第16話 スタンピード
クッハハハッ! 兄上も遂にくたばったか!
老いを恐れ錬金術師どもの秘薬に漬かり数百年。
見た目だけ若いボケ老人がぁ……クッハッ!
俺は違うぞ! 見ろ! ハイエルフの首を切り落とし移植したこの肉体を!!
今日からこの国は俺の――不死皇帝のものだ!!
まずは兄に付き従った聖職者どもを血祭りにあげろ!
そしてあの白の壁を赤く染め上げるのだ!!
――古代魔法王国ムール・不死皇帝ルーキス
爆風で酸素工場は吹き飛んだが、元々爆発の危険があるので複数建ててリスクを分散していた。
だから生産と供給に問題はない。
二次被害も特になさそうでよかった。
さて目の前にはこの世界に来て初めての異世界人がいる。
つまり第一村人ならぬ第一異世界人だ。
この世界の人々がどういう姿なのかいろいろ懸念していた。
例えば目が四つとか、あるいは角が生えてるとか、肌の色が青とか。
けど目の前にいるのは普通の人だ。
べつに耳が尖ってるとかそういったのはない。
この少女が今まで一緒に開発してきたゴーレムの中の人とは信じられない。
いや信じるけどさ。
まず封印についていろいろ聞きたいことがある。
しかし彼女を見ると薄着で――だからかじかんでいた。
これでは風邪をひいてしまう。
儀式用の薄着で裸足という姿は、この寒空の下では可哀そうにしか見えない。
だから上着を彼女にかけて問答無用で抱きかかえてギルドへと向かう。
「こ、コージョーチョー様! そのやめ、ひゃう!?」
「はいはい、靴が無いのに裸足でここまで来るのがいけない」
「それはコージョーチョー様が心配すると思い……うぅ」
それなら最初から封印関係の話をしてくれればよかったのに――まぁそれは後だ。
「お姫様抱っこ……お姫様抱っこ」と呟きながら顔を真っ赤にするお姫様。
考えるな。今は安静にできるとこまで歩くんだ。
そう言えばカルがいたはずなのにどこに――。
「あぁ……お姫様抱っこ……尊い……」
ダメだこのゴーレム、母親と思考パターンが一緒だ。
「カル、ちょっと食糧庫から肉と野菜を持ってきて、それでスープをつくろう」
「尊し……っは!? わ、わかりました」
そう言って食糧をとりに行った。
バラバラにされたゴーレム達もコアは無事だったようで徐々にパーツを集めて復活しはじめる。
今後のためにコアを覆うバイザーかヘルメットを作った方がいいな。
『グギャァァ……』
川の向こう側ではあの魔物が叫んでいる。
最初よりも明らかに数が増えている。
奴らの内何匹かが川を渡ろうと飛び込むがそのまま濁流に流されて消えていく。
どうやら水の上を渡れないようだ。
そもそも昆虫は小さいから表面張力で浮くことができる。
あそこまで巨大化したのならそれは不可能だろう。
水中を移動するというのはあり得るだろうか?
いいや、体の維持に大量の酸素が必要なはず。
だからこそ生石灰であれほど苦しんだんだ。
要するにアレは水を渡ることができないということだ。
もし渡れるのならとうの昔に湖を渡ってこれたはずだ。
「コージョーチョー様……」
彼女をよく見ると震えている。
そして、しがみつくその両手も震えているのが分かる。
「こ、怖いんです……今までなんともなかったのに……」
そうか! 彼女は今までゴーレムのコアに入っていた。
そこに感情をコントロールする脳内物質は存在しない。
つまり恐怖や恐れという感情が百年ぶりに襲ってきたんだ。
「大丈夫だよ。必ず守るから」
そう言うと、ハイと返事をしてそのまま顔を埋めた。
彼女の手はもう震えてはいなかった。
◆ ◆ ◆
工場都市は日に日に騒音が酷くなっていた。
いつの間にかそれは安眠を妨げるレベルになっていた。
それもこれも壁が薄いせいだ。
だから開発の間を見てちょくちょくと防音断熱仕様の新しい部屋を作っていた。
目玉商品は何といっても、ロックバードの羽根からふわふわの部分だけを切り取っていつもの洗浄と漂白をした、羽毛布団とか毛布とかその他いろいろだ。
本当は自分用だったんだがお姫のために使おう。
彼女をベッドに寝かせる。
そして暖炉に木炭と薪をくべて火を点ける。
「それでいつから元に戻れたんだ?」
「気づいたのはあのスライムの攻撃が城に直撃したときです。あの時、魔力の流れに引っ張られて封印結晶の中に戻っていました」
