第8話 軽機関銃
魔力切れを起こしただぁ?
これだから素人は。
今日は寝てろ。
いいか魔力切れを起こすと精霊の加護が無くなって風邪になりやすいんだ。
わかったら寝てろ。
――魔力切れ
「あ、そこは……いたっ!」
「痛かったか? もう少しほぐした方がいいかな」
「はぁはぁ……大丈夫です。んぅ~~ひぁ、あぁんっ!?」
「痛いだろうけどもうちょっとの我慢だ。そうだ天井のシミでも数えているとその間には終わる」
「天井のひみぃ…………も、もう、ん~~!?」
二人だけの密室で肌が触れ合う。
汗ばみながらも必死にこらえるアルタ。
無心になり執拗にこする工場長。
「よし、このぐらいでいいだろう」
「はぅ~~、本当に必要な事なのですか?」
「ああ、もちろんだとも。足もみマッサージは重要だ」
エコノミークラス症候群――長時間同じ態勢でいると血流が悪くなりエコノミークラス症候群と呼ばれる疾患を発症する。 もっとも有名なのは航空機内や災害時に車中泊したときに発症するときだろう。 だが、実際には体を動かさない入院患者の方が発症しやすいという事はあまり知られていない。
工場長は、というより大震災で痛い目にあっている人々はこの手の話を知っている。
そこで長時間編み物に集中していたアルタに適度な運動とマッサージを勧めたところ、「それでしたらマッサージをしてください」と申し出て、こうなった。
彼女は運動が苦手である。
体の線は細く華奢だ。
錬金術師という業が運動よりマッサージを好んだ。
ポイントは第二の心臓と呼ばれるふくらはぎを適度にマッサージすることだが、むくみ痛み、胸の痛みなどの疾患初期症状があるときは血栓という血の塊が心臓に流れこんで逆に悪化する。
もっとも彼女の場合は肌の感度が極端に高まっているのが原因だ。
「や、やり方は分かったので次から――」
自分でやると言いそうになり思い留めて、「今後もよろしくお願いいたします」と目をグルグル回しながら言う。
「え? ああ! その……わかった」と顔を真っ赤にさせながら答える。
その時、工場長は頭の中で描いていたマッサージチェアの設計図を廃棄した。
なんだかんだ二人の時間を作るべきだと思ったからだ。
こほんと咳払いする。
「これから都市の北部を取り戻すために兵器開発をしないといけない」と相談とも独り言ともいえることを呟く。
「はい」と彼女は真剣に聞く。
「けれど冬になればあの虫はいなくなるだろうから、その必要性がない気がするんだ。冬の間に飛行船は完成しないだろうけどギリギリ脱出できるはずだ」
今まで倒した魔物の数とそれを実行する凶悪な兵器類――これ以上の開発が必要なのか迷いが生じ始めていた。
「いいえ、私もあの魔物がすぐに川を渡ってくるとは思えません。 しかしこの地の魔物を侮ってはいけません。 倒せるのに放置するのは殺されるようなものです」
それは経験則だ。 しかし圧倒的な強者だけが生存を許されるという真理でもある。
ここは魔大陸、強者が君臨し弱者は目立たぬように寄生する以外に生きられない世界。
摂理に抗うのなら強者になるしかない。
「生きましょう。例えこの世のすべてと戦うことになろうとも」
そう言って工場長の手を握る。
「ああ、そうだな」
工場長は彼女の手を軽く握り返す。
「もうこんな時間か、まだまだやる事があるから今日はこれで――」
席を立とうとする工場長。
「待ってください。その、私も行きます」
「まだ本調子じゃないんだろ? それに服の問題もあるし外で活動するのはちょっと……」
セーターを編む場合、毎日10時間作業をして5日つまり50時間ほどかかると言われている。
まだ完成には程遠い。
工場長はすぐにでも自動機織り機を作り、衣服用の合成繊維を開発したいと考える。
しかし未だ予断を許さないのでどうしても後回しになってしまう。
「そうおっしゃると思い、こちらを用意しました」
そう言ってインベントリから取り出したのは懐かしのブロンズのヨロイだ。
そして魔石を両手で包み込みながら瞑想をするとゴーレムの方が動き出した。
「どうでしょうか。ちゃんと動かせるようになりました」
「おおっ! これはすごいじゃないか! それにしてもどうやって話てるんだ?」
「はい、ゴーレム時の応用で意思を伝えると声になるようにしました」
「なるほど、本当に凄いな」
心の声を発音できる、それは無線技術よりも凄いことだと工場長は思った。
