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第1話 反撃開始

精霊教会はその長すぎる歴史から矛盾が至る所に存在する。

矛盾を抱えたままあまりに権威主義に偏ったため宗教改革が各地で巻き起こった。

それが北大陸全土を巻き込んだ宗教戦争の発端になる。


――宗教戦争


 大雨が止み小春日和の中、工場都市は騒がしくなっていた。


 移動することができない植物達の化学防衛がキラーホーネットを刺激して、そのおびただしい魔物の群れがついに飛来してきた。


 その総数は軽く5万匹に達する。


 まるで雲のように工場都市を覆いつくす。


 それに対して壁上の警備ゴーレム300名が迎え撃つ。


「撃て! 撃て! 撃ち尽くせ!」警備隊長が叫ぶ。


 しかし圧倒的な数の暴力に対してエアライフルは無力に等しい。


 サブウェポンと化した連弩でも同じである。


 この武器は弾数10本の矢を再装填しながら分間30発放つことができ、300名が一斉に使えば分間で約1万本の矢が飛び交う。


 けれど痛覚のないこの種の魔物に1、2本当たっても止まることはないし、広がって襲う魔物に対して弾幕が薄すぎた。


 迎撃が始まって1分の間に500匹以上は打ち落としたが、懐に入られた時点で連弩の発射はすべて止まった。


 不死と言えどまとわりつく魔物の群れに身動きが取れなくなったのだ。


 工場都市内にあるスチーム砲は沈黙している。


 先のレギオン戦で都市内部の警備部隊は機能不全に陥っており、満足な迎撃ができなかった。


 そして、おびただしい空飛ぶ虫の軍勢が工場という工場に張り付きしきりに攻撃をし始める。


 これは本能だ。 ただ本能に従って攻撃を行う。


 唯一被害を逃れているのは工場都市東部最大地区である溶鉱炉区画だけである。


 常時1000℃にもなる高温作業地帯はいかに魔物と言えど生きていけない。


 そこで平然と作業をしているゴーレムが異常なのだ。


 しかしそれでも燃料の供給が完全に止まれば高炉はお終いである。


 備蓄燃料はまだある。 鉄鉱石の在庫もまだある。


 だが供給網は止まってしまった。


 最も被害を受けているのが研究所と呼ばれる川上にある施設だ。


 そこから漂う芳香物質に引き寄せられ数千のキラーホーネットが群がっている。


 その光景は蜂の巣にびっしりと群がるかのよう。


 無線連絡の指示に従い出入り口をすべて塞ぎ、研究所のゴーレム300名が籠城している。


 工作機械群の製造ラインではエアライフルを改造した新兵器の製造が始まっている。


 しかし数が少なく供給するすべがない。


 アンモニアの本格的な製造が始まり、あと少しで火薬の量産体制が整うという時に襲われたのだ。


 生産が間に合わなかった。




 ギルドと呼ばれているこの都市の中枢はまだ無事だ。


 無人の部屋で時を刻む。


 カチカチと電磁リレーが時を刻む。


 その音に合わせてニキシー管が時刻を表示する。



 ――12:00:00――



 カチカチカチ、工場都市は止まりかけている。








 ――ギルド2階、寝室


 ベッドで安静にしていた錬金術師アルタが少し起きて、工場長が持ってきたゴーレムコアを調べている。


「これは、ゴーレム達との主従契約が切れたみたいですね」と彼女は言う。


「ということは自立して勝手に動いているということか?」


「はい、カルちゃんの時から薄々その可能性はありましたが今ならわかります。いまこの子達のマスターは不在ですね……」


 本来、錬金術師とゴーレムは主従契約を結び使役する。


 そうしないということを聞かないからだ。


 しかし錬金術師本人がゴーレムコアを介して使役したことからイレギュラーが発生していた。


 コアとのパスが一時的に切れた時にこれら契約も解消されていたのだ。


「うん? それにしては作業とかに問題が起きていなかった気がするんだが?」と工場長は疑問を呈する