「あのときか……そうなると一旦封印は解けたということか?」
「いえ、多分ですがコアに何かあったときに封印結晶で意識が戻るようになっていたのだと思います」
なるほど、術者がゴーレム化した後にコアに問題が発生したら元に戻れるような安全装置が付いていたのか。
そういう説明書的なのをちゃんと用意しといてもらいたい――いやあったとしても風化してたか。
「そこからコアにまた意識を移すために切れかけたパスを私の魔力で無理やり繋いで元に戻しました」
たぶんすぐに封印が解けないようにしたのは封印した場所が安全でなかった時の判断を本人に任せる意味があったのだろう。
「ということはこの1か月の間……」
「はい、自分の魔力をずっと使い続けていたので、実は限界に近かったのです」
最近、調子が悪そうだったのはそういうことか。
「けどそれなら最初から相談して――」
「そうしたら脱出のための開発そっちのけで――衣食住の開発に専念したでしょう?」
「うぅ……いやけどモーアー族が来た時に一気に進めたし――」
「それに、女の子に危険な工場で錬金術はさせない――と言って開発の現場から遠ざけますよね?」と声真似をする錬金術師。
――確かにそうだ。
「で・す・の・で、私が現場を離れてもいいようにできる限り工作機械や生産力が上がる設備の建設に力を入れていたのです」
「むむ……はぁ、オーケー分かったよ。キミにはほんとに感謝している」
彼女は「ふふん」としたり顔をした後に急に声のトーンを下げて、ですが無理をし過ぎたので当分は身動きがとれそうもありません、と言う。
つまり目の前の可憐なお姫様は魔力の使い過ぎで衰弱しているということだ。
総合すると、24時間労働が不可能になり、栄養のある食事が必要になり、危険な現場で働けなくなった。
たとえそういった事がなく元気いっぱいだったとしてもゲーム系主人公みたいに幼女や少女に危険な戦いを強いるなんてのは、文明人としての矜持が許さない。
つまり未成年の不法労働禁止だな。
「コージョーチョー様、いま絶対に何もさせないとか思いましたね」
「よくわかったな」
「何もしないというのはさすがにあり得ないので――」
「いやいや病弱の女の子を――」
「ああ……食事の材料を持ってきたら、痴話喧嘩を始めてる……フライパンになりたい……」
ちょうどカルがスープの材料を持ってきてくれたので暖炉の火を使って料理を始めることにした。
カルは器用に何でもできるが味覚と嗅覚がないのでやっぱり料理は一人でするしかない。
さあ、まずいスープの時間だ。
◆ ◆ ◆
「コージョーチョー様……私決めました。料理を頑張ると決めました!」
涙ぐみながらそう決意表明をするアルタ。
「あー、そうね。料理研究は労働とは別だな」
「はい、絶対に美味しい料理を作ります」
「オーケー、けど体力が回復するまではこの病人食で我慢な」
「うぅ、はぃ」
何かのドラマかなんかで餓死寸前の状態で食事をとると胃が痙攣するというのをうろ覚えている。
封印というのが餓死寸前と同じ状態だとは思っていない。
けれど安全のためにミキサーで粉末にした野菜をこれでもかと沸騰させて、ありえないぐらい水で薄めて少しづつ与えることにした。
そりゃあもうまずいのなんの。
例えるなら野菜ジュースを水で9割薄めたモノ?
とにかく一緒にクソマズ料理を何とか食べた。
そうしたら、現場で作業できないのなら料理方面は自由にさせてください、と言い先ほどの決意表明となった。
こんなことになるのなら医学方面も多少は知っておけばよかった。
「――くちゅん」
そんな可愛いくしゃみをするのでもう寝かせることにした。
「今日は安静に寝るように――じゃないと本当に風邪をひいてしまう」
彼女は抵抗することなく、はいと返事をしてそのまま寝てしまった。
やはり相当疲れていたようだ。
起こさないようにそっと部屋を出る。
うーん、衰弱している患者に必要なのは栄養のある美味しい食事だ。
とりあえず一月ぐらいは絶対安静に過ごしてもらうとしよう。
それまでに北部の魔物退治と生活環境の改善をする。
まあ、楽勝だね。
――ん?
外がやけに賑やかだな。
まさか魔物が川を渡ってきたのだろうか?