「ふふん、ふっふ~ん。そうでしょうそうでしょう。それもこれも工場長様の隣にいたいがためにセーター作りをそっちのけで試行錯誤の末についについに完成させたのですから。これで工場長様のために料理作りから掃除洗濯それ以外にも開発にも携わることができるという事なのです。ああ、もっと褒めてもらいたい。頭を撫でてもらいたい!」
「ちょ、ちょっとアルどうした!?」
「はい? いかがいたしましたか? ふふ、驚いた顔もステキ」
その時、工場長は察した。 口からしゃべらずに声が出せるという事は、心の声が駄々洩れ、という事に。
「あのアルタさん。 心の声が漏れてますよ……」もはやリンゴ並みに真っ赤にさせながら指摘する。
その意味を理解しようと考え込むさまよっているヨロイ。
そしてすべてに気付いた時、アルタは瞑想していた状態から一瞬で沸騰したかのように赤面する。
「はにゃ~~~~!!!?」
その絶叫は部屋の外の警護担当達にも聞こえたという。
◆ ◆ ◆
研究所には工場長とゴーレム・アルタそしてカルの3人と助手ゴーレム数名がいた。
「それではこちらの設計図を基に銃を作りますね」
そう言って錬金術で試作品である銃を作る遠隔操作ゴーレム改。
それは量産性を第一に考え鉄パイプに鉄板を付けただけのような物だった。
ショーシャ軽機関銃――機関銃とは銃を発射したときの反動を利用して次弾を装填する。 それにより連射ができるようになった銃である。 元々は要塞防衛用の機関銃だったがそれを小型化と軽量化をしたのが軽機関銃である。
第一次世界大戦中のフランスは戦争の準備不足から大量の機関銃が必要になった。 そこで開発されたショーシャ軽機関銃はプレス加工を活用して量産性を高めることに成功した。
だがしかし――。
「工場長! 詰まりました!」
「大変です! バラバラになりました!」
「あの~発射しません……」
――量産性以外考慮しなかった結果、ちょっとした曲がりやへこみから給弾できない。 放熱設計が甘く熱膨張で壊れる。 さらにはほぼプレス加工だけという構造から衝撃に弱く可動部品が欠落した。 それは世界有数の欠陥銃と呼ばれる品物だった。
「うん、知ってた。最初からうまくいかないって知ってた」とやさぐれる工場長。
「ふふ、それじゃあカルちゃんダメなところを見つけましょうね」
「うん、ボクも頑張る」
こうして3人でダメ出しと改善を進める。
工場長は銃の詳しい原理を知っているわけではない。
しかし技術者の職業病ともいえる能力により映画やドラマあるいはドキュメンタリーの紛争地帯の映像を見ればその工学的な原理や設計思想を嫌でも把握することができる。
だから最初の失敗と成功例の違いからすぐさま機械的な強度と熱膨張の問題を把握する。
カルも問題点を指摘する。
そしてアルタが瞬時に錬金術で改善後の機関銃を作る。
それは薬莢が銃の内部に張り付かないようにテーパーが入り、それに合わせて弾倉がバナナ型になる。
それは重要な箇所を溶接して強度をます。
それは銃身を長くしてライフリングを施し、弾丸にできるだけ爆発エネルギーが加わるようにする。
それは放熱フィンを取り付けて熱膨張による悪影響をできるだけ取り除く。
それでも現代の銃と比べると最低以下である。
現代では毎分500発以上、物によっては1000発撃てるのが機関銃である。
それに対して毎分200発程度そういう銃だ。
「それでも使えるものにはなったかな」
「私には何が不満なのかわかりません」「うんうん……十分スゴイ……」
完成した銃を知らない二人にはそれでも十分強力な武器に見える。
「そうだな――高望みをしてもしょうがない。それじゃあ次は弾の改良だ」
「はい!」「はい……」
そう言って3人は次の開発に移る。
◆ ◆ ◆
フラッシュペーパーを丸くして小さな粒にした物が容器の中に入っている。
工場長は実験用のこれまた小さなスプーンで粒を取り出し計量する。
それなりの量を取り出すが実際は1.5g程度だ。
見た目より軽い気がする。 しかしフラッシュペーパーことニトロセルロースの原料は紙パルプと硫酸と硝酸からなる。
あとは製造工程の溶剤としてアセトンを使ったぐらいだろう。
つまり爆発性の薬品が染み込んだ紙――それはとても軽いということだ。
工場長は直感よりカロリー測定器の数値を信じることにした。
今工場長と錬金術師は硬い外骨格を貫通する方法を調べている。
そのついでに火薬を黒色火薬からニトロセルロースを主原料とするシングルベース火薬に変えたのだ。
それはハーバーボッシュ法によるアンモニアの供給が始まり、火薬の量産体制が整ったという事を意味する。
各地で戦い続けている間にカルゴーレムが開発を進めていた――こっそりアルタも手伝っていた。
