第5話 偵察気球
な、なんだあれは!
空を飛んでるぞ!
村中の男衆を叩き起こせ!
作った奴を異端審問にかけるんだぁ!!
――バルトロメウ・デ・グスマン神父
都市では新しい試みとして気球が浮上した。
もっとも一般的な気球といえばガスバーナーで空気を熱する熱気球だろう。
しかしこの気球は次の研究のために水素を充満させたガス気球である。
球状のガス袋に水素を溜めて人が乗れるバスケットをつなげてある。
それは地上からロープでつながり係留する。
本来の目的は周囲の監視と観測である。
今、その気球から無線を飛ばす。
――鉄鉱山
『こちら観測気球です。ああ……高い……高い……どうぞ』と自作の無線機で発信するカル。
「こちら鉄鉱山、よく見えている。どうぞ」と双眼鏡を片手に工場長は応答する。
『あぁ、モーアーちゃん達を乗せたトロッコ列車は帰ってきたので、復旧資材と例のブツを送ります……どうぞ』
「了解した。それからアルタの調子はどう?」
『ええっと、とても寂しそうです。早く帰った方がいい……かな……あ、どうぞ、どうぞ』
「わかったよカル。できるだけ早く戻る。――それまでは彼女の傍にいてあげてね」
『はい、分かりました……もう下に……降りたい』
天灯から始まる一連の気球に関するノウハウが開花し始めたのだ。
工場長は考える、これでもまだ飛行船には足りない――それでも一歩前進だ。
――1時間後。
鉄道沿いに炭鉱へと偵察に出ていた部隊が戻ってきた。
それも途中で動かなくなっていた機関車をディーゼルエンジンで引きながらである。
資源ではなくゴーレムが乗っていたから低馬力でも動かせたようだ。
これで炭鉱で働いていた500名の労働者と100名の警備兵が手元に戻ってきた。
よかった。無事で何よりだ。
「ドアが歪んで外に出れないのか、工具を持ってきてくれすぐに直すぞ」
「はい、工具です」と助手ゴーレムが手渡す。
持ってきていた工具をつかい蒸気機関を応急修理する。
倒されてコアだけになっていたゴーレムも全て回収し直していく。
ドアをこじ開けて、中から労働ゴーレム達がワイワイ言いながら出てきた。
「敬礼!」
隊長が形式的に敬礼をする。
「敬礼!」と閉じ込められた警備ゴーレム達も敬礼をする。
労働者たちは意味が分からないから首をかしげる。
だが数体の労働ゴーレムが同じくバイザーを上げるような不思議な敬礼をする。
工場長はそれを見て違和感を覚える。
「ん? なんで労働ゴーレムも敬礼をしているんだ?」
アイアンはスケルトンのコアも使うデュアルコアという状態だ。
それにより連結したコアの情報を読み取って正しい敬礼をする。
労働ゴーレムはそういった前提がないので、見よう見まねで面白がってやることはあれど、初見で敬礼できるほど順応性は高くない。
労働ゴーレム? 違う、コイツは……魔物だ。 スケルトンだ!
