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族・月と太陽の交差点に潜む秘密  作者: ジャポニカダージリン
第2章
72/117

花火

気まずい空気のまま、俺とアリスは無言で少しの間電車にゆられた後、次の市川駅に電車が止まる。

気まずいとは言っても、セナがなんやかんな小言のような事を話しかけてくれていたので俺は多少気が紛れたけれど、アリスはというと……


「さ、さあ、やっとツキマシタネ!こ、ここでオリマスノデ!」


なんだか無理やり声を張り上げようとして逆に不自然なカタコトになってしまっているのが余計に寒々しさを感じさせる。


すまない……キモい俺なんかと変に密着したからアリスは今、善であろうとする後天的理性と生来的な女性のキモメンへの嫌悪が激しくぶつかり合い、彼女の心の平静をうばってしまっているのだろう。


俺はぎこちなく振る舞うアリスを見て、自分の存在の罪を深く認識するも、これまでの経験からそれを口にすれば何故か更に重苦しい雰囲気が二人の間に生まれる事を知っている為ただただ粛々とアリスの後ろについていく。

ああ、今からでも遅くない、このままホームに残って幕張に帰ろうか……


そうな風に考えていると、ホームから改札へ降りる階段に差し掛かったところでアリスが、


「いつも私、ここから電車に乗って学校に通ってるんです!」

急に後ろを向いて話しかけてくる。


「へ?そ、そうなんだ……」

俺は突然の事に何と返事をしたらいいのか分からず、とりあえずそう返すが、

「はい、そうなんです……」

いかん、アリスのテンションが目に見えて落ちてしまった。

返しが弱すぎた……

俺は心の中でしまったと思うのだが、同時に諦めに似た諦念のような感情にもなる。

というのも俺の中で『女で困る事あるあるトップ3』のうちの一つに入るのが今みたいな女性の「突然宣言のように自分の事を言ってくる」現象で、


「私もこないだ〇〇行ったんですよ!!」とか「私、〇〇が好きなんです!」

とか言われても俺にはどう振る舞えばいいのかさっぱり皆目検討もつかないのだ。


「それいいよねー!!」とか「わかる〜!」とか更に高いテンションで被せて会話を盛り上げる男を見たことあるが、俺みたいなコミュ症が一言形だけ真似たところで直ぐに苦しくなって会話は途切れてしまう。


だから俺はもう楽しいコミュニケーションなんて諦めてるんだ。

ぎこちない空気を自然に醸し出す俺だけど受け入れてくれる人いないかな?いませんよね……


そんな風に考えていると、


「あ、こっちです!!ちゃんとついてきてくださいね!」


アリスが階段を降りた後再び振り向き、ボケッとしている俺を引っ張ってくれる。

ほんまええ子やな。


そうしてアリスに引っ張られ南口の改札を抜け、広場のようなところに出る。


広場の道に並ぶタクシーを見ながら俺は微かに懐かしい気持ちになる。


なんだろう、前にも似たような事があったような。

そう思う俺だが。


「じゃ、ここから少し歩きますからね〜!」


そう言うアリスに引っ張られるようにして広場を突っ切っていった。



「なんか悪かったな……」


市川駅を降り、にぎやかな広場を抜けると辺りは商業的な明るさから住宅街的な静けさへと変わっていく。

周囲の建物は暗闇浮かぶマンションやアパートがほとんどだ。

俺は会話が途切れてしまいしばらく前を歩くアリスにバレないようにセナに話しかける。


「何がですか?」


「いや、本当はお前達と花火行くはずだったんだけどこんな感じになっちゃって」


セナが喜んでた花火大会だがあまりセナとも話せてない。

胸ポケットにいるとはいえすぐ近くにいるアリスにバレずにセナと話すのは意外に至難の技なのだ。



俺の性格上ほったらかしにしているセナが非常に気になってしまいアリスとの会話にもいまいち身が入らず、結局アリスとは会話が途切れ、セナに対しても何を話せばいいのか分からないというなんともぎこちないかんじになってしまっている。

