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第13話 夜戦奇襲

定期報告。

イェニ・ムール魔法帝国でレコンキスタを煽ることに成功しました。

これで精霊軍が暴発すれば大陸の国力は削がれるでしょう。


――暗躍

 日が沈む。


 工場長は次の作戦のために奔走していた。


 目と鼻の先、それでも大砲の射程圏外に100万近い魔蟲が集結していた。


 今は静かだ。


 しかし翌朝には今朝と同じように突撃をしてくるだろう。


 今の供給網と塹壕なら10万程度なら跳ね返せる。


 しかしその10倍の100万となるとわからない。


 弾薬供給が間に合わない可能性がある。


 ――まったく理不尽な連中だ。


 これならスライムの方が…………いやあっちの方が理不尽だ。


 ああ、クソッ! ここは理不尽の総合商社か!


 褒められるところは手付かずの自然と資源だけじゃないか!


「とにかく装備は軽装で一撃離脱の作戦で行く」


「了解しました!」


 現在の規模を把握するために組織図を見る。


 指令部(護衛付き)――200名。

 ├守備部隊(東西南北)――各6000名。

 ├支援部隊――20000名。

 ├予備部隊――10000名。

 ├補給部隊(鉄道・輸送船)――5000名。

 ├対スライム部隊(ロケット砲)――5000名。

 └機動部隊――200名。


 大雑把な枠組みの下に諸兵科がいろいろ付いている――対空砲とか工兵とか。


 いつの間にか総兵力5万以上という大所帯になっていた。


 そのおかげでモーアー達は解散することができた。


 このうち予備部隊から兵員を抽出して総兵力1万名による大規模夜戦奇襲となる。


 装備はギリギリまで少なくして軽機関銃と軽迫撃砲、手榴弾そして白燐弾だ。


 この中で最も重要なのが白燐弾と迫撃砲になる。


 白燐弾には落下傘が付いており、上空に撃つと閃光を放ちながらゆっくりと落ちていく。


 これは照明弾として使う。


 夜戦になったら必ず南下してくる。


 その時に砲撃の目印として照明弾が重要になる。


 もう一つは迫撃砲だ。


 通常の榴弾だと1発で10体倒せるかどうかだ。


 それでも10発/分で絶えず撃ち続ければ1万以上は倒せる。


「あと数は少ないが焼夷弾がある」


「奴らは呼吸できないとすぐに倒れますから、心強いですな」と奇襲部隊長が言う。


 工場長は、呼吸しなくて無事なのはゴーレムぐらいだろう、と思いながらも頼もしいと感じた。


 広範囲で炎上すれば数万、運が良ければ10万規模で削れる。


 本格的な突撃の前に10%以上減らせるというのは大分違う。


「必ず作戦を成功させてくれ」


「ハッ! 了解です!」


 作戦はこうだ。


 夜闇に乗じて進撃して、1km手前で照明弾を撃つ。


 迫撃砲を撃ちまくって数を減らす。


 怒りに我を忘れて突撃してきたら焼夷弾で火の海にして十万以上を酸欠と呼吸困難で行動不能にする。


 それでも突撃してくるだろう虫どもを機関銃で倒しながら後退する。


 後退している間は照明弾を絶えず撃ち続けて、砲兵隊が観測しやすいようにする。


 射程圏内におびき寄せたら圧倒的な火力で殲滅していく。


 規模はわかっているのだから第一、第二防衛ラインに支援部隊を展開する。


 それぞれの防衛ラインの弾薬供給拠点にも100トン単位の物資を配備する。