「ふふ、それは皆あなたのことが大好きだからですよ」そう笑いながら答える。


「工場長スキー」とストライキを起こしたゴーレムコアが言う。


 その予想外の回答にドギマギしながら咳払いをする。


「こほん……えーと、それじゃあストライキ組を説得してみるよ」


「そうですね。たぶん大丈夫ですよ。拒絶さえしなければいう事を聞いてくれます。みんないい子ですから」


 その言葉に相づちをうち、連れてきたゴーレムと共に部屋を出る。


 外に控えていたカル・ゴーレムに、彼女を頼んだと言って歩き出す。


 窓の外にはキラーホーネットが張り付き入口を探している。気持ち悪い。


 工場長は弱り切っている彼女に不要な心配をさせないために嘘をついている。


 新しい部屋は防音対策として窓が付いていない。


 だからまだこの異常事態に気づいていない。


 それでも外が騒がしい事に感づいたために咄嗟にストライキの話をして、差し迫った脅威ではないように装った。


 なぜならつい早朝にレギオンに襲われて工場が一つ爆発したばかりだ。


 彼女にはまだ安静にしてもらいたい、そう考えていた。


 ゆっくりと階下へと進みながら現状の打開策を考える。



 ギルドの広間にはストライキを起こしたゴーレム達が静かにたたずんでいる。


 非常事態に春闘が下火になるようにストも一瞬で沈静化していた。


「あ、工場長だ」と呟きゴーレム達が一斉に振り向く。


「やあ、それじゃあさっきの続きだけど、人数分の褒美は何がいいかな?」


「今大変そうだしねー」

「ねぇ」

「また今度でいいかなー」


「ハッ! 自分たちは一緒に体操がしたいです!」とアイアンが言う。


「体操って朝のラジオ体操? そんなのでいいの?」


「はい! その方がいいです!」


 その程度でいいのならと、ここに新しい契約が成立した。


 その時、工場長の脳裏にまるでイェニチェリみたいな集団だなと思った。


 イェニチェリ――モンゴル帝国が去った後のアナトリア半島で勢力を拡大したのがオスマン帝国である。 その拡張期に活躍したのがイェニチェリと呼ばれる精鋭軍だ。 モンゴルによってもたらされた銃火器で武装した今までにない歩兵軍。 その特権の一つに皇帝と食事を共にする権利がある。 それは皇帝と寝食を共にすることで高い忠誠心と士気を併せ持つということだ。 ゆえにイェニチェリは巨大なスプーンを背負い、戦鍋旗を掲げ、マイスプーンを額の羽根飾りに忍ばせ、何者にも恐れず立ち向かう中世最強にして不思議な軍隊となった。


 食事も金も必要としないゴーレム達はそれ以外の何かによる結束を望んだとしてもそれは不思議な事ではない。




 ◆ ◆ ◆




 ストライキを起こしたゴーレムは労働ゴーレムが25名。 警備ゴーレムが11名の計36名になる。


 それ以外のゴーレムは工場から出ることができず合流できない。


 移動するにもまず武器が必要になった。


 例え数的不利だとしても何も持たないというのは自殺行為でしかない。


 そこで僅か36名のゴーレムを再武装させるためにギルド内にあった建設資材を加工する。


 魔力を纏った攻撃は凶悪でアルタのコアを破壊した。


 その対策のために工事現場用のヘルメットにコアを守るためのバイザーを取り付ける。


 建築資材であるパイプの先端にナイフやフォークさらには包丁を括り付ける。


 そうして36名のホーム・ガード・パイク兵が誕生した。


 ホーム・ガード――第二次世界大戦中のイギリス、フランスが降伏しナチスドイツとの本土決戦が現実味を帯びていくなかホーム・ガードという民兵が組織された。 深刻な物資不足の中で時の首相チャーチルは陸軍省に対して、「たとえ全国民が鎚矛や槍しかなくとも武器を持つべきである」と鼓舞して民兵の武装化を促した。 その書簡を受け取った役人はなぜか文字通り受け取り、パイプに銃剣を溶接して国中のホーム・ガードに配備した。 そして議会で非難された。



