出かけ
「ちょっと買い物行ってくるわ」
出かけの準備を済ました俺は玄関を出る前にリビングへ行き、妹の優子に外出を告げる。
テレビ前のソファに寝そべっている優子は俺の顔をみようとせずに「ん」とだけ不機嫌そうに返事を返してくる。
はぁ、気まずい……
優子は俺がリカちゃんを助けた後、その話を聞いた時は珍しく俺に尊敬の眼差しを向けてきてやっと兄の威厳も復活したかと喜んだが、次の日には今までどおりまた俺を無視するような扱いに戻ってしまった。
儚い夢だったな……
視線の先、ジャージ姿の優子は何に熱中してるのやらソファの背に右足を乗せ、腕掛けの部分に頭をねんごろさせてスマホをまじまじと見つめている。
だらしねぇ……、食卓の母親との会話から察するにこいつは俺とは違って学校では結構異性にモテたりするみたいだが、こんなだらしない姿見たらそいつら全員一瞬で冷めるんじゃないか?
10代の娘がこんなだらしない寝転がり方をしてはいかん。
兄としてしっかり注意してやりたいところなのだが、そんな事すればより一層険悪な空気になるだろう。
ガチャリ。
俺は注意したい衝動を押し殺してリビングのドアを閉める。
うーむ、兄弟なのに優子とどう接していいのかわからん。
何か会話をしたいが後押しする動機がないようなムズムズしたこの感覚、疎まれているこの辛さ……いかん、優子の事考えるとどんどんテンション下がってくる。スタバ行く気なくなってきた。
家庭の不和は日々の生活に大きく影響を及ぼすのだ。
俺は悪い気分を払拭する為早々に靴を履き、玄関の扉を開け家の敷地を出たところで、
「え!!健太郎さん……!?」
「あ、リカちゃん!?」
家の塀に取り付けてあるインターホンを押そうとしていたらしいリカちゃんと鉢合わせしてしまった。
か、かわいい……
柄の細かなギンガムチェックのロングスカートにスラリと伸びた脚線美を浮かべ、細く華奢な身体に紺色のボタン付きブラウスを纏ったリカちゃんは、恐ろしくかわいい。
俺はリカちゃんの可愛さで頭が真っ白になり何も考えられなくなってしまい、リカちゃんも俺との遭遇を予想していなかったのか驚きで声を出せなくなっていて、2人の間に空白がうまれーーなんだこれ?
リカちゃんと目を合わせていると、突然リカちゃんに強力な引力で吸い込まれるような感覚が俺の中に走る。俺はリカちゃんと目を合わせたままその強力な力に吸い込まれるように右足をリカちゃんの方へと踏み出しかけーー
リカちゃんの大きな瞳がより一層大きく開かれたところでなんとか我に帰った。
「あ、ああ、リカちゃん、ひ、久しぶり」
俺はなんとか声を捻り出し、浮きかけた右足を制止する。
俺は今何をしようとしたんだ……
「は、はい、お兄さん、あの、その節は本当に……」
「あ、いいのいいの、それより今日はどうしたの?」
「あ、えっと……」
リカちゃんが言葉に詰まり、俺は自分の発言が的外れなことに気づく。
もしかして自分を訪ねて来てくれたのかと一瞬期待したんだが、いやいや、優子に会いに来たに決まっているじゃないか。
高校生であるリカちゃんが休日わざわざ俺みたいな冴えない男に会いにくる理由がないのだ。彼女にメリットが一つもない。
なので、
「あ!優子だよね、そかそか」
と自分の発言を訂正するようにいうと、
「あ、え、はい……!」
と、リカちゃんは少したじろぎながら返事する。
クッ、やっぱりな……わかってたとはいえ結構ダメージくるぜ。
あのたじろぎよう、俺が期待してたのに気付いて少し引かれてしまったか……
俺の脳裏に軽蔑の視線を向けてくる優子の表情が浮かび、苦しくなってくる。
マジで女の子とどう接したらいいかわからん……
好きになればなるほど不安になってくる。
とにかく、この動揺だけは取り繕わなければ。
惚れていることだけは隠し通さねばまずい。
「よし、優子中にいるから呼んでくるよ、ちょっと待ってて」
「あ、いえ……!」
「いいのいいの!アイツリビングにいるからすぐだし!」
固辞しようとするリカちゃんを制しながら、俺はくるりと踵を返し、逃げるように玄関へ向かおうとすると、
「あの、違うんです!」
リカちゃんが俺を制止する。
俺が「え?」っと振り向くと、
「あの、その、今日は優子じゃなくて、健太郎さんに会いに来たんです……」
リカちゃんが顔をそむけながら言った。
その横顔を見ると顔を赤くしているのがわかる。黒髪の隙間から見える耳まで真っ赤にして。
何やら深刻な雰囲気を感じるぞ、なんだ?