その苦しさに耐えかね、まず詫びから入る俺であったが


「私は構わないですよ別に?健太郎さんもこんな可愛い人と花火に行けてよかったですね」


気にしては……ないらしい。良かった。

しかし辺な誤解がはいってるな。


「いやいや、別にそんなんじゃないだろ?そりゃアリスは可愛いらしい子だとは思うけど所詮友達の穴埋めだろ?そこら辺はわかってるさ」


「ふーん、あ、私疲れてきたんでカバンの中に入ってていいですか?」


「おお、寝てろよついたら起こしてやるよ」

そういやセナはほとんど立ちっぱの姿勢だもんな。

フィギュアでも疲れるもんなんだなと思いながら俺はカバンを手前まで持ってきてジッパーを開けてやると、

セナはスカートが捲れないようにスカートの前後を押さえながら鞄の中に飛び込んだ。

ジッパーを閉めた後、何故か気まずい気持ちになったような気がしたが、


「ちょっと遠いですよね、ごめんなさい、疲れてませんか?」

前を歩いていたらアリスが振り返り、そう訪ねてきたので会話に意識を傾ける。


「いや?まだ5分くらいしか歩いてないじゃん?」

俺は疲れてないので正直に本当の事を言うが、


「そうですか、でも疲れたら気にせず言ってくださいね?ここら辺ならこの時間でもやってるお店とかと知ってるんで!」

そう気を遣ってくれるアリスがなんだかとてもいじらしく思えてきて俺の心もほぐされ気が楽になってきた。


「いや〜流石地元っ子!全面的に信頼してるんでお願いしやっす!」


「任せてください!あ、健太郎さんはラーメンとか好きですか?」


「ん?ラーメン?ラーメンには少しうるさいぜ俺?なんで」


「いやぁ〜、この道を曲がったところに美味しいラーメン屋さんがあるから教えてあげようかなって思ったんだけど……やっぱりやめておいた方がいいかも……」


しまった、俺が通ぶったせいでアリスが弱気になってる。

ここは上手くフォローしないとアリスの気持ちを台無しにしてしまう。


「いやいや、いくよ、美味いラーメン屋があると聞いた以上それは避けては通れない道だぜ?」


「えー、そうなんですか?」


「そうそう、登山家にとっての山みたいなもんだからさ!」


「スケールデカすぎじゃないですか!!」


「ハハハ!アリスは〜」


よしよし、いい感じに会話が盛り上がってきた。

セナがいなくなったのも大きいが、俺の好きなラーメンの話ともあって喋り調子も鰻登りだ!

アリスも俺の冗談にちゃんとリアクションしてくれて、うん、楽しい。なんだか自然に喋れてるよ俺。

そんな感じで一度勢いに乗った会話はなかなか途切れることはなく、いつの間にか俺はアリスと肩を並べながら歩いてて、帰りにアリスとそのラーメン屋さんに行く約束をした後、話はラーメンから俺の過去のヘマ話や体験話へと裾野を広げていき、

「いいな〜私も一度その店長さんがいるお店行ってみたいな〜」


「味は美味いからさ、場所後でラインで送るぜ!アリスなら睨まれる事ないだろうしさ」

俺が昔ある店の店長に思いっきり睨まれた話でアリスが大笑いしてくれたところで、


「あ、もうすぐそこです」


そう言ってアリスが指さしたので目で追うと、先は小高い丘のようなっていてそれがずっと目の前を横に続いている。

川の堤防か。


どうやらアリスのおすすめの場所ってのはこの堤防の事らしい。


横断歩道を渡り、坂にかけられた階段を登って丘の上にくると、目の前には薄暗い河川敷が広がっていて、手前の堤防の坂には花火を見る為の人達がチラホラ腰を下ろしている。

けど人数はひしめき合うほどでもなく、自分達も充分に腰を下ろす事が出来る。

江戸川を隔てて向こうに見える東京の光はいつか見た御伽噺に出てくる光の都のようで幻想的だ。

辺りは程よい暗さと川の水蒸気を含んだ生ぬるい空気で落ち着いた夏の夜ってムードになっている。


「確かにここは穴場かも……」


「でしょでしょ?江戸川花火っていうと皆東京に行くんだけど、千葉県民はここで見るって人も結構いるんですよね」


へぇ〜知らなかったな……

ずっと千葉に住んできたけどまだまだ知らない場所があるもんだな。

はにかみながら、少し誇らしげにそう喋るアリスに少し敬意の念を抱きつつ、それがバレないようにする為にどっこらしょっと口にしながら土手に腰を下ろす俺に続き、アリスもゆっくりとお尻をついて体育座りをする。


