第3話 紙薬莢
この異世界はどいつもこいつも敬礼してうんざりする。
こっちは夢にまで見た異世界ライフを堪能するためにカッコいいバイザーまで作ったのに!
軍国主義みたいでファンタジー感が無くなっちまう……。
それにいちいちバイザーを取れとか煩わしい!
そうだ無視しよう。
――郷に入ったら郷に従いましょう
都市はスケルトンに囲まれていた。
だが攻め込んでは来ない。
矢が当たらないぐらいの距離をとり、じっと動かずに待つだけだ。
これは攻城戦。
兵糧が尽きて疲弊するのを待ち続ける城攻めの定石。
それは数ヵ月場合によっては数年単位の長期戦。
スケルトンにとって有利な戦略である。
だが知らない。
工場都市はそもそも植物工場から際限なく食糧が供給されることを。
そして今までの比ではない強力な武器が作られていることを。
――工場都市南部壁上
工場長達はスケルトンの規模の把握をしたら次の一手として大砲による威嚇射撃をすることにした。
突然の雨によって機会を逸してしまった大砲、その試射である。
「よし! 撃て!」
集まってきたスケルトンに対して大砲を撃つ。
だが想定よりも爆発力が高く大砲が自爆した。 ゴーレムは吹っ飛んだ。
黒色火薬による白い煙が視界を遮る。
「ゲホゲホ――えっ!?」
黒色火薬の白々とした煙が晴れると大砲の砲身は破損してみるも無残な裂けた姿になる。
これは火薬の量を間違えたのだ。
「なんてこった! だが量産する前でよかった。とにかく原因の究明が必要だな。すぐに大砲を下ろしてくれ」
「はい!」そう言ってゴーレム達と大砲を研究所に持ち帰る。
火薬の量が想定よりも多くなっている。
そもそも火薬の量つまり熱量はどのようにして計ったのか?
それは豆のカロリー計算に使ったボンベ型熱量計に黒色火薬を入れて測定をしたのが根拠だ。
工場長は危険性の高い火薬の測量や計量は実践主義ではなく理論値から算出する合理主義者だ。
しかしこの計算の仕方を間違えていた。
本来なら完全燃焼をさせるために、ボンベの中に純酸素を3MPsほど封入しないといけない。
それを疎かにした結果、実際の爆発力と計算上の理論値に乖離が起きていた。
工場長は試験と実際で熱量に違いがあると気付き、さらにボンベ型熱量計の未反応の火薬が多い事に気が付いた。
そこから完全燃焼のために高圧酸素を入れなければいけないと思い至るのにさして時間はかからなかった。
そこから計算上の理論火薬量と実際の爆破実験の手ごたえから必要な火薬量を算出した。
「よし、この計算量を元に火薬を包装してくれ」
「はい! すぐ作ります!」といい実験の助手数名が火薬の生産を手配する。
こうして黒色火薬の生産が加速していく。
だがダイナマイトを手投げするだけで倒せるほど魔物は甘くはない。
だから火薬を用いた武器つまり銃火器を開発しなければいけない。
研究所を離れていつものギルドに戻る。
落ち着いて設計できる場所がここぐらいだからだ。
リレー式計算機が置いてあることも理由としてある。
工場長はずっと考えていた『現状でもっとも使える銃とは何なのか?』と。
その考えた末にエアライフルの生産ラインをそのまま活用できる武器という結論に達する。
エアライフルは中折れ式という弾込めを後ろからおこなう方式を採用している。
このような形式にしたのは火薬を必要としないエアライフルの特徴と、のちに薬莢を量産したときすぐに転用できるようにという思惑もあった。
それでも変更箇所は多い。
空気圧の関係からエアライフルの弾は小さいほうが都合がよい。
しかし火薬となるとその爆発力に耐えられるように筒の大きさが大きくなり、それに合わせて弾も大きくなる。
またライフリングというネジのような線条を筒の内側に付けることで弾を回転させ飛距離と命中精度を上げる加工も必要になる。
時間が足らない。
そこで生産コストを一気に下げるためにライフリングをしないことにした。
開発方針はシンプルだ。
『ゴーレムが使い、命中させやすい、ライフリングのない単発式の、近距離使用の銃』
そのような都合のいい武器を考える。
――それは散弾銃。ショットガンと言われる銃器だ。
ケースに無数の金属を詰め込み火薬によって発射して、銃口から飛び出すと金属片が面に広がって当てる。
そのような特性から近距離で使うのならライフリングの意味はあまりない。
「――が、これでも扱いづらい。さらに変更だな」と呟く。
ここから更に銃身を短くし飛距離を犠牲にして拡散範囲を上げることにする。
ソードオフショットガンと呼ばれるそれは近距離であまりに高威力で小さく持ち運びが容易な武器だ。