「俺に……?なんで?」
「あ、えーっと……」
もしや絶交宣言かと思い、リカちゃん以上に深刻な心境で訪ねると、リカちゃんは気まずそうに言葉に詰まる。マジかよ……
多分、こないだリカちゃんが謝罪に来た時に親御さんの前で俺が向けた笑顔で悟られたんだ。
それでその後深刻な家族会議の末、俺には関わらない。そういう話が内々に決定されたに違いない。
あの時リカちゃんに目を逸らされた時から薄々気付いていたが気づかないフリをしていた。
優子にも絶対にありえない事だから変な勘違いはするなと釘を刺されている。
要するに俺はありえない程恋愛対象外って事だ……
「あ、いいのいいの、言わなくて!わかってる、リカちゃんの言いたい事わかるから!こないだもちゃんと最後まで俺が着いてればあんな事件に巻き込まれる事もなかったもんな!口ばっかで駄目だからな俺」
辛い……言いながら泣きたくなってくる。
誰だって理想と現実を区別しないといけないんだ。わかってる。わかっているが諦めきれないから夢を見てしまう。
しかし心の整理はつかないが、自分から白旗を降る事で心のダメージを和らげる事は出来る。
自分の不甲斐なさを認める事で知人としての末席に置いてもらう事は出来るんだ。
ごめんなセナ……こんな情けない所見せちまって。
俺はパートナーとしての恥ずかしさと申し訳なさで、会話が筒抜けであろうセナが入ってるバッグにチラと目をやろうとすると、
「全然駄目じゃないです!!」
リカちゃんが叫ぶ。
「え?」
「あ……」
突然リカちゃんが語気を荒げたもんだから俺は驚き声を上げ、リカちゃんはハッとして顔を伏せた。
俺が全然駄目じゃない……?
言葉の続きを知りたくて黙ってリカちゃんを見ていると、彼女はふぅっと一呼吸おいたあと、再び顔をあげて俺と目を合わせた。
そして右手でブラウスの胸元の生地を握りながら
「全然、全然駄目じゃないです。ううん、全然凄いです!あんな事、あんなこと絶対私には出来ない……」
憂いを帯びた顔でリカちゃんは言う。
どうやらこの間の事件の事を言っているみたいだ。
うん、まああれはセナ達のおかげだし。
しかし今はそんな事より、
「え?俺、駄目じゃないの?」
こっちの方が重要だ、確かに俺は聞き取った。
駄目じゃない……この一言で木枯らしのように胸中で吹き荒れていた不安が収まっていく。
堰を切ったような安心感がどっと流れ込んでくる。
よかったー、俺、リカちゃんに嫌われてないんだ、よかったー!!
「全然駄目じゃないです!」
リカちゃんは念を押すように再び告げる。俺の後ろ向きな心を正すように。
空っぽだった承認欲求が満たされていくぅ……
「ま、マジか、俺てっきりリカちゃんに嫌われてると思ってたから……」
「なんで!?」
彼女は目を大きく開ける。
本気で驚いてるみたいだ。
「いや、ほら、俺って客観的に見てもキモいじゃん、挙動不審だし自分に自信ないし……」
芯を通してもらったはずの心が速攻でこんにゃくのようにへたれてしまっている俺。
やっぱ情けなすぎだろ……自分で言ってて情けないなと思うわぁ。
流石にこれはリカちゃんもひくだろな……セナにもいつもここだけは肯定されてるし……
そう思ったのだが、
「全然そんな事ない!寧ろ健太郎さんはカッコイイです!!」
「えっ……?」
トドメの一撃のようにリカちゃんの声からハッキリと告げられる俺への最高の褒め言葉。
みるとリカちゃんの瞳はまっすぐで真剣で、
ドキドキドキ……なんだこれ、すんごい緊張するんだけど……
リカちゃんの緊張する様子に飲まれ、今すぐ何か言って場を濁したいけど出来ない、彼女の次の一言を取り逃すことが出来ない。
俺は証言台で判決を下される被告のようにリカちゃんの次の言葉を待っているとーー
ガチャリ。
「やば!」
「えっ……?キャッ!!」
優子の奴が玄関の扉を開けやがった。
なんなんだよ!