すぐに状況の確認をしに行こう。
外にはゴーレム達が数十体、看板を掲げて何か言っている。
『カルちゃんだけズルいぞ!』『僕らもナデナデを要求する!』
『要求が通らない場合は断固徹底抗戦をするであります!』
それはハチマキやヘルメットを着けて右手を高らかに空に掲げる。
「な、な、ストライキだと……」
春の名物と化している春闘そのものだった。
ストライキ――労働条件の改善を求める抗議活動を意味する。 その歴史は古代エジプトにまで遡る。 かつて巨大な墓石建設に従事する労働者達の給料形態は穀物+魚とお菓子という現物支給だった。 だがそれは生産が不安定な地域環境と未熟な穀物品種による供給量の頭打ち、にもかかわらず規模が常に大きくなる建設現場、そして生産性皆無な墓作りという負の循環によって給料(食糧)未払いが発生した。 当たり前の話だが供給量に限りがあるのに建設規模を拡大したら財政(食糧備蓄)が破綻する。 なんとか給料(食糧)を国庫(保存食)から捻出して事なきを得るが生産力が向上したわけではない。 これ以降古代エジプトは衰退の道を歩んでいく。
「よし、落ち着けゴーレム達。まず話を聞こう代表者数名を出してくれ」
「代表ってなに?」「さー?」
「ではジャンケンでリーダーを決めるであります!」
そう言ってゴーレム数十体による大ジャンケン大会を始めた。
おおぅ、今はまだ影響が少ないが波及したら収拾がつかなくなるんじゃないか?
ゴーレム数千体のナデナデの行列なんて冗談じゃない。
だが落ち着けこの程度で狼狽えるほどやわではない。
言ってしまえば本来あるはずだった取引というものがこれから始まるというだけの話だ。
例えば人が給料という名の金属や紙で妥協するように、何らかの報酬を用意してストライキを抑制するというのはどうだろうか?
あるいは――。
「ああ……ここにいた……その大変です……」
どうしようか考えていたらカルがやってきた。
「今度は一体どうしたんだ?」
「その……無線で緊急通信が……」
急ぎ無線室に駆け出す。
「クソ、北の魔物だけでも手一杯なのに、今度はどこで問題が発生した!」
無線室に着くと各生産拠点から緊急通信が流れ込んでくる。
そうすべての拠点が襲われたのだ。
――鉄鉱山
鉄鉱山では今日も液体酸素爆薬による掘削が続いている。 そして鉄鉱山よりも標高の高い山脈から工業用の水が流れてきている。 一時は木炭の大量生産のために森の木々を伐採したことから鉄鉱山周辺は木がほとんどなくなっている。
その鉱山の周囲を簡易的ではあるが防護柵と鉄条網で囲っている。 周囲をエアライフルとスチーム砲で武装したゴーレム達が守っている。
「おい! アレは何だ?」
警備のアイアンゴーレム達が異変に気付く。
森と荒れ地の境界線から一筋の行列がやってくる。
それは魔物の群れだ。
ウサギの魔物ホーンラビットの群れだ。
その数は百や二百ではない。 実に千羽以上の群れと化している。
そしてその群れを左右から誘導しているのがダイアウルフだ。
春から東の森一帯の開発に着手した影響でホーンラビットは追いやられていた。
そして天敵である他の魔物も工場長率いるゴーレム達から逃げ去って行った。
天敵がいなくなり雑食性からエサに困らず、そして発情期に密度の増加。
それが大繁殖へと繋がってしまった。
ダイアウルフ達は冬を越すために大量のホーンラビットを狩ることにした。
しかし正面から襲えば返り討ちに合う。
そこで威嚇しながらこの群れを鉄鉱山にぶつけることにした。
そうすれば簡単に狩ることができるからだ。
鉄鉱山から何発もの弾が撃たれ、連弩の矢が降り注ぐ。
しかし襲い来る魔物の群れを止めるほどではなかった。
「ダメだ止まらない!」
「工場長に無線連絡、現在魔物の群れに――ッガ!?」
そこで通信が止まった。
――石灰採掘場
鉄鉱山よりも奥にある石灰石採掘場一帯の地下にはワームが掘り進めた洞窟がある。 しかし巣の主が居なくなるとそこには洞窟クモが住み着くようになった。
採石場の掘削スピードも他の生産拠点と同じく上がっていた。 そして遂にワームの穴を掘り当てる。 そしてそこから無数のクモが出てきた。
外からの攻撃に備えていた採掘場は抵抗する間もなくクモに制圧されてしまう。
