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第6話 レーション

レーションとは長期保存と大量生産を前提とした食糧の配給品になる。

主に軍隊などで支給されるものを指す。

どれほど訓練を積んでも兵士は人間であるのでレーションは美味しい方がいい。

だが技術力の低い時代はとにかくマズイ。


――レーション

 ――工場都市、寝室



 アルタは困惑していた。


 およそ150年ぶりの皮膚感覚の復活に。


 そのせいで寝ても起きても違和感を覚えていた。


 彼女は布団や身に纏っている服すら慣れない。


「うぅん、皮膚がかゆい」


 そして、意を決したようにふとベッドから起き上がる。


 部屋は暖炉によって暖まっている。


 木炭は赤々と輝きその輻射熱で火照る。


 そして空調設備も整っているので新鮮な空気が暖かい風と共に入ってくる。


 全ての服を脱ぎ去り、一糸まとわぬ姿をさらす。


 やっぱり何も着ない方が落ち着く。



 彼女は思い出す、王侯貴族は富と権力の象徴として衣服を着飾っていました。


 しかし市井の民では寝間着すら用意できないので、たしか……は、は、裸で寝ていた!


 うぅ……そう、私は王族でも貴族でもないのだから、だからこれからは……は、は、裸で……恥ずかしぃ。


 部屋の片隅で全身を真っ赤にさせながら身をよじる。


 いいえ、アルタこれからを思えば衣服について真剣に考えないとダメ。


 服は封印時に纏っていたこれだけ。


「くんくん、これは……そろそろ洗わないとダメね」


 以前は嗅覚がないから気にならなかった。


 けど今は無理、特にあの人に……くさそう……なんて思われたら、ムリムリ! ぜったいに無理!!


 うぅ……頑張るのよアルタ、とにかく編み物を進めて服を2着、できれば3着は用意しないと。


 うん、そうよそのためにも!


 アルタはインベントリから立て鏡を出して自身の姿を確認する。


 作りかけのセーターのような服のサイズ確認をする。 無理をすれば着られる状態だがまだ完成には程遠い。


 ふと、自らの体をまじまじと眺める。


 これが私。 スライムの時はお母様の姿を意識していた。


 今はお母様ほどではない。


 心と体の年齢が違い過ぎる…………もっと栄養をつけないと。



 一通り採寸がおわる。 その後、おもむろに小瓶を取り出して中に入っている液体を手のひらに垂らす。


「くんくん、やっぱりこれはいいニオイ」


 それはパインオイル。 この都市では数少ない香粧品。


 パインオイル――松科の木から水蒸気蒸留法によって抽出できるオイル。 皮膚へ塗ると抗炎症作用、湿疹などに対する殺菌作用もある。 皮膚のトラブルに悩んだ時に有効、ただし刺激が強いので使用量には注意が必要。


 アルタは少し薄めて肌に塗りこむ。 ずっと皮膚に感じていた違和感がすっと遠のく。


 ニオイもよくなった。


 暖炉の光とオイルによって光沢のある肌が強調される。


 さあ、次は白粉に挑戦よ。


 いま揃えられるのは小麦粉の粉、白色系粉末鉱物、そして白粉紙の3種類。


 そう、いきなり生活環境が変わったから気が付かなかったけど、わたし素顔を晒していた!


 これも無理、とにかくお化粧を100年越しにマスターしないとダメ。


 ただあの人によく見てもらいたい――そのための努力を始める。


 だが彼女は気づかない。


 防音性を上げたその部屋では近づく足音にも扉を叩くノックにも気が付いていない。


 そして――。


「アル入るよ。いま帰ってき――」


「き――」


 彼女は一糸まとわぬ柔肌を、オイルで瑞々しくも光沢のある肌を、その魅力を最大限に引き出した蠱惑的な後ろ姿を晒す。


 さらに立ち鏡によって後ろ姿どころか、全身余すことなくすべてが工場長の目に焼き付く。


幸か不幸か、暖炉の灯が反射して大切なところを守ってくれていた。


「きゃあぁぁぁっ!!」


「あが、あが……す、すまんっ!!」


「は、早くドアを閉めてください!!」


「わかった!」


 工場長は急いでドアを閉める。


 そして防音密室の中――二人きりになる。


 工場長は思う、しまったぁ!! 慌てて出る前にドアを閉めてしまったぁぁ!!


