第12話 塹壕システム
我らが約束の地を今こそこの手に!
求む兵士。
わずかな報酬。生命の保証なし。
大陸を解放した暁に名誉とわずかな土地を得られる。
――レコンキスタ兵士募集
ん?
寝ていたか。
まぶたが重い。
たしか冬の小康状態が終わって、雪解けとともにあの虫どもがワラワラとやってきたんだ。
数が少ないので本番前の練習相手になってもらっている。
ちょっとした戦いだが経験を積んで編成や戦いの手順を見直していった。
おかげで大規模な進撃にも対応できる組織ができたと思う。
こっちの世界に来てから1年ぐらいは経つだろうか、なんて感傷に浸ってこれまでの出来事を振り返ってたら、そのまま寝てしまった。
なぜ戦っているのか?
スライム退治に大規模資源開発、心当たりがちょっと多すぎるな。
それに5カ年計画のはずが事前の想定と違う――。
――うん?
「ふふ……ほんと可愛い人……」
その声に急激に目を見開くと、金髪碧眼のアルタが隣でじっとこちらを見ていた。
「うわっ!? ビックリした!」
「あら、おはようございます。工場長様」
「アル心臓に悪いからやめてくれ」
実はいまだに人間の彼女には馴れない。 ドキドキする。
人の寝顔とその後のリアクションを堪能して、ニヤニヤする錬金術師。
じっと彼女を見る。
すると頬を赤らめて視線を外す天使。
うん、彼女を守るために魔物を倒す。
実にシンプルでわかりやすい。
それ以上の理由はいらないな。
「こほん、工場長様。あまり無理をしないで下さいね」
「アルに言われたくないな。キミだって遠隔操作しながら工場の修理をしたりいろいろしてるだろ」
彼女は完全に調子を取り戻したが、工場は危険が多いので作業禁止と言ったら、遠隔操作だから大丈夫と言って今までのように作業をし始めてる。
それでも魔力量の関係から日に3、4時間くらいしか作業をできない。
さらに目を離すとすぐに何十時間も錬金術で冶金試験や化学実験を始めるから、最近はカルに監視役をさせているほどだ。
「ふふ、私も何か手伝いたいんです」
これじゃあどっちが尽くしてるんだかわからないな。
『ピー……ガガッ……』
無線がつながる音がした。
どうやら北部に動きがあったようだ。
「動きがあったみたいだ。行ってくる」
「はい、ご武運を」
◆ ◆ ◆
『緊急! 北部戦線より大規模な侵攻を兆しあり』
『続報! 敵の数およそ1万。 1C防御陣地へと侵攻中』
かねてより報告内容を決めており、敵集団の大きさから数量を述べるようにしていた。
“1C”とは第一防衛ラインのC区画のことで、西からA,B,Cという具合に10km区分で分けられている。
つまり“1C”とは全長50kmの第一防衛ラインのちょうど中央の区画10kmということになる。
『了解、第3軍による迎撃戦を開始する』
籠城戦の問題から組織を再編成していた。
まず大枠として東西南北の方面軍。
その各方面軍の下に5つの区分に合わせて5軍がある。
この軍の下にさらに守備部隊から支援部隊まで付けることで諸兵科連合のようなものになっていた。
これは1m間隔で兵を何十万も置くより、10km区分で少数で守備を任せる方がいいだろうという判断だ。
それでも射程500mの重機関銃で互いに防衛できるように、250m間隔で設置してある。
この起点となるトーチカを中心に守備部隊10名が展開している。
つまるところ10kmを400名で防衛しているということになる――それが3防衛線分だ。
東西南北それぞれに6000名――合計で2万4千の守備軍団が置かれている。
『了解。 すぐに支援兵団が出動する』
司令室に戻ってきた工場長が答える。
防衛の人数をできるだけ抑え、偵察気球からの報告で支援兵団を集中投入する。
これは展開する人員と弾薬消費を抑えるための苦肉の策だ。
支援兵団を運ぶのは鉄道だ。
1万名の兵員と100トンの弾薬を積んで要請のあった地点へと向かう。
「急げ急げ! 積み荷を降ろして速やかに展開するんだ!」
鋼鉄の装甲列車と連結した列車砲が1C区画へとやってきた。
「ジャッキアップ! ジャッキアップ!」
優先したのは大砲の準備だ。
いつの時代も女神の御機嫌取りが重要だ。
列車砲はそこまで巨大ではない。
それは巨大な大砲を走りながら横に撃つと反動で横転して脱線するからだ。
いかに駐退機があっても限界がある――特に大型の大砲は駐退機を技術的につけられない。