「よしできた。まあ素手よりかはマシだろう」


「ハッ! 必ずや工場長をお守りします!」


「そう言ってくれるのは嬉しいな。それじゃあ行こうか。まずは研究所の確保だ!」


「ハッ!」


 そう言ってバイザーを持ち上げる不思議な敬礼をするアイアンゴーレム達。


 そこに少しばかりの違和感を感じるが今は目の前の問題に取り組みべきだと切り替える。


 総数36名の槍の部隊と共に、目指す場所は研究所。


 反撃が始まった。




 ◆ ◆ ◆





 ――ギルド下水道


「ギギッ……ギィギ……」


 薄暗い地下道に住み着いた大ねずみにパイクを突き刺して倒した。


「魔物を倒しました!」


「腐敗しても困るから、そこの3名で焼却処分しといて」


「了解!」


「よし、まだ先は長い。どんどん進もう」そう工場長は言う。


 工場長達は測量で得た地図を片手に研究所へと向かう。


 さすがにキラーホーネットが飛び交う外へそのまま出ることはできなかった。



 下水道だが水は流れていない。


 なぜなら川の氾濫に備えて一時的に水の処理を止めていたからだ。


 網の目のような下水道を最短ルートになるように進む。


「工場長! 奥から何かが向かってきます」


 全員で警戒する。


 持っているランタンを奥へと向ける。


「ん? あれは……」


 ネズミよりも大きい。


 そいつは人と同じぐらいの大きさの毛むくじゃらの集団だった。


「モァ? モ! モァモァ!」


 モノ率いるモーアー族だ。


 モーアー族達が魔物の襲撃から逃れるように地下へと逃げてきていた。


「モノ達も無事だったのか」


「モゥモゥ!」


「それはよかった。こっちはこれから反撃のために研究所へ向かうところだ」


「モゥモゥジョ……モーアー、モゥモゥ、モガガ!」


 ジェスチャーから共に戦うと言っていることを理解した。


「一緒に戦ってくれるのか?」


「モゥモゥ」


「それはありがたい。アイアン、すぐにモーアー達に武器を渡してくれ」


「ハッ! 了解です!」


 こうして36名のホーム・ガードにさらに101名のモーアーが加わり137名の混成(アマルガム)部隊となった。



 アマルガム――水銀を他の金属と混ぜ合わせたものをアマルガムという。 フランス革命期、王族を処刑する狂気の集団の誕生に周辺諸国の王たちは恐怖した。 それによりフランスは対仏大同盟を結成した列強諸国の大軍勢と対峙することになる。 それに対抗するために未経験の義勇兵や志願兵を大量に動員する、が練度の差が著しかった。 そこで正規兵と志願兵を混ぜ合わせるアマルガム制を導入して短期間に質の低下を抑えて大量動員することに成功する。



 モーアー達が加わってからはすんなりと研究所までたどり着いた。


 数が一気に増えて魔物が逃げ出したのだ。


 点検用のハシゴを登り――なに? パイクを担いでると登れない!? これだから原始的な武器は!


