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族・月と太陽の交差点に潜む秘密  作者: ジャポニカダージリン
第2章
81/117

公園

健太郎の元を去ったリカは一人夜の住宅街を歩く。

その足取りはトボトボと力なく、目的を見失った猫のように顔は地面を向いている。


ショックは、抱く期待が大きければ大きいほど、信じる力が強いほど裏切られた際の反動となって威力を増していく。


「信じる、か……ふっ、笑っちゃうよね」


俯いたままリカは1人ごちる。


ついさっきまで本気で奇跡を信じてしまった自分がいた。

夢見る少女のように純粋に……ありもしない奇跡をーー



昼間健太郎と別れたリカは市川に来ていた。

する事もなく怒り心頭で山手線に乗り換え、秋葉原で総武線に乗り換えた時だった。

このまま一直線に幕張まで帰ろうと思うが、怒りが収まらない。

このまま家に帰ってもいいものかとちょっとした葛藤を感じていたちょうどそのタイミングでスマホのLineがなった。


また健太郎か、まあ、一応見てみるだけは見てみようと開いてみると、健太郎ではなく、クラスメイトのリコからだった。


少し残念……ではなく拍子抜け。

健太郎の意地はこんなものだと自分に言い聞かせながらLINEを開くと、


「どんな調子?」

「上手くいきそう?」


短い短文が二つ。


リカは前日、親友のリコにだけ今日健太郎と二人で買い物に行く事を話していた。


コーギーに吠えられた時、わざと飛びついた健太郎の胸もとにフィギュアが収まっている事を確認出来たリカに、健太郎から無理やりにでもフィギュアを取り上げるべきだと進言を送ったのもリコだった。


結局作戦は上手くいかず、健太郎との関係はめちゃくちゃ、おまけに偶然ではあるが関係のない健太郎の別のぬいぐるみを持ち帰る結果となってしまったが、リカは親友のリコを恨む気持ちにはなれない。

寧ろ健太郎が馬鹿すぎるだけなのだ。

今は気にかけてくれるリコの優しさが嬉しい。


そういう事でリカは溜まった怒りを発散すべく、絶妙なタイミングで声を掛けてくれたリコの自宅へ向かう事となった。

健太郎への愚痴を聞いてもらう為に。


途中市川駅を降りたところではいつものようにナンパ目的の男達に声をかけられ不機嫌な気持ちになるが、無視してリコの家を目指した。


そしてーー



「マジか……」


「マジ」


「うゎ〜やっちゃったねー……」


ピンクの絨毯やお化粧品で女性らしく整えられた自室で、話のいきさつを聞いたリコは口をあんぐりと開けている。

作戦立案者の言葉ではないだろうとは思うが、おおよその責任は実行者の自分にある事は間違いないのでそこはうんとだけ返すと、

今の失言を取り戻すかのようにリコは発話を続ける。


「いや、でも良かったんじゃない?その健太郎さんだっけ?」


「良かったって何がよ?」


「いやだってもうその人重症じゃん?これ以上あんま関わるべきじゃないって、あたしら医者じゃないんだからさ?もうその人現実から完璧解脱してるって」


確かに……とリカは思う。肌身離さず美少女フィギュアを持ち歩いてる30代なんて普通じゃない。


スヌーピーに出てくる毛布を肌身離さず歩くライラスの方がよっぽどマシだ。

けど、リカは不思議とそこに嫌悪感は感じてはいなかった。

ただ怒りが沸々と湧いてくるだけで……


「そうね、もうお医者さんね」


「そうそう、これは一生隔離病棟だね」


自分の発言にキャッキャと笑うリコにそれは言いすぎてはと思うが、いつもらしく笑顔を向けるだけにとどめておく。

そこにリカの本心を悟ったリコは、


「いや〜、でも、さ、その健太郎って人もほんと勿体無いよね、私は会った事ないけど全然冴えない感じなんでしょ?」


「客観的には冴える感じではない、かな……」

苦笑いで答えるリカ。

それを見てご満悦な表情に戻るリコ。


「でしょ?そんな男に、しかも30過ぎてるおじさんにJKがそれもリカみたいなとびきり可愛い子が、好きにる事なんてまず

ないのにさー」


「ちょっと待って!私好きなんて一言も言ってないよ?」


「えっ、好きじゃないの?」


「す、好きじゃない!健太郎さんは……ほら、優子のお兄さんだから、昔から知ってる近所のお兄さんって感じだから……!!」


言った瞬間リカはハッとする。

自分の今の発言と全く同じものを聞いたことがあるからだ。

それもつい先程に。

リカは自分自身に問う。

なんで自分は今必死に抵抗したのだろう?

そもそも健太郎とは無関係の親友には隠す必要もない事のはずなのに……


( もしかしたら……)


おもちゃ箱をひっくり返してごちゃごちゃになったテーブルから、探し物を探すように、健太郎の発言の一つ一つの意味に注視しようとするリカであるが、


「ふーん、ま、いいけどさ、じゃあもう会わないの、健太郎さんとは?」


リコとの会話で一旦考えるのをやめざるを得ない。


「会いたくないよね、出来るだけ」

これはリカの本心だ。気持ちを無下にされたことを無かったことにして傷つけた相手とほいほい付き合えるほど自分は成熟した大人じゃない。


「出来るだけ?」


「うん。けど、やっぱり今日の事は謝まっておかないといけないと思うし……」

が、何故か少しの抵抗を見せてしまう。

きっとこれは礼儀の問題だと思うのだ。

しかし意地の悪い親友はそうはとってくれなかったらしく、


「はーん、やっぱりアンタまだ会いたいんだよ、その人に」


と薄ら笑顔を向けてくる。


「違う!もう好きじゃないもん!ただ直接謝らないと私の気が済まないの。そんなずるい手で問題を解決したくないの!」

顔を赤らめ否定するリカだが、


「自分で言ってんじゃん好きって……」


「あ、あうあ……」


リコにそう言われて言葉を失うリカ。

墓穴を掘り、ますます顔を赤らめていってしまう。


自分ってこんなに馬鹿だったっけ……?

