 それは別にいい。


 問題は電気と原料の方だ。


 アルミニウムの理論生産量は1アンペアの電気を1時間流した場合に、0.3グラムぐらい作ることができる。


 つまり3時間かけて1円玉が一つ作れるってことだ。


 わーお!


 これで生産量を上げるにはとにかく大電流とそれを発電できる発電所そして大電力に耐えられる設備が必要になる。


 その発電量は1トン作るのに銅の電解精錬の約10倍以上――1万3千kWh!!


 原料にいたってはさらに深刻だ。


 ボーキサイトと呼ばれる鉱物ベースで約4トン、それをバイヤー法で精製したアルミナだと約2トンあればアルミを1トン作れる。




 ――いいや、作れない。


 さらにフッ素が必要になる――だから蛍石あるいは氷晶石がトン単位で産出できないと話にならない。


 どの資源も偏在性が強くて手に入れるのに一苦労するだろう。


 ボーキサイトは熱帯雨林地帯、氷晶石はグリーンランド。


 異世界のグリーンランドってどこですか? 北極ですか?


 こういうのはグローバルな貿易体制が整って初めてうまくいくんだ。



 ではどうするか?



 ………………。



 答え、諦めた!




「この人類が生んだ金属以外の優れた素材。軽くて鉄よりも丈夫な複合材料をCFRPという。カーボン繊維強化プラスチックだ!」


「うん……あ、作り方聞きたいから教えて、ここに座って……ね」


 そう言って監督イスに座るように促す。


「ああ、ありがとう」


 そう言って座ってCFRPのどこから語るべきか考えていたら。


 ちょこんと膝の上にカルが座った。


 そして――。


「現場監督をしながら話が聴けるさいきょーのポジション!」


「…………すごいねー」


「……ふふん。さあ、CFRPについて……教える……です」


「あー、うん。まあいっか。ごほん――」



 CFRP――炭素繊維を作るのは結構大変。


 まず炭素含有量の多いポリなんとかという謎の化学繊維を製造する。


 いい感じの繊維ができたら、それを燃やす。


 すると繊維が炭化して極細の炭素のみの繊維ができる。


 もちろん例によって空気中に酸素があると二酸化炭素になって灰しか残らないから、炭化工程の途中で窒素100%のちょっと特別な炉の中で作らないといけない。


 しかも1000℃とか2000℃とか必要になるから高温電気炉が必要になる。


 それでもアルミ原料を無から作るより創意工夫でなんとかなるレベルだ。


「この模様は……編み込んだの?」


「そのとおり、繊維だから編み込むことで強度を上げているんだ。先人の知恵ってやつだ」


 CFRPは軽くて丈夫だが繊維という性質からどうしても強度的に強い方向と弱い方向ができる。


 ――繊維が一方向の竹なんかと同じだ。


 そこで繊維の向きを変えて積層、あるいは布のように編むことで多方向に強くする方法が考案された。


「……ねぇねぇ、もしかして……ボクの服ってCFRP製造のついでに作った?」


「…………基本技術が紡績機械と同じだからね。技術を横に展開したらこうなっちゃったんだ」


「……ふーん。……この新素材が原因か……ふーん……ふーん」


「あはは……それでこの繊維を熱硬化樹脂で固めると二つの性質が合わさった複合材料になる」


「……ふーん」


 細かいテクニックやノウハウは結構あるけど基本はこんなものだ。


 そんなやりとりをしていたら、元凶の人がやってきた。


「まあ! 工場長様、それからカルちゃん羨ま……じゃなかった……うふふ、仲がいいのですね」


「やあアル。それは新しい衣装かな?」


「はい、カルちゃんのためにさらにフリフリのかわいい服を……ってあら?」


 気が付いたらカルは忽然と姿を消していた。


「あらあら、逃げられてしまいましたか……」


 落胆するお母さん。


「アル、嫌がってるんだからもう少し自重した方がいいんじゃないか?」


「む~~。仕方ありませんね。それでは工場長様がこちらの――」


「結構です! ――それより、ほらあれだ。飛行船がもうじき完成するから航路を考えよう」


「航路ですか…………わかりました」


 諦めてくれたのかインベントリに衣服を収納してくれた。


 ふぅ、よかった。


「それじゃあ、飛行船の基本的なスペックなんだけど高度は300~600メートル。最大で2000メートルまでかな。あと寒暖差が激しいと地面スレスレの飛行になる」


「そうなると東の4000メートル級の山は越えられませんね」


「その通り――そして南の砂漠地帯は昼夜の寒暖差が激しい環境だ。だから西か北に進むことになる。ここで厄介なのが魔物だ」


「ドラゴンにスライムそれから……虫ですね」


「ホント厄介すぎて困るな。とりあえずこの工場都市みたいに魔物が少ない安全な土地がきっとあるはずだから飛び地の拠点を作りながら探索範囲を広げようと考えている」


「なるほど、堅実で安心しました」


「流石に魔法で攻撃されたら墜落するからね。安全な航路を探しながらじゃないとリスクが高すぎる」