俺は咄嗟に優子の視線から逃れるべくリカちゃんの方へと踏み出し、塀から頭が出ないように身を屈めて息を殺す。
何故だかこの状況を見られたらまずいような気がして反射でそうしてしまった。
「あれ、リカの声聞こえたと思ったんだけどなぁ〜」
どうやらリカちゃんがいる事に気づいて出てきたらしい。
今俺が隠れてるの見られたらますます変な疑いをかけられちまう。
まいったぞ、ここは意を決して自分から出て行った方が得策か……?
そう思った俺であったがーー
優子は玄関からは出て来ずに、あたりを見回したらしく、数秒間ドアを開けた後ガチャリと扉を閉めて家の中へと入っていった。
「いや〜危なかったー」
優子がいない事を塀越しに確認して俺が安堵のため息をつくと、
「あの、お兄さん……」
胸元から声が聞こえてきて俺は今の状況を悟る。
なんと、俺は塀にリカちゃんをおしより、両手で壁ドンをするような形でリカちゃんに覆いかぶさっているのだ。
優子から隠れるために咄嗟に動いてしまったから後の事考えてなかった、やばい……
俺は謝りすぐに手を壁からどかそうとしたが、胸元のリカちゃんと目を合わせた瞬間、リカちゃんは目を閉じながら顔を上に向けてきて、
えっ、何これ……
瞳を閉じるリカちゃんの顔を見た瞬間、俺の心臓は激しく脈打ち、頭の中から逃げる思考を押し流してしまう。
見えない力がここでも働き、俺は錆びたドアのようにゆっくりゆっくりとその唇へと顔を近づけかけた時ーー肩にかけていた鞄がずり落ち、
「アイタ!!」
急に鞄の中のセナの声が聞こえてきて俺とリカちゃんは慌ててお互いに距離を取る。
あぶな、俺、何しようとしてたんだ今……
みるとリカちゃんも何が起きたかわからないって真っ赤にした顔に両手を当てている。
「イタタ、急に動くからつまづいちゃって転んじゃいました、アレ?リカさん?」
鞄からセナが顔を出しながら両手で顔を覆っているリカちゃんに話しかける。
忘れてたわこいつらの事、あっぶねー……
俺がセナを訝しげにみるとセナはどうかしましたって感じでハテナ顔を浮かべている。
どうやら会話とかは聞こえてなかったみたいだ、セーフセーフ。
「こんにちわリカさん。ご機嫌麗しく、今日はどうされたんですか?」
「あ、えっと……近くまで来たものですから」
「まぁ、そうだったんですか、それで今日は優子さんに?」
「あ、いえ、今日は健太郎さんに用事があって……」
「まぁそうだったんですか!けどそれは残念、今日は私達今から買い物に行くんですのよー、ね、健太郎さん?」
「あ、ああ……」
俺は一応セナの問いかけに頷くが……なんだろセナのやつ、間違った事は言ってないんだけどなんか違和感感じるな、リカちゃんに妙に高圧的なような。
リカちゃんはリカちゃんで喋るフィギュアのセナにまだ慣れていないらしくぎこちない感じだ、ここは俺が入った方がいいな。
「いや、ごめんなリカちゃん、俺達今からスターバックス行く事になっててさ」
「あ、そうだったんですか……」
そう答えるリカちゃんは少し元気がない。
あれ、羨ましいのかな?
「そうなんです、前から約束してて今日行ける事になったんですよ〜」
リカちゃんとは対照的に得意げにスタバ自慢をかますセナ。
こいつ空気読めんわ〜ほんと、ちょっとイラつくな。
「知ってます?今新作のカボチャフラペチーノが発売されてるんですよ?」
「あ、はい、学校の友人が凄く美味しいって話してくれて……」
「やっぱり?あ〜楽しみ〜♪早く食べたいな〜」
そう言って顔の横に両手でグーを作るセナはルンルンで喜んでいる。
その様子を見てきっと邪魔しない方がいいと悟ったんだろうリカちゃんは俺とセナに顔を合わせて、
「あの、それじゃあ私今日はここら辺で……」
と言って会話を切り上げようとする。
え、帰っちゃうの?