そして小さな砲では長射程という大砲の強みを生かせない。
そこでアウトリガーというクレーン車などを固定する支柱で列車砲を浮かせる。
そうやって地面に固定して砲撃時の衝撃をアウトリガーとジャッキで受ける。
油圧ジャッキで地面と固定する。
「砲撃準備完了!」
「よし、砲撃開始!」
その合図とともに射程10kmになる32mm榴弾砲100門が火を噴いた。
その爆風と衝撃の中、10kmに渡って弾薬を行き渡らせるために弾薬を担いだ補給兵が駆け回る。
数十分後には完全武装した支援兵団が配置に付く。
轟音と衝撃波の中、塹壕では迎撃のための準備が整っていく。
工場長は近現代戦というのを歴史から知っているが、詳細の軍事について詳しくはない。
それでも防御力を何とかして高めないといけなかった。
そこで防御力という概念から定義してみることにした。
古代なら簡単に定義できる。
つまり剣や矛と兵士の練度が攻撃力であり、盾や鎧が防御力だ。
単純でわかりやすいが兵士の練度や士気あるいは精神力に左右されるというのは不確定要素が大きいことを意味する。
だからこそ英雄による戦場の采配や相手を越える精神力があれば勝利できるという考えが主義となった。
近代戦からそのような古い考えが一掃される。
年単位の継戦能力にカリスマ性は必要ないし、精神力を高めた突撃は無能の烙印を押される。
工場長はそれを知っている。
必要なのは戦うシステムであり、それ以外は必要としない。
それを兵站というのなら兵站システムの構築とそれに必要な概念の定義だ。
そこで近代戦の防御力とは、機関銃の射程距離がそのまま防御力となる、と定義した。
射程500mの重機関銃と射程50mの短機関銃が戦うと450mは一方的に攻撃ができる。
この一方的な射撃距離を防御力と定義した。
距離10kmでは大砲の火力で数を減らし、1kmでは迫撃砲でさらに数を減らす、最後に500mに入ったら機関銃で仕留める。 それでも突っ込んでくるのなら軽機関銃の山が止めを刺す。
つまり近代戦での防御とは相手を一方的に擦り減らす攻撃の事を防御と呼ぶのだ。
自分で定義しておきながら工場長は少し混乱する。
しかしこれこそが近代防御戦術の一つ、火力防御と呼ばれる戦闘方式である。
『司令室へ連絡、敵10万を掃討完了しました』
その報告を聞いて安堵する――と同時に恐怖する。
あれほど苦戦した万単位の軍勢が1時間で消し飛ぶ。
これだから近代兵器は恐ろしい。
だが感傷に浸っている時間はない。
『緊急! “1A”、“1B”、“1E”各方面に敵10万! 計30万の突撃の兆候を確認!』
「了解。直ちに部隊を送る」
相手は痛覚も感情もない虫の群れ。
どれほど倒れても気にせず突撃をしてくる魔蟲共だ。
「急げ!急げ! 敵は待ってくれないぞ!」と支援兵団長がいう。
1Cへ派遣された支援兵団は撤収作業を開始する。
塹壕から全ての物資を担いで直ちに列車に乗り込む。
「これが最後の積み荷です!」
「よし出発だ」
次の戦場は3カ所、だから部隊を二分しないといけない。
20両編成の装甲列車その中央で連結を外す。
そして10両を1Eつまり山脈側に送り、残りを1Bへと送る。
火力は半減するがそれでも単純な突撃に対して十分の火力だと判断した。
中央の工場都市には控えがいるがこれは第一防衛ラインが突破されてから投入する部隊だ。
出発から30分で次の戦場に着く。
「降りろ降りろ! 荷物を運んで展開するんだ!」
先ほどと同じ手順で部隊が展開していく。
そして砲撃戦から始まる。
一撃で50体以上を倒し――10分足らずで3割は確実に削る。
『距離1km到達!』偵察気球からの連絡だ。
「迫撃砲撃て!」
その次の迫撃砲も鉄球から随分進化した。
見た目はただの鉄の筒――鉄パイプに脚立が付いたようなものだ。
飛距離をあえて落として代わりに速射性と火力を重視した。
軽量で生産性と持ち運びに便利で、専用の弾を筒の上から落とすだけで発射できる。
これは発射火薬と弾薬一体型で、銃弾のように薬莢と分離しない。
これにより排莢行動が不要なので10発/分という速さで連続射撃ができる。
レギオンを貫通することはできないが爆発の衝撃で関節の柔らかい部分にダメージを与えられる。
それは爆撃を続ければ面で攻めてくるレギオンをまとめて行動不能にさせることができるということだ。