 所詮は昆虫――飛んで火にいる夏の虫、事前準備が整えばどうという事はない。


「ふっ勝ったなハッハッハ」





 ◆ ◆ ◆





 夜、準備の整った軽装歩兵が夜闇に紛れて出陣する。


 奇襲性を高めるために自動車には乗れない。


 徒歩による奇襲だ。


 夜戦部隊はある程度の散兵隊形で横に広がって進む。


 一カ所に集中しすぎると面による攻撃が機能しないからだ。


『そろそろ……大砲の射程圏外に……なる……』


 かすかに無線の声が聞こえる。


 それは、はるか上空にいる偵察気球からの通信を塹壕ラジオが受け取ったのだ。


 聞き取りづらいが受信した電波のエネルギーでスピーカーを振動させる。


 つまり電池がなくても聞くことができる。


 あの丘を越えれば大集合地点を見渡せる。


 夜でもゴーレムの目なら魔蟲の魔力を感じ取れる。


 手順通り攻撃するだけ、簡単な仕事。


 ゴーレム達は大軍勢に恐れることなく進み続ける。


 工場長はその姿を望遠鏡から見守る。


 暗くてほとんど見えないが一部の兵士に蓄光塗料を塗ってあるのでぼんやりと位置を把握できた。


 あと1時間もすれば戦いが始まる。


 背中に何かが当たる感触を感じた。


「工場長様、始まるのですね」


「アル。キミはモーアー達やカルと一緒に南部の――」


 言いかけたところで口に指を当てて制止する。


「どこにいても同じです。でしたらアナタの隣にいたいのです」


「ふぅわかったよ」


 そう言って彼女の手をつなぐ。


 大丈夫だ。勝てる。















 ――だが、丘を登る前に異変が起きた。


 アレは何だ!?


 光だ。


 青白い光の玉だ。


 直径1mはあるぞ。


 それが丘の向こうからゆっくりと放物線を描いて奇襲部隊の頭上を通り越していく。


 地面に当たった。


 爆発は――――しない。


 その場で光を発し続けるだけだ。


『止まれ! 止まれ!』と無線から部隊の混乱が見てとれる。


 何が起きてるのかわからず、動きが止まる奇襲部隊。


 その後も次々と丘の向こうから現れる青白い光球。



 それはまるで、そうまるで照明弾の様じゃないか。



 しまった、そう思った瞬間、音が鳴り響く。


「グギャァァ!!」


「ギィッ! ギィッ! ギィッ! ギィッ!」


 響き渡る雄叫びと威嚇する鳴き声、そして無数の光球が幅10km以上にわたって夜闇を照らす。


 その光景が奇襲失敗を如実に物語っていた。



 一番戸惑っていたのは奇襲部隊長だ。


「全軍迎撃準備! 砲撃用意!」


 それでもすぐさま迎撃の準備を指示する。


 こうなっては仕方ない。


 迫撃砲を全弾撃ち尽くしてから全力で離脱する。


 それしかない。


「撃てぇ!」


 丘の上から顔を出した魔蟲に榴弾が降り注ぐ。


 煙、見えない。


 いや、影だ。


 光球の光が当たる。


 すぐに姿を現す。


 その姿は――。


「!? 工場長へ緊急連絡! 敵は重装甲の虫です!」


「グギャァァ!!」


 重装レギオンに迫撃砲は効果がなかった。






 工場長は地図を見る。


 そして各報告から地図上に駒を置いていく。


 最前列には重装甲の虫、その後ろには謎の光球を放つ虫。


 クソッ! 今までと違うタイプばかりか。


「さらに報告! 迫撃砲は効果なし! 焼夷弾も効果なし!」


 奇襲攻撃のはずが、奇襲されただと!


 とんだマヌケじゃないか!!