「アイアン! その敬礼をしたゴーレムを取り押さえろ!!」
突然。
化けていたスケルトンゴーレム達が暴れ出す。
すぐさま警備兵は手持ちのショットガンを放つ。
1体を無力化。
その後も残り2体が逃げるように走り出すが、後ろから撃たれて取り押さえる。
「スケルトンのコアを取り出しました!」
「ふぅ、了解。 これがアルタの言っていた人に化ける、か」
あとで対策を講じたほうがいい、そう思った。
多少のアクシデントはあったが回収した蒸気機関の修理を再開した。
その最中に工場都市からも追加の物資が届いたので鉄鉱山が再稼働し始める。
工場長は鉱山の再稼働、蒸気機関の修理、鉄鉱山までの鉄道の延長工事、と主に3つの作業を割り振る。
連弩とパイク兵だけの頃に比べると圧倒的に強力な銃装歩兵達が周囲の安全を確保する。
魔物による妨害もなく順調に作業が進む。
遠くから轟音が聞こえる。
その直後に無線連絡が入る。
『採石場を奪還しました!』
「そうか! よくやった!」
採石場の魔物を倒すことに成功した。
占拠していたクモの魔物はそこまで強くなかった。
薄暗い洞窟内では数に圧倒されるが、開けた地上ではさして苦戦しなかった。
そして地下と繋がった洞窟を大量の爆薬を仕込んで爆破したのだ。
いつもの採石場でクモの怪人を爆破する、そんなことをふと考える。
いかん。 また思考が逸れている。
「よし、採石場にも人員を送る。奪還部隊はそのまま銅鉱山の偵察に行ってくれ」
『了解しました。さらに奥へと進みます』
通信が終わり、作業に戻る。
「工場長、いまきた物資に火薬がいっぱいあります」
「例のブツだな! さっそく鉱山で使おう」
例のブツと呼んでいるのはアンホ爆薬。 硝安油剤爆薬とも呼ばれる爆薬の一種だ。 硝酸アンモニウムと軽油からなるこの爆薬の特徴は低感度――つまり鈍感な爆薬で雷管で起爆しない。 それは作業中に暴発しないことを意味する。
これを起爆させるにはダイナマイトなどの他の爆薬で連鎖爆発させる伝爆という方法がとられる。
液体酸素爆薬という不安定な爆薬は使用しなくなり、代わりにアンホ爆薬による掘削が始まる。
何度も手順を確認して労働ゴーレム達が十分に作業ができるようになった頃――。
またしても無線連絡が入る。
『銅鉱山について報告です!』
その内容は想定外のものだった。
鉱山を襲ったワームはそのほとんどが息絶えていた。
そもそも持久力がないから待ち伏せするこの種の魔物が襲ってきたことが間違いだった。
この夏以降周囲の魔物が逃げ出しエサが断たれた時点で詰んでいたのである。
だがこの行動がより厄介の敵を呼び込んでいた。
それは――。
『グギャ! グギャ!――――ワームにロックバードが群れています!――――グギャ!』
「クソ! そっちが来たか!」
いま10羽のロックバードの群れがワームをついばむ。
そのまま何も起きなければそれでいい。
しかし、その習性は極めてカラスに近いことから工場都市に飛来するのは明らかだ。
過密になりつつある都市の上空で戦うのはできるだけ避けたい。
武器は――ある。
勝算は、もちろんある。
「無線連絡でカルちゃんと繋いでくれ。すぐに取り寄せたい物がある」
「少々お待ちを」と無線担当が言う。
カルと連絡を取り、試作段階の武器を運ぶようにいう。
それから2時間もすると最新の武器が前線に運ばれてきた。
「よし、高射砲を丘の陣地に配置するんだ」
「了解!」
高射砲とは対空砲の事であり、歴史的には1870年の普仏戦争で敵対勢力の偵察気球を打ち落とすために開発された小口径砲が最初である。 のちに飛行船や飛行機など航空戦力が増すとそれに合わせて高高度、高速照準、高速弾頭が求められるようになった。 何種類もある大砲の中で唯一空を攻撃することだけに焦点を当てた武器でもある。
「この弾頭にはカルちゃん特性の真空管が入っているから気を付けて運ぶように」
「ハッ! 了解しました!」そう言って慎重に弾薬を運び込む。