「よっ! はっ! ほっ!」と迫撃砲を撃ち続ける支援砲撃部隊。
非常に優れている反面、あまりにも汎用性が高いために弾薬消費量が増大するという欠点がある。
守備部隊を支援するために迫撃部隊200名をつけると、会戦一分で2000発以上を消費する。
これは40トン以上の弾薬がそれだけで消し飛ぶということだ。
扱いやすく連射可能な兵器とは高い生産能力と弾薬の備蓄量があって初めて活用できるということになる。
それでも効果は絶大でB方面とE方面の敵は砲撃戦だけで8割がた倒してしまった。
「銃撃! 構え! 撃て!」
その合図によって「タタタンッ」と短い連射音が鳴り響く。
軽機関銃も少しだけ改良をしてあった。
それは3点バースト機構を取り付けたことだ。
この機構の役目は1回の射撃で3発だけ発射する。
そうすることで銃の故障率を下げて、弾薬の節約にもつながる。
ついでにフルオートだと銃の反動の強さから4発目以降は上へ逸れるという特徴がある。
工場長は何度も射撃実験をして連射が必ずしも有効じゃないと理解した。
例えば虫型の魔物は地面を這うので水平射撃だと無駄弾が増えてしまう。
籠城戦の時はそれがたまたまいい方向に傾いただけだ。
対して3点バーストならブレを少なくすることができる。
女神で敵を一掃して歩兵が残りを倒す。
戦闘が終わったら列車に乗って次の戦場へと移る。
圧倒的に防御側が有利な状態で、かつ高速移動ができるとき塹壕システムという一つの理論が完成した。
徹底的に防衛にリソースを割くことでほとんど被害がなく敵を削り続ける。
『1A地点突破されました! 現在第二防衛ラインへと後退中』
とは言え突破不可能なわけではない。
第一次世界大戦中も最低限の人員で防衛するため突発的な戦闘や突撃を受けると簡単に奪われる。
だが工場長に焦りはない。
最初から1Aには最低限の人員しか置かず、火力防御をある程度加えたら後退するように指示していたからだ。
『これより1A突破の敵を殲滅する』
あえて計画的に後退して突破してきた敵を機動力と地の利を生かして倒す方法がある。
「ギギッ! ギ!」
レギオンの群れが塹壕の先へと突入する。
そこへ高速で移動する機動部隊が到着する。
「ヒャッハー! 側面から攻撃だぁ!」
側面へ迂回したのはディーゼルエンジンを乗せた装甲車両。
サビた薄い鉄板で補強した程度の自動車部隊だ。
足回りが戦車と同じ履帯なのは道路がないから必然的にそうなった。
大砲も載せていない。
重機関銃のみの兵装だ。
それでも時速40キロで側面から裏へと回り込んで逃げ場を塞ぐ。
それだけではない。
湖からも応援がくる。
『こちら装甲艦支援砲撃部隊。配置に着きました』
それは大湖に展開している装甲船。
船と呼ぶのも疑問を呈するそれはポンツーンを大量につないで薄い鉄板を張った矢盾を装甲としたといっていい。
動力としてディーゼルエンジンを積んでその広い面積をすべて迫撃砲で埋め尽くしている。
あえて艦種をあげるのならモニター艦と呼んでいいだろう。
モニター艦とは南北戦争時代に河川や湖を制圧するために巨大な大砲と重装甲で浮かせた乗り物。
守りは強いが浮き砲台のような物なので外洋航行能力は皆無。
波の静かな軍港や海岸線を守るための船。
まさに大湖にうってつけの船だ。
工場長は巨大な大砲は必要ないと判断して迫撃砲を多く乗せた。
それ以外に対空機銃に水中爆雷さらには重機関銃まで一通り乗せてある。
対魔物専用のモニター艦ということだ。
『突入してきた敵を一掃する! 全部隊指示を待て!』
突撃してくる敵に対して脆弱な部位を作り、攻撃側を突出させる。
そうすることで相手が不利な状況を作り上げる。
そして計画的な反撃をもって敵に最大限の損害を与える。
重要なのは機動打撃部隊の奇襲によって敵を撃破していくこと。
工場長はやはり、これのどこが防御なんだろうと悩む。
しかし軍事戦術においてこの「後の先手」といえる任務行動を――機動防御という。
『砲撃を開始せよ!』
「了解」と装甲艦支援兵長がいう、そして「対地砲撃開始せよ!」と命じた。
船上から無数の砲撃を開始する。
第一防衛ラインを突破したレギオン10万は艦砲射撃により動けなくなる。
『機動部隊で退路を遮断した! これより射撃を開始する』
側面と後方から重機関銃による十字砲火が浴びせられる。
『2A防衛部隊も砲撃を開始する』
