傷
「なあ、セナ……?」
「はい……?」
「俺、アリスを傷つけたよな……?」
「傷、ですか……」
俺に話しかけられたバックの中のセナは、神妙な面持ちで俺の言葉を繰り返す。
わかってる。
こんなわかりきった事を聞く時点で俺はしょうもない男度MAXなのは。
しかし聞かずにはいられない。
そうじゃないよ、健太郎は悪くないよと嘘でも揺らいだ自信を慰めてほしいのだ。
しょうもなすぎる。
アリスを乗せたバスが見えなくなった後、花火の後で普段では考えられないくらい熱気を帯びる市川駅前広場の片隅のベンチに俺は腰掛けていた。
心の奥で、俺の行動を肯定してくれる事を期待しながらセナの返事を待ち、返って来た言葉は……
「傷はつけてないかと……」
「え、マジ?」
「はい、ただ……」
「ただなんだ?」
気まずいのかセナは俺から視線を逸らし、相変わらず人通りの絶えない広場を眺めている。
「ただ、健太郎さんは何故アリスさんの告白を断ったんですか?」
「何故って、お前も聞いてただろ?俺は33歳の成人。アリスは高校生。二人が付き合うのは社会的に許されない事なんだよ」
「……健太郎さんの言う社会ってなんなんでしょう……」
そう言うセナはなんだか真面目だ。
なんなんだセナのやつ?遠回しにわかりきった事を聞いてきて。
俺はセナの意図がよく分からず言葉に詰まってしまう。
社会ってのは自分以外の人と上手く共存していく場所だ。
共存するためには自分本位な行動を慎み、ルールを守って行動する必要がある。
まだ社会に出ていない高校生と付き合う30代の男なんてのはどう考えてもルール外だ。
俺なんかと付き合えばアリスの経歴を傷つけるだけでなくアリスの両親にも迷惑がかかる。きっと自分の娘には高校生らしい真っ当な青春を送って欲しいと願っているだろうから。
だから俺はアリスの告白を断ったわけだが……本当にそれだけだろうか……?
考えながら俺はアリスの告白を受けた時に感じた胸の痛みを思い出した。
「社会ってのは、自分勝手な行動を取らないって事だろ」
「人を好きになるのは自分勝手でしょうか……」
「それは……」
人を好きになる事は悪い事ではない気がする。
しかし、大人と子供ってのはどうだ……
セナに問われ、俺はふとリカちゃんの事を思い浮かべる。
そう言えば俺がずっと惚れてるリカちゃんも高校生なんだよな。
これまで好きという感情を抱えながらリカちゃんと楽しく接する事が出来た。隠していたにせよ二人が楽しい時間を共有出来てたのは事実だ。
そう思うと胸がすっと軽くなるのを感じた。
そうか、あの胸の痛みは……
「好きになるのは、多分、自由だ」
「そうですよね!」
「けど、それだけじゃ済まされない事が山ほどあるのは事実だ」
「済まされない事、ですか?」
キョトンと首を傾げるセナ。
「ああ、それでもちゃんと筋を通さないといけない事は山ほどある、気がする」
時間をかけて相手の両親に認めてもらったり会社や家族に迷惑がかからないように気を遣ったり。暗黙のルールに特例を求めるんだ、踏まなければならない手続きは山ほどあるんだろう。
きっとそれは責任を持てば持つほど、歳を取れば取るほど、多くなって逃げ出したくなってしまうくらいの障壁となって目の前に現れてくる。
俺が本来向き合わなければならない問題はジョークや気の利いた言葉なんて上っ面なものじゃない。
セナと話しててそれが今ハッキリとわかってきた。
いや、本当はずっとわかっていたんだ。
それでも、だから卑怯な俺はジョークや面白さを追い求めた。
笑わせて許されて誤魔化して、本質的な問題を帳消しさせようとしてたんだ。
まさにしょうもなさの化身。
「俺の仕事と、同じなんだな全部」
「健太郎さんは仕事出来ないですけどね〜」
「うるせえよ」
言いながら俺は笑う。共に笑ってるセナは何やら最初からわかっていたような様子だ。
そうだ、人を好きになる事は悪い事じゃない。
問題はどれだけ相手に迷惑をかけないかって事だろ?