現在の軍隊は基本的にシングルベース火薬あるいはダブルベース火薬を使っている。
黒色火薬には燃焼時の煙がひどくて、戦い続けると前が見えなくなるという欠点があったからだ。
工場長は、銀色の筒に中へと火薬を入れる。
蓋として先端の尖った弾を押し込んで固定する。
筒の底には雷管と呼ばれる叩くと発火する小さな装置が埋め込まれている。
これが金属薬莢だ。
薬莢は大量に生産できる鉄を使う。
それも炭素含有量の少ない軟鉄だ。
これはプレス加工して筒を作るのに都合がよく、量産向きという性質がある。
他にも軟らかい真鍮をつかう案もあったが、銅の産出量の低さと銅製品の重要性から諦めることにした。
火薬の量、弾頭の材質、重さ。
何通りか用意する。
「本当に銃とは生産力が無いと意味のない物なのですね」と作業を見ていたアルタが言う。
「そういうこと、今回は手作業だけどパターンが決まれば自動化していく」
プレス加工を多用して組付けを自動化する。
現在の工場都市の弾薬生産能力は最大で毎分100発になる。
「よし、さっそく試射してみよう」
「ハッ! 了解です!」
鹵獲したシールドアントの頭の盾を吊るして的にしている。
レギオンの外骨格も回収してあるが、それよりもシールドの方が硬いことが分かっている。
つまりこの的を貫通すればレギオンを倒せるということだ。
乾いた銃声が何度も鳴り響く。
弾の種類と的を変えてもう一度。
試射場で何度も発砲を繰り返す。
そしてテストの結果を確認する。
「つまり鉛弾だと貫通しない、軟鉄は貫通するがライフリングが摩耗するということか」
鉛は柔らかく外骨格を貫通しない。
鉄は貫通するが銃が摩耗する。
「えっと……硬いとすり減るなら軟らかくすればいい……金とか……」金属の価値の違いにこだわりのないカルが黄金の銃弾をつくればいいと提案する。
「金はちょっと貴重だから鉛かな……けど貫通しないんだよね」
「それでしたらライフリングという加工を止めるのはどうでしょうか?」
アルタはいっそライフリングがなければ摩耗対策を考えなくていいと提案した。
「うーん、それだと射程距離が短くなるから――ゴーレム達が危険になる」
銃弾というのは柔らかいことが求められる。
その方がライフリングが摩耗しないのと、爆発で弾丸が変形してライフリングに食い込み爆発エネルギーがより弾丸に乗せられるからだ。
「あの~軟らかい鉛を使う理由は――その、爆発で変形させてライフリングにかみ合わせたいだけですよね」
「ああ、その通りだ。それによって確か回転させて飛距離と命中率そして銃口の径に合わせることで爆発エネルギーを弾に移すんだと思う」
「でしたら芯材は鉄、その周りを鉛、そして硬くするために銅のメッキをすればコスト削減しながら摩耗を抑制できるのではないでしょうか?」
「面白そうだな。試してみよう」
第二次世界大戦後のソ連では高価な鉛の量を減らしてライフリングを保護するために鉛と銅メッキをしたスチール弾が採用された。 本来の目的は資源節約だったがその構造は徹甲弾と非常に似通っており、高い貫通性から徹甲弾と誤解されることがしばしばあった。
偶然ながら徹甲弾モドキを試射する。
それが硬い的を撃ち抜く。
「うおっ!? すごい貫通している!」
「これで……ついに…………」と声が途切れ途切れになるブロンズのゴーレム。
「アルタ?」「あぁ……もしかして……」
察した二人は急いで彼女の寝室へと向かう。
新しく設置したブザーを鳴らすが反応がない。
仕方なく中に入るとアルタが目を回して倒れていた。
「きゅ~~~~」
「あ、熱を出してるな」とオデコを触って確認する。
「すぐに……冷たい水を持ってくる」と言ってカルは飛び出していった。
「うぅ~ん、コージョーチョー様……」
「アル、ちょっと無理をし過ぎたな。当分は安静にしているように」
「すみません。すこし張り切り過ぎてしまいました」
彼女は長いゴーレム生活で染み付いた感覚と遠隔操作の魔力消費量そして体力のない生身という違いから魔力切れを起こしていた。
「遠隔操作による開発は当分禁止です。まずは基礎体力作りとしてトレーニングをするように」
「運動……いやぁ」と駄々をこねる錬金術師。
「まずは腹筋と腕立て10回ぐらいを目指そうか」
「……はぃ」
正統派ヒッキー系錬金術師は運動が苦手だった。
ミリタリーに造詣の深い人々ならノーヒントでAK47作ったという内容だと怒られそうなので、ショーシャモドキにしました。
本当はショーシャですらできないはずなんですが……そこは錬金術の試行錯誤のおかげという事で。