「落ち着いてください。まだ負けたわけではありません」


「ん、そうだな……もう大丈夫だ」


 ふぅ~落ち着け、見方によっては奇襲を察知出来たんだ。


 これは吉報だ。


「聞こえるか! 襲撃部隊はそのまま全速で湖まで進め! そこで輸送船に乗って一時後退するんだ!」


「了解しま――ガガガ――なんだ!? 敵の遠距離攻げ……ガガ……ザーーー」


「おい! どうした!?」


「無線切れました」と無線担当が言う。


「一体何が起きてるんだ……」


 そして何も言わないが彼女の手の力が強くなった。





 ◆ ◆ ◆





「工場長! 工場長!?」


「無線を壊されました!」


「全部隊! 湖へ全速離脱!」


「了解! 離脱! 離脱!」


 奇襲部隊は最後の命令に従い機関銃を撃ちながら西へと向かう。


 打ち合いをする相手は重装兵の後ろにいた新種。


 兵隊レギオンと似ているが尾端の部分が大きい。


 その尾端を襲撃部隊の方へ向ける。


「また攻撃が来るぞ!」


 そう部隊長が叫んだ瞬間、尾端から魔力を含んだ液体――ギ酸を噴射した。


 ギ酸――蟻の酸と書いて蟻酸(ギサン)と読む。 中世の錬金術師が蟻塚の観察と研究から酸性の蒸気がでていることを発見した。 そこで大量のアリの死骸を集め、蒸留することによってギ酸の分離に成功した。 この名称はココから来ている。 そして一部のアリはこの化学物質を天敵や敵対するアリにかけて攻撃をする。


 そのギ酸と魔力の混合液を高速で飛ばす。


 空気中で魔力で加熱して発火する。


 火と酸の雨を起こす。


 それは射程50m以上となり、重装レギオンの後ろからの一方的な攻撃となる。


「腕が溶けはじめた!」


「プラスチックが燃える!」


 他にも機関銃を壊されたりもした。


 しかし命中精度は高くないのか大部分は外れた。


 それでも1万もの弓兵レギオンの酸の雨は確実に部隊を摩耗させていく。


 人ならば激痛が走りもだえ苦しみながら燃やされる。


「攻撃が止んだ。連射はできないのか……全速退避!」


 攻撃が止んだら走る。 撃ってきたら伏せる。 また攻撃が止んだら走る。


 鉄とプラスチックでできたゴーレム部隊はギ酸ぐらいでは倒れない。


『ロケット砲部隊! 全弾撃てぇ!』


 塹壕ラジオからの通信だ、工場長からの援護射撃が始まった。


 12連装ロケット砲が次々とロケットを放っていく。


 それが20基、240発の長射程攻撃だ。


 それが重装レギオンやその後ろの弓兵レギオンを爆破していく。


「工場長の援護だ! 全員走れ! 走れ!」





 ロケット砲で敵の弓兵は吹き飛んだが重装兵は倒せなかった。


 そして光球を放つ巨大なレギオンが丘から姿を現した。


 それは重装レギオンの倍の大きさ――全長5m以上の巨体。


 他のレギオンと同じ6本足、サソリの尻尾のように曲げた尾端が青白く輝いている。


 そして高密度の魔力を放出する。


 工場長は城壁の上から望遠鏡で確認する。


「あれか――あれが照明弾を撃ってるのか……いや本当に照明弾だけなのか?」


 そう思った瞬間、変化が訪れた。


 今度は光弾ではなく、先端から魔力を棒状に伸ばして傘のように広げる。


 あれは見たことがある。


 あのスライムが展開した防壁だ。


 それが魔法ではなくロケットの物理攻撃を遮断している。


「あれは魔法障壁に似てます」そうアルタが言う。


「バリヤーかよ!」


 数は? 最低でも100体。


 いや10km分のバリヤーで覆われている。


「砲兵部隊! 射程は?」


「射程ギリギリです!」


「よし、撃てぇ!」


 轟音が順番に鳴り響き、砲撃が始まる。


 火力を高めた砲撃ならどうだ?


「弾着! ――無傷!!」


 クソッ!


「とにかく撃ち続けるんだ。相手だって無敵じゃあるまい」


 だがその後も一向に打ち抜ける気配はなかった。






「奇襲部隊はどうなった?」


『こちら輸送部隊。奇襲部隊を回収しました。これより油田基地へ戻ります』


 こっちの損害は少ないが、相手もほとんどダメージがない。


 曲射砲の榴弾が効かなくても平射砲の高威力の弾ならどうだ?


