第4話 鉱山奪還戦
王弟陛下の命によりこれより密集陣形の訓練を行う。
王都守護の5千の精兵よ密集せよ。
我ら王弟陛下、いや不死皇帝ルーキス様の親衛隊300が回りを囲い監督する。
なお、動きを確認する訓練なので装備を一切持たず砂漠遠征用の布服のみ着用せよ。
では訓練始め!
――ルーキスの包囲虐殺陣
戦時中、鉄道はどれほど空襲を受けようと数日後には応急復旧していたという。
それは鉄道が一点物の工芸品ではなく大量生産する消耗品だから交換が容易だったからだ。
手榴弾が降り注ぐ戦場は一転、復旧工事の真っ最中となる。
「オーライ! オーライ!」と労働者達が鉄道を直している。
「工場長、あと1時間で輸送は可能です」
「そうか分かった」と工場長は報告に返事を返す。
広がっている地図を見ながら考える。
鉄道は炭坑まで続いている。
この南門から始まりまず東へとまっすぐ伸びている。
そして鉄鉱山の付近から南へ曲がりまっすぐ進み炭鉱へと続く。
それは南部の蜂の巣を避ける為だ――意味はなかったけど。
つまりこれから鉄鉱山に向かうには鉄道で途中まで物資を運んでから徒歩になる。
これは炭鉱を優先して鉄鉱石を後回しにした結果だ。
「まあ、しかたないな。それでも途中までは設置工事はしてある」
「モォ?」とモノとその仲間たちがやってきた。
「やあモノと仲間たち。今日は鉄鉱山へ向かうんだが……」
「モォモォ、モガガ、ウラァァ!!」「ウラァァ!!」と戦うと言ってるようだ。
昨日一晩ゆっくり休んでいたのでホーム・ガード復活である。
「はは、頼もしいよ」
モーアー族達にはしばらく待機してもらう。
その間に蒸気機関車の組み立て工場へと向かう。
この工場は鉄道の上で車輪やフレームを溶接していって車両を作る場所だ。
作業員が慌ただしく動き回っている。
そして予備のパーツとトロッコを使い急ピッチで作り上げる。
「工場長、エンジン載せました」と作業員がいう。
「蒸気機関も過去のものか」と工場長は呟く。
新しい車両はディーゼルエンジンを乗せている。
たかが数十馬力だが鉄のレールの上なら80トンは確実に輸送することができる。
車両は軽量化のために骨組みだけだがそれでも10トン以上にはなる。
工場長は運べる物資は60トンと見積もる。 十分だ。
「よし、昨日作った新しい大砲を乗せる」
「了解!」
運び込まれる大砲には車輪がついている。
砲身は短いそしてライフリングがない。
大砲には種類がある。
比較的近距離でまっすぐ飛ばす平射砲、放物線を描いて山なりに落下させる迫撃砲、より遠くへ飛ばすりゅう弾砲。
今運び入れているのは車輪の付いている平射砲と何もついていない迫撃砲の二つ。
平射砲は駐待機という大砲発射の反動を抑制させる装置が付いている。
これが発明されるまでは打つたびに車輪が後退していた。
完全に固定させると軸が壊れるからだ。
近世以前の旧大砲の問題点は照準を定めて発射したときに反動で後ろに下がる。
だから最初の発射と二度目の発射の時で必ず狙いが外れる。 そのせいで照準を合わせるために何度も測量が必要になる。 つまり連続砲撃の精度が悪い。
しかし近代1840年代になると銃身だけを後退させる機構が発明されると、同じところに連射することが可能となった。
工場長は細かい造りを知っているわけではない。
ただモノづくりの基本原理に忠実に従って駐退機と似た動作のものを作っただけである。
つまりおおよその構造は油圧システムやバネを用いてショックアブソーバーのような物を作ることだろうと把握する。
『だが高速で移動するダイアウルフにまともに当てられるのだろうか?』
この疑問が平射砲をまったく別のものへと変化させていた。
この謎の平射砲は運搬時は鉄道幅の車輪で行い、鉄道以外では牽引して運ぶ。
使用時は90度に横転させて使う。
つまり車軸がそのまま旋回砲塔の軸になるのだ。
これと似た兵器が存在する。
スミスガン――第二次世界大戦初期のイギリスはダンケルク撤退の時にほぼすべての銃火器を喪失してしまう。 本土決戦が現実味を帯びる中でホームガード用に開発したのがスミスガンである。 運搬時は人力でおこない、使用時は90度に倒して使う。 車輪は旋回用なので車両での牽引が不可能という重大な欠陥があったりする。 こういった欠点と欠陥の多い兵器であるがパイクと違い修練を積んで愛着を持つホーム・ガード部隊がいたという。