俺は帰ってほしくないと思いつつも、客観的にセナとの約束が
優先である事が明白なのでそれを引き止める事も出来ず、「ごめんな」と答える。
そしてリカちゃんは軽いお辞儀をした後くるりと背中を向ける。
「……」
しょうがない、これはしょうがない事なんだ。
信頼を守りあっていくのが付き合いで一番大事だから。
そう自分を納得させ俺は黙って遠ざかるリカちゃんの背中を見送る。
なんでこの世に約束なんてあるんだろうな……
俺はチラとセナの顔をみるとセナもなんだか今にも泣き出しそうな悔しそうな顔を浮かべてて……
俺がどうしたんだとセナに声をかけようとしたら、
「ちょっと待ちなよリカ」
鞄の中からもう1人の宿主ハクリューが顔を出して声をかける。
「え?」
ハクリューの声にリカちゃんが振り向く。
よし。
なんでかわからないが俺は心の中でそう感じた。
振り向くリカちゃんの心に火が灯ったようなそんな感じがしたから。
「君はこの後用事でもあるのかい?」
「え?えっと……はい……」
あれ、用事あるんだ……
そうガッカリする俺であるが、
「それは今すぐに片付けなければならない用事かい?それとも今日中だと間に合う用事かな?」
ハクリューは何故か質問を続ける。
しつこいな、そういうプライバシーな事は追求しない方がいいもんだぜハクリュー?
しかしリカちゃんの用事とやらが気になる俺は卑怯にもハクリューを止める事が出来ない。すまんリカちゃん、君の事はほんとはなんでも知りたいんだ……
「え?あ!そうです。今すぐに片付けないといけない用事です」
「ならそれを教えてくれないかな?」
「え、なんでですか?」
そりゃそうだ、リカちゃんが質問するのも当然だ、
「そりゃあだって、君があまり急いでいないように見えるからさ。みると君は徒歩で移動しているね、時間に追われるなら自転車を使うんじゃないかな?バスを使うにしても君が向かおうとしているのはバス停とは逆方向」
「う……」
とリカちゃんは小さなうめき声をあげたように聞こえたと。
「ならば友人との待ち合わせかな?いやそれはない、君のその真摯な性格上人との関係に『片付ける』などの事務的な言葉を用いるなどと信じたくないな」
「それは……」
ハクリューに詰問じみた質問をされリカちゃんは言葉に詰まってしまっている。こりゃいかん。
「おい、ハクリューやめろ、リカちゃん困ってるじゃねーか」
流石にこれ以上は見ちゃいられない。
俺はハクリューの尋問から救出すべくハクリューを静止すると、思いの外ハクリューは、
「いや、すまない、気になってしまって。後は任せたよ。悪かったね、リカ」
などと無責任な事を言ってあっさりバッグの中に戻っていってしまう、マジかよこいつ、無責任にも程がある。
ってか何がしたかったんだよ。
しかし困った、なんと声をかければいいのやら、リカちゃんの心境を推しはかりあぐねる俺はセナに助けを求めるが、セナはプイと横を向いてしまう。マジかよチクショー
このままってわけにもいかないので俺は意を決してリカちゃんに声をかける。
「あ、あのー」
「はい……」
リカちゃんは目を合わそうとせず静かにそう答える。
これはやっぱ怒ってるのか……
うーむとにかく何かを話さねば……
「ハクリューのやつがなんかごめん、いや、俺が謝るのもおかしな話なのかもしれないけど一応俺の私物でもあるからさ……」
「いえ……」
リカちゃんがそう答え、会話が止まってしまった。
やばい、この感じはあれだ、ほっといたら会話が終わってしまうあの嫌な感じ。
どうするどうする、とにかく謝るか?
俺があわわわと考えに詰まっていると、
ブスッ!!