だが強固な陣地ではなく内から外へ逃れやすい形だったため数体のゴーレムは逃げおおせる。
そして現状を知らせるために工場都市へと向かう。
――銅鉱山
銅鉱山の周囲には未だにワームたちがいる。 あまりに範囲が広すぎてすべてを駆除することができないでいた。
そんな鉱山一帯はゴーレム達の影響で獲物が一切寄り付かなくなった。 このことが原因で栄養不足となっていた。
ワームにとって冬を越すために残された選択肢は少ない。
「ん? あれはワーム多数確認! 緊急迎撃!」
銅鉱山の周囲で一斉に姿を現すワームたち、それが銅鉱山の採掘現場へと襲い掛かる。
エサ不足の元凶を取り除くため四方からワームが襲い掛かる。
――南の炭鉱
炭鉱のガスが噴き出る洞窟の下には虫型の魔物が住んでいた。 レギオンとは別種のそれは巣穴をシールドのような形状の頑丈な頭で塞ぎ、レギオンの侵攻から巣を守るシールドアントと呼ばれる魔物。 アマゾンに生息するタートルアントを巨大化させたようなその魔物は毒ガスが無くなったことに気付くと数世紀ぶりに地上へと勢力を伸ばすために地下から這い出てきた。
「緊急報告! アリだーー!!」
地下から大量のシールドアントが出現する。
その頭部のシールドによってエアライフルを弾きながら進む。
どれほど弾を浴びせても怯まない魔物。
やむなく現場判断で決断を下す。
「撤退! 撤退! 蒸気列車に乗れ!」
試運転中の蒸気列車に労働ゴーレム達と乗り込み脱出を図る。
資源積み込み用の車両にほぼすべてのゴーレムを乗せて工場都市へと向かう。
――南の森
なんとか炭鉱を脱出したゴーレム達だがスピードが上がる前に目の前に人影が現れる。 人影、違うあれはスケルトンだ。 敵対ゴーレムが前回よりも数多く集まっている。
スケルトンは列車が徐行している段階で飛び乗り、ゴーレム達と戦いが始まる。
すし詰め状態で戦いにくくスケルトンに対しては有効な攻撃手段はなかった。 機関室にある汽笛を鳴らす弁が争いの最中に鳴り響く。 徐々に圧力が抜けてついに南の森の真ん中で止まってしまった。
「無線連絡――炭鉱陥落。スケルトンに資源車両を囲まれ身動き取れず。救援を求!」
――油田
油田の近くには万を越えるスライムの魔石が広範囲に散らばっている。 そのほとんどは川に流されてどこかへと運ばれていった。 だが辛うじて地上に残ったコアは雨によって徐々にスライムとしての形を取り戻していた。 女帝の支配に無い有象無象のスライムは無自覚に石油施設を襲う。
それは最後に下された命令に従っているだけなのかもしれない。
「数が多すぎるー!」
「うひゃーにげろー」
焼け石に水程度であるが前回よりもバリケードを増やし、警備のゴーレムの数も増やしている。
「まだだ! まだ大丈夫だ! 本部に増援を要請!」
――工場都市・無線室
無線室のスピーカーから各拠点からのSOSが届く。
それに対処する時間もなくほとんどの拠点は無線通信ができなくなった。
残ったのは油田のみだがいつまで持つかわからない。
「よし、落ち着け。まずは石油設備から順に救助していけば――」
「工場長ーー!! 大変です! 空から魔物がー!」
「なんだって!?」
南の森の奥にはキラーホーネットの巣がある。 そこから大量のハチが工場都市へと向かい始める。 きっかけは森の木々が発する芳香物質による活性化である。 森の木々は害虫で傷つくと芳香物質を放出して害虫から身を守る。 フィトンチッドと呼ばれるこの現象はキラーホーネットを活性化せた。 そして多種多様な芳香物質が漂う工場都市へと怒りの矛先を向ける。
数千以上の巨大なハチの群れがゆっくりと工場都市へと降下してきている。
「ってどうすればいいんだよーー!!」
To be continued……
安全な後方での活躍を前提とした変わった戦記風って言ったじゃん?
けど錬金術禁止して、味方は内部分裂を始めて、すべての生産拠点を奪われて、首都の北部半分を制圧されて、落下傘部隊が降下してきた末期戦スタートなんだ。
しかしご安心してください。
プロローグ安全保障と癒しとして好感度がカンストしている美少女を追加しておきました。
肩の力を抜いてゆっくりと第七章をお待ちください。<(_ _)>