「積み込み終わりました!」
「よし、全員乗ったな。鉄鉱山に向けて出発する!」
ディーゼルエンジンが稼働する。
剥き出しのトロッコのような車列にホーム・ガード達が乗る。
60トンの物資には火薬と大砲そして弾それに陣地構築用の資材を詰めるだけ詰め込んでいる。
目指すは鉄鉱山。 トロッコ列車が出発する。
◆ ◆ ◆
鉄鉱山はダイアウルフの縄張りと化している。
高速に動く巨体の魔物、その数126頭。
鉄鉱山を囲うようにしてホーンラビットを一カ所に集めている。
この魔物にとってゴーレムとスケルトンの違いはないに等しい。
数は多くても脅威ですらないスケルトンがなぜか威嚇してくる、それが魔獣たちの認識だ。
目障りな連中を始末して、大量の食糧を手に入れたと思っている。
今も飛び出してきたホーンラビットを避けては甘噛みしてじゃれている。
遊びに満足したら喰う。
一種の猟犬のようにエサの群れを囲んだのだ。
何頭かが耳を澄ませる。
遠くから何かがやってくる。 集団だ。 変な音がする。
そいつらは金属の棒の上を移動しながらくる。
少し遊んでやろう。
◆ ◆ ◆
ディーゼルエンジンの気の抜けたような音を立てながら工場長率いる鉱山奪還部隊は鉄鉱山のふもとまでやってきた。
「そろそろ物資を鉄道から下ろして徒歩で進んだ方がいいな」
「荷を下ろして警戒せよ!」と部隊長が意を汲んで部下に指示を出す。
トロッコで引っ張ってきた大砲を地面に下ろす。
さすがに200キロになる大砲を下ろすのに一苦労。
数時間ほどしてから前進を開始する。
鉄鉱山周辺およそ5キロ四方の木々は伐採してある。
全ては木炭を手に入れるためだ。
半分はげ山と化している鉄鉱山。
開発していた時はまったく気にしていなかった。
その見上げる鉄鉱山はとても不気味に見える。
双眼鏡で覗く、オオカミと報告にあったウサギは見当たらない。
たぶん岩陰に隠れているのだろう。
「あそこの小高い丘の上に陣地を作る。それまで頑張ってくれ」
「よいっしょ!」「モォォ!」
思い思いに声を上げ大砲を運び出す。
荷運びの油圧重機はあるにはあるが、舗装されていない場所なので満足に力を発揮してくれない。
もう少し時間があれば、いや時間があるなら別の案件を優先してたな、そう考える。
「工場長! イヌが来ました!」
向かってくるのは2頭のみ。
まるでこちらを狙ってくれと言っているようなものだ。
「打ち合わせ通り、大砲を横にして周囲の警戒をするんだ」
だが工場長は知っている。
この魔獣は囮役と後ろからの奇襲という戦術を使う魔物だという事を。
風は北から匂いを消すなら風下つまり南からだろう。
ゴーレム達が大砲を横に倒して車輪の面を地面に着ける。
そうすることで車輪の軸が大砲の台座の代わりをする。
大砲に紙に包まれた火薬を詰める。
そして弾丸をモーアー達が入れる。
弾丸も紙に包まれている。
包みの中には金属が大量に入っている。
それはネジ、あるいはボルトやナットなどの不良品だ。
工場では不良品が出ると赤箱という不良品箱に入れる。
そうすることで故障率や摩耗率などを視える化できるからだ。
実際に入れると班長が鬼の形相でやってきて部下を叱るので赤箱が使われることはない。
現場の創意工夫で見えない化をするからだ。
ゴーレム達は素直だ。 そして工場長はできる事とできない事を理解している。
だから赤箱にはかなりの部品が投げ込まれる。
ある程度集めたら高炉に投げ入れるのが工場都市の利点だったりする。
今回はそれを弾として使う。
こういった金属片を大量に詰めた弾をキャニスター弾と呼ぶ。
大砲版の散弾であり第一次大戦前までは主に突撃してくる騎兵を倒すために使われていた。
ショットガンと同じく近距離では広範囲にバラ撒かれた鉄が敵を殺傷する。
だが、欠点も同様で射程が極端に短い。
ミサイルで大砲を破壊し、歩兵は塹壕に強固に守られ、重装甲の戦車が闊歩する。
現代戦ではあまりに活躍の場が少ない弾。
だが、異世界の魔物相手ならこの上なく最上の兵器である。
「南! 岩影よりイヌ!」警戒していたゴーレムが言う。
予想通り南から近寄っていたダイアウルフ十数頭。
飛び出して襲ってくる。
「来たぞ! 狙って撃てぇ!!」