 それもギリギリまで引き付けての一斉射撃だ。


『こちら偵察部隊! 敵さらに変化あり!』


「まだあるのか!?」


 さすがの工場長も狼狽する。


 この巨大なレギオンはコロニーの最も奥にいる守護者。


 この世界の人類がまだ見ぬ新種である。


 尾端から曲射する魔力の奔流は放物線を描く。


 それが5km離れた塹壕陣地その真上に降り注ぐ。


「来るぞぉ! 避けろ!」塹壕兵がその場から退避する。


 あえて名付けるなら――砲兵レギオン。


 それはつまり尾端から魔力の奔流で長射程攻撃をする化け物である。


「ホーミングレーザーかよ!?」


 曲射魔法による魔力のカーテンが塹壕線に掛かる。


 すでにすべての兵は塹壕から逃げ出していた。


 だがそれは防衛ラインの機能停止を意味する。



 無策の突撃には無慈悲の塹壕であるが攻略法は多数存在する。


 夜闇に紛れて突撃する。


 重装甲の戦車で塹壕を越える。


 大火力で消し飛ばしてから前進する。


 真上から爆弾を降り注ぐ。


 迂回する。


 空を飛ぶ。


 相手の不意を突いてどれかを実行すれば塹壕は攻略できる。


 そういうものだ。


「……まさか、モニター艦兵長! 直ちに照明弾を撃って周囲を警戒せよ! それから全塹壕部隊も照明弾を発射! 周囲を警戒するんだ!」



『こちらモニター艦! 大変です! 敵が、敵が折り重なってイカダを作ってます!』


 南米に生息するヒアリは川を越えるために1万匹のアリで構成されたイカダを作る。


 そうすることで暴風雨などから生き延びるのだ。


 工兵レギオン数万体が重なり合ってイカダになる。


 それは動く島のようだ。


 その上に兵隊レギオンと偵察レギオンが乗っている。


 冷水の冬にはできなかった行動をはじめた。


『こちら2E地点! 上空から空飛ぶ虫がいます! 対空砲撃てぇ!』


 飛ぶ虫には二つのタイプがいる。


 ハチのように滞空できる虫とバッタのように滑空する虫だ。


 飛翔レギオンは外骨格による重みで滑空する事しかできない。


 それでも山脈側ならば最大限飛行することができる。


 VT信管が爆発して羽根と骨格を破壊する。


 飛ぶために全てを犠牲にしてるので非常に脆いのだ。


 工場長は望遠鏡を使い飛翔レギオンを確認する。


 そして瞬時に結論を出す。


 脆くて弱い。


 滑空のみの魔物脅威度は低い。


 湖のは?