そうして二人でぼーっと川を眺めていると、

湿った風が優しくそよいでくる。


「風が気持ちいいですね」


「だな……」

なんだろう、初めてなのに何故かこの景色を懐かしく感じてくる。

ムーディーな雰囲気なせいで俺が軽くノスタルジックな淡い気持ちに浸っていると突然、


「あ、そうだ!お母さんに連絡しなきゃ!」


そう言ってアリスがスマホを取り出した。

大学生でも実家暮らしだと親が心配するだろうからな。


「もしもし?お母さん?今日なんだけど友達と花火見て帰るから帰り遅くなるね〜」


隣でアリスの電話を横耳に聞きながらぼーっと川を眺めていると、

あ、俺もセナを起こしてやらなきゃだ。

忘れかけていたセナをアリスの電話のおかげで思い出した俺は手前のバッグのジッパーを開けて中の様子を見てみる。

すると中ではセナはヤドランと何やら話してる最中だったようで、


「まあまあ、仕方ないんだお、別に悪気があるわけじゃないんだお……あ健太郎だお!」


「あ、健太郎さん。何かようですか?」

先に俺に気づいたヤドランに遅れてセナが顔を上げる。


「何かようじゃないだろ、ついたぞ」


「そうみたいですね」


「そうみたいですねって、花火見るんだろ?さっさと出ろよ」


「あ、大丈夫です!私達はここから見るんでジッパー開けといてください」

笑顔でそう返してくるセナだが、なんだか冷たい?

一応ヤドランの方にも確認を促す為に視線を送ると、ヤドランはとぼけた顔を浮かべながらコクコクとぎこちなく首肯。

ま、ヤドランもいるしいっか。


俺はジッパーを開けたままのバッグが滑り落ちて行かないようにゆっくりと土手に寝かせてやると、電話を終えそれを見ていたらしいアリスが、


「あ、フィギュアちゃん達にも花火を見せてあげるんですね!」

やばい、聞かれてた!?

一瞬ギクリとしたが、アリスの顔を見てみると「はい?」って感じで不思議そうに目を開いてるからどうやら会話は聞かれてないようだ。


「あ、ああ、どうせならこいつらにも見せといてやろうかなってさ」


「さすが!健太郎さん、フィギュアちゃんにも優しい〜」


「まあね」

そう淡々と答える俺だがーー


ぐはあぁぁ!!!死ぬほど恥ずかしい……!!

アリスは気にしないって言ってくれたけど、内心では絶対ひいてるに決まってる……

天使のようなあのリカちゃんでさえ引いてたんだから……

恥ずかしさに紐づいて昼間リカちゃんと喧嘩した事まで思い出してしまい、俺はまた気分が落ち込んでしまう。

そういやリカちゃんどうしてるんだろ……とっくに家に帰ってる頃かな。


連絡をとりたいけど連絡する事が出来ない。

そして、今日のこと優子にはなんて言ったらいいんだ。リカちゃんから話が伝われば変態兄貴として一生口を聞いてもらえなくなるかもしれない。

はあ、なんで俺がこんな目に……


横に置いたバッグを見ながら盛大な溜息をつこうとした瞬間、


「あ、きた!!」

アリスの声で顔を上げると、


ヒュルル〜〜ドカン!!


江戸川の上流で甲高い音と共に最初の花火が打ち上がり、

夜空を華々しく照らす。

始まったみたいだ。


着付けのような短発の一発目が終わり、周囲の人たち全員の意識が花火の上がった方に向かったのを確認したかのようなタイミングで次の花火が上がり、二発、三発、五発……十発、あっという間に数え切れない肌の花火が夜空を埋め尽くしていく。

それはまさに空に咲き乱れる満開の桜のようで思わず息を飲んでしまう。


「キレイ……」


「ほんとにな……」

久しぶりに見たけど、やっぱり凄いな。絶え間なく打ち上がり続ける花火に誰もが意識を奪われてしまう江戸川の花火。

粋な江戸っ子を象徴するかのような色とりどりの火の花びらがドカンドカンと夜空に一瞬のグラデーションを施していく。

チラリ横のバッグを見てみると、開閉部から身を乗り出し、花火の光に照らされたセナが目をぱっちり開けて心奪われている。

ヤドランは相変わらずボケッとした顔で何を感じているかはわからないが、セナも喜んでるみたいで良かったよ。


俺達はしばらくの間、時を忘れて打ち上がり続ける花火を眺め続けた。

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