第9話 戦列歩兵
夢を見ていました。 夢の中のその人は――え?
やばいやばいやばいやばい。
やばいやばいやばいやばい。
やばいやばいやばいやばい。
やばいやばいやばいやばい。
――恐怖する先読みの巫女
「カンパーイ!」
大勢の兵隊が集まりジョッキにつがれた液体を飲む。
ここはいつものギルド1階ではない。
兵士たちの施設、酒保あるいはPX(Post eXchange)と呼ばれる施設だ。
軍人たちの日用品を提供する場所だが、それが酒場のようになっている。
この手の施設の歴史は古く古代ギリシャ時代つまりローマが台頭する以前から存在した。
兵士とはどの時代も嗜好品を欲する。
ぶっちゃけ飲まないとやってられない職業だ。
それは酒を飲むことを禁忌としたイスラム世界でも同じである、彼らは代わりにコーヒーを好んだ。
「お、大将! 一緒に飲みませんか?」
「いや、止めておくよ」と工場長は言う。
「予想以上に効果というか経験値が上ってるのか? それとも変化してる?」
それは今朝の出来事から始まる。
◇ ◇ ◇
「カルちゃん。それは何だ?」と工場長は訊く。
「うん、ハチさんを乾燥させて粉末にしたのと魔石と薬草を水と混ぜて……あといろいろ省略……それをろ過して、さらにシュワシュワさせた飲み物……かな? ヒック!」
それは人が飲のんではいけないナニカだった。
だが、カルゴーレムはその飲み物のようなナニカをストローで飲んでいる。
コアが光りそして、「にゃーん」と猫なきしながらすり寄ってくる。
「アルこれホントに大丈夫なのか?」
「うーん」と悩んでから「一応、魔力回復ポーションの試作なのですが――どうやらゴーレムちゃん達の嗜好品のような効果がでているみたいです」
「これ、飲むと気分が良くなる! 一緒に飲む?」と今までよりテンションが高めのカル。
それは魔力切れ対策として作った物だった。
ところが人が飲むには問題があり、なぜかゴーレムのテンションを上げる効果があったのだ。
「それだったら量産してゴーレム達に配ってもいいかな」
「それいい! みんな喜ぶ! ヒャッホー!」と言ってさっそく量産装置を作りに行く。
「ふふ、たぶん問題は無いと思いますよ」とアルタは言う。
工場長はストライキ問題が再発しないようにゴーレム達の嗜好品を探していた。
なぜなら要求内容が頭を撫でるとか、子供じみていたからだ。
そこへ倒した魔物の死骸の処理と嗜好品の提供という一石二鳥の案が目の前に降ってきたのだ――物は試しだ、やってみよう。
――現在。
「イエーイ! それいっき! いっき!」
工場長は久しぶりに飲み屋の喧騒を楽しんでいた。
片手には植物工場から採ってきた大豆、その未熟品である枝豆を食べる。
「これでお酒があれば最高なんだがな~」
「工場長! これは最高です! もっとありませんか!」
「ずっと入り浸っても困るからちゃんと働いたら報酬として供給するよ」と提案する。
「みんな聞いたか! 工場長のために働けばポーションを飲めるぞぉ!!」
「うおぉぉぉ!!」
どうやらうまくいったようだ。
「モオォォォ!!」
モーアー達もなぜか飲んで酔っ払っている。
そして力比べをはじめたり絡み酒をしたり、はたまたゴーレム達と飲み勝負を始める。
「明日は決戦だからほどほどにしときなよ」
「モッケ―!」とモノが答える。
そう明日は戦いの火蓋が切られる。
そのための戦術は考えてある。
ああ、クソッ酒が欲しい。 無いならコーヒーでも構わない。
上手くいけばいいんだが――。
◆ ◆ ◆
翌日、天気が悪くなってきた――曇りだ。
工場長は徐々に規模が大きくなっていく部隊の把握と掌握に努めていた。
というのも、その時対峙した魔物に合わせて兵科を増やした影響で組織が無秩序かつ混沌としていた。