 沈めればすぐに溺れるはず。


 脅威度は低い。


 工場長は考える、左右から展開しているのは本命ではない、ただの目くらましだ。


 それならば――。


「モニター艦はイカダを沈めろ! そしてE地点の全部隊は対空攻撃で全部打ち落とせ!」


『了解!』


 それから夜闇でも左右でも火砲が点滅している。


 それよりも本命だ。


 青白いカーテンがでている。


「なんて魔力なの――信じられない……」


 アルタも理解できない様子だ。


 この中央の奴らをどうにかしないと――!?。


 大爆発。


 それは魔力の曲射攻撃で第一防衛ラインの弾薬保管倉庫が爆発したのだ。


 各防衛ラインは後方の弾薬庫から補給を受けることで機能する。


 本来ならこのような弾薬庫は塹壕から十分後方に離れた場所に設置する。


 そうしないと火力戦で誘爆するからだ。


 工場長は塹壕の防御力を過信していた。


「防衛ラインを後退させる。全体を第二防衛ラインまで後退させるんだ」


 この命令で速やかに後方へと移動を開始した。


「支援砲撃撃てぇ!」


 その後退支援のための砲撃戦が始まる。


『砲撃効果なし! なおも前進』

『こちら1B地点にも戦線拡大!』『D地点も同じく拡大』


 最初は中央の戦線のみだったが徐々に隣の区画も敵の射程に入る。


 砲兵レギオンは10や100どころではない少なくとも1万もの魔法砲兵が軍勢全体に広がっている。


 そのほとんどが物理障壁を展開しながら前進している。


 傘のように全方位展開する障壁、前方から平射砲で打ち抜けるかも微妙だ。


 さらに相手の曲射魔法の射程が長いので砲撃戦の前に全滅してしまう。


 物理障壁は魔法は通すので一方的な長距離攻撃が実現している。


 この魔法の唯一の救いは放ってから地面に当たるまで遅いことだ。


 光速でも音速でもない。


 目で追える速さだ。


 だから弾道を読んで直撃の前に避けることができる――そのおかげで見た目より塹壕兵の被害は少ない。


 言うなればホースで水やりをするように魔力を流し込んでいる。


 これにより塹壕は事実上消滅した。


 強固な物理障壁を突破するために絶えず弾薬を消費している。


 残りの弾薬庫が空になるのは時間の問題だ。


 最前列の砲兵が土地を耕し、後列が傘をさす。


 敵ながらどうしてなかなか合理的ではないか。


 ついでに左右からかく乱部隊までだすとは人間より知略に富んでいるんじゃないか。


 そんなことを考えていた。


「くっどうする? 機動部隊で懐まで進んで砲撃か? いや、酸の雨でやられるか……」


「報告です。中央への砲撃で動きが遅くなってます。しかし砲撃のない左右に広がっています」


「ああ、わかった。ありがとう」


 つまり攻撃を続ければ動きは遅くなると。


 だがそれは時間稼ぎでしかない。


 弾薬を消費しての時間稼ぎに何の意味があるんだ?


 クソッ!


 一体どうすればいいんだ?


『報告、さらに新種を二体確認!』


「そんな……」


「次から次へと!」




 望遠鏡から軍勢の奥をみる。


 それは赤い球だ。


 よく見えない。


「工場長様、気球にいるゴーレムちゃんの目を借りましょうか?」


「そんなことができるのか!」


「ええ、パスをつないでこちらに映しますね」


 そう言って遠隔操作の要領で映像を映す。


 ――見えた!


 大きいぞ――直径5mの赤い球に足が生えている。


 ホーミングと同じぐらいの大きさだ。


 そして細くて青白い管を伝って周囲の虫に何かを供給しているようだ。


 なんだあれは?