その事から法的に所持も加工も禁止されている武器でもある。
ひとまずの作りたい物が決まった。
一息ついた時――。
「コージョーチョー様~~」
後ろから不機嫌な天使の声がする。
◆ ◆ ◆
いろいろ思い当たる節がある、むしろ節しかない。
振り向くとそこには不機嫌という漢字が後ろに浮かび上がるかの如く、不機嫌なアルタがそこに居た。
「もしかして外を見た?」
「ええ、流石に窓のない部屋にいると気が滅入りますので、ええぇええぇ気分転換に外の空気を吸いに出ましたとも。そしたら何ですか! あの虫の死骸の山は! 今思い出しただけでも……ひぃぃ」
そう言いながら身震いをする。
キラーホーネット殲滅戦から勢いに乗ってスライム討伐。
つまりキラーホーネットの死骸の山が手付かずに放置されていた。
その光景、まさに死屍累々である。
これ以上は隠しようもないと工場長は今までの経過を包み隠さずアルタに打ち明けた。
そして――。
「コージョーチョー様、なぜいつも無茶をするのですか! ホウレンソウです。前おっしゃっていたホウ・レン・ソウです!」
「いや、あまり心配させたくなかったからね。それにお互い様じゃないか、ね」
相手を心配させたくないと裏でこっそり進める。
結局のところこの二人は似た者同士なのだ。
「……ま、まぁ、そうですね」とそれ以上追及はしない。
彼女は、自分を想ってのことだと思いちょっと嬉しくなっていた。
「と、ところでそれは何をしているのですか?」
話題を変えよと思い工場長が持っているモノに興味を示す。
「これはフラッシュペーパーと言って燃やすと――」
そう言って紙に火をつけると軽い発火音と共に一瞬にして消える。
フラッシュペーパーとは手品でお馴染みの一瞬光る謎の発火現象の正体だ。
それは火薬の一種であり、燃やした後にほとんど何も残らないという性質がある。
「ほわっ!? 何ですかそれは!!」
「はわっ!? ……ビックリした……恥ずかしい……」
アルタの後ろにはカルがついて来ていた。
看病を任せていたのだから当たり前である。
「これは黒色火薬と似ている火薬の一種だよ。威力が下がる代わりに煙が出ないのが特徴なんだ」
「それを今後使っていくのですか?」
「いやまだ少量生産しかできていないから包み紙に使うだけだ」
「包み紙?」と二人が同時に言う。
「ああ、これを――」そう言って原理とやりたいことを説明しようとして気が付く。
目の前にいるのは療養中の女性であるという事を。
「カルちゃん、説明はまた今度にしてこの母親をベッドに戻そうか」
「……うん、あれやってあれやって」とお姫様抱っこのジェスチャーをするカル。
そのリクエストに応えてアルタを頑張って持ち上げる。
「ま! 待ってください!! 歩けます! 歩けますから!!」
有無を言わさずに部屋まで運ぶ。
――閑話休題。
「くちゅん」
「あ、顔紅いし熱もありそうだな。風邪かもしれない」
「うぅ……申し訳ありません」
「いいよ。それより落ち着いたら栄養の付く食事を用意するね」
「……あとは服が必要。……たぶん」とカルが言う。
「服か……服の量産ってどうしよう?」
「いえ、それでしたら毛玉と棒を用意していただければ手編みの服を自分で作れます」とアルタが言う。
「なるほど、後でモーアーの毛玉を送るよ。けど無理はダメだからね」
「はい、わかっています」
部屋を出ようとした時、ふと思い出したことがある。
「そう言えばゴーレムについて一つ気になっていたことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「このゴーレム達がする敬礼ってどういう意味があるか知ってる?」
そう言って敬礼に似ていながら親指だけを離してメガネを持つようにして、そのまま上へおでこ付近に持ち上げるジェスチャーをする。
「あらあら、うふふ、それは昔からある騎士たちの敬礼ですね。あはは懐かしい」
そう言って久しぶりに昔の事を思い出して笑いだす。
「こほん、失礼しました」
「いやいいよ」
「えっと、わかりやすく言うと騎士たちは頭部を守るためにフルフェイスのヘルメットを付けます。しかしそれだと誰が誰なのか分からなくなります」
なるほど、その通りだと思った。
「そこで本人確認のためにバイザーを上げて自分は味方だと挨拶のようにしているのです」
敬礼――その起源はフランス騎士たちが互いの確認のためにバイザーを上げた動作から始まると言われている。 魔物とくに人に化けるゴーレムや魔物の類が存在する世界ではバイザーを上げて確認するのは死活問題であり、それはそのまま文化レベルに浸透するほどである。