管理職としてみた場合、それはあってはならない事であり、何ら問題なく機能しているのがおかしいのである。
それは徹底的な自動化と簡略化そしてゴーレムという存在の結果によるものだ。
しかしそれではいけないと考え、増え続けた兵科は統廃合して何とかまとめ上げた。
もっとも特徴的なのは軍隊の階級を理解できないという理由から廃止したことだ。
かつて帝国主義階級社会を否定した社会主義国家では軍隊の階級制度を廃止した。
だがいかに崇高な理念を持っていても指揮系統が不定では軍を動かせないので、後に「将軍」や「司令官」と名称を言い換えるだけで復活させた。
工場都市も同じである。
ファンタジーぽく「騎士団長」や「四天王」という肩書があったところで混乱するだけだ。
同じく「大佐」「中佐」「少佐」その下に「大尉」……「軍曹」と定義したところで多すぎる階級はゴーレムに理解できない。
だから区分は3つだけにした。
「司令官」「兵長」「兵士」それだけだ。
そして司令官たる工場長が命令するのは兵長のみであり、それは以下の区分に大まかに分かれている。
司令官(工場長)
├守備部隊(重機関銃)
├歩兵部隊 ×10連隊(軽機関銃)
├補給部隊
├後備え部隊(ホームガード・旧装備)
├火炎放射部隊
├工兵部隊
├偵察部隊(気球)
├衛生部隊
└砲兵部隊
これ以外にも各地の拠点防衛部隊と各部隊に付属するように無線通信部隊がいる。
何のことはない。
これは単に会社の「社長」「部長」「社員」を言い換えたに過ぎない。
結局のところ知っている組織図を基に編成するしかなかった。
そして工場長はその役職名だけは使いたくなかったのだ。
「部隊編成はできた。できればすべての部隊を使わずにあっけなく終わってくれるといいんだが……」
誰に言うでもなくそう呟く。
その日、12日ぶりに跳ね橋が下がった。
事前に工兵部隊の小さなゴーレムを対岸に送り、橋の油圧を操作したのだ。
その音に反応するかの如くレギオンが橋の前に集まる。
「グギャァァ!」
叫びながら橋に大挙して押し寄せ、下がりきる前に前進する。
1000体近い魔物の群れが橋を半分ほど過ぎる。
「守備部隊! 撃てぇ!」
守備部隊による一斉射が始まった。
重機関銃は軽機関銃より重く100キロ以上の重量になる。
発射する弾薬などは一緒だ――これは生産性からそうしている。
重量が重い理由は頑丈な造りにしているのと冷却水による砲身を冷却する機構が付いているからだ。
また砲身長も長くすることによって有効射程は軽機関銃の倍以上の500mまで伸びている。
鉄橋の長さは100mそして幅は15mほど、それは一方的な攻撃となる。
放たれる徹甲弾によって外骨格は容易に貫通する。
「グ……ギャァァァ!!」
それでも痛覚のないレギオンは怯むことも止まることもなく前進する。
工場長は確認する、一体何発当てれば倒せるのかを――10発くらいか?
「カルどのくらいで倒せるかわかるか」
「10発当たったら動きが遅くなる。だから後ろの魔物が横へ押して前に出る。そしてやられる……たぶん」
「ありがとう、それなら10万発あれば1万体は倒せるということか」
弱った仲間を橋から落としながら進むレギオン達。
この非情さから人とは違う、モーアーとも違う魔物なのだと理解させられる。
現在の生産力は100発/分、つまり1時間で6000発、1日で14万発以上となる。
各拠点へも供給しているので10万発分が備蓄としてある。
余裕だ。
銃撃戦が始まってから数十分。
前進してくるレギオンの群れは勢いを失う。
頃合いか。
「偵察部隊! 周囲の様子を報告せよ!」
『こちら偵察部隊。 ――城壁の外にいた虫たちが徐々に中に来ています』
しかしその数は100にも満たない少数。
ならば決断する!