 脱出プランは初期の無謀な案から大分修正した。


 それでも結構リスクがある。


「移動してるときに突然爆発なんて嫌で――――ところで水素は爆発するものだと思うのですが危険はないのですか?」


 やっぱりそこらへんは不安に思うよね。


「それなら大丈夫だ。水素100%なら爆発はしない。あれは酸素が混ざって初めて爆発する元素になる」


 飛行船ヒンデンブルクの炎上事故はとても有名だ。


 あれは係留ロープが地面と接触したときに静電気を発して水素ガスが爆発したものだと思われている。


 けど水素は単独じゃあ爆発しない。


 なら実際は何が原因なのか?


 戦間期当時、画期的な新素材であるアルミをいろいろなものに使うのが主流だった。


 それは蒸気機関に魅了された人々が笑っちゃうような事にも蒸気機関を取り入れたり、現代人を魅了するAIをどうでもいい仕事内容にも導入するのと同じ現象だ。


 この謎の現象が当時の製造業にも蔓延していた。


 それが巡りに巡ってヒンデンブルクの塗装に酸化鉄とアルミの混合ペンキを使用するという割と謎な行動を起こした。


 酸化鉄の粉とアルミの粉、つまりテルミット反応だ!


 だから爆発事故の正確なプロセスは――。


 1 ロープを伝って静電気が発生する。


 2 静電気が原因でテルミット反応が船体表面全体に広がる。


 3 難燃性の布を使ってなかったから水素ガスが詰まったガス袋に引火してガスが漏れる。


 4 外に出た水素ガスがテルミット熱で酸素と反応して持続的な燃焼反応に発展する。


 だいたいこんな感じだ。


「――つまり、原因の対策として静電気除去、アルミを使わない、難燃性材質の徹底、ガス袋を小分けにして漏れの影響を分散すれば――3隻目ぐらいには乗ることができるさ」


「あ、やっぱり初号機はダメなのですね」


「ダメだね」


 ここはきっぱりと無理なものは無理と言っておこう。


 安全運航のノウハウを手に入れてからになる。


「あらあら、それなら遺書でも書いた方がいいかしら」


「遺書って――あ~それは書いた方がいいかもな」


 たしか宇宙飛行士たちも残す家族のために遺言や遺書を残すという。


 身辺整理はしたほうがいい。


「他にも心残りがあれば今のうちにやっておいた方がいいね」


「それでしたらカルちゃんに新作の衣装を!」


「それはやめてあげなさい」


「むー、ちなみに工場長様は何か心残りはありますか?」



 そう言われて少し考え込む。



 心残り、聞いておきたいこと――。



 ――あ! そうだ!!



「名前!アル、いやアルタさん。あなたの名前を教えてください」と彼女の目をまっすぐ見ていう。


「ふぇ!?」っと驚いた彼女は目をぱちくりしてオロオロし始める。


「それは、その……えっと、あの……いい……ですよ。私の――」


「――あ、互いに本名を言い合う事にしよう」


 そういったら、見る見る顔を真っ赤にさせる。


「わ、わかりまひた。ちょっと心の準備をさせてくだひゃい」


 なんか見てたらこっちも恥ずかしくなってきたぞ。



 深呼吸をして、持ってきたニンジンスティックを頬張って、水を飲む。


 どうやら落ち着いたようだ。



「それじゃあ、せーのでいいね?」


 彼女はコクリと首をふる。


「はい、せーの……」





「私の――」




「名前は――」




「………………!」



 その時、風が吹き、作業音が鳴り響く。


 けれど二人にははっきりとお互いの名前を知ることができた。































 ちなみにこれは結構経って、この世界の人々と交流するようになってから知った事なんだけど。


 互いの真名を同時に教えるというのは――。


 つまりその――。


 家族になるという意味らしい。


 男性同士なら、アレだ兄弟の盃を交わす的なアレだ。


 女性同士なら、アレだ姉妹の契り的なアレだ。


 そんでもって男女の場合は――――――け、結婚とかそういうのだ!


 ええ、もちろん彼女はその辺について一切説明しなかった。


 これはノーカンだ!


 絶対にノーカンだ!!


 意味を知っていたら時と場所を弁えるさ!!



 この辺のドタバタ騒動があるんだけど、随分先の別のお話になる。






















 名前を教えたら脱兎の如く走り去っていった……。


 そんなに恥ずかしいのか?


 ふぅ、まあいいや。


 とりあえず、身辺整理の一環でこれまでの出来事、「工場都市開発記」を作成しようと思う。


 この地に迷い込んだ哀れな犠牲者その2の参考になればいいかな。


 別にこの都市を放棄するつもりはない。


 けど、何が起きるか分からない。


 それに誰だって知りたいはずだ。


 原始人からスタートして、文明人になるまでの長い長い道筋を――。


あと1話。


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