 そう思いながらもまずは数名がハシゴを登り安全を確保する。


 次に資材にあった針金を垂らしパイクを括り付けて持ち上げる。


 そんな細々したことに数十分時間をとられたが研究所内へ入ることができた。


 落ち着いたら地下室を作り楽に登れるようにしよう。 そう思った。



 研究所は薄暗かった。


 次の試験のための風洞実験装置、小型の模型にいくつも並ぶ材料試験機、どれも動いていない。


「誰かいないか!」


 そう言うと奥から助手ゴーレム達がやってきた。


「あ、工場長!」


「ここは無事か?」


「はい、ただ外壁にはハチがいっぱいです。みんなは言われた通りに出入口を資材で塞いでいます」


 研究所とは無線連絡が通じたので先に指示を出していた。


「そうか無事でよかった。できるだけ人員を集めてくれ、これから化学棟に向かう」


「はい!」


「隊長達はハチ共が中に入ってこないように守ってくれ」


「了解!」そう言ってやっぱり不思議な敬礼をする。


 モーアー達も武器を持ち、足りない分は研究所内にあったパイプを持ち周囲を警戒する。



 研究所は常に拡張を続けており、上から見ると「E」のような形になっている。


 三つの棟とそれらをつなぐ連絡路で構成されている。


 棟はそれぞれ材料機械実験棟、電子電気実験棟、化学実験棟に大まかに別れている。


 連絡路で繋いでいるのは、各棟を渡り歩いているときに爆発しても安全だろう、というだけの理由である。


 だから連絡路はしっかりした壁で覆われている。


 偶然であるがそれによってハチと戦わずに進むことができた。


 その連絡路を進む。 小窓にはすべて板が打ち付けられている。


 板の隙間からハチの羽音と節足が見え隠れする。 気持ち悪い。


 それから研究所に立て籠もっていた研究員300名と合流して化学実験棟で作業を始める。


 化学実験棟は様々な薬品や石油クラッキングで手に入ったガス類のボンベが並んでいる。


 そして棟の一区画にはガス袋が浮いている部屋がある。


 これは飛行船の浮袋が漏れないかの試験である。


「それじゃあ、今から言う化学薬品をありったけ持ってきてくれ」


「わかりました!」と助手ゴーレム達が言う。


 途中何度かバリゲードを突破したハチと戦うことになるが、痛覚のない鉱物兵と毒耐性を持つモーアー族のアマルガム部隊が終始圧倒する。


 それでも数の差は大きく防戦の一方だった。




 数時間ほどが経ち、辺りは夕暮れになっていた。


 それでもハチは都市を覆い尽くすほどいる。


 むしろ後からさらにやってきて数が増えている。


 だが鉄とレンガとコンクリートでできた工場を破壊するには至らなかった。


 その間に工場長達の準備は整った。


 後は合図を送るだけだ。






 ――工場都市全域


『バルブ! 開け! 今!』スピーカーから都市全域に響く合図。


 それから数分もせずに至る所からガスが噴出する。


 工場都市の地下と地上をつなぐマンホールから噴き出しているのだ。


 それは化学棟にあった有毒ガスを窒素ボンベに高圧力で封入したもの。


 キラーホーネットに有効なガスの撒布――つまり殺虫剤である。


 それらボンベを研究所から地下道を巡って様々な箇所に設置した。


 工場都市南部は瞬く間に殺虫剤のガスに包まれる。


「ギチギチ……ギギ!! ギ……ギッ…………」


 ガスを吸った魔物達は苦しみだしバタバタと倒れていく。


「シュー、シュー、どうやら効果は抜群の様だな」と酸素ボンベと窒素ボンベの呼吸器をつけながらしゃべる。


 耐毒生物のモーアー達にも効果はない。


 ハチだけが苦しんで倒れていく。


 それもそのはずだ。


 研究所で調べるとき有効か否かの被験体が壁一枚向こうにいくらでもいたのだから。


 だからガス類からすぐに効果のあるガスを見つけ出すことができた。


 1時間後には無数のハチの亡骸が都市を埋め尽くしていた。


 北風の影響で北部のレギオンには影響はないがそれでも南部にいたキラーホーネットは全滅した。


「まずはひと段落といったところか」


「モフゥ~」とモノも疲れを見せていた。


「だがまだ休むことはできない。各工場の状況を確認する。全員で手分けして調べるぞ」


「わかりました。それでは各工場の担当者から状況を聞き取ってきます」


 工場長も生産工場へと赴く。


 そこで次の敵に対抗する武器を作り始める。


 都市はまだ危機的な状況だ。

戦記風という事で一応三人称戦記型で書いていきます。

そして最初の武器がイギリス版竹槍部隊という。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヒャッハーアルタさんが治ったらキラーホーネットの魔石で戦力増強だー >その書簡を受け取った役人はなぜか文字通り受け取り、パイプに銃剣を溶接して国中のホーム・ガードに配備した。 うーん、英国…
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