工場長は中世に思いを馳せる、映画やアニメでよくある騎士の甲冑に身を包んで潜入するというのは無理な話なのかもしれないと。 よかった中世の騎士たちはそこまでバカじゃなかった。
「ですので城門や関所では騎士や商人の方々が、敵意は無い魔物ではないという挨拶としてこのバイザーを上げる動作を必ずします。ふふ、それを見た町の子供たちは騎士の真似事としていつもその敬礼をするんですよ」
彼女は貴族が馬車や馬にまたがり移動するたびに街中の人が自ずと不思議な敬礼をする。
そんな光景を懐かしく思い振り返っている。
違和感というより疑問が一つ解けた。
もしかしたらこの世界では敬礼を拒否すると問答無用で斬られるかもしれない。
魔物という脅威があるのならそうなるだろう。
ニンジャとか大変そうだな、といつものように思考が脱線する。
そんなこんなで結構、時間が経ってしまった。
まだまだやるべきことがあると言い部屋を出ようとする。
「コージョーチョー様、行ってらっしゃい。必ず帰ってきてくださいね」
「ああ、必ず戻るよ」
そう言って次の敵であるスケルトン討伐、そしてその後のダイアウルフ討伐の準備を始める。
◆ ◆ ◆
――翌日、早朝。
スケルトンは積極的に攻撃することはなかった。
あらかじめ決められたルーチンワークに従う。
それは出入口をすべて囲んで餓死するのを待つという古典的な手法である。
マスター不在ゆえに西の油田地帯の簡易防壁を壁の延長と認識している。
つまり東門と南門に集中しつつ3万体以上のスケルトンが壁を囲っているのである。
その目的は城から出入りする者を捕らえる事のみ。
「まったく、邪魔でしかない。しかしこれはアイアンゴーレムが増えると考えればいい事か……それじゃあスケルトン狩りを始めるぞ」
「ハッ! お任せください!」
壁上に並ぶスケルトン攻撃部隊は新しく配備した武器を持つ。
散弾銃ではない。
それは銃の銃口に先頭が丸い容器がついた不格好なものだ。
「狙えぇ! 撃てぇ!!」
そして合図に合わせて少し離れた敵に対して銃を向けて撃つ。
それはグレネードランチャー。
ショットガンと同じくライフリングが不要で火薬の爆発を推進力としてグレネード、つまり手榴弾を飛ばす武器だ。
丸い容器の中に火薬と金属片が多量に詰まっている。
壁上から大量の手榴弾が投下されスケルトンのすぐ近くに落ちる。
数百もの手榴弾は爆風を起こしスケルトンの骨を粉々に消し飛ばす。
エアライフルや連弩のような点を突く攻撃はスカスカの体に当てるのが難しい。
だが面で吹き飛ばす爆弾には抗う事が出来なかった。
爆音に次ぐ爆音。
一瞬のうちに万の軍勢は半数にまで減る。
「門を開けろ!」
その号令により門が開き、中から武装したゴーレム部隊が追い討ちをかける。
こちらが持っている得物は散弾銃。
筒の中には弾を発射する火薬と大量の鉄の弾がまとめてある紙製薬莢が込められている。
その紙はフラッシュペーパーと呼ばれているニトロセルロースだ。
都市から打って出た部隊は整然とスケルトンへと歩いていく。
そして残ったスケルトンに対して至近距離から散弾銃を放つ。
「撃てぇ! 撃てぇ!」
散弾銃を撃つたびに手元で光熱がでる。
そして弾を装填する。
撃つ、手元が焼ける、再装填。
紙製薬莢が廃れたのは中折れ式の銃の隙間から爆風が漏れて手が火傷するからだ。
その対策としてあの金属薬莢が誕生した。
すき間を金属のケースで内側から覆うことによって爆風の方向が銃口側にしか向かないようにしたのだ。
「撃ちながら進めぇ!」
だがそもそも痛覚のないゴーレムにとってそういう欠点は問題にすらならない。
人ならざる者の強みだ。
この散弾銃の唯一の難点は連射ができないことぐらいだろう。
だがその程度の欠点は量産した銃と攻撃部隊500名という数を揃えることで補う。
無数の弾が範囲で襲いスケルトンの骨を粉々に砕く。
壁門が開いたことで遠くのスケルトンが続々と集まってくる。
しかし密集したら今度は上から手榴弾の雨を降らす。
もはや一方的な攻撃。
3時間もしないうちに戦いは終わった。
やはり火薬兵器は集団で使うとこうも凶悪になる。
怖いな。
「……今日中に鉄鉱山も奪い返すぞ」
自分が作る物に恐怖しながらも生きるために次の一手を打つ。
戦いはまだ始まったばかりだ。
火薬については詳しい製法は記述するつもりがないのでご容赦ください。
あるとしたら原材料について少し書くぐらいですね。
それにしてもやっとか豆のカロリー計算の伏線回収できた。