四方からの砲撃により30分後には突破してきたレギオン10万は亡骸と化す。
◆ ◆ ◆
既に50万近い魔物の群れを砲撃と強固な防御陣地で粉砕した。
『1Aの弾薬補給を要請』『1Eも弾薬の補給を要請』
司令部には今度は補給の要請が殺到する。
「了解、物資輸送を手配する」
塹壕システムで重要になるのが補給兵站のシステム化である。
ある程度は列車で運べるが、鉄道システムというのは入念な事前準備をしないとまともに動かない。
突発的な戦闘で鉄道を占有する装甲列車と補給目的の鉄道輸送というのは非常に相性が悪いということだ。
だから工場長は最初から別の供給方法を考えていた。
『こちら輸送船団、船着き場に到着しました。よろこべ弾薬と魔酒だ!』
『イエーイ!』
船というのは古代から現代まで変わらず優れた輸送能力を持っている。
例えば馬力に対して輸送量が大きく、1馬力で50トンは曳船できる。
それは輸送に使用する燃料消費量を低く抑えられることを意味する。
コンテナ輸送においてトラックは1台1個のコンテナしか輸送できない――代わりに陸ならどこへでも行ける。
鉄道は車両編成数分しかコンテナを運べない。
しかし船なら規模を大きくすれば2万個のコンテナを一括で輸送できる。
だから工場長はポンツーンから発展させた輸送船をつくっていた。
ただし浮き台から発展させているのでどちらかというとメガフロートに近い物にエンジンを無理やり乗せた代物だ。
モニター艦と同じく荒波の外洋あるいは魔物に襲われると、たちどころに沈むそういう部類のモノになる。
『こちら装甲艦、輸送船の護衛任務に移る』
「了解。……ふぅ何とか輸送はうまくいきそうか」
つまりモニター艦はこの輸送船を護衛させるために建造したのだ。
小型でも多数の迫撃砲に対空砲そして重機関銃で武装しているのは、四方どこから襲われても貨物船を守れるようにという設計思想からきている。
工場長には実際の戦場がどうなっているのか見えない。
それでも各地の報告から何とか敵を跳ね返すことに成功した。
そろそろ夕暮れだ――やっと休めるな。
その前に計算をしないといけなう。
1日で200トンの弾薬を消費した。
まだ大丈夫だ。
消費したのはほとんどが大砲の弾。
今の備蓄は機関銃の弾薬は約700トン、大砲と迫撃砲も合わせて2000トンある。
そして倒した敵の総数は50万体にのぼる。
決して油断できるわけではないが、敵が逐次投入する限りは持ちこたえることができる。
火薬の生産は常に上がっている。
順調にいけば底をつくまでに1000万近くは倒せる。
それに奥の手もある。
工場長は気が緩んだわけではないが、魔物が全力を出して一度に10万が限界だろうと想定していた。
だが――。
『緊急! 魔物の軍勢およそ――100万! 大砲の射程圏外で集結しています!』
「ウソだろ!? 奴らに兵站って概念はないのか!」
『敵は集結してそのまま動かない模様』
工場長は考える。
たぶん明日の朝には100万の突撃があるだろう。
今から各方面の防衛部隊を集結させれば2万それに中央の予備部隊5万を展開すれば完封できるだろう。
しかし本当のこれでいいのか?
専守防衛に努める限り主導権は攻め手にある。
防衛有利と言っても攻め手が戦場を支配している限り優位性には限度がある。
明日攻めてくるとわかっているのなら数的不利を覆すために奇襲というのも手札としてはありか。
工場長は決断する。
「じき夜になる。攻撃部隊を編成して夜戦強襲をする」
目と鼻の先に100万の軍勢。
少しでも損害を与えるために奇襲をすることにした。
Q.火力防御ってなに?
A.相手より高火力で接近させない防御。それでも突撃してきたら慈悲はない。
Q.機動防御ってなに?
A.塹壕戦やめた現代戦の防御法。簡単に説明すると突進してきたマヌケを戦車と航空機で包囲殲滅するモグラ叩きをればいいんじゃねって考え。攻め込むのが悪いんだから慈悲はない。
Q.塹壕戦ってなに?
A.戦車が無い時代は防御側の経済力と攻撃側の歩兵の殴り合い。ターン制なので必ず両方が深刻なダメージを負う。そして勝負がつかないので革命とか経済破綻したら試合終了。もちろん慈悲はない。
ちなみに最初から経済破綻が目に見えている旧日本軍は塹壕戦以外の戦いを模索して陸の白兵突撃と海の大鑑巨砲に傾倒して日中戦争と太平洋戦争合わせて8年間戦い続けたみたいです…………うん、あれ?