 えぇいとにかく何とか切り抜けるんだ。


「そ、そうだ。何か持って――」そう言って外に出ようとするが。


「そのまま動かないでください! すぐに着替えますので振り向いちゃダメですよ!」


「あ……ハイ」阻止された。


 無言。 そして無音。


 いや後ろでは服を着るために擦れる音がする。


「ん、しょっと……はぁはぁ……」と微かな声が漏れ聞こえる。


 部屋の中は暖炉の火で暖かい。


 そして木の香りが充満している。


 いいニオイだ。


「も、もう大丈夫ですよ」


 そう言われて振り向くと――。


「ってその恰好は!?」


 彼女は手編みのセーターとミニスカートを着ていた。


 だがそれは完成品とは程遠く、いろいろと素肌が露出している。


「ま、まだ完成はしていませんが大丈夫です。椅子がないので、さあこちらにお掛けになってくだしゃい」


 と言い長椅子に座る自分の隣を手で促す。 彼女は混乱している。


 この服、思ってたより恥ずかしいぃ!! そう思いつつも年上の余裕を見せようと無理をしている。


「いや、でもその服は何て言うか寒そうだし――」


「大丈夫です! 見てください今魔法で全身を覆っているので寒さは大丈夫です!」


 ウソである。


 本当は一度仕切り直したいが、それよりも近くにいたい。 離れたくない。


 そんな頭に花が咲いた状態になっている。


「魔法は見えないが、大丈夫というんなら――隣に失礼します」


 沈黙。


 暖かい部屋の中で顔を真っ赤にした二人は何も語らずにただ時間だけが過ぎる。


「あ、あのコージョーチョー様! 最近無理はしていませんよね。寝ていますか?」


 最初に沈黙を破ったのはアルタだ。


「ああ、もちろん大丈夫だとも」


 ウソである。


 工場長は連日の完徹作業で疲れ切り寝不足と疲労困憊で頭が混乱している。


「本当ですか? 目元にクマができていますよ」


 そう言って顔を近づけてまじまじと目元を観察する。


「いや、近……」


 そして目と目で見つめあう二人。


「あ――――!!?」


 そして二人とも急に目をそらす。


 アルタは思う、いけない素顔のままだ。恥ずかしぃ。


 うぅ年上なのに何で余裕のある対応ができないのよ。


 工場長は思う、可愛い。天使だ。女神だ。これはけ、けっ――。


 外は肌寒いだがしかし密室の中でほどよい湿度と少し高めの温度。


 そんな室内に厚着のまま入ってしまう。


 すでに工場長は頭が湯でタコ状態だ。


『ガチャッ』とドアが開き、カルがひょっこりとのぞき込む。


「あ?」「あ!」


 カルは考察する、際どい服、汗でしっとりしている肌、工場長も真っ赤。


「あぁ……今がお楽しみ中ですね……空気を読める空気になりたい……」


 そう言いながらドアを閉める。


「か、カル! 何か勘違いしてないか!!」


「あわあわ、はわわわっ」と目がぐるぐるになるアルタ。


「あぁ……大丈夫です。ボク空気読む。――無線連絡。全ゴーレムは寝室への立ち入りを禁止する。えっと…………明日の朝まで!」


「ま、まってえぇぇ!!」と叫ぶ二人。


 その後、誤解でもない誤解を解くために必死になるのだった。





 ◆ ◆ ◆





 翌日、冷静さを取り戻した工場長は食糧事情の改善に取り組むことにした。


 カロリー計測装置がより正確になったので大豆を含めた食糧の総カロリー数が予想より多いことが分かったのだ。


 だから食糧の一部を新たな創作へ使う余裕ができた。


 炭鉱を奪還するために急ピッチで蒸気機関車の改造を行っている。


 しかしあと数日は作業に時間がかかる。


 アルタにも休みが必要だと釘をさされた。


 そこで目先の資源も重要だが彼女のためにも栄養のある食事を考えることにした。


 今の食事事情は野菜のスープ・塩味、鶏肉のスープ・塩味、焼き鳥・塩味、大豆と小麦粉を練り込んだ謎の栄養バー・塩風味そしてシュワシュワ飲料である。


「よし、ここは王道であるパンを作ろう」


「モパ?」


 食事の試作に鉱物系ゴーレムは役に立たないのでモノを味見担当にした。


「ああ、だけど作り方なんて知らないが、なんとかなるだろう」


「……モゲ」と意識が遠のくモノ。


 工場長は微かな記憶と推理から製法を予想する。


 まずは小麦粉、そこに水をいい感じに入れる。


 そして混ぜる!