近接信管――VT信管とも呼ばれるこの砲弾は先端にレーダーと発振回路を内蔵しており、近くに物体があるとレーダーの反射を感知して起爆する。 そうすることにより上空の敵に必ずダメージを与えることができる。 これはそれまでの導火線の長さや機械式の調整で爆発するタイミングを決めていた従来の砲弾と違い自動で爆発するところが特徴的である。
この新しい対空砲は空の魔物のいるこの世界では最初に配備するべきだろうと、スミスガンと並行して作り出したものだ。
まだ試作段階だがこの高射砲の弾丸は薬莢を紙ではなく金属を使用している。
それは紙薬莢よりも連射性に優れていることを意味する。
とにかく数の多い魔物に対抗するための方策だ。
「こっちは何ですか?」荷下ろしをしていたゴーレムが訊いてくる。
「ああ、これは気球だ」
つい先刻、飛行を確認した気球の予備である。
工場長は部隊長へ命じる。
「この二つをすぐに配備するんだ」
「了解です!」
怪鳥狩りの始まりである。
◆ ◆ ◆
ロックバードは休息していた。
ワームというエサが得られたからだ。
少し休んだらあのキラキラと輝く場所へ行こう。 それは工場都市だ。
音がする。
ふと、見渡すとより輝くモノが目に入る。
近い。
山の近くに銀色に煌めく丸い球が浮いている。
「グギャ!」そう叫ぶと周りの仲間も叫びながら飛び出す。
風に乗り滑空しながらその球に近づく。
ガス袋の周りに光を反射する塗料が塗られて目立っている。
ロックバードは旋回しながら近づき威嚇する。
「グギャァァ!」
気球にはいろいろなものを乗せている。
拡声器。 係留線に銅線を這わせて拡声器と繋いである。 これで地上からロックバードに向けて暴言を吐いている。
電波受信器と電磁リレー。 これにより特定の電波を受信すると電気が走る。
小型バッテリー。 鉛蓄電池と呼ばれるもので受信機とリレーを動かす電源だ。
そしてアンホ爆薬、約500kgと電磁リレーに繋がった黒色火薬。
つまりこの気球は悪意の塊である。
気球の周りを旋回しながら威嚇する。
それを地上から確認した工場長は指示を出す。
「爆破しろ」
「了解! 爆破!」
地上から発した電波はすぐに気球の受信機がキャッチする。
そして電磁リレーが作動して500キロの爆薬が爆発する。
空中での大爆発。
そのとき発生した膨大なガスが爆風となって周囲を吹き飛ばす。
鳥とは翼の上側と下側の気圧差によって飛ぶことができる。
その瞬間、すべての気圧差が消し飛ぶほどの爆圧が発生する。 飛行が不可能になる。
さらに衝撃波によって鼓膜と三半規管が狂い、ロックバードは体勢を立て直せない。
10羽のうち4羽がそのまま落下して地面に叩き落ちる。 即死だ。
「高射砲撃て!」
その号令に合わせて高射砲10門が火を噴く。
そして何とか体勢を立て直そうとバタつかせる怪鳥の近くをかする。 その時、砲弾が爆発した。
爆発したのは3発だけ、あとは反応せず。
それでも飛び散る鉄片で翼がズタズタになり2羽が落ちた。
「第二弾撃て!」
さらに2羽が落ちる。
残ったロックバード2羽は体勢を立て直して急いで逃げ出した。
「これより落ちた敵の確認に行きます!」
「ああ、気を付けてね」
「ハッ!」
遠くに逃げていく怪鳥を見て工場長は思う、あの鳥はバカではない。 もう二度とこないだろう。
それにしても不発が多かったな。 高射砲――というより信管の調整が必要か。
それでも上手くいってよかった。 ほんとによかった。
ああ、疲れた。 なにせこのところまともに寝ていない。
早く帰ろう。
「蒸気機関車の状況はどうなってる?」
「応急修理はできたのでこのまま帰れます」
「よし、作業員と警備員以外は一旦戻ろう」
そう言ってホーム・ガードに探鉱作業員とそして警備部隊を乗せて工場都市への岐路に立つ。
バルトロメウ・デ・グスマンはポルトガル人の神父様。 1709年に飛行に関する研究で功績を上げて国王にも認められるも民衆の異端審問狂が過激化してスペインに避難。 その避難先で病で亡くなる。 享年39歳。
世界の惜しい人達の一人ですね。