これじゃ健太郎さんみたい……



「まあとにかくさ、リカがそう思うんならやっぱりまだ会って話したいって気持ちが少しでも残ってるって事なんだよ!」


「そ、そうなのかなぁ……」


「そうそ、女なんて本気で会いたくない相手にはどんな手段使ってでも避けたいと思うもんだよ、体育の鈴木とか会いたくないっしょ?」


鈴木はリカの高校の信任体育教師だ。

いつも自分をジトジトと眺め、目が合うと何かと高圧的に口を酸っぱくしてリカに指導を施そうとする。

それがスカートが短くないかだの胸元にホコリが付いているだの妙に性的な部位ばかりを笑みを浮かべながらつついてくるのが心底気持ち悪い。


「あれは……共学の学校に置いていい存在じゃないね……」


「でしょ?ほんと嫌ってたらあんなのと二人きりで会うなんてごめんって感情が先に生まれるもんだって!」


そう言われてリカは妙に納得する。

確かにそうだ、健太郎に会いたくはないが不思議と関係を断つことまで想像はしなかった。


「ま、アタシは応援するよ?相手がどんなでも親友が好きになった人だもんね。それに私に比べたらリカのがよっぽど健全だよ」


「そ、そんな事ないと思うけど……」



リコにそう言われ、リカはほっとする。何か自分の悪癖を受け入れられた時のような安心感が湧いてくる。

怖かったのだ、自分の気持ちを他人に悟られる事が。

そして同時に改めて友人の大切さを痛感するのであった。

それからは二人は延々とお互いの想う相手の事で話し合い笑い合った。

共に恋愛という共通のカテゴリーで苦渋を舐め合うもの同士、

一層心の繋がりを深く感じながら。


ーー



「じゃあ、暗くなってきたしそろそろ帰るね!」

何時間話したのか、気づけば窓の外は暗くなっている。

もうそろそろ帰らないと親が心配する時間だ。


「私送ってくよ!」


「ううん、いいよ、駅すぐそこだし」

それに今はこの楽しい気持ちを一人で噛み締めながら夜の風に浸りたかった。

そう思ったのでリコの申し出を固辞し、リカはリコの家を後にする。

そうして駅に向かって歩いていた時だ、何か大砲が放たれるような大きく低い音がビル群の隙間を通り残響として聞こえてきたのは。


「花火か……」


そういえば今日は江戸川花火の日だっけ。

そう思うとふとある昔の記憶がリカの脳裏によぎる。


確か昔、幼稚園の時だっけ、健太郎さんと優子と一緒にこの辺りで花火を見にきたのは。

きっとあれも同じ江戸川花火だったんだ……

牽引役のはずなのに健太郎さん道がわからなくなって公園に辿り着いちゃったんだっけ。

それで結局リカが地図を見て江戸川の土手まで二人を誘導したのだ。


「行ってみようかな、ちょっとだけ……」


花火の音に吸い寄せられるようにリカは市川駅を通り過ぎる。

今回は一人だけど、過去の思い出を手繰り寄せながら、健太郎との繋がりを感じながら。

そして土手に向かう途中、花火の音は聞こえなくなった。

きっと終わってしまったんだろう。

花火を見たかったリカは少し残念な気持ちになったが、


(確か、この道を右に曲がったらあの公園があるんだっけ……)


「行ってみよっと!」


ちょうど昔迷い込んだ公園の近くまで来ていたので、立ち寄ってみる事にした。

大通りを折れた路地は薄暗く、少し不安な気持ちになるが、しばらく進めば小さな街灯が照らす公園が見えてきた。

公園に人は誰もいない。

当然といえば当然か。こんな時間だし皆花火を観に行くよね。


(確か昔このブランコに座って健太郎さんがあたふたしてるのを眺めてたっけ……優子が大声で責め立てるから余計にあたふたしてて私が地図を貸してもらったんだよな……)


今の自分ならそんな健太郎を貶めるような事はしない。

それがわからなかった小さい頃は無邪気だったんだな。

そんな事を思い出しながらブランコに座り、まるでここだけ過去から切り出されたかのように以前と全く変わらぬ景色をぼんやり眺めていると、遠くの入り口から人が来るのがわかった。


駆け足だ……男の人……!

恐怖でその場から動く事が出来なかったリカだが、どうやら向かいのトイレに向かっているらしい。

それがわかりほっと胸を撫で下ろし、男の方に目をやると、驚きでリカの身体が硬直する。


(健太郎さん……!?どうして!?)


間違いない。目の前を通り過ぎていくのは先ほど喧嘩別れした健太郎だった。

(うそ、なんで……?)


トイレに駆け込む健太郎はこちらに気づいていない。咄嗟にリカはこの場を離れようとするが、ブランコから立ち上がった所で思い止まる。

(そうだ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみを返さないと……!)


リコのおかげで怒りは全然湧いてこない、それよりぎこちなくなる恐怖の方がずっとでかい。

それでもリカにはどうしても確かめたい事があった。


(あの言葉、健太郎さん言葉の意味を確かめたい……!)


自分は今その答えをほとんど確信している。健太郎の一つ一つの行動と言葉が線を結び、見えなかった視野が紡ぎ出されていく。


奇跡ってあるんだきっと……!!!

そう思うと身体がカッと高揚してくる。


リカは微かに震える手を握りしめ、トイレから出てきた健太郎の方へ足を進めたのだ。



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