「モッモッモッ」と二人は棒を使って混ぜていく。


「よし、できたパンの種を焼いてみよう」


 焼き加減も知らない。


 しかし鉱物の1000℃という高温でも、石油の350℃という比較的低い温度でもなく。


 せいぜい200℃というごく低温だと推察する。


 そして焼き時間も水分の蒸発具合と表面の焦げ具合から10分程度のはず、と推理する。


 ――10分後。


 できたのは硬く表面が焦げた何かだった。


「モノどうだ?」


「モ……ッぺ」


 ダメだった――というか乾パンあるいはレーションだなコレは。


「よーし考えろ。あのふわっふわ感は何だ? たしか発酵! つまり微生物パワーが必要ってことだ」


「モパー??」微生物と言われて分かるのは近代から現代人だけだ。


 工場長は考える、しかし微生物の良し悪しなんてわからない。 彼女で試すわけにもいかないし、モノは……毒が効かないから当てにならない。


 さらに考える、発想を変えよう、つまり微生物が発生させる炭酸ガスこそがふっくらした感じの正体だ。


 つまりガスを混入すれば何でもいいんじゃないか?


「よし、という事で二回目は小麦粉に重曹を加えます」


 そう言って工業薬品を投入する工場長。


「モ、モガガガ……」と恐ろしい光景を見ているかのように驚くモノ。



 重曹――炭酸水素ナトリウム。工場都市の根幹をなす原料であるナトリウム系化学薬品の一つ。 また食品添加物として料理にも使われる。 食材に混ぜて加熱すると二酸化炭素ガスが発生して生地を膨らませることができる。



「お、今度はいい感じになったぞ」


「モレモレ……モグモグ…………んっモッケ―」


 とグッドサインを出すモノ。


「よしそれじゃあ、どれどれ……んぐ、ちょっと苦いな」


 さらに考える、苦いのは化学反応不足で重曹の味わいがでているのかもしれない。


 つまりソーダ水みたいに酸味を加えればより良くなるんじゃないか。



 ベーキングパウダー――重曹(ガス発生剤)に中和反応を起こして分解を促す酸性剤を加えた物。 このままだと勝手に反応するので市販品は小麦粉(遮断剤)などで分けられている。


「という事でクエン酸たっぷりの果実の汁を追加!」


 それを見て「モ、モ」と肩を叩くモノ。


「うん、どうしたんだ……ってそれはミルクじゃないか」


 モノはモーアー族のミルクが入った瓶を手渡す。


 それなら大豆油も少量加えればいい感じになるのではないだろうか?


 あとは糖分も加えれば苦みも何とかなるだろう。


「ありがとう。これでいい感じになりそうな気がする」


「モッケ―」とサムズアップ。


 こうして二人のツッコミ不在の創作活動が続く。






「あの、コージョーチョー様。これは何ですか?」


 工場長の上着を着こんだアルタが聞く。


 あの後、工業薬品を投入するという恐ろしい光景を目の当たりにしたカルによってアルタに発覚。


 お説教を受けることになった。


「たぶんパン、だと思います」


「…………」


 それは気泡に偏りがあり、べっちゃりしており、表面が焦げている。


 大きさもバルーンのように膨れたり、豆粒ほどだったりといろいろだ。


 そもそも適切な量や焼き加減を知らないのだ。


「いや、最後の方は成功してるぞ。ほら」


 そう言って渡されたパンと呼べるものだった。


「それでは一口……もぐもぐ……あ! 今までで一番おいしいですね」


 と目が見開いて口元が緩む。


「そうだろう。そのための犠牲が多いだけで食べられるものはできたんだ」


 一つの成功のために100通りの失敗パターンが並んでいる。


 今はそういう状況だ。


「あ、あとでスタッフが美味しく……頂きます」


 そう言いながら食堂の片隅で涙を流して美味しく頂いているモーアー達を見る。


 モノが美味しいパンを食べる、と言って連れてきた若手たちだ。


 普段雑草を食す彼らにとってパンとは異次元の食糧である。


 はぁ~っとため息をしてから。


「うふふ、ほんとうに仕方のない人ですね。調合と配合は錬金術師の本分です。あとでレシピを作りますからそちらを参考にしてください」


「あ、はい」


「モ、ハイ」


 その後、渡されたレシピを参考にしながら自動製造装置を作り、毎日の食卓にパンが追加された。


 その創作過程でできた乾パンは有事の保存食として生産が始まった。 すこぶる不評である。



 ちなみその後、工場長はモーアー達と一緒になって失敗作を食べ続けた。


 うん、ぐっちゃりだ。


その、なんて言うか一人称の時は主人公視点以外は出さないように意識して書いてました。

けど最終章は三人称視点だしたまにはヒロイン視点でもいいんじゃないかなと書いたらこうなりました。


次回はちゃんと炭鉱奪還になります。

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