「痛!!」
「えっ?」
セナのヤツが俺の脇腹に水平付きのような攻撃を喰らわせやがった、
リカちゃんはセナの突然の奇行に目を開いて驚いている。
恥ずかちぃ……
「いってーな、何すんだよ!!」
怒りに任せて俺はセナの方に顔を向けると
「もう、さっきからなんなの?見てられないんだけど?」
などとセナの方も食ってかかってくる。
「何がだよ?」
「さっきからウジウジウジウジと、言いたい事あるならハッキリ言いなさいよね?」
あーん?って感じで眉間に皺を作りながらキレてくるセナ。
いや、この問題の発頭は君にあるんですけど。
「馬鹿、ウジウジなんてしてねーよ!」
「してるじゃない、俺って駄目だ……とか」
「うっ……」
「俺って嫌われてると思った……っとか!」
「うっ………」
「俺って客観的に見てもキモいじゃん……とか!!」
やめてやめて、もうやめて……
セナは先ほどの俺の駄目な発言をいちいちポーズまで決めながら真似してくる。
自分のした事であるが他人に真似されるととんでもなく恥ずかしい。しかも好きな女の子の前で…。
「おま、全部聞こえてたんじゃねーか!!」
セナの言葉に俺の羞恥心が耐えられなくなり、俺はついに鬼セナにキレ返す。
こいつに恥をかかせてなんとか沽券を取り戻さねば!
「聞こえてるわよあんなデカい声で話していれば、いやでもね!それなのにあんたと来たらグダグダグダグダと、リカさん
が否定してくれるからって調子に乗って何度も何度も……」
「いえ私は……」
セナの発言をリカちゃんは角が立たないように否定してくれるが、明らかに困っている。
もうやめろヨォ……満たされてたはずの承認欲求がぁぁ
リカちゃんの苦笑いを見て俺の自信は音を立てて崩れさる。
しかし今はそれどころじゃない!
俺が反撃したらセナの奴、リカちゃんまで巻き込み始めやがった。
これはいかん、これ以上こいつの好きにさせるとどんどんリカちゃんに被害が及ぶぞ。
なので俺は強硬手段に出る事にした。
「おい、セナ!」
「何よ!?」
「ちょっと引っ込んでろ!」
「わっ、キャッ!!」
俺は怒れるセナの頭を押さえつけ、無理矢理バッグの中に閉じ込め、チャックを閉める。
中から開けなさいとかギャーギャー声が聞こえてくるが構わねえ。
後で何言われるかわかったもじゃねぇがリカちゃんの評価をこれ以上落とすくらいならどんな試練も乗り越えて見せるさ。
チャックを固く握りしめ、少ししたらセナは大人しくなった。
ふぅ、やっとまともに会話が出来る。
そう思ってリカちゃんの方へ顔を上げると、
「あの、いつもこんな感じなんですか……」
ポカーンとした顔でリカちゃんは聞いてくる。
あ、キレたセナ見るの初めてだったか、いつも上品な感じだもんな……
「まあ割と、いや結構頻繁かも……」
俺は再び俯きながら答えると
「はぁ……」
と呆れたような声を漏らすリカちゃん。
うぅ……少し沈黙が続いた後、俺はなんだか自分が惨めで泣きそうになってしまい、
「もうヤダ……」
ついリカちゃんの前で弱音を漏らしてしまった。
心から彼女の優しさに触れたかったのだろう。ほんとにうっかり消えいるような声で。
すると、
「んぷっ……」
「えっ?」
あれ、今リカちゃんの方から何か笑い声みたいなの聞こえてきたような……いや、気のせいだろ?リカちゃんだぜ?
俺が嘘だろ?と思い顔をあげると
「あ、いえ、ンッ、ンッ……ンンッッ!!」
俺の顔を見るとリカちゃんは目をバッと開き、左手の甲を口元に当てうめき声らしき音を口から出している。これは……
違う、苦しんでいる!明らかにリカちゃんは顔に苦悶の表情を浮かべて何かに耐えている!!
「どうした、何処か痛むのか!?」
マジで心配になり、俺が立ち上がってリカちゃに歩み寄ろうとすると、
「プ〜ッ、もう無理!!ごめんなさい!!!」
そう言って俺から逃げるように駆けて行ってしまった。
つわりがきた妊婦さんのように口元を手で押さえながら。
ま、マジかよ……
ゲロ吐く程俺に耐えられないって事かよ……
あまりのショックに追いかける事が出来ず、我が家の前で立ちすくむ俺。
そして事件の張本人がいるバッグに疎ましげに目をやりながらふと思う。
あぁ、そっか……確かに巻き込みで仲間や好きな人を困らされるの嫌だわ……
今朝のセナの一言を思い出し、自分の配慮のなさを実感するのであった。