しょうもない男である俺がそれをちゃんと果たそうとするかどうかは置いておき、自分の本当の問題に気づいた俺は同時にさっきアリスにちゃんと伝えなくてはならなかった事にも気づく。
リカちゃんの質問に答えないと。
「健太郎さん!」
「ああ、わかってる」
訳知り顔なセナに促されると同時に俺はスマホを取り出し、LINEアプリを開く。
「さっきはごめん、俺、リカちゃんが好きなんだ」
その旨を文章にし、送信した。ちゃんと先程の件の謝りを添えて。
ドキドキしながらスマホの画面を眺める。
やっぱ気持ち悪いかな……
いつも女性は俺のLINEを読まずに放置する。だから今回もそうなのかと内心不安だったが……
「あっ!」
すぐに既読がつき、そして、返信が送られてくる。
『本当の事話してくれてありがとうございます』
『けどやっぱり私は健太郎さんが好きです』
と何やら乙女チックな文章が返ってきた。
返信に困る……しかし返さないわけにもいかないので、長くなりすぎないよう、
『ごめん、多分、俺は世界一の馬鹿だ』
とだけ返すと、お前は馬鹿だとマスコットキャラクター指差すスタンプが送られてきた後、そのキャラクターが泣きながらハートを必死に抑えつけるスタンプが送られてきた。
お、俺ってもしかしてカッコいいのか……?
そう思うと無意識に口元が緩んでいたようで、
「健太郎さん、気持ち悪いです……」
とセナに言われて慌てて口元を隠す。
今のは普通に気持ち悪かった。
とにかく、伝えるべき事は言えたと思う。
彼女が出来ない事、馬鹿にされる事、今はいろいろな事が納得できる気がする。
自分を知るって大事な事なんだな……
それをわからせてくれたアリスはどうやら俺以上に大人だったらしく、今は頭が下がる思いだぜ。
「じゃあ帰るか!」
「はい!」
周りに誰もいないのでセナをトートバックから胸元のホルスターに移動させ、ベンチから立ち上がりかけた時、再びLINEが鳴った。
画面を見てみると差出人はアリスではないみたいだ。
誰だと思いLINEのトークボタンを押すと……えっ、リカちゃん!?
なんだ!?
俺は先程の件を思い出し、恐る恐るリカちゃんのLINEを開こうとしたら、突然スマホから着信音が流れ、画面が着信画面へと切り替わっま。
び、ビックリした〜っ。
「なんだよこんな時に……」
電話してきたのは……優子?
今はLINEが気になるが、出ないわけにも行かないのでしぶしぶ俺は通話ボタンを押し電話に出る。
「はい?」
「もしもしアニキ?今そっちにリカいる?」
「いや……いないけど」
「えっ、なんで?!」
「うっせぇ、それよりなんだ?今ちょっと忙しいんだけど?」
「あ、うん。なんかリカんとこのお母さんがリカの帰りが遅いから電話かけたけど繋がらないんだって。それでリカ、今日はアニキと出かけるって伝えてたらしいから今電話したんだけど?」
やば、リカちゃんお母さんに伝えてたか……リカちゃんとの一件、優子に伝わるのも時間の問題だぞ……
「とにかく、リカちゃんとはさっき別れたからもう今帰ってる途中じゃないか?」
「……そっか、わかった」
そう言って優子との電話をきった。
今日一緒に出かけてたのが優子にバレてしまった事も気になるが今はそれよりもLINEの内容が気になる。
俺は急いで画面を開き、その内容を確認する。
そこには……
「大変だ健太郎!リカがさらわれた!!」
と一文だけ送られてきていた。
……な、なんだって?