「歩兵部隊前進開始!」
歩兵部隊それは軽機関銃で武装した戦闘部隊である。
一つの連隊は12名からなり、横一列に並んでいる。
足並みをそろえて行進しながら機関銃を撃つ。
それは近世から近代初頭にかけて猛威を振るった戦列歩兵の様である。
「前進しながら射撃せよ!」
その合図によって歩兵が前進しながら射撃を始める。
戦列歩兵と違うのは撃ちながら前進するというマスケット銃では考えられない運用法だ。
「グ……ギギ…………」
虫の息状態のレギオンを乗り越えて前進し続ける歩兵部隊。
第一連隊の後ろには第二連隊が、その後ろには第三から第十連隊が列をなして前進する。
例え最前列を突破しても後続の層は厚い。
12挺の銃口が、分間で2400発の鉄量が全てをなぎ倒す。
そしてついに北部へと到達する。
「第一第二連隊陣形を変えよ! これより第二連隊と共に北門へ向かう!」第一連隊長がいう。
「第三第四連隊は東門へ向かう!」
「第五第六連隊は西門へ向かう!」
とそれぞれの連隊長が陣形を変えて門へと向かう。
その陣形は上から見ると「Λ」のように中央を突出させて左右に斜めにさせている。
これを二列で一つの部隊とした。
戦列歩兵は前面に対しては強力な火力をだせるが、横からの突撃に対しては銃口が1挺だけになるので非常に脆弱だ。
そこで近世に誕生したのが方陣と呼ばれる「◇」の陣形である。
これならば斜めに兵士を配置するから後ろの「V」側の部隊も攻撃に参加できる。
つまり10挺の銃口が横撃部隊に対して火を噴く。
仮に斜めから突撃してきても5挺は確実に戦闘に参加できる。
「Λ」陣形も発想は同じである。
さらにすぐ後ろに第二連隊を付けることで斜めであっても10挺の銃口を向けることができる。
唯一の弱点は真後ろからの襲撃に無防備で脆弱ということだろう。
しかし偵察気球と無線連絡そして後方を埋めるために続々と侵攻する後備え部隊がそういった弱点を補う。
銃撃、銃撃、銃撃。
撃ち尽くしたら弾倉を取り替える。
銃が壊れれば予備の銃へと取り替える。
それすら尽きそうになると後方の連隊と前後を交代して補給部隊から新品の銃を受け取る。
正面のレギオンを、横から突撃するレギオンを、徹甲弾が貫いていく。
一方的な遠距離攻撃と圧倒的な火力の前に外骨格の魔物は戦列歩兵に接近することができなかった。
そして――。
『報告! こちら第一連隊! 北門を制圧!』
『同じく第三連隊! 東門を制圧!』
「たった今西門を制圧しました!」
「よし、工兵部隊は直ちに門を修復するんだ。守備部隊と補給部隊は壁上に陣地と弾薬庫の設置をするように」
「ハッ!」
工場長が次の指示を出し、各部隊がそれぞれ城壁を盾に防御を固める。
砲兵部隊が橋を渡る。
大砲を温存して取り返せたのは大きい。
砲撃を繰り返したほうがより簡単に北部を奪還できただろう。
しかし真下に地下道があるので、地面が崩れて北部全域が使用不可能になる可能性があった。
だから砲撃による爆撃戦は避けた。
次に火炎放射部隊が燃料満載のドラム缶を運び込む。
これを使わないで済むならいいのだが。
それは最後の切り札だった。
工場都市で戦ったレギオンは本隊のごく一部、偵察レギオンと工作レギオンである。
都市の北、100km先にあるレギオン達のコロニー群。
そこからおびただしい数のレギオンが南下していた。
兵隊レギオンと呼ばれる主力を中心に大群が都市を目指す。
戦列歩兵と題してますがやってることは第一次世界大戦にフランス陸軍が使った戦術、マーチング・ファイアが一番似ていたりします。
塹壕戦が主流の中、横一列に並んで撃ちながら進むという狂気の戦術をショーシャ機関銃でおこなったそうです。
その後はもちろんフランス陸軍は大損害を出して、大人しく塹壕戦をすることになったそうです。
戦後は先の大戦の反省から攻めより守りとなって今度はマジノ要塞を建てて――列強最弱の名を手に入れました。
戦列歩兵から塹壕戦の転換期は混沌としてて知識としては面白いですね。
……現場はどうみても地獄の地獄。無能の思い付きを強要されるとか……ひどい。