「魔力です。これは魔力を供給しています。あれはまるで魔術師が使う回復魔法……」


「つまり奴らの支援級か!」


「はいパスをつないでるようなので多少離れていても魔力を送れるようです」


 赤く発光するイクラのような、あるいはガスタンクに昆虫の足が生えて移動する魔物。


 輜重レギオンは周囲の同胞に魔力と栄養を補給する。


 200万の群れが動けるのも砲兵レギオンが無尽蔵に魔力を行使できるのもこの魔物のおかげだ。


 その役割は栄養を体の中に貯めこみ続けるミツツボアリと似ており、内側は豊潤な栄養と魔力の塊である。


 言うなれば巨大なタンクローリーだ。


 それが周囲全ての魔物に魔力を供給する。


 200万の群れに5000体はいる。


 群れの中心付近に赤い球が集まっているのが分かる。


 ならばその中心にいるのは――。


「ヴォオオオオォォォォォォォォ!」


 それは周囲を輜重レギオンと砲兵レギオンで何重にも守られた存在。


 女王だ。


 レギオンの女王だ。




 レギオン。


 秋に侵攻した10万はただの威力偵察だ。


 その規模で威力偵察程度にしかならないのがこの魔大陸という場所だ。


 その偵察によって南に脅威はないとなった。


 レギオンという種にとって脅威とは高魔力を持った理不尽の権化。


 女帝クラスとドラゴンぐらいである。


 それ以外のしかも魔法を使わない存在は敵ですらない。


 だから脅威ではない。


 200万の同胞に守られ、物理障壁を展開し、前進し続ける魔物。


 それは春になって巣立ちした新女王だ。


 驚異の存在しない南の新天地に新しいコロニーをつくるために出発した。


 それは新女王の門出の日である。



「ヴォオオオオォォォォォォォォ」



 新女王が新天地を求めて200万の同胞と昼夜問わず侵攻する。


 この魔物にとって物理攻撃は完全に防げる攻撃だ。


 その数の暴力の前では10万を消し炭にしようが、100万を殲滅しようが、脅威とすら認識されていない。


 工場長は決断を下す。


「全部隊は最終防衛ラインまで後退せよ」


『了解! 撤退! 撤退!』


 最終防衛ラインとは運河の事である。


 それは全ての塹壕からの撤退と運河までの後退。それは――。



 ――北部の放棄だ。



 中央の火力が無くなったことで軍勢全体が同時に動き出す。


 その侵攻を止められるものはいない。


 塹壕も討ち捨てられた兵器も踏み越えていく。


 そしてついに女王が防衛ラインを突破した。


 あと少しで砲兵レギオンの射程に工場都市が入る。












 それを見た工場長は叫ぶ。


「今だ! 爆破ぁ!!」


「了解! 爆破」


 その命令に従い起爆装置を作動させる。


 それは城壁から延々と銅線が伸び、地中を這うように塹壕まで続いている。


 アンモニアの合成は日産100kgから始まり、1トン、10トンそして100トンと増産を重ねていった。


 100トン級のアンモニア合成装置を冬の90日間稼働させた場合、およそ1万トンのアンモニアを生産したことになる。


 砲弾や弾薬の生産に物理的な時間がいる。 そして鉄を飛ばすのに必要な火薬量は少なくて済む――つまり必要なアンモニア量はそこまで多くない。


 では数千トンのアンモニアはどこへ行ったのだろうか?


 工場長達は塹壕を建築する際に塹壕線に沿うように坑道を掘っていた。


 もとから長距離射撃戦にならないのだから、塹壕を掘り進めていたのは最後の切り札のためだ。


 それは5千トンを越す火薬量。


 全長50km全域にわたる長大な爆破防衛術。


 塹壕破壊の最後の手段――坑道戦術を防衛に応用していた。


 その雷管が同時に起動した。



 火薬の爆発により急激な体積膨張と大量の熱エネルギーが坑道内で爆轟する。


 それによる膨張で塹壕の地形がゆがみ、衝撃波となって地上で発散する。


 物理障壁により逃げ場を失った高圧力はドーム状に囲まれた200万のレギオンを――圧殺する。


 この熱エネルギーと衝撃波により輜重レギオンも絶命した。


 その結果、内側に内包する膨大な魔力が誘爆した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

「きゃあああ!?」


 僅かに生き残った個体も魔力供給切れの影響で、外骨格の重みで押し潰れて身動きできない。


 爆発の衝撃で倒れていた工場長が顔を上げる。


 アルタは目を回している。


 空が明るくなり始めている。


 朝になった。


 そこには200万の軍勢はなく、黒煙の壁ができあがっていた。


「ハハッ! ざまあみろ!」


 そう言って倒れ込むのだった。


前回は塹壕は凶悪という話だったので、今回は塹壕攻略になりました。

魔法ありだと案外塹壕って無効化できそうな気がするんですよね。


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― 新着の感想 ―
[一言] べ、ベイルート爆発事故クラスの爆発か
[一言] おおう、ドアノッカー… しかも甲殻生物なら爆圧からは逃げれないわな…
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