工場長が叫ぶとスミスガンの砲身を狼の群れに向ける。
それと同時に大砲が火を噴く。 轟音。
爆風によって包まれていた金属片が面となって広がる。
初速は他の銃弾と比べると遅い。
それでもダイアウルフには高速で飛び散る無数の鉄を避けることはできない。
集団の周囲に土埃が舞う。
煙が晴れるとさっきまで動き回っていたダイアウルフは虫の息だ。
「次弾装填! 撃て!」
何が起きたのか理解できず、しかし唸りながら睨みつける狼に二発目を当てる。
囮であるダイアウルフは急遽反転して仲間と合流しに戻る。
相手は強敵だと悟ったのだ。
「逃げたか……よし、予定通り丘の上に防御陣地を作って、そこから砲撃を行う」双眼鏡を覗きながら言う。
「ハッ! 全員スコップを持てぇ!」
「イエーイ!」
労働ゴーレム達がスコップと杭と針金で簡易陣地を構築する。
そして丘の上に迫撃砲を並べる。
スミスガンが目の前の敵を直接狙う大砲なら、迫撃砲は上空に打ち出して山なりに弾を撃つ。
それによって小型の迫撃砲でも飛距離は2~3キロメートルには達する。
砲撃はすぐに始まった。
そして鉄の弾をモーアー達が運ぶ。
それを見ていて、工場長はヴォイテクという名の熊を思い出す。
それは第二次世界大戦時に祖国を失ったポーランド陸軍と同行していた熊の話だ。
ローマ奪還のため輸送船に乗る際に可愛がっていた熊の運搬を拒否された。
そこでヴォイテクを軍属にして軍人だから乗船の拒否はできないとして、熊と共に戦地を駆け抜ける。
彼は砲弾の爆発にすぐに慣れ、弾薬を運びまわった。
今目の前のモーアー達が同じことしている。
そんな話を思い出したらふっと笑みが出た。
いかん集中だ集中!
爆音、爆音、爆音。
10台の迫撃砲が次々と火を噴く。
別に攻城戦というわけではない。
ダイアウルフの食糧であるホーンラビットを追い出す目的で撃っている。
工場長はゴーレム達の報告からかなりの大所帯かつ冬の食糧問題が発端だと考えた。
言ってしまえば嫌がらせ行為である。
変化はすぐに現れた。
最初の数発で驚いた一角兎たちは方々へ逃げる。
それを捕まえようと狼共も狩りを始める。
しかし雨のように降る鉄の弾を意識して思うようにいかない。
知恵ある魔物は決断をしなければならない。
砲撃を止めるために突撃をするか、この地を去りあてのないエサを探すか。
ダイアウルフは丘を睨みながら唸る。
「工場長! 来ました。狼の群れです!」
「よし、予定通りここで撃退するぞ!」
ダイアウルフは二手に分かれ、三手に分かれ、遠回りに周囲を囲むように走ってくる。
そう分散して襲ってきた。
数頭が突撃を何度も繰り返すが、何重にも張ってある鉄条網に足が絡まる。
そこへすかさずキャニスター弾を撃つ。
鉄条網含めて吹き飛ぶ――おっとこれでは守りが無くなってしまう!
「鉄条網に絡まった敵は散弾銃で倒せ! 少し離れているのを大砲かグレネードで狙うんだ!」
「了解!」
すぐさま問題を把握して運用を切り替える。
「工兵! 直せ直せ!」部隊長が言うと陣地を作っていたゴーレムが穴の修復を始める。
1㎞/100kg程度の有刺鉄線を5トン分は積んできた。
すぐには無くならない。
四方から一斉に攻めても最初の数頭が確実に犠牲になる。
何とか接敵しても散弾銃が待っている。
何より遠くから威嚇しても逆に威嚇射撃とグレネードでダイアウルフの被害が一方的に増える。
「ワオオォォォン!!」
咆哮。それを聞いて周囲の狼も吠えながら走り去っていく。
リーダー格は戦うより去ることを選んだのだ。
食い扶持を減らすことはできた。 関わるのを止めよう。
その後は拍子が抜けるほど呆気なく、ダイアウルフは二度と戻ってくることはなかった。
工場長は思う、前会った時よりも数が多かった。
もしかしたらスライムがいなくなってから複数グループが合流したのか。
まあ、何にせよ鉄鉱山を取り戻した。
今はそれで良しとしよう。
別にイギリスの珍兵器が好きというわけじゃないんですが、どういう分けか試行錯誤した武器となるとイギリスになってしまうのです。
断じて紅茶を飲みながら書いたのが原因ではない……はず。
ちなみにフレーバーの元ネタはローマのカラカラ帝によるアレクサンドリア住民包囲殲滅陣というほぼ実話です。 これだからローマ人は